101 ― その者、今一度置かれし趣を顧みる ―
私は惑星外生命体、リーパー。
古い付き合いである母船に乗って位相空間を航行中、突然の事故とアクシデントにより未開の惑星に落着。
人類に酷似した生命体との不幸な行き違いから始まり、地下で【鉱亜人種】や【醜鼻鬼族】、【角鬼亜人族】や【上位醜小鬼族】などといったファンタジー要素が詰まった多様な種族との交流の末、無事地上へと戻ってくることができた。
これでようやく母船探しに行けると思っていたのも束の間。
移動した先でまたもや人類に酷似した生命体と吹きすさぶ吹雪の中で合間見えることに。
だが彼らとの大立ち回りに夢中になっていた私は、物陰で息を潜めていた彼らの仲間に気付かなかった。
私はその人物に右手首を切り落とされ、突然の痛みに上げてしまった絶叫により発生した雪崩に巻き込まれ、目が覚めたら……。
身体が人類種の女性体と化してしまっていた!
まぁ、これは母船から満足な支援が得られない際、本来の肉体を再構成する時に発生する緊急措置に近いものの副産物ではあるのだが。
ともかく、私という未知の怪物が、私を敵性生物と決めつけている彼らにバレたら、またも命を狙われ、更には私を助けてくれたと思しき子供たちにも危害が及ぶ。
誠意と勇気を示してくれた彼らの安全に一計を案じ、敢えて正体を隠すことにした私は『ヘルヴィ』と名乗った少女に名前を聞かれ咄嗟に『アニムス』と名乗り、本来の肉体の再構成が無事完了し母船を捜索しに行ける体力が回復するその時まで、彼女らの住まう家の納屋に居候させてもらうこととなったのである。
姿が変わっても頭脳は同じ。見た目は女性、中身は『惑星外生命体』。
節穴だらけの計画性! 真実はいつも一つでも、事実はいつも人数分!
◆◇◆◇◆
さて、その昔、紙媒体の『週刊少年漫画雑誌』に連載されて大いに流行っていた推理小説漫画のナレーションを捩ってここまでの経緯を、自分でもわかるように回顧してみたわけだが。
今一度、私の現状について再考しなければならないだろう。
まずは自身の肉体の変化について。
これまでの私の姿と言えば、『二対の腕と、先端が鉈のように鋭利な外殻の付いた蛇のごとき尻尾。虹色の光彩を放つ全身鎧を身に纏った、身の丈二m強はあろうかというあからさまな怪物』そのものだった。
しかしながら現在の私の姿はというと、怪物の代名詞ともいえた二対あった両腕のうちの内側の腕は肉体の再構成時に私の胸部や両肩部と融合し、名残といえる軟骨の一部が肩口や肋骨の周辺に、腕組みしたような状態のまま満遍なく散らばる形となり、結果的に腕部は一対のみとなってしまった。
加えて臀部からニョロリと生えていた、蛇のようにしなやかで強靭な尻尾も肉体の再構成の際に栄養源として身体へと取り込まれてしまい、尻尾の先にあったあの山刀のような外殻の名残のみが、下半身の背骨と尾てい骨を守るかのような位置の体表上に、浮き出る形で残っている。
また、身長は『向こう側の世界』における私と同じ一七〇cm台まで縮んでしまい、おまけに頭部に生えていた五本の角は肉体再構成の際に細分化され頭髪へと変化した。
そして何よりも肝心なのは、私の全身を保護するために覆っていた緊急用の特殊装甲だ。
以前、【鉱亜人種】や【角鬼亜人族】たちと別れ、地下世界から地上へと進出した際の滝行よろしく、水浴びをした時においても特殊装甲は伸縮させて変化させるだけに留めていた。
しかし今の適応擬態モードでは、特殊装甲や体内のナノマシン等の制御を担うため背部に背負う形で配置されていた制御用生体コンピューターは特殊装甲は両前腕部の手甲に制御端末としてコンパクト化され、残りの装甲は全身の細胞にDNAレベルで結合を果たしている。
手甲に制御端末がコンパクト化されたことで本来の特殊装甲の機能である、周囲の光子率や凹凸などを解析・再現することで周囲の景色へ同化し、他者の目からはまるで『姿が消えたように見せる』ことができる『能動的疑似光学迷彩』、通称『APsCm』や、母船が近くにある際、『某ネコ型ロボットの四次元ポケット』のように別位相の空間に収納してある道具を取り出して使用することができる『後付拡張機構』の呼び出し機能等がオミットいるものの、これらの劇的なビフォーアフターにより、私の身体はこの惑星における【普人種】に類似した姿へと変化したわけである。
現在の私の種族である『レプティノイド』のDNAは四重螺旋ではあるが、そこに特殊装甲分の配列が一対追加された。。ゆえに、適応擬態モードの肉体は、身体能力こそ本来の力の七割程度に低下しているものの、低下した三割分が通常の防御力へ更に上乗せされた状態となっているというわけだ。
母船と連絡がとれず、かつ母船からの支援が得られない現状での適応擬態モードがいかにハイリスクかという事は理解しているつもりだが、別種の生命体レベルまで形態変化してしまえば、仮にあの山岳部にいた謎の兵士たちが追って来ていたとしても知らぬ存ぜぬを決め込める。
それに、前回までのこちらが被った損害といえば、あの悪天候での小競合いの最中における右手首から先の部位喪失と――自分の不手際で発生させた――不慮の雪崩に遭遇したくらいだろう。対して、死地からの五体満足での生還と、敵意の色を持たない【普人種】との接触といった一連の出来事に比べれば、我が身に降りかかった不運など些末なことだ。
それでもどうしてもと、問題を強いて挙げるとするなら、性別が転換したことで大事な部位が無くなってしまったことぐらいだろうか。内側の両腕部の融合により生じた胸部の膨らみも併せて『棒も玉』もないのでは、仮に男に扮することが今後あった場合、かなりの高確率でバレるだろう。
(でも、そんな文字通りの珍事なんて起きるもんだろうか……? そもそも排泄行為をしなくても、経口摂取した有機物はすべて体内のナノマシンの稼働用エネルギー源になるし、仮に無機物だったとしても本来の肉体に戻るためのエネルギー源として圧縮貯蔵する内臓があるから、別段アレがあろうがなかろうが問題ないだろう……たぶん)
そうやってなんやかんやと私が思索を巡らせていると、何かがこちらに近づいてくる物音が聞こえてくるのに気がついた。
音の感覚からして、動体は【普人種】が複数だ。しかし、先ほど私と名乗りあった少女、ヘルヴィの足音や歩幅とは明らかに異なる。
「お、本当にヘルヴィが言ってたとおり、マジで生きてんじゃん! いやー、我ながらあの【貪婪狼貂】のクソッタレを相手にした後で、よくここまで運んでこれたもんだ!」
「おいヴァリオ。相手は俺たちの命の恩人なんだぞ。兵士志願っていってもお前は敬語もろくに使えないんだから、少しは失礼のない態度でいるくらいしたらどうだ?」
「おいおい、無茶いうなよ相棒! いくらオレが兵士目指してるっつっても、学があるわけじゃないんだ。なにもお貴族様との会話って訳じゃないんだろう?」
「だからって……ぁ」
私がワラのような束の上で身をよじろうとしていた直後、戸口の扉を開いて二つの影が現れ、私の姿を目にするなり話し始めたが、私の視線を感じたのか、そのうちの一人である身体のバランスを杖に預けていた青年が会話を強引に切り上げ、杖をつきながら私の方へと歩み寄ってきた。
「いきなり押し掛けてすみません。休憩がてら家に戻ってきたら、妹からあなたが目を覚ましたって聞いたのでいてもたってもいられず……」
「妹? もしかしてキミはヘルヴィの身内か?」
私の問いに彼は頷いて答えた。
「はい。俺はセヴェリ、ヘルヴィは俺の妹です。それでこっちの騒がしいのが……」
「騒々しいってなんだってんだよー! セヴェリ! 一体、オレがいつどこで騒々しくしたっていうんだよ!? 証拠は!? 証拠がなきゃ罰金だぞ、えぇおい!」
「現に今ここで騒がしくしてるじゃないか、まったく。とにかく自己紹介くらいは自分でしてくれ……」
呆れて返っているセヴェリを置き去りに、もう一方の青年が私の方へと踵を返すと親指をビシッと自身へと向けてふんぞり返った。
「んん、オレの名はヴァリオ! この村サイキョーの兵士見習いだぜ! よろしくな! アンタをこの村まで運んだのは、何を隠そうオレとセヴェリ、それとコイツの妹のヘルヴィだ。存分に感謝してくれていいぜ!」
咳払いしながらも元気よく挨拶をしてくれることはありがたいのだが、いかんせん先ほどのやり取りを見てしまっている以上、このヴァリオという青年は大事なこともポロッと口に出してしまいそうな軽薄な色が透けて見えるのがどうしても否めない。
「……自己紹介してくれたこと、感謝する。私の名前はアニムスという。ヘルヴィから聞いた話では、キミたちが私を助けようとしたばかりに、凶悪なモンスターの群れに襲われたとか。まずはそのことについて謝罪させてほしい。すまなかった、この大恩に必ずや全身全霊で報いると誓おう」
私が深々と頭を下げると、それを見た二人が突然オロオロと慌てふためき始めた。
「よ、よしてください! 何もそこまでされるようなことはしていません! ヴァリオ、お前が感謝しろなんて言うから!」
「な、なんだってんだよー。別に村までクソ重い荷車を運んだのは事実なんだから……ぁ、いや分かった。分かったからそんな顔するなって。冗談だって、ほんのちょっとした冗談!」
友人の表情から剣呑な雰囲気を感じ取ったのか、ヴァリオが両手を胸の辺りでブンブンと横に振りながらたじろぐ。
「……ったく。ところでアニムスさん、身体の具合とか大丈夫ですか? ヘルヴィの見立てではどこも怪我はしてないそうですが……」
「問題ない。ただもう少しだけ療養させてくれると助かる。その間の滞在費に見合うだけの金銭的対価は持っていないが、元気になり次第すぐに用意するつもりだ」
正直に言えば、まだ覚醒直前という事もあってこの身体を思うように動かせない。おそらくは、本来の姿の時の感覚や精神が適応擬態モード状態である今の身体に定着しきっていないためだろう。
それでも無理矢理身を起こそうと身体に力を入れようとすると、セヴェリが床に膝をつき私の横に来ると、私の行動をそっと手で制した。
「アニムスさん。俺たちはそういった『お金目当て』であなたを助けたわけじゃありません。それにあなたを一番最初に助けようとしたのは妹です。きっと死んだ父親からの教えを大事にしているからだと思います」
「キミの父親は亡くなっているのか……」
「正確には流行り病にかかった母さんの看病で一緒にって感じですけど……。でも父さんが日頃から言ってたんです、『困っている者あれば、礼節を尽くし、自分が持てる力の範囲でその者に接しなさい』って」
何と、人のできた父親だろう。
「それにまぁ、ただ単に俺やヘルヴィが目の前に困っている誰かがいたら放っておけない性質なだけで……」と、どこか照れたような表情を浮かべる青年を前に、私は一種の感動すら覚えていた。
しかも自分だけの行ないに留まらず、その信条が彼らが遺した子供たちにまで引き継がれ、かつそれを各々が実行しているのだから感心せざるといえない。
生前は他者の痛みが分かる人格者だったに違いない。
「……まるで『善きサマリア人のたとえ』そのものだな」
「え? グッサマ……?」
聞き慣れない単語だったのだろう。セヴェリが不思議そうに聞き返してきた。
あぁそうか。『こちら側の世界』に『サマリア人』という民族は存在していないのだろうから当然といえば当然の反応だろう。
「いや、何でもない。ただの独り言だ、気にしないでくれ」
「? はぁ……」
セヴェリは何か腑に落ちないような顔をしているが、そんな辛気臭い事は置いといてと前置きしながら、いつのまにか近くに立っていたヴァリオが私たちの会話に割って入ってきた。
「なぁアンタ! あの【貪婪狼貂】とブッ殺した時のアレ、ありゃあ一体何なんだ!? もしかして【法術】か!? それとも別の技か何かか!? なぁ、おいってば!」
「ヴァリオ! お前ってヤツはもう少し静かにしていられないのかよ」
「だって気になるじゃんかよ! 男ならやっぱ何かしらの力に憧れるもんだろ!」
相変わらず騒々しいというか、図々しいヴァリオをセヴェリがなんとか諫めようとしているが、実のところあまり私は気にはしていない。というのも『向こう側の世界』の近所の子供たちは皆元気ハツラツしていたことから、これも元気が有り余っている子供特有のものだと思えばなんてことはない。
むしろ成長期真っ盛りくらいな男子の年頃であれば、その時の光景は目に焼き付いて離れないのは当たり前だ。
「すみません。コイツ、家が農家なのに将来兵士になりたいって言ってきかないヤツで。しかもあなたが【貪婪狼貂】を素手で倒しているのを見てから、ここ最近更に舞い上がってて……」
「いや、気にしてない。ただ、私もその一件はおぼろげにしか覚えていない。むしろキミたち三人の方がよく知っているはずだ」
「へ? 三人? いや、ここにはオレとセヴェリしか……」
そう。ここには私を除き、セヴェリとヴァリオの二人しかいない。
にもかかわらず、私がわざわざ視線を戸口に向けながら人数を敢えて強調したのにはそれなりの理由があった。
「……兄さんたち。わたしの代わりに井戸まで行くって話はどうなったんですか? 井戸に行ったのなら、どうして両手が泥だらけのままなんです?」
一瞬、硬直した男二人が油の切れた機械のようにギコギコと振り返ると、そこには表情こそ笑みをたたえているが、目が一切笑っていない――しかもおでこには漫画でよく見る『怒りマーク』のようなモノまである――逆光に照らされたヘルヴィの姿があった。
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