001 ― 其の者、斯くして呼ばれけり ―
―――ム゛ォオ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ンン……!
―――ム゛ォオ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ンン……!
……うるさい。
相変わらず、爆音かつ気味の悪いアラート音だ。
どのくらいうるさいのかって?
極端な話、アラート音が鳴り響いている間、あまりの爆音のせいで船内での会話がほとんど不可能になるレベルだ。
いつのころだったか、とある国のSF作家が描いた『火星人が三本足の宇宙船型のメカに乗って地球に攻めてくる』という題材で書かれた小説の映像ログ、いや映画を見たことがあったな。
たしかスパイ映画で主演をつとめた俳優が主人公で、自分の住む星を狙う異星人から愛する家族を守ろうとする内容だったような……。
ともかく、今私の鼓膜と耳小骨をビリビリと振るわせている騒音は、その劇中に出てきた『宇宙人側に登場する三本足の宇宙船が発する音』ぐらいやかましい。
《報告。ワープ先にて次元震を観測。本艦が出現可能な空間があることが判明しました》
その薄気味悪いアラートがけたたましく鳴る中で、嫌に冷静な音声が頭の中に響き渡る。
(コイツ、直接脳内に……!)
テレパシー機能ともいうべき力で、こちらの思考に無理やり同期して思念を送ってくる。
まるでこちらの状況など気にも留めていないような口振りには、まったくもって腹立たしい限りだ。
こっちは慣れない機械の操作でてんてこ舞いだっていうのに。
ともかく、こちらが返答しないといつまでたってもコイツは何もしようとしない。
本当に『融通が利かない』とはコイツのためにある言葉に違いない。
「ならさっさと通常空間に戻る出口かなんかを開け! このままじゃ位相空間に潜ったままペシャンコになるぞ!」
手元にあるエリンギのような形をした二つの操縦桿を両手で右へ左へ行ったり来たりさせながら声高に叫ぶ。
《了解しました。『恒星間用次元潜航モード』から通常空間への復帰を開始します。次元ゲート開放まで10カウント。8、7……》
刹那、騒音の四重奏が五重奏に変わった。
「ああもうッ! 今度はなんだッ!?」
《警告。通常空間への復帰用のエネルギーが不足しているため、現状での通常空間復帰は不可能です》
「なら予備燃料と副エンジンも使え! それぐらいはそっちでも可能だろう!」
《予備エネルギー解放は手動操作でしか作動しません》
「ふざけるなッ! こっちは身体が一つしかないんだッ! そんな状態であれもこれもと一人で出来るかッ!!」
あまりのマルチタスクに、ついに堪忍袋の緒が切れた私は、誰もいない虚空を見ながらアラート音に負けないくらいの大声で思いっきりブチ切れた。
《推考。現在、艦長の精神状態に極度の負荷がかかっていると思われます。現行作業の一時停止と、息抜きが必要だと判断します》
「それが出来たら誰もここまでやたらめったら多忙じゃないんだよ!! エネルギーや空気調節等の管理運営しかやっていないお前と違って、こっちは肉体労働者なの!!」
《提案。『本艦』が操舵している間に艦長が『予備エネルギー貯蔵庫』に向かい、手動操作でのエネルギー解放を提案します。提案の受理を……》
「承認!!」
さっきから仕切りに脳内会話をしている相手、『宇宙船の管理AI』の発言を無理やり切り上げて一言叫ぶや否や、私は『予備エネルギー貯蔵庫』に全力疾走した。
というか、なんで自動操縦が可能なら今まで可能だと言わなかったんだ、コイツは。
そんな腹立たしい考えを頭の隅に追いやり、どうにかこうにか上下左右に揺れる艦内を持ち前の運動能力でもって走破する。
もし今、自分が四年に一度のスポーツの祭典である『オリンピック』に出場したら、間違いなく金メダルのオンパレードだったことだろう。
(もっとも、それが『今の自分の身体』だったらだけど、な……)
色彩のおかしい非常灯が回りっぱなしの艦内を、両手両足、さらに『尾骨からニョロリと伸びる尻尾』を使って、縦横無尽に突き進みながら私はそんなことを思うのだった。
そうこうしているうちに、私は目的の場所である『予備エネルギー貯蔵庫』の前まで来る事が出来た。
この船の各所にある隔壁は、横に併設されたスイッチの前に手をかざすことで自動的に開閉する仕組みになっている。
「それがどうして開かないのか、これが分からない……」
いくらスイッチに手をかざしても、隔壁はウンともスンとも動きを見せない。
「おい! さっきから隔壁が開かないんだが!?」
天井と壁の境目部分、いわゆる『廻縁』に走っている『光のライン』に向かって私は声をあげる。
この宇宙船の通路および各部屋の『廻縁』には、皆この光センサーのラインが縦横無尽に走っており、『宇宙船のAI』はそのセンサーから艦内の熱源や動体、気流や光源の明暗といった全ての情報をモニター出来ると言っていた。
それゆえに、私はその光センサーに向かって話しかけたのだ。
《申し訳ありません。現在艦内は非常事態中ですので、開閉装置にまでエネルギーを回す余力がありません。艦長は引き続き『予備エネルギー貯蔵庫』への移動再開をお願いします》
……それは、つまりあれか?
『一休、この椀の中の吸い物を蓋をとらずに飲んでみよ』的なヤツに付き合わなければならないのか?
「って、そんな暇あるかあああぁぁぁッ!!」
指を真っ直ぐに伸ばして固定した私は、両腕を後ろに力一杯引き絞ると、隔壁の開閉部分に対して互い違いに思いっきり突き入れてやった。
「ぬううううぅんッ!!!」
そこから左右に腕を広げていくと、隔壁が左右にゆっくりと割り広げられていった。
《緊急情報。艦長、現在『予備エネルギー貯蔵庫』の隔壁が、何者かによって強制的に開放させられていま……》
「それは私だろうがアアアァァァッ!! ヌ゛ンッ!」
AIが天然ボケをかましてくれたことで怒髪天を衝いた私は、いつも以上の力を発揮することが出来た。
おかげで隔壁を左右に割り広げることに成功。
やっとのことで『予備エネルギー貯蔵庫』に入れたのだった。
「あ゛~、予想以上に疲れた。さっさと予備エネルギーの操作をしないとうわっ、熱ッ!?」
貯蔵庫内は温度調節機能が機能していないのか、尋常ではないほど超高温となっていた。
《申し訳ありません。現在艦内は非常事態中ですので、温度調節にまでエネルギーを回す余力がありま……》
「ンなこたぁ、分かってるよ! どれをどう操作すればいいのかさっさと教えてくれ!!」
《艦長の視点から見て右方向に円筒形の物体が八つ、横倒しになって設置されているのが確認できますか?》
「ああ、見えてる」
《その下に制御端末があります。操作用のレバーが視認できますか? まずはそこまで移動してください》
この宇宙船の艦内は九〇%が未知の金属で構成されているため、現在私のいる貯蔵庫はまるでオーブントースターのようになっている。
ここに比べたら、真夏の海岸の砂の上など可愛いものだ。
なにしろ床に脚を下ろした途端、『ジュウゥッ…!』という音とともに足裏に激痛が走ったのだから。
それでも足裏に走る激痛を耐え、クソ熱い部屋の中に一歩一歩足を踏み入れていき、AIが言っていた制御端末の前までたどり着く。
(さっさと動かしてこの部屋から出ないと、ミディアムどころかウェルダンになってしまう……)
「着いたぞ! どうすればいい!」
《制御端末にはエネルギータンクの制御弁を開閉できるレバーがタンクと同じ数だけ付いています。確認できますか?》
「ああ! そのまま作業手順の指示を続けてくれ!」
《了解しました。現在、制御レバーはすべて艦長側に倒れていると思われます。その状態では制御弁は閉じられた状態ですので、艦内に近い方のレバーから一つずつ、ゆっくりと押し上げてください》
とりあえずAIに言われるがまま慎重にレバーを操作してゆく。
《主動力炉および副動力炉への予備エネルギー流入を確認しました。五つ目までであれば通常空間への復帰が可能です》
「本当に大丈夫なんだろうな!? 復帰した途端、惑星の地殻の中心にいるなんて、もう二度とゴメンだぞ!!」
そう言いながら私は指定された本数のレバーを操作し終える。
《問題ありません。さきほど次元断裂用のマーカーを射出し、『A-Ⅱ』相当の次元震を確認。本艦が出現可能な空間の存在を確認済みです。おそらく、何らかの惑星の傍に復帰できるかと》
「なら、その流れで空調もどうにかしてくれ! そろそろ目玉が白く濁ってきた!」
このままでは塩釜焼きにされた白身魚のようになってしまう!
《了解です。通常空間への復帰に併せて艦内の温度調節機能を再起動します。衝撃に備えてください。10カウント、8、7……》
しばしのアナウンスののち、体の中の臓器ごと揺さぶられたような衝撃が体内を突き抜け、私達は星が瞬く『宇宙空間』へ帰還する事が出来た。
しかし、話はそれで終わりではなかったのだ。
―――ム゛ォオ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ンン……!
―――ム゛ォオ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ンン……!
私が一息つこうとした矢先、再びけたたましいアラート音が艦内に鳴り響く。
「何!? 通常空間への復帰は終わっただろう! なんで新しいアラートが鳴る!?」
《報告。本艦と惑星の相対距離が予測よりも近かったようです。このままでは対象の惑星に墜落します》
「墜ッ!? なら残りのタンクも使って何とか惑星の引力圏から脱出しろ!」
《通常空間への復帰時に動力系統に異常が発生しました。仮に暴走覚悟で全動力炉を稼働させた場合、炉心の融解および本艦が爆散する可能性があります》
「クソッたれ! なら一時的にあの惑星に不時着するぞ! それぐらいなら何とかできるだろう!?」
《了解です。これより本艦は対象の惑星への不時着コースへ入ります。艦長、ひとまず残りのタンクの制御弁も開けてください。それで重力制御並びに姿勢制御を試行します》
「ああ、分かった」
そう言って私が残りの三つのレバーをすべて上げきった時、最後のエネルギータンクが爆発した。
どうやら高温になっていた艦内の温度とに、タンクの壁が耐え切れなかったようだ。
タンクの爆発は宇宙船の外殻に大穴をあけ、私は宇宙でも活動可能に設計されているという特殊なパワードスーツのまま、絶賛大気圏突入中の船外に投げ出された。
本当に、まったくもって運のない男だとつくづく思う。
一体どうして、こんなことになってしまったのか。
その問いに対しての解を導き出すには、私が『こちら側の世界』に生を受ける前まで、つまり『向こう側の世界』で生きていた『私』まで、時間を遡らなければならない。
◆◇◆◇◆
―――『FPS』。
『FPS』と呼ばれるソレは『シューティングゲーム』のひとつであり、プレイヤーは主人公の視点でゲーム内の世界や空間を任意で移動が可能。
さらに世界中に張り巡らされたインターネットを経由する『オンライン方式』を採用することにより、世界中に存在する別のプレイヤーと武器もしくは素手などを使って、様々な形式で競い合うことのできる『アクションゲーム』の要素も取り入れたモノの総称のことである。
ゲーム会社が発売当初に設定したストーリーミッションや、物語の裏側や核心に迫れる『DLC』を一人でのんびりこなすも良し。
世界中のプレイヤーと緊張感のある戦闘や試合で、これまでお互いが培ってきた『飽くなき意志』、『無上なる機知』、そして『比類なき妙技』でぶつかり合うも良し。
まさに、実世界では味わうことが難しい体験や興奮、スリルや感動を、プレイヤーはゲームの主人公を通して追体験できるのである。
そして、時は西暦二二三九年。
人類がその生存圏を少しずつ宇宙へと広げ、宇宙旅行が夢物語や空想小説の産物ではなくなった時代。
『インターセプター』と呼ばれる『SF』をモデルとした、とあるゲームがあった。
本ゲームの大まかな内容は従来のものとさして変化はなく、プレイヤーはゲーム開始後、自身の分身となるキャラクターを作成するところから始まる。
そして敵味方に分かれての陣取りや各キャラクターのランクに見合ったミッションをこなすことができるといった、ごく普通の『FPSゲーム』である。
どこのゲーム会社でも出していそうなこのゲーム、唯一変わっているところを挙げるとしたら攻め手側の陣営『バイオレイター』が『地球外生命体』、いわゆる『エイリアン』であるということだ。
外骨格を纏った虫みたいなのものもいれば、アメーバの様なゲル状のもの、果ては映画に出てきた強酸性の血液を持ち口内にもう一つ口がある、『有名なアイツ』まで幅広く編集が可能なのである。
さらに現実世界においてゲーム内で使える『電子マネー(新能力発現・強化ポイント)』を課金・消費することによって、身体能力の強化や新たな性能を取得することもできる。
反対に、このゲームのタイトルにもなっている『インターセプター』と呼ばれる迎え撃つ側の陣営のキャラクター達は、各々が特殊能力を持っているわけでもなければ超人的な身体能力が備わっているわけでもない。
ごく普通の軍人や一般人といった、現実世界の何処にでもいる地球人がモデル。
しかし、この陣営の魅力は多彩な装備を扱えることにあった。
現実世界に実在する実弾兵器からレーザーライフルのような光学兵器まで、多種多様な兵器群を手にする事が出来る。
こちらも『バイオレイター』陣営同様、現実世界で『電子マネー(新兵器取得・強化ポイント)』を課金・消費することで戦車や戦闘機、攻撃ヘリの運用、極めつけは人型起動兵器などの高威力、且つ高耐久性に富んだ兵器まで扱うことができるのである。
攻め手と守り手。
双方がそれぞれ一長一短を持ち、それぞれに多彩な魅力があるからこそ、『インターセプター』はサービス開始から九年という破格の年数をこれほどのユーザーに愛されてきたのだ。
さらに現実世界においては、特定の人物に焦点を当てての漫画化やアニメ化もされ、二次創作の小説や『映画の都』と謳われた『かの地』での実写映画化も数々なされてきた。
運営会社や製作陣は、そのどれもにある程度寛容的であったが、唯一『ある三つのテーマを盛り込むこと』を人々に要求し、その要求が受け入れられない場合は断固として作品化をさせなかった。
その三つのテーマとは、『物語を単なる喜劇や悲劇で終わらせないこと』、『各々が現実世界で感じている問題への『アンチテーゼ』を少なからず必ず盛り込むこと』、『読み手や観衆に勘考の余韻を残すこと』、それだけであった。
たったそれだけの要求が、多くの人の頭を悩ませることになったのは言うまでもない。
とある漫画家は、『インターセプター』陣営側から『人間と他種族の共存する道の模索と、その困難さ』を生涯をかけて描いた。
とある映画スタッフ達は、『バイオレイター』と『インターセプター』の両陣営から『あらゆる兵器の攻撃が飛び交う戦争の悲惨さと、大切な家族や恋人・友人達と平和に過ごせることの大切さ』を銀幕の世界に映した。
とある小説家は、『インターセプター』陣営側から『人のように思考する戦闘ロボットの責務や苦悩と、他者を慈しむ『心』のありよう』を行間の細部に至るまで色鮮やかに執筆した。
そうやってマンガや小説の作者、アニメや映画の製作陣営は、この『三つのテーマ』に対して誠実に向き合い、頭から煙を吹かしつつ何とか練り上げることで『名作』や『傑作』を作ってきた過去の偉人と肩を並べられるようになっていった。
それがこのゲームをなおさら有名にした所以でもあった。
―――しかし、光が有るところに必ず影は出来る。
長い歴史を持つこのゲームも、そのご多分に洩れず薄暗い影があったのである。
◆◇◆◇◆
鬱蒼とした見たこともない原生林の中をひたすら突っ走る一団があった。
彼らが走っている場所は現実の場所ではない。
オンライン型のFPSゲーム、『インターセプター』を運営している会社がゲーム内に設けた戦闘エリア、そのひとつである。
ようやくリーダーと思しき人間が皆に小休止するように指示を出す。
「ハァ、ハァ……。クソッたれ! 何なんだよアイツらは! ID認識出来てねぇんじゃねぇのか!? コッチは『ランカー持ち』もいるチームだってのに、次から次へと襲い掛かってきやがって!」
リーダーらしき人物の横で、バンダナ型のフェイスマスクで顔の下半分を隠している『チャーリー』が、近くにあった大木の幹をコンバットナイフでやたら目ったら斬りつける。
「ゼィ、ゼィ……こちら、デルタ。最後の弾薬をリロードする。あんだけ持ってきたのにもうこれしかないとか、頭おかしいだろ常考……」
偏光フィルターの入ったサングラスを付けた『デルタ』が、悪態をつきながらリロードを報告してくる。
「ちょっとリーダー、ヤバいかも。味方陣地から大分離れちゃってる」
チームの紅一点である迷彩柄のキャップを被り、短めのポニーテールの『エコー』が、左腕を全員に見えるように突き出す。
そこにはウェアラブル・デバイスと呼ばれる装着型の小型コンピュータが搭載された、表面がつるりとした籠手があり、そこから空中に浮き出るような形で3Dモデリングされた周囲の地形が緑色の光で映し出されていた。
そしてその地形には味方である『インターセプター』陣営の青い光点が、ポツポツと浮かび上がっては消えるといった潜水艦のソナーのように映ってもいる。
当然、自分たちの位置情報も然りだ。
その位置情報を見る限り、自分たちの現在地は主戦場真っ只中の味方陣営からはかなりの距離があり、反対にゲーム内で倒されたキャラクターなどが復活できる場所、通称『リスポーン地点』が比較的近くに存在する。
『インターセプター』陣営は、このリスポーン地点は戦闘が始まる前にチーム単位で予め個々に設定ができるため、圧倒的な数で勝りながらも定位置からしか復帰のできない『バイオレイター』陣営とは違った戦法をとる事が出来るのである。
閑話休題。
「……しゃーない。時間的にこれ以上のポイント稼ぎが出来ないが、こっちの物資も心許ない。それに今ンところ俺たちが暫定トップだ。ポイントも他の奴らとだいぶ引き離したことだし、今回は一旦、アイテム補給のために補給陣地まで戻る。あとはテキトーに掃除してる体を装いつつ時間が来たらそのまま落ちることにすっか……」
嘆息しつつリーダーがマップを確認している全員に指示を出す。
「優勝者の発表は後日ってことになってはいるけど。まぁ、命あっての物ダネって言うしなぁ……」
納得のいかないような空気がメンバーの間に漂うが、こればっかりは運営側が決めた『時間制限方式』での戦闘のためどうしようもない。
不意に、若干の余裕が生まれたのか仲間内で雑談が始まる。
「にしても、『運営』もよくもこんなに大胆なゲームの宣伝思いつくよな?」
「『全世界のプレイヤーに参加権利のある世界大会の開催』だっけ? しかも『その期間中のネトゲ料金を全額請け負う』とか、あるところにはお金ってあるもんねぇ」
『エコー』が肩をすくませ、頭を振りながらしみじみと呟く。
「いやいや。っていうかお前ら優勝チームへの恩恵見てないのかよ!」
「見てないわけないだろ! 『超レアアイテム』と『優勝賞金五百万』だぜ!? しかも『円』じゃなくて『ドル』な! 『ド、ル』!!」
「だろだろ! 円換算にしたら五億円強じゃん! しかもさらにレアアイテムまで用意してくれるとか運営マジサイコー!!」
「うおおおぉぉぉ!! みwなwぎwっwてwきwたwww!!!」
『チャーリー』が興奮した様子で声を荒げると、彼とおんなじように中東風のストールで顔を隠している『ブラボー』もそれに呼応して激しく同意している。
挙句の果てには二人で「やった! やった! ごっひゃくまん! ごっひゃくまん!」という掛け声とともに独特のダンスまでして浮かれはじめた。
「あぁっ、もう! ちょっとアンタらマジでうっさい! ウチら、夏休みっつっても夜中なんだから近所迷惑と考えろっつーの!」
「っていうか、皆いっつもこんな感じなわけ?」
その様子に左手を突き出したままでいた『エコー』がブチ切れ、さらにこのチーム一番の新米である『フォックストロット』が肩をすくめて深いため息をつく。
彼らは皆一様にゲームをプレイする際に欠かすことのできない専用ヘッドセットの『ボイスチャット機能』を使っているため、二人の大声が耳元で音割れを起こしているのだ。
「おい、お前ら。ウチの女王様がお怒りだ。もうその辺にしとけ、な?」
歴戦の傭兵のように頭に鉢巻風のバンダナを巻いたリーダーである『アルファ』が、仲間の珍行動に苦言を呈して落ち着かせる。
「お、おう……」
「そうだな……。悪ぃ、リーダ……」
そういって二人がアルファに謝罪しようとした時である。
―――ガサガサッ!!
近くの草むらが突然、激しく震えた。
さっきの柔和な雰囲気が消え去った全員が銃を構え、すかさず音がした方へ発砲する。
断末魔の叫びが上がり、原生生物とおぼしき生き物がその場で倒れ、ポヒンッという音とともに『食料アイテム』へと変わる。
「脅かすなよ、クソ! 貴重な弾、無駄にした!」
「あー、リーダー。悪いんだけどあの『食料アイテム』回収して良い? さっきの戦闘で尽きちゃって……」
『フォックストロット』がいかにもすまなそうに右手を挙げてリーダーに尋ねてくる。
「え? なに、アンタもう無くなったの? 早くない?」
「お前、スタミナ回復すんのにアイテムに頼りすぎなんだって」
隣にいた『エコー』が『フォックストロット』に信じられないといった表情を向け、『アルファ』は腰に手を当てて彼に視線を送る。
「いや、リーダーが言ったんだろ? 『武器と弾薬をありったけもって短時間で片を付けよう』って」
「言ってた言ってた(笑)。オレのログにも残ってる」
「おう、俺のログにも残ってるぜ!」
さっきまでやや意気消沈してた『ブラボー』、『チャーリー』の両名が再び声を上げ始める。
「マジで? ……あー、確かに言ってたわ。スマン」
『アルファ』が空中にメニュー画面を開いてログを確認しながら謝罪する。
「まぁ、俺たちは『無敵』だから別に困らねぇけどwww」
一瞬の静寂が辺りを包んだ次の瞬間、『ブラボー』が発したその言葉で誰かがプッと噴き出したのを皮切りに、ドッと周囲のメンバーに笑いが起こる。
「ククク! おいやめろよ、そういうこと言うの。興ざめすっだろ?」
「エー? 別に良いじゃん、事実なんだし。誰だって簡単に『オレTUEEEE!!』したいっしょ? ま、アタシもそン中の一人だけど♪」
「違いない!」
―――そう、彼らは別に本当に弾薬や体力ゲージが尽き掛けているわけではないのだ。
すべてはあくまで『演出』。
彼らにとって現在の行動は、『運営』をだまくらかすための『お遊戯』でしかないのである。
古今東西、ありとあらゆるゲームには『不正行為』というものがある。
それは他の動物よりも知能が発達した人間が、『他者よりもより優位な位置にいたい、より恵まれたい、優越に浸りたい』といった欲求を持っている限り、不変であり不滅な行為であった。
科学技術が発展した今日でもそれは変わらず、コンピュータ上のバグを利用して行われる不正行為の事を『チート』と呼び、人々はチート利用者の事を『チーター』と呼んだ。
「まっ、それもみぃーんなチームリーダーであるオレのおかげだってこと、忘れんなよ~?」
そう言って『アルファ』が、両手の親指でわざとらしく自分の事をビシィッと指さす。
「おうよ! 現実でも小遣い稼ぎができて財布も潤うし。まさに俺らのリーダー、万歳!」
「さすがは官房長官の息子様、万々歳ってか!」
「キャー! リーダー、マジサイコー(笑)!」
「「「ハハハハッ!」」」
「ふんふーん♪ 『食料アイテム』、『食料アイテム』っと。……ん? なんだこれ……糸?」
―――ブツッ!
先程の原生生物が死んだ際にポップした『食料アイテム』を取るべく、メンバーから離れた『フォックストロット』の目の前が、突如暗転した。
「……は?」
何が起こったのか訳が分からない状態の彼の目の前に、一言だけ表示されたポップアップが浮かぶ。
『YOU DIED』
死因:敵バイオレイター所属、『グリムリーパー』が仕掛けた攻城用指向性重地雷
「はぁッ?! 重地雷!? てか『グリムリーパー』って!?」
『インターセプター』内において、『攻城用』と称される拠点破壊用の強力な兵器が存在する。
ひとたび発動すれば拠点の防壁はチリ紙を破くように吹き飛び、さらに周囲に存在するキャラクターは問答無用で『即死扱い』となる。
ある意味このゲームの中でトップクラスの破壊力とブッ飛んだ性能を秘めた兵器なのである。
それゆえ、攻城用兵器群を所持しているプレイヤーは、その存在をここぞという時まで隠匿せねばならず、所持していることが露呈してしまった場合は両陣営のプレイヤー達が殺到し――良い意味でも悪い意味でも――注目の的となってしまう。
しかしあまりにも突き詰めてしまうと、最終的に『どうやって相手に悟られず攻城兵器を発動するか』、『どうやって所持しているプレイヤーを発見し攻城兵器の発動を阻止するか』という、いわゆる『そういうゲームじゃねぇからコレ』状態に変わってしまうのだ。
さて、いつまで経ってもリスポーン地点から自分のキャラクターが復活出来ない事に痺れを切らした『フォックストロット』のプレイヤーは、ヘッドセットをブン投げて激情をあらわにしていた。
「あぁもう!! なんで『インターセプター』につながらねぇンだよ! あの人達プレイ中はケータイにも出ないから連絡手段がねぇし! 敵側に『一番ヤバいヤツ』がいるってこと知らせなきゃなんねぇのに、クソッ!!」
彼は真夜中であるにもかかわらず、自室内で周囲の物に当たり散らしながら暴れまわっていた。
だが、そのせいで彼は気付く事が出来なかった。
壁とベッドの隙間に落ちてしまった自身のヘッドセットに『運営会社』から『一通のeメール』が届いていたことに。
対戦はおろか、『インターセプター』のゲームそのものからも除外させられていたことに……。
◆◇◆◇◆
突然、歩いて数メートルの草むらから、耳がおかしくなるほどの爆音が鳴り響き、巨大な火柱が上がった。
周りに自生していた背の低い植物は一瞬で燃え尽き、長い年月を経て成長した結果、歪な形のまま巨大になった大樹までもが、その爆炎と衝撃波でことごとく薙ぎ倒されたか、あるいは幹の途中からボキリと圧し折られてしまっていた。
つい先ほどまで鬱蒼と生い茂っていた深緑色をした原始の森の一部は、いまや紅蓮の炎と、溶けた岩石で出来たマグマで出来た大河、そして黒く焼け焦げた炭だけが広がる煉獄の様相を呈してるいる。
「な、何だ、今の爆発は!? 攻撃されたのか!?」
咄嗟に『チャーリー』が身構えるが、舞い上がった粉塵と上空からバラバラと舞い散ってくる枯葉や小枝、落石のせいで、敵影の視認は不可能であった。
さらに悪いニュースが『エコー』からメンバーへもたらされる。
「ち、ちょちょちょッ!? リ、リーダー!! 今ので『フォックストロット』が落ちたんだけど!?」
「はぁッ!? ふざけんなッ! そうならねぇための『無敵』だろうが!!」
「ならなんで、アイツが落とされ……うわああああぁぁぁッ!?」
「チャーリー!?」
刹那、隣を歩いていた『チャーリー』が逆さ吊りになって空中に飛び上がってゆく。
まるで彼だけ重力が反転しているかのような光景であった。
「リ、リーダー!? たす、助け、えええぇぇぇぇッ!!!」
なまじヘッドセットが『VR対応型』であったがため、『チャーリー』を操作していたプレイヤーは気が動転して思うように操作する事が出来ずにいた。
その間にも彼の身体はグングン、樹の上まで引っ張り上げられメンバーたちの視界から見えなくなる。
数秒後、彼が『攻城用破城槌』を前と後ろの両方から受け、挟まれるように圧死したという文章がログに表示された。
なぜかわからないが、さっきやられた『フォックストロット』同様、『チャーリー』もまたリスポーンしたと表示がされない。
「く、くそったれぇぇぇッ!!」
突然二人のメンバーがゲームから除外させられたことで、女性プレイヤーの『エコー』が自棄を起こしてしまう。
彼女は腰に装備していた拳大の『アイテム用ポシェット』から、普通なら決して出てくることの無い『大型ガトリング砲』に分類されている『GAU-8アヴェンジャー』を引っ張り出す。
さらにそれを両手で構え、腰だめにして手当たり次第に乱射し始めた。
ガラガラと音を立てて空の薬莢が排莢されてゆく様は圧巻の一言に尽きるが、『アイテム用ポシェット』から伸びる給弾ベルトからは、今なおこの化け物に砲弾が供給され続けている。
まさかメンバーも、対地攻撃用の戦闘機、『A-10 サンダーボルト』に詰まなければ、現実世界でも運用すらできない『全長六メートル弱もある武装』が出てくるとは思ってもいなかったようで、その光景を目の当たりにしたメンバー全員がギョッとした表情で一瞬凍りつく。
そして何よりも彼らが戦慄したのは、一六五cm程度の伸長しかない女性キャラクターがその化け物を軽々とブン回していることだった。
そんな馬鹿デカいガトリング砲から放たれる三〇×一七三mmという、これまたスケールのデカい、まるでビール瓶の様な薬莢がくっついた砲弾を、毎分三九〇〇発もの速度で発射し、射線軸上に存在するあらゆるものを粉々に粉砕してゆく。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ッ! こなくそおおおおぉぉぉッ!!」
「お、おいバカ、やめろ! 硝煙で煙ってなんも見えねぇじゃねぇか! それにそんなに撃ったら弾の無駄遣いになるだろうがよ!」
ようやく思考が再起動した『デルタ』が、『エコー』を後ろから羽交い絞めにした。
ドズゥンという腹の底に響くような音とともに、彼女が持っていた得物が地面へと落下。
カラカラという空回りする音だけが辺りに響き、やがて停止する。
「はぁ!? 何言ってんの!! そうならないように『無限弾倉』使って弾薬ポイント減らないようにしてんじゃ……!!」
そう言って、『エコー』が後ろを向こうと視線を外した矢先、彼女の胸から頭にかけての部分が突然消し飛んだ。
上半身の一部と両腕を残し、U字に抉れた『エコー』の身体がゆっくりと膝をつき、正座を崩したような座り方をして動かなくなり、光の粒子となって霧散する。
「え゛? あ゛、あ゛に゛こ…れ゛………?」
「ひ、ひいいいぃぃぃ!?!? リーダー! デルタが、デルタがーーー!!」
さらに『エコー』を羽交い絞めにするため一直線上に並んでいた『デルタ』の腹部には、巨大なバリスタ用の鏃が刺さっていた。
それによって彼の身体は後ろにあった樹木に、あたかも磔刑されたかのようになり、ものの数秒で動かなくなって消え失せた。
どうやらこの二人は、どこからともなく飛んできた『攻城用超巨大バリスタ』の餌食となってしまったようだ。
「くそぉ、くそぉ! 何だよ、何なんだよ!? リーダー! なんでチート使ってる俺らがこうも簡単にポンポン落ちていくんだよ!!」
「う、うっせぇッ! ボイチャで大声出してんじゃねぇ!! それにソレ使ってることゲームしてるときにバラすんじゃねぇってあれほど……!!」
先程の余裕は一体どこへいったのか、完全に孤立している状況に気が動転してる状態の『アルファ』、『ブラボー』の両名。
その時、ピーンポーンパーンポーンっと、間延びした音がどこからともなく聞こえてくる。
それは紛れもなく『運営会社』からのお知らせ時のアラーム音だった。
しかし、現時点での彼らにとって、それは『死の宣告』以外のなにものでもなかった。
《この度は、株式会社『吉祥者』が運営するオンライン型FPS『インターセプター』をご利用下さり、まことにありがとうございます。現在、全世界同時対戦大会の最中ではありますが、上位ランク内に不正行為を行なっているプレイヤーチームが存在しているという事実が発覚いたしました。つきましては本大会を一時中断、無期延期とさせていただきますので、プレイヤーの皆様におかれましては何卒ご容赦のほど、よろしくお願いいたします。なお、不正行為を行なっているプレイヤーにつきましては、弊社に対して莫大な損失を被らせたとして、この場において登録時にいただいた個人情報の開示と民事訴訟に基づいた損害賠償を請求させていただきます。……長らくサービスをご利用いただき、本当にありがとうございました》
ここまでご高覧いただきありがとうございます。
誤字脱字ならびにご指摘ご感想等があれば、随時受け付けておりますのでよろしくお願いいたします