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098 ― 【幕間】其は彼の者の残滓 その一 ―

―――薄暗い。



これが目を閉じているせいなのか、はたまた、開けているにもかかわらず暗いのかも判断がつかないが、周囲がとにかく薄暗く、自身の身体が浮遊感に包まれている。そのせいで自身の身体が上を向いているのか、それとも下を向いているのかすらも定かではない。


まるで海やプールといった巨大な水の中にいるような、ひどく物静かで空虚な暗闇を私という小さな存在が揺蕩(たゆた)う中、定期的に目の前が閃光に包まれる時間が訪れる。


存在しているかどうかすらも怪しい両目の奥がギュッと痛くなほどの、余りに強い光を伴って呼び起こされる『ソレ』は、紛れもなく私が実際に見聞きし体験した―――、(リーパー)がかつての『(松本)であった在りし日の記憶』そのものだ。


分かっている。これは夢だ。


夢だと自覚してみる夢、明晰夢(めいせきむ)というやつだ。


だが、夢だと分かっていても『見ない』という選択肢や自由意志は存在せず、ランダムに切り取った一定期間分の記憶を、異類の身となった今の私に無理やり追体験させてくる。


無論、追体験させられる内容は(松本)という一個人の、いわゆる『生命体の一生』であり、心がホッと温まる思い出もあれば、胸が締め付けられるほど悲しい記憶もある。


そして何より、『(松本)の人生最後の瞬間』という悪夢すらも―――。


まったく、身体を再構築する工程で定期的にかつ半強制的に同じ場面を繰り返し繰り返し見せられるこっちの身にもなって欲しい。(具体的にどこの誰がとは言わないが……)


とにかく、抗う事が敵わない記憶の追体験を今回もしなくてはならないという事だけは確かだ。


仕方がないのだと覚悟を決めた私という存在は、依然としてまばゆい光を放ち続ける光源のもとへと導かれるように引き寄せられてゆく。


それはまるで、網にかかった魚が水面に引き揚げられてゆくかのように―――。



◆◇◆◇◆



「おおっ! 目を覚ましたか、『勇ましき者』よ!」


意識がはっきりしてきた私、『松本』が最初に感じたのは困惑そのものだった。


何せ、特殊メイクを施された『遥か昔、銀河系の彼方……』の冒頭でお馴染みな、某SF映画ばりの生き物たちが数体、私の顔を上から覗き込んでいたからだ。


「な、なんっ!? え? な、なにここ? ……え? ぅえええぇぇぇッ!?」


勢いよく上半身を起こすと、なんと私の顔を見ていた生き物のほかに、そこいらじゅうに似たような生き物がいてこちらを見ながら口々に何かを言っている。


私の困惑をよそに、大きな杖のようなものを掲げながら、私の右隣にいたヨー○のように顔に刻まれたシワがひどく目立つ生き物が声高に叫ぶ。


顔つきこそヨー○似ではあるが肉体サイズはまったくもって異なり、若干腰は曲がっているものの、余分なものを削ぎ落としたかのように引き締まった肉体をしたその生き物からは、衰えという言葉が感じられないほどの気迫がみっちりと詰まっているかのように思えた。


「聞け、皆の者! 我らの祖霊が『勇ましき者』の体を『常闇(とこやみ)の淵』より引き上げ、『(いにしえ)の儀』により今一度の生を与えてくれた!」


「「「おおぉー……!」」」


周りの生き物が何者かに対して祈りを捧げる仕草とともに感謝の言葉を紡ぐ中、私は恐る恐る横でうんうんと感慨深く頭を上下させている○ーダのような生き物に話しかけてみた。


「えっと、申し訳ないのですが『勇ましき者』って何ですか? それにあなた方は『人間』じゃ、ないです、よね?」


「『人間』? 『勇ましき者』よ。お主はまだ混乱の中にあるようだが、我らがかような脆弱なる種族ではないことを知っておろう?」


「いや、あの。知っておろうと言われましても。そもそも現場がどういった状況なのかいまいち掴めなくてですね」


さらに私が口を開こうとすると、ヨー○のような生き物が片手を上げそれを制した。


「みなまで言うな、お主の様子から惑乱しているのは周知の事実。まずはその迷える心を落ち着け、体を休めるのだ」


いや、そんな何でも知っているから大丈夫だよって曖昧な返事をされたらこっちだってこれ以上何も聞けないじゃないか。


私の更なる困惑をよそに、無情にも話題は周りの生き物たちだけでどんどんと進んでいき、ようやく私が発言できそうなタイミングになった時には既に話の大半が終わっており、周りにいた生き物たちがゾロゾロと()けていくところだった。


加えてそんな彼らが去り際、口々に私に対しての――まったくもって身に覚えのない――賞賛や感謝、祈りの言葉を口にして去って行く。


中には自分と握手して欲しいとか、体の調子の悪い所をさすってほしいだとか、挙句の果てには赤ん坊が強い子になるように抱いてやってほしいと言った、まるで『とげぬき地蔵』もかくやというお願いまでされる始末。


私は居心地の悪さどころか、この不可思議な状況に薄気味悪ささえ感じ始めていた。


気がつけば、この広場のような場所には、私と私の隣にいる○ーダのような生き物の二人――この場合は二体というべきなのだろうか――だけとなっていた。


「『勇ましき者』よ。お主が建てた『住まう場所』は覚えているか? 本来であれば儂らは自身の建てた『住まう場所』で寝起きするのが(つね)だが、お主は帰って来るたびに様々な場所で寝食をしとったからな」


「『住まう場所』? 『棲みか』ってことでしょうか?」


「ふむぅ……。こりゃあかなり重症なようだな」


私の若干失礼な返答はどうやら正鵠を射たものではなかったようで、ヨー○のような生き物は自身の顎を手でさすりながら考え込んでしまった。


「あの、もしご迷惑なようでしたら私は皆さんとは離れた場所に身を置こうと思うのですが……」


彼の言動をマイナスに捉えてしまった私は居心地の悪さからおずおずとそう進言してみると、考え込んでいた彼が私に視線を移す。


「あー、そうではない。こちらも何と説明して良いか考えていたのだ」


「それは……ご迷惑をかけているようで申し訳ありません」


恐縮してばかりの私がそう言って頭を下げようとすると、ガシッと肩を掴まれて止められてしまった。


「『勇ましき者』がみだりに頭を下げてはならぬ。なぜならお主に非はなく、それ故に謝る必要はないからだ」


そういって長老らしき人物が私の肩から手を放す。私はというと、突然の彼の毅然とした態度に少々怖気づいてしまっていた。


「ただでさえ『常闇の淵』より戻ってきたのだ。その身だけでなく精神にも影響があって当然。儂が聞きたかったのは一人でいても平気かということなのだ。さっきは皆がいた手前、おおっぴらに聞くことが(はばか)られた。何か肉体に違和感のようなものを感じたり、どこかが痛かったり苦しかったりはしないか?」


「身体の方は特に何も。ですが寒気のようなものがする気がします。それにまだ現状が理解できない状態でして」


「というと?」


「えっと、こういうことを言うと変に思われるかもしれないのですが……私は『地球』という惑星に住んでいた『地球人』という生き物なのです」


意を決した私がどのような生命体なのかということをかいつまんで説明すると、○ーダのような生き物は微かに目を見開き、合点がいったというような仕草をした。


「なるほど。つまり、お主は儂らのような『異種族』を目にするのは初めてということか?」


「おっしゃる通りです。それに私のこの体は私本人のものでないのは明らかですし……。それにあなたと会話が成り立っているのも不思議でなりません。私は、一体どうなってしまったのでしょうか?」


まるで終わりのない悪夢のようなこの状況に様々な思いに苛まれている私は、足元からガラガラと崩れていってしまいそうな強い孤独と不安感を感じていた。


きっと今の自分の顔を鏡で見たら今にも泣きそうな顔をしているに違いない。


「おそらくお主が感じていると言っていた寒気というのは『魂の欠落』が原因で、儂と会話が成り立っていることと、お主のその自分でない感覚のようなものは『古の儀』が原因だな」


「『魂の欠落』? 『古の儀』?」


もうさっきから出てくるキーワードに私の脳内CPUはパンク寸前だった。


「うむ。……まあ詳しい話はお主が落ち着いた時に追々するとして、今日のところは儂らの『住まう場所』に来るといい」


「いや、あの。それはさすがにご迷惑じゃ……」


「な~に。『勇ましき者』を自身の住まう場所に招くのは、集う場所に住まう我らにとって誉れ。それにお主は不安を感じているようだが、大丈夫。いきなり取って食うなんてことはせんし、無碍に扱ったりもせん。お主が不安に思うことなど何もない」


『不安に思うことなど何もない』。


その言葉を聞いて私は膝から崩れ落ちてしまいそうになった。


SF映画ばりの外見はともかく、なんと寛大で心優しい種族なのだろう。


この身体が見ず知らずでないにしろ、その中身が誰かすらも怪しい存在であるにもかかわらず、自分たちの住処に、いや『家』に上げようというのだ。


私は震える膝になんとか意識を集中し、泣きそうになりながら深く頭を下げた。


「? 『勇ましき者』よ。儂はさっき頭を下げてはならんといったのろうに、なぜそうしたがる? その行動は何を意味するのだ?」


顎をさすり首をかしげながらヨー○のような生き物は私に尋ねた。


「これはあなたの寛大な心に対して、今の私ができる感謝と敬意を表すものです。本当にありがとうございます」


「……なるほど。お主がいた場所ではそうやって感謝を表すのだな。よかろう、その厚意を受け取ろう」


そう言いながらその生き物は、今度は優しく私の肩に手を置いた。


爬虫類のような見た目とは裏腹にその手はじんわりと暖かった。


「さあ、そろそろその泣きそうな顔を上げてついて来るがいい。もうすぐ日が暮れてしまう。儂らの種族はあまり夜目が利かんでな。しっかりとした装備もなしにあまり外には出歩かんのだ」


そう言ってくるりと背を向けた彼の後を追うように、私は顔上げ追従する。


「それにな。お主ほどの『勇ましき者』が『住まう場所』に来れば子供達もさぞ大喜びだろうて」


『勇ましき者』、先ほどから話に上がっているこのキーワードはおそらく文脈から察するに『有名人』や『憧れのスター選手』といった意味合いがあるのだろうか。


確かにそれなら先ほどの大勢から受けた『厚意』の数々が本物ということなのだろう。


「では、お言葉に甘えさせていただきます。えっと……」


私が彼の事を何と呼ぶべきか言いあぐねているのを察したのか、彼は立ち止り私の方を向いた。


「ふむ、『チキュウジン』というのは個々の名称がないと呼びづらいようだな……。では儂の事は『古き者(エルダー)』と呼ぶがいい、敬称のようなものだ」


「わかりました、古き者(エルダー)


とにもかくにも、今夜の食事と寝床にありつくことはできそうだ。


それと、古き者(エルダー)含め彼らの家族には折を見て何らかの形でお礼をせねばなるま……。



「まあ『勇ましき者』を招けば、『夜の糧』が豪華になるだろうし、『酔えし水』も飲み放題だろうて、カカカッ!」



……ピタッ。


呵呵大笑するエルダーの言葉に私の足取りが止まる。


もしかしてこの爺さん。


ただ単に『酔えし水(文脈から察するに酒の類か)』が飲みたいだけで私を家に招く気じゃなかろうか。


……い、いやいや! 彼を疑うのは良くない!


いくらその表情に老獪さが伺えたとしても、彼の行動は善意!


そう、善意! 彼は善意で私を招いてくれるんだ!



そうだ、そうに違いない。そうであってほしい!




そう……信じたい。

ここまでご高覧いただきありがとうございます。

誤字脱字ならびにご指摘ご感想等があれば、随時受け付けておりますのでよろしくお願いいたします。

2022/08/07…一部文章追記

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