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016 ― 【幕間】Отвечая на вопросы(事情聴取) ―

最近『連邦産業開発工厰』で試作されたという『法力動式連続動作撮影機』、通称『フォタアパラ―ト(法力カメラ)』を借り受けて、工厰員(こうしょういん)に指示された通りに機器へ【法力(ほうりょく)】を込めて起動する。



―――ピピッ



どうやらうまく動作したようだ。


自分はその動作確認をしたのち、部屋の隅にあるテーブルの上のポットから、冷めたコ―ヒ―を紙コップに注ぐ。


といっても、ここのはドングリの実を『独特の渋みと灰汁(あく)』の元であるタンニンを抜くのに流水へさらし、天日に干して乾燥させたものを煎って作った『代用コーヒー』だ。


ゆえに本物のコーヒーを飲み慣れている者にとって、この代用品に慣れるのには時間がかかる。


こういったところにも経理担当の涙ぐましい努力が見てとれる。


二つ用意した後、面会者の前にある金属製のテ―ブルにソレを置き、そばにあるパイプ椅子に腰を下ろす。


ずいぶん年期の入った椅子がギシリと(きし)む。


ここに至ってようやく自分は、自分の行動に対してうつろな瞳で(いぶか)しげな視線を送っていた人物に話しかける。




―――お待たせしました。ではアナタがあの戦場で見たものを、真実を話してください。




「真実? オレはアンタら制服さんに見聞きした事実を話してきた。これまで何度も、何度もな。そのたびに嘲笑(ちょうしょう)蔑視(べっし)に晒され続けてきた。これ以上、何をどう話せって言うんだ?」




―――…………これまでの方々はあくまでも事情聴取でした。我々とは管轄が違います。我々は大別すれば『研究者』ですから。




「今度はモルモット扱いってことか……」




―――どう捉えてくださっても構いません。




「ハッ、どっちでもいい。それに、俺の話が真実かどうかは……アンタらが決めればいい」




―――お願いします。




「悪夢だ」


その一言から、彼は話し始めた。


「オレが最初にアレを見たとき、素直に……そう感じた」


彼の喋るスピ―ドは遅々たるものだった。


「そう感じたのはきっとオレだけじゃない。オレだけのはずがない」


だがそのスピ―ドの遅さが彼の話に奥行きを出していた。オ―ケストラでいうところのチェロやトロンボ―ンのようなものだと感じた。


そこからは徐―に彼の記憶が鮮明になってきたのだろう。話し方が饒舌になってきた。


「あの撤退時に……いや、敗走してた時にアレを見た奴なら、誰だってそう言うだろう。それこそ、そこらの神殿でありがたい説教をダラダラ垂れてるお偉い聖職者様だろうが、クスリをキメて天国の花畑にいるバカだろうが、みんな口を揃えてよ。『アレは、あのクソッたれな戦争を始めた政治屋どもに失望した神様だか精霊様だがが雇って連れてきた、飛びっきりのクソみたいな悪夢』だってな」




―――アレ、というのは空から降ってきたあの『山』のことですか?




「違う」


間髪を置かず自分の問いは否定される。


「たしかにアレも、ある意味では同じかも知れねぇ。だがオレから言わせりゃ、あんなもんは地震や山火事みてぇなもんだ」




―――つまりアナタは、アレが『人為的』なものではなく、『自然災害』と同義だったとお考えというわけですか?




「どう考えてもそうだろ? 連邦中の土属性の【法術兵(ほうじゅつへい)】や【鉱亜人種(ドヴェルグ)】のヤツらを掻き集めたって無理なことぐらい、そこらの乳臭(ちちくせ)せぇガキだって考え付くことだ。そういうのを『災害』って呼んで何が悪い」




―――まぁ、技術的に無理だということについては、一個人としては賛成ですが。




「第一、そんなものから助かりたけりゃ、死に物狂いで逃げればいいし、助からないなら神様にお祈りでもして(すが)ればいい。もし仮に死んだとしてもそいつは運がなかったんだと言える……。だが、アレは違う。違うと断言できる」


訝しげな彼の視線が、テ―ブルに置かれギュッと固く握られた彼自身の手に落とされる。


一目で農村出身者と分かるほどの浅黒く日焼けした彼の手に、血が巡り切らないぐらい、きつく、きつく握られていることは容易に理解できた。


「どんなに逃げようが、どんなに祈ろうが、(すが)ろうが、無意味だった。……壊滅だった。鎧の下のシャツが蒸れて気持ち悪いと愚痴(ぐち)ってた新兵も。ガキの時分(じぶん)から同じ釜の飯を食った親友も、徴兵された俺たち民兵に珍しく信頼されていた上官殿も、皆くたばった」


まるで屍人(しびと)のように暗く(よど)んだ彼の目が、再び自分の事を映すべく真正面から見据えてくる。


「奇跡的に……()()()()生き残ったヤツなんて数えるくらいしかいなかった。オレにベラベラ喋らせているアンタも、そこの()()()()()()()()()()()()も、そうやってオレを見つけたんだろう? なぁ、おい!」


彼は疎んじるような目で自身を写す鏡に対して声をあげる。


自分はそんな彼の目を盗みつつ、さも自然な流れで彼の背面に設置された小さなランプに目を向ける。


それは自分が彼と対話を始めてから現在、いまだに同じ色をしている。


(向こうからなにも合図がない……。話を続けろ、ということでしょうか)


自分は平静を装いながら話を続けることにした。



―――えぇ、そうです。残念ながらアナタ以外はいずれも行方知れずか、終身刑でありましたので。




「おぉそうかい。ソレはご苦労なこって。かくゆうオレも錯乱して敵前逃亡したってクソふざけた理由で、軍事法廷経由の辺鄙(へんぴ)な隔離病院の(おり)の中だけどな」




―――……大分話が逸れてしまったようだ。話を戻させてください。アナタが先程おっしゃった『アレ』とは、一体何の事でしょうか?




「……化け物だよ。見たこともない鎧を着込んだ、山刀(メェ―チ)みたいな尻尾が付いた巨漢のな」




―――巨漢、【角鬼亜人族(オーガ)】や【醜鼻鬼族(トロール)】でしょうか? しかし尻尾も、となると……。




「言っとくが、南東部のトカゲ共を想像しても無駄だ」




―――どういう意味です?




「確かにヤツらには尻尾があるが、それで手前(てめぇ)のバランスをとるために振るか、敵をブッ飛ばすために振るかだけだ。ヤツみたいに『霞むほどの速さ』で振り回したりしない」




―――霞むほど、ですか。




本来、人間の目は動くモノを捉えるため、対象に焦点を合わせられるよう出来ている。


俗にいう『動体視力』というヤツだ。


しかし、そんな動体視力すら凌駕する速度で肉体の一部を動かすことが可能だろうか?




「……………まぁ、そんなのは序の口だったがな」




―――というと?




「ヤツは、こっちの【法兵隊(ほうへい)】が降らせた【石礫弾(シェービン・プーリァ)】やら【氷錐弾リディナーヤ・プーリァ】やらを、『得体の知れないモノ』で防ぎやがった」




―――得体の知れない?




「ああ、【法兵隊(ほうへい)】の連中が作った土煙でよく見えなかったが……硝子(ガラス)のような壁、いや光の幕、みたいな感じだった。ソレに刺さったこっちの【法撃(ほうげき)】が、数秒遅れて真っ直ぐ【法兵隊(ほうへい)】の連中に戻ってきたんだよ」




―――つまりその怪物は法力攻撃の無効化、いえ『【法術(ほうじゅつ)】の反射が可能』ということですか。




「オレはアンタ等にみたいな学があるわけじゃねぇ。だからアレがどんな奇跡なのかも知らねぇし、知りたくもねぇ。ただ、最初のソレだけで【法兵隊(ほうへい)】は半数以上が使い物にならなくなった。【法杖(ほうじょう)】だけブッ壊れたヤツ、腕を杖ごと吹っ飛ばされたヤツ。頭がカボチャみたいに砕け散ったヤツや土手っ腹に丸い穴がガッポリ空いたヤツもいた。地獄絵図だった」




―――しかしアナタ方は生き残った。何が生死を分けたと思いますか?




「知らねぇよ。肉体労働しか能がねぇ俺達より、そういうのを考えるのは頭の出来がいいアンタらのお株だろう?」




―――仮にそうだとしても判断材料が足りません。もう少し、なにか覚えていることはありませんか?




「覚えてることっつったって……」




―――その時の気温や空気の湿り気、周りの音や情景。アナタ方がどんなことをしていたのか、怪物がどんなことをしていたのか。どんな些細なことでも構いません。




「……俺達の部隊は水属性の【法兵(ほうへい)】しかいなかった。だから斥候と支援にまわされていたからってのもあったかもしれない。たしか……ヤツに最初の攻撃をしていた他の連中は土と氷の他に、火と風の属性で【法撃(ほうげき)】していた。【火炎(ヴズルィーフ)(・プーリァ)】とか【疾風(ウラガーン)(・ウビィツィ)】とかだ。ヤツはそれらを防ぐだけで撃ち返しては来なかった……気がする。それに、いくつか光の幕を通り抜けたように見えたのもあった」




もっとも、それらも怪物が着込んでいた鎧に擦過傷(さっかしょう)(すす)あとを付けただけだったが、と彼は最後に付け加えた。


自分は彼のかすれ声を心配し、喉を潤してもらうため、目の前に置いてあった代用コ―ヒ―を飲むよう薦めた。




―――なるほど。報告書では水属性の【法兵隊(ほうへいたい)】の一部も生存していた、とありましたが。そういう理由だったのですね。




「ああ、そうだ。他に生き残りがいたのなら、【水円刃(ヴァドヌィ・クルーク)】を使ってた新兵隊の連中だろうさ。アイツらは打ち出した円盤状にした水が、水の弾になって飛んで戻ってきてズブ濡れになってたからな」




―――つまり、【法力(ほうりょく)】で発現させた現象すべてを反射できる訳ではない、ということですか。




「アンタがそう思うならそうなんだろ」




―――つまりあの災禍(さいか)の中で、アナタ方が担当していた左翼の部隊は撤退中に未知の怪異と遭遇。咄嗟(とっさ)の攻撃をしたために思わぬ反撃を受け、迎撃すら出来ないほどの被害を受けてしまった、と。なるほど、たしかにソレが一番筋の通ったものですね。……失礼。




自分もテ―ブルの上に置かれた紙コップの中の代用コ―ヒ―を燕下し喉を潤す。


僻地(へきち)ではコ―ヒ―豆すら貴重だとはいえ、評判の味わいに顔をしかめてしまう。




―――しかし【法兵隊(ほうへいたい)】以外の民兵(アナタ方)にも甚大な被害が出ているのはなぜでしょう? 霞むほどの速度で尻尾を振り回したところでアレほど広大な平原で広範囲に渡って被害が及ぶはずがないと思いますが?




「……ああ、アンタのいう通りだ。いくら素早い攻撃にも範囲ってもんがある。ヤツの尻尾も限界まで伸ばしても1サ―ジェニ(約2.1m)位しかなかった」




―――では別の要因があったと?




「もちろんあったさ。だから、あの光景を見ちまったヤツはパニックを起こしちまった……」




不意に、彼はカタカタと震える両の手で自分をギュッと、ゆっくりした動きで抱き締める。


ソレでも震えが弱まっただけで完全に止まることはなかった。


彼のその行動に、私はかける言葉が見つからなかった。


雰囲気に呑まれていたのかもしれない。


あるいは彼の口から紡がれる奇譚をもっと聞きたいと望んだからかもしれない。あるいはその両方か。


彼の頬を伝う脂汗がシンクのテ―ブルの上にパタタッとタップする。


それほどまで彼の言い知れぬ感情を体現したかのような静寂がこの飾り気のない部屋を包んでいた。


そして、意を決した彼は震える唇をなんとか動かし言葉を紡いだ。




「ヤツは……あの化け物は。俺も含めた大勢が見ている前で…………消えた」




―――消え? それはどう意味で……?




バンッと彼は自らをかき抱いた両の手でテ―ブルを思いっきり叩いた。


もちろん上に置いてあったカップは両方倒れ、中身がぶちまけられる。


その勢いのまま、自分のところまで来そうになろうというところで、彼の四肢に取り付けられた【法術(ほうじゅつ)】が込められた(かせ)、『ドローミ』が起動し見えない鎖があるかのように彼の動きが動作の途中でビタッと止められる。


いくら彼の動きに制限があるとはいえ、焦点の合ってない目をした人物がいきなり近づいてきそうになれば、誰だって反射的に後ずさる。


現に自分は椅子から転げ落ちるように彼と距離をとった。


瞬間的に鼓動がハネ上がり、息づかいが荒くなる。


彼はそんな自分を嘲るかのような笑みを浮かべながら、口角が泡まみれになるのも(いと)わず喚き立てる。




「消えた! 消えた! 消えた消えた消えた消えた、消えたんだよッ! 俺だって見ていたッ! 他のヤツらだって見ていたッ! 大勢が見ていたッ! それなのにッ! ヤツが消えたと思ったら隣にいた【法兵(ほうへい)】の身体が肩口から真っ二つに裂けたんだ! 何かが突き刺さったように身体が空中に浮いたヤツもいた! 泣き叫びながら、地面からニンジン引っこ抜くみてぇにド(たま)を引き抜かれたヤツも! ヤツはこっちが逃げても逃げても、どこからともなく現れた! 木の上から! 茂みの奥から! 真横から、正面から!! 怖かったッ! 必死だったッ! 死にたくなかったッ! 確かに俺は逃げたさッ! だが目に見えない化け物相手にどうしろってンだッ!? あの時はああするしかなかったんだッ! 助かるにはションベン漏らしてでも逃げるしかなかったんだッ!! それでも俺はヤツが血を流すのを見た! 血が出るなら殺せる! 殺せるんだ、あの化け物をッ!!」


突然の彼の豹変ぶりに面会室の隣の部屋に待機していた職員達が、錯乱した彼を落ち着かせるために乱暴に扉を開けて押し入ってくる。


大人数人がかりで何とか取り押さえるが、それでも気を抜けば再び暴れだすのはここにいる誰もが理解できた。




「ヤツはいる! まだいるんだ! 姿が見えないだけで、目に見えないだけで! あの平原に、いやこの【プレーティア】大陸のどこかに! ()らなきゃこっちが殺されるんだッ! ヤツがどれほど連邦の驚異になるのか分からないのかッ!? 俺達だけだッ! ヤツを仕留められるのはッ! 戦ったことのある俺達だけなんだッ! おい、アンタ!」




―――ッ!?




狂気を帯びた瞳を急に向けられ、身体がビクッと反応する。


「アンタら、研究者だってンなら俺がとびっきりの『研究対象』を持ってきてやるッ!! だから俺をここから連れ出してくれッ! 俺にヤツを()らせろッ! 友の、上官殿のッ! 仲間の仇を討たさせろおおぉぉぉッ……ぉぎぃッ!!!」


刹那、まるで糸が切れた操り人形のように彼の体が脱力する。


どうやら、職員の誰かが『鎮静剤』を投与したようだ。




―――ハァハァ……ふぅ。




自分が乱れた呼吸を何とか整えている中、両脇を職員に抱えられて彼が『面会室』から出てゆく。


そして入れ替わるように白衣姿の初老の男性が部屋に入ってくる。入室の際、職員に何か指示をしていたから、おそらく彼の処置についてなのかもしれない。


初老の男性が、私と目が合うとゆったりとした足取りで歩み寄ってきた。


「……申し訳ないが、今日の所はお引き取り願いたい。彼はああなってしまうと、丸一日こちらとの会話すらままならなくなってしまうのでな」


首を左右に振り、初老の男性が嘆息(たんそく)しながらのたまう。




―――あの症状はここに来てからなのですか? 予想以上にひどく錯乱しているように見えたのですが……。




「まさか! 『さっき』のはマシな方だよ」




―――()()で、ですか?




「ああ。発見当初、つまり『ここに担ぎ込まれて来た時』の方が()()()()()()()。ワシも長年(ながねん)医者をやってるからか、戦場で心に深い傷を負った帰還兵を多く見てきた。だがあそこまで『何か』に怯える人物を、ワシは見たことがない。まるで彼の『怪物』とやらがそこらに本当にいるんじゃないかって、こっちが思い込んじまうくらい不気味な話だよ、まったく」




―――アナタは彼の話を聞いてどう思いますか?




「どうもこうもないね。ワシにとって重要なのは『いもしない怪物』に怯えて精神を病んでしまっている『患者たち』のケアが最優先だ。もうよろしいかな?」




―――ええ、今日はご無理を言って申し訳ありませんでした、ドクター(ヴラーチ)




「帰る際はワシの診察室に顔を出してほしい。見送りくらいはせんとな。では失礼」


そのままドクター(ヴラーチ)は踵を返し、さっさと部屋を出ていく。




―――分かりました。……っと。そうだった。




自分は振り返ると、起動したままであった『フォタアパラ―ト(法力カメラ)』の撮影終了のボタンを押し、電源を落とすのだった。

ここまでご高覧いただきありがとうございます。

誤字脱字ならびにご指摘ご感想等があれば、随時受け付けておりますのでよろしくお願いいたします。

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