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100 ― хто це в біса?(其はされば何人なりや?) ―

山間の奥まった場所にある村に住む子供たちの窮地を救った謎の人物が、村はずれの家の納屋へと担ぎ込まれて、はや数日が過ぎた。


依然としてかの人物が目を覚ます兆候は見られず、子どもたちの命の恩人であるその人物を心配する村人たちも、様子はどうかと時々訪ねてくるようになった。


村の【法医術士(ほういじゅつし)】であるタラースからの言いつけであった『薬草採取』の際に遭遇したモンスター、【貪婪狼貂(グルトヴァリン)】の群れに襲われるという恐怖体験をした子供たちの一人であるヘルヴィは、今日も今日とて、自宅の隣に併設された納屋へと担ぎ込んだ人物の世話を続けていた。


担ぎ込まれた当初、ヘルヴィや彼女の兄であるセヴェリ、そして兄妹の幼馴染のヴァリオに襲い掛かってきた【貪婪狼貂(グルトヴァリン)】たちをいともたやすく全滅させた際、か人物はモンスターから噴き出した血しぶきやら臓物やら大量の汚物に塗れていた。


さらに殺めたモンスターを高々と掲げるという奇妙な仕草も何回か行なったことで、かの人物は悪臭漂うそれらの汚物を頭から諸に被ってしまっていた。


しかし、村の心ある大人たちの協力の下、ヘルヴィは未だ身を切るような寒風が吹くこの時期に、冬ごもりのため、どの村の大人たちよりも多く集めた暖をとるための貴重な枝や薪をかまどにくべて何度も湯を沸かす。


かの人物の頭から爪先までべっとりとこべり付いた血液や油分を含んだ体液、内臓から噴き出した汚物といったどどめ色をした汚れを丁寧に洗い流すためだ。


ヘルヴィがかの人物の体表の汚れを沸かして人肌まで冷ました湯につけ、その小さな手で厚手の布で洗い流しては浮いてきた汚れを拭き取り、横に置いていた湯を張った桶の中で懸命に絞るたび、桶の中が瞬く間に黒く変色し悪臭を放ち始める。


するとすぐさまヴァリオの母親であるアウリがやってきては、新しく沸かした湯桶を交換し、代わりに悪臭を放ちドロドロとした煮こごりのような汚水を両手に抱えて外へと出ていく。


そんなことを繰り返して数時間。


今まで汚物の塊と見間違えられても致し方なしであった外見はどこへやら、かの人物はどこかの貴族かと勘違いしてしまうほど、さっぱりとした体貌(たいぼう)をもった人物と変わったではないか。


唯一問題とするなら胸部の一部や局部を覆う、見る角度によって色が変わる服の残骸と思しき不思議な物体だ。


ヘルヴィやアウリが、どれだけ強くこすっても(ぬぐ)っても、さらには引き剥がそうと力を込めてみたとしてもいっこうに取れる気配がみられない。


まるで身体の一部であるかのようだ。


結局、二人は『何かは分からないが特別なモノ』なのだと自分たちを納得させ、代わりに外で待ってる男連中に村中から集めてこさせた古着を着させることにしたのだった。



◆◇◆◇◆



「それじゃあ、今日もお世話させてもらいますね……」


今日も今日とて、目を覚まさず納屋の一角に敷き詰められたワラ束の上で寝息を立てるかの人物に、ヘルヴィはそっと語りかけた。


なぜいまだに昏睡状態なのか、残念ながらその真相までは彼女には分からなかった。


また、世話といっても意識のない人物に無理矢理水薬(ポーション)を与えたり食事を摂らせることはしない。


患者がうまく飲み込めなければ、それらが気道や肺に入り状況を悪化させてしまうことを、ヘルヴィは幼少の頃より父親から教えられ学んでいたからだ。


ゆえに、彼女のいう『世話』とはあくまで外傷の生むの確認と身体の汚れや汗など――言葉にするほどの汚れや汗は見受けられないのだが――を拭き取り、そして筋肉の疲労に効果的な薬膏を塗り広げるくらいであった。


「……ふぅ。それじゃあ次はお身体を拭かせてもらいますね」


さほど汚れていないかの人物の肢体を懸命に拭うヘルヴィの額からは、ものの数分でポタポタと汗が伝い始める。


なぜなら、かの人物の身体はものすごく重い。


衣服らしい衣服を何一つ身に着けていないにもかかわらず、まるで金属の全身鎧を身に着けているかと思ってしまうほどだ。


そんな重い人物を、荷車の上へと子供たち数人の力だけで運び上げる事ができたのは、ひとえに【貪婪狼貂(グルトヴァリン)】から巻き散らかされた体液やら何やらの汚物で、かの人物の全身がドロドロになって滑りがよくなっていたおかげだろう。


そうやって、ヘルヴィは何度もかの人物にそっと語りかけるように呟きつつ、かの人物の身体に浮いた汗を拭き取った手(ぬぐ)いを、わざわざ火を起こして沸かし更に人肌程度にまで冷ました湯の入った桶の中で揉み洗いしながら、再びかの人物の身体を清拭(せいふ)してゆく。


自ら名乗り出たとはいえ、たった一人でかの人物に着せた衣服を脱がせ、かつ身体を冷やさないように素早く済ませなければならない一連の作業は、子供のヘルヴィにとってかなりの重労働であり荷が重い。


しかし、残念ながら今の時間帯は彼女がたった一人で世話をしなければならない。


それもそのはず。


村の大人たちはとにかく多忙なのだ。


太陽がのぼる前から寝床より起き出しては暖房器具兼調理用の炉に火を入れ、水分で(かさ)増しした豆やくず野菜、保存食として塩漬けにしてあった細切れ肉などが入ったスープに固くしなびたパンを浸しながら食事を手早く済ませ、畑仕事や家畜の世話といったそれぞれの仕事へと赴かなければならない。


そしてそれらの仕事には子供たちも貴重な労働力として駆り出される。


そんな労働力の一人であるヘルヴィが付きっきりでかの人物の世話をしていられるのは、兄のセヴェリと幼馴染みのヴァリオが彼女の分の外での仕事をすべて肩代わりしてくれたからだ。


「……ふぅ。それじゃあ、またお昼頃に様子を見に来ますね」


額に浮いた玉の汗をぬぐいつつ、ようやく全身の清拭をし終えたヘルヴィは湯桶の(ふち)に手拭いをかけ、中身を捨てにいこうと湯桶を腰だめに持ちながら立ち上がる。


かの人物へ一声かけて納屋の戸口にまで向かうヘルヴィは、自身の頭の中でこの後のスケジュールを立てていた。


まずは母屋の炉で使った薪から出た灰の片付け。そして万が一、灰が舞ってしまった時のために母屋の鎧戸を全開にしたのち、かの人物にかかりっきりで出来なかった家の掃き掃除だ。


それが終わったら水桶を手に、村の共有されている井戸と母屋の水瓶(みずがめ)を往復して水汲みだ。


本来ならこれら諸々の作業が終わったのち、ヘルヴィは薬品の放つ独特なニオイが鼻をつくタラースの家へと赴き、彼から大人でも一苦労な仕事を言い付けられるのだが、幸か不幸か、かの人物がこの村に来てからタラースからの無理難題な言いつけはぱったりと途絶えた。


ヘルヴィの兄であるセヴェリ曰く、あの夜の一件ののち、タラースは自身の飼っている伝書鳩を度々飛ばしては、町の薬師から薬の調合に必要な原料の薬草やその他の素材の融通をしてもらっているらしく、頻繁に村と町とを往き来する見慣れない人相をした人物を目撃するようになったという。


とはいっても、その者は思いのほか気さくな人物らしく、村の大人たちが尋ねるよりも先に自分から村へやって来た目的、つまり町の薬師から受け取った荷物をタラース宛に届けに来たことをベラベラと打ち明け、反対に『どうして今まで村から買わなければ手に入らなかったような素材まで、わざわざ売らなければならなくなったのか』ということを大層不思議がっていたとのこと。



そして、それを運悪く外に出てきていたタラースが、その者と村人たちとの会話を耳にしたらしく、怒りに満ちた顔でその会話に割って入ってくるなり、荷物を持ってきた者の疑問に対して、声を大にして持論を主張し始めたらしい。


曰く、薬草や素材を採りに行かないのではなく、採りに行けないくらい程、自己研鑽や研究に自分の生活時間を割いているからであって、本来であれば町の薬師と金銭を使って取引する必要なんてない。


曰く、そんな自分は多忙な身の上なのだから、『薬草』をそう簡単に毎回採りに行けるとは限らない。それに、今まで散々こちらから出向いて売りに行っていた時には大した労いの言葉もなかったくせに、いざこちらが必要になった時にはこちらの都合を考慮しないというのはどういう了見か。


曰く、そもそも、お前に与えられた役割は決められた日に、決められた場所へ荷運びすることであって、こんなところで学のない村人相手に世間話や余計な話題を口にすることじゃない。


『あの夜の一件』以来、今まで村の誰とも会わず自宅に閉じこもっていたせいもあってか、たまっていた鬱憤が爆発したようにタラースは荷運びをしてきてた者が話すタイミングさえも与えずまくし立てただけに飽き足らず、やれ持ってくるのが遅いだの、やれ運搬しただけにクセに運搬代金が高いだのとかなりの不平不満をぶつけた挙句、本来支払うべき金額の三分の一だけしか渡さなかったのだという。


流石にタラースの行為に、気さくなその人物も運搬代金が足りないと抗議の声を上げたのだが、なんとタラースは手にしていた【法杖(ほうじょう)】から【法術(ほうじゅつ)】を飛ばしてその人物の退去を強制したらしい。


結局、足りない金額は村にある僅かなお金を村人たちが出し合ったことで、その人物の溜飲は解消され帰っていったらしいが、それを聞いたヘルヴィは身につまされる思いに駆られただけでなく、それと同時に腹の中がカッと熱くなるのも感じた。


そもそも、タラースは薬草採取に行けないほど多忙ではないことをヘルヴィは知っていた。


法医術士(ほういじゅつし)】という職業はケガ人や病人がいて初めて必要とされる人材だ。だが、現在この村にはそんな大病を患っている【普人種(ニンゲン)】はおろか、彼の腕を借りるほどの大ケガを負っている重傷者など一人もいない。


加えて、彼が自宅から出て来なかったのは、自己研鑽のためでも研究に没頭しているわけでもなく、彼自身が『あの夜の一件』で拗ねてしまい自分の意思で自宅へ引きこもったからである。


対して、荷運び人のその者はどうだ?


聞けば、大人一人は背負えそうなほど、大きな背負子(しょいこ)を背負ってきていたという。平地でも重い物を持って歩くのは一苦労だというのに、こんな人里離れた山奥の村まで一生懸命荷物を運んできてくれた。運が悪ければ、急斜面や悪路に足を取られて大ケガをしてた可能性だって十分に考えつく。


もし、自分が非力な子供ではなく成人した大人であれば、畑仕事やら薬草集めやらに奔走することで今以上に村の働き手として貢献できただろう。その【普人種(ヒト)】だって今回のような不当な扱いを受けずに済んだかもしれない。


早く大きくなって兄や幼馴染みに負けないくらいの働き手とならなければと、ヘルヴィは改めて胸の奥で決意を固めた。


そんな決意を胸に秘め、戸口の前まで来ていたヘルヴィがふと、何気なく後ろを振り返ると、ついさっきまで世話をしていたかの人物が、今までピクリともさせなかった目をスッと開いたではないか。


「―――見知らぬ天井だ。一体ここは?」


中性的で、それでいて何やら音色の良い楽器のような声がヘルヴィの耳へと届く。


「気が付いたんですね! よかったぁ……!」


手にしていた桶を下に置いたヘルヴィが駆け寄ると、ワラ束の上に身体を投げていた人物がゆっくりと彼女に目を向ける。


「……キミは?」


「わたしはヘルヴィといいます。ここはわたし達が住んでいる家の隣にある納屋(なや)です」


「納屋……」


ポツリと呟いたのち、かの人物は自身の置かれた状況を確かめるようにゆっくりと視線を彷徨(さまよ)わせている。


「はい。本当は家の中で看病できればよかったんですけど、あなたの身体中、【貪婪狼貂(グルトヴァリン)】の返り血なんかでドロドロでしたので、それを洗い流すためにもこちらで看病していたんです」


「グルト……? 聞いたことのない言葉だ」


「【貪婪狼貂(グルトヴァリン)】、この辺りにいるモンスターの名前です。あなたはそのモンスターに襲われていた私たちを助けてくれたんです。覚えていませんか?」


ヘルヴィが尋ねると、かの人物は開いていた眼をスッと閉じて記憶を手繰り寄せるような仕草を見せるが、首を横に振りながら再び目を開いた。


「憶えていない。私の最後の記憶は雪山で雪崩に巻き込まれたところまでだ。そこから先はプッツリ途絶えている」


「雪崩に巻き込まれてって……。お身体は大丈夫だったんですか!?」


突拍子もない話の内容に、ヘルヴィは思わず目を見開いて聞き返してしまった。


「問題ない。この肉体は頑強にできている。雪崩程度なら力場でどうとでもできる」


それまで動かさなかった腕でもって所どころ身体を触りながら、かの人物が奇妙な返答をする。


「りき、ば? よく分からないですけど、だから氷漬けになっていたんですね」


首をかしげる人物に対してヘルヴィはこれまでの経緯をゆっくりと説明し始める。


「なるほど。私の置かれた現状をある程度把握できた。それとキミたちの誠意と勇気に満ちた行動にも感謝したい。本当にありがとう」


「お礼をされるほどの大した事はしていません。現に今まであなたの身体の汚れや汗を拭うくらいしかできていませんでしたから」


「それでも私はキミに感謝の言葉を贈りたい。見ず知らずの相手に衣服まで着せてくれるなんてそう簡単にできる事じゃあない。この身体を動かしたりしたのは大変だっただろう。さぞ重かっただろうに」


「い、いいえ、そんなことは……。あっ、そうだ! お腹が空いたりしていませんか? もし良ければスープくらいならすぐお出しできますよ?」


本当は体勢を変えるだけでも一苦労でしたとは口が裂けても言えなかったヘルヴィは、あからさまに話題を変えながら立ち上がった。


「この身体で食事の必要性は……いや、何でもない。手間でなければご馳走になるとしよう」


「わかりました。すぐできるからちょっと待っていてくださいね」


急いで戸口へと駆けてゆくヘルヴィは、ふと気になっていたことをかの人物に尋ねるべく踵を返した。




「そういえば、()()()()の名前はなんていうんですか?」

ここまでご高覧いただきありがとうございます。

誤字脱字ならびにご指摘ご感想等があれば、随時受け付けておりますのでよろしくお願いいたします。

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