104 ― ワクガイ、現状を憂きその腰を上ぐ ―
お久しぶりです。長らく投稿が滞りましたこと、誠に申し訳ございませんでした。
ようやく新規PCの調整、並びに執筆環境等が整いましたので、本小説の再開をしたく存じます。
よろしくお願いいたします。
「彼女の作る食事を摂り始めてから今日でちょうど二週間と半分といったとこ、か……」
ヘルヴィに気取られないよう、間借りしている納屋の土壁に小さく付けていた傷を指の腹で触りながら確かめる。
短いようで長い時間が経過する間、正直なところ、自身の正体がバレるのではないかと――表情にこそ出さないよう努めてきたものの、――内心は戦々恐々としていた。
仮に正体がバレる、いわゆる『身バレ』などしようものなら、良くて化け物扱いされた挙句の強制退去。
最悪、かつて『向こう側の世界』であったとされる『魔女狩り』が行なわれ火あぶりや身の毛もよだつ拷問か何かに処されていたに違いない。
しかしながらここ数日、目立った出来事は起きていない。時折、私の安否を気遣ってなのかは定かではないが、村の住人の訪れる頻度が増えたくらいで、彼ら全員が私の安否を気遣ってくれていた。
『レプティノイド』が持つ固有能力でも敵意の色も見えないことから、損得勘定抜きで私の身を案じての行動であることは明らかであった。
(しかし、見舞いに来てくれる男性陣の大半が顔を赤らめながら、必ず何かしらの物を持ってくるのは流石に参る。間借りしている病床だってのにドンドン物が増えていくのは、家主である彼女に対して心苦しいことこの上ない。とはいえ恨むべきは今の私の見た目なんだろう、なぁ……)
ヘルヴィ曰く、当初ここに運び込まれた私は凶暴な原生生物を殲滅した際――ただし当の本人にその記憶は一切ないのだが……――に返り血やら臓物やら、果ては前のめりで倒れたせいで体の全面は泥濘にまみれにまみれてしまい、とても見るに堪えない見た目をしていたという。
とはいえ、それらの汚物を彼女が懸命に綺麗さっぱり落としてくれたおかげもあってか、ただの汚物から気絶した女性が出てきたのだから、住人たちはさぞ驚いたことだろう。
現に、私を見舞いに来る住人の数は先に述べた通り、日を追うごとに着実に増えている。
その男女比、実に八対二。
ほとんどの人物は私の安否を気遣ってくれていたが、若干、私という『個』を目当てに来ているような節が見受けられた。
―――曰く、体の具合はどうか。何か入用なものはあったりしないか。
―――曰く、どこから来たのか。帰るあてはあるのか。
―――曰く、食べ物だったり花だったり、好きなものは何か。もし贈り物をされるならどんなものだったら嬉しいか。
―――曰く、その艶やかで触り心地の良い髪やシミひとつない素肌は、やはり【法術】の類なのか……。
とかく外界から突然やって来た見知らぬ私に対し、村の住人のほとんどは興味津々なご様子。
ちなみに、これはヘルヴィからの又聞きであるのだが、現在、私が滞在しているこの村は山奥の突き当たりに位置しており、旅の行商人も滅多なことでは訪れないほどらしい。
ヘルヴィからの又聞きではあるが私のいるこの村は山奥の突き当たりにあるといい、行商人も滅多なことでは訪れないほどらしく、それゆえ異邦人そのものが非常に珍しく、村の外から来た私に対して心配してくれる人物もあからさまな好意を抱いている人物も、そういった外界との接点のなさ故ということだろう。
当初こそ、見知らぬ場所で目覚めた私は、考えうるだけの最悪な事態を想定し対策を複数考えていた。
これはかつて、『向こう側の世界』において提唱されていた、『ハインリヒの法則』に基づいての行動であった。
この法則の内容は『一件の重大事故の裏には二十九件の軽微な事故と三〇〇件の怪我に至らない事故がある』というもので、別名『一:二十九:三〇〇の法則』とも呼ばれている。
『向こう側の世界』においては、労働災害を考慮されるべき職場はもとより、企業倫理やコンプライアンスがきちんと整えられている労働環境で働く者たち、さらにはそれらを管理運営する企業家たちは必ずといっていいほど念頭に置いておくべきものであった。
かつて私が、地球人の一人である『松本』であった頃は『システムエンジニア』という肩書の下、人間社会で労働に勤しんでいた。
そんな私でさえも取引先の顧客とのやり取りから始まり、自分はもとより、同僚たちや直属の部下が些細なことでやらかしてしまった様々なミスなど……。この法則に当てはめられるような事例は枚挙いとまがなく、そのたびに上司に講習会の場を設けてもらい、「どのような事例であっても時には思わぬ大事故へとつながる」ということを口酸っぱく周知するとともに、常に己が胸にも留めておくようにしていた。
(――ただ、それだけやっても会社の金に手を出した輩もいたからなぁ。ヒューマンエラーはどうしようもないから周りとの協力関係で乗り切るしかないが、『あの一件』だけは最後の最後に残る『良心』、本人の心持ち次第ってことになるんだろう、な……)
まぁ、そんな過去の話はさておき、今の最優先事項は現状に関してだ。
先に挙げたの事柄から考察するに、『適応擬態モード』状態にある今の私は、完全に村の住人達から『奇妙な人物ではあるもの、自分たちと変わらない同種の生命体である』と認識されていることの証左であると判断して差し支えないはずだ。
これをもって、自身の身の危険度指数は格段に低くなったとともに、胸中の心配事のほとんどは思い過ごしで終わったとして間違いないだろう。
とはいうものの心配事が何もかもすべてなくなったかといえばそうではない。
私の胸中にしこりとして残る心配事――。
それは他ならぬ『私が世話になっているヘルヴィ達に関すること』であった。
というのも、私の世話をしてくれているヘルヴィはもちろん、私が目にした村人たちの出で立ちや服装は、総じてヨーロッパ圏のそれだ。しかも私の知見に間違いがなければ、『向こう側の世界』における数世紀前の時代、いわゆる『中世を過ぎたばかりで近世に入りたて』と称される時代区分そのものといっていい。
「そういえば、前に雪山で遭遇した兵隊たちもえらくノスタルジックというか、レトロスペクティブな装束を身にまとっていた、な……」
いや、この惑星の【普人種】と呼ばれる知的生命体が生存しうる版図においては、これらが一番最先端かつモダンなのかもしれない。
思い返せば、【鉱亜人種】の長だったレアテミス嬢たちも――伝統的な衣装とはいえ――、『向こう側の世界』における、『文明』もかくやという風体であった(ちなみに、ウォラたち【角鬼亜人族】や【醜鼻鬼族】、【上位醜小鬼族】といった【鬼族】に分類される者たちは、服装にそれほど頓着がないためか、私が【鬼族】たちと出会った当初、オスたちは服飾に無頓着なようで、腰布一丁に己が肉体美をワザと衆目に晒していた感がある。逆にメスたちはある程度周囲の目を気にする素振りがあり、ウォラの姪にあたるあの男勝りなプレナですら、腰布に加えて胸部を隠す布地を巻いた姿をしていた。)
(―――まぁ、私がいた場所はある程度文明が入り込む余地があったことも相まって、無人制御された耕運機が田んぼを耕していたし、GPS誘導されたドローンが農作業をアシストしていたっけ……。流石に牛馬を使っての農耕や人海戦術による田植えは、観光客や修学旅行で訪れた都会っ子たちへのデモンストレーションの一環でしかなかったけれど……)
それにくらべて……というのはあまりにも酷かもしれないが、ヘルヴィをはじめ、村の住人たちがこの場所を訪ねて来てくれる際、私の目には『清貧』という言葉が服を着ているように映っていたのだ。
そして、それは食事に関しても同様であった。
毎度ヘルヴィが食事を用意してくれているとはいえ、食器類はもちろん、スプーンやフォークといったカトラリーを含めすべてが木製であり、出される食事も完全に前日か前々日の料理の残りにほんの少しアレンジを加えた程度。
調味料に至っては塩のみか、二、三種類の香草がちょっとという凝った味付けのされていない、いたって質素かつシンプルなもの。
加えて、寝泊まりさせてもらっている家屋を見回してみても、ガラスのような希少物質を用いた道具は緊急時に使うランタンの明かり窓のみ。
唯一、金属を用いている道具といえば先ほどのランタンのほかに、壁に立てかけられている農機具の先ぐらいなものか……。
(そういえば、数日前に看病してくれているヘルヴィの目が届かない時間帯を狙ってそこら辺にあった道具を簡易スキャンしたことかあったな……)
結果、それら道具の大半に使われている金属は、鉄や銅といった『向こう側の世界』でも対して珍しくもない物質で構成されていた(もっとも、魔法にも似た【法術】が存在するファンタジックな惑星であるため、これらの道具に何かしらの術が込められている可能性もなくはないのだが……)。
とにかく、これらの情報をまとめつつ様々な視点から客観的に考えを巡らせた結果、私はとある結論に達した。
「―――私が何もしないでただただ彼らからの施しを享受しているこの現状、対外的に見てあまりよろしくないのでは……?」
今の私を言葉にするならば、『大したケガもないのに、年端もいかない少女の下で食っちゃ寝してるヤツ』そのものだ。
本人が他人の目を気にしなければ問題ないのかもしれないが、残念ながらいくら『こちら側の世界』で異類の身となって長い時間を過ごしてきたといっても、『わたし』という残滓はそこまで厚顔無恥な性格をしていない。
肉体のエネルギー総量は『本来の姿』ほど多くはないが、それでも数週間はかかるであろう力仕事や、ナノ単位レベルの精密作業を継続的かつ不眠不休で行なうことなど、『適応擬態モード』状態である今の私には造作もない作業であり、この惑星の【普人種】とは比較にすらならないと断言できる。
それに、彼らから受けた恩にきちんと誠意をもって報いる方が、母船を探しに行くよりも優先度ははるかに高かろう。
「―――よし。『好機逸すべからず』ともいうことだし……まずは身体能力の再確認からだな」
私は間借りしている寝床から上体を起こし、ぐぐぐぅっと背筋を伸ばして気分を高めつつ胸を張ると、さっそく行動へ出ることにした。
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