091-3 ― Одноденна подія(ある日の出来事) ―
「うっし! 腹ン中に入れるモンも入れたことだし、もうひと仕事といこうぜ!」
持って来た昼食をひと通り食べ終え、各々が話すほどの話題が出尽くしたことで、ヴァリオが自分の膝をパンッと叩きながら立ち上がった。
「そうですね。じゃあ、私はいつも通り、川の方の薬草を集めます」
そう言って次に立ち上がったのは俺の妹のヘルヴィだ。妹はスカートに付いた土や草の汚れを手でパッパと払いながら、薬草茶が入った革袋焼のカップを麻袋の中に片付け始めた。
「なら俺はヴァリオと一緒に山側だな。しっかり守ってくれよ、護衛兵士さん?」
俺が宙に手を伸ばすと、すかさずヴァリオがその手を掴み力強く自身の方へと引っ張る。
片足が不自由なせいで思うようにすぐ立ち上がることができない俺にとって、何も言わずともこちらの意図をくみ取ってくれる幼なじみの存在はとてもありがたい。俺は妹ほど信心深くはないが、これほどの友情を結べる友との出会いを用意してくれた【アースフェイル】を御創りになったとされる女神様に対して、俺は心の中で感謝の祈りを捧げる。
「任せとけって! ついでに焚き木に丁度よさそうな枝も集めといてやるよ」
俺を立ち上がらせた流れで、ヴァリオは荷車に積んであった背負い籠をひったくるように背負う。
「ありがとうございます、ヴァリオ。護衛の仕事だけでなく手伝いの手助けまでやってくれるだなんて」
「へへ、よせやい……。まぁ『兵士だろうがなんだろうが、足腰が一番大事』って、前に村に来た行商のオッサンが言ってたしな。これも修行の内ってわけだ!」
話をしながらヴァリオが鼻を擦る。彼が無意識にその癖を見せる時は大抵照れ隠しの時だということを、長い付き合いの俺たち兄妹はもちろん、村の皆もよく知っている。
「それに、もしもの時は俺の相棒でもある硬木剣の出番ってわけだしな!」
続けてヴァリオは腰から下げた木剣の柄をポンポンと叩いてみせた。それこそ、彼が自分の命と引き換えに村の大事な家畜をモンスターから守り抜いた証である。
彼の愛剣を作った木こりのボリスさんの話によれば、【硬胡桃】の木から作られているらしく、普通の木剣なんて比じゃないくらい硬く、そして水に浮かないほど重いのだという。
なぜそんな物をボリスさんが持っていたかというと、俺たち兄妹が村に来るよりも昔、この辺りを治めている領主様に仕えている兵士から製作を依頼されたのだとか。
しかし、依頼主の兵士がそれを取りに来ることはなかった。というのも、領内に出没した野盗狩りがあった際、野盗の一人が領主めがけて放った矢を、身を挺して庇って負傷してしまったらしいのだ。しかも矢が膝を貫通してしまったことで兵役に従事することができなくなったらしく、代わりに謝罪の手紙と共に製作費が後日送られてきた。
そんな経緯からか、ボリスさんの家の調度品に成り下がっていた代物をヴァリオが目ざとく見つけ、いつのまにか自身の愛剣となり今に至るというわけだ。
「……それが活躍することにならないように祈るしかありません」
ふと、自慢げに自身の得物を俺たちに見せびらかしているヴァリオに対して、妹のヘルヴィは良い反応を示さず、自身の胸の辺りで両手の指を絡ませるように手を組みつつ、目を伏せて何やらそらんじ始めた。
おそらく、この【世界】を想像したといわれる女神様に捧げる聖句を述べているんだろう。
こう言ってはなんだが、妹は兄の俺なんか目じゃないくらい聡く、そして村の誰よりも信心深い。
きっとそれは、かつて町で【法神官補佐】をしていたという父さんの影響されたに違いなく、母さんが病気で倒れた際、俺が父さんの分も外で仕事をしている間、ヘルヴィは父さんと二人して母さんの看病をしていたことで自然と身についたのだろう。
―――もっとも、そのせいで父さんも同じ病を患い亡くなってしまったわけだが……。
「おいおい!? それじゃ俺は荷物持ちの役割しかねぇじゃんよ!?」
「落ち着けってヴァリオ……。ヘルヴィの言うとおり、ここにいる誰も怪我したりしないで村に帰れればそれに越したことはないってだけの話じゃないか」
だから、もうこの世でたった一人しかいない肉親であり、彼女の兄でもある俺にできることは、気色ばんだ様子で詰め寄ろうとするヴァリオの二の腕を掴んで彼を制し、妹のやりたいことを満足いくまでやりたいようにさせてやることだけだ。
「そりゃあ、まぁ、そうかもしれないけどよ……」
それでも納得がいかない顔つきをしている幼なじみに俺は話を続ける。
「なら、今回ヴァリオが頑張ったら頑張った分だけ取り分をゆずるってことにしよう。……そうだな、お前と俺たちで六:四ってところでどうだ?」
「マジで!? 後からウソでした~なんて言ったりしないよな!?」
「そんなことするわけないだろう。護衛の仕事だけでなく荷物持ちまでやってくれるんだ。そんな危険な任務を引き受けてくれる兵隊さんに、それくらいの褒章があってもバチは当たらないだろう?」
俺の提案にヴァリオは全身で歓びを表すためか小躍りしだした。
「いやっほぅい! なら決まりだ! 護衛任務も完遂させて背負ったカゴも満杯にすれば、親父もお袋も俺の事を口うるさく言ったりしないだろうしな!!」
その場ではしゃぐヴァリオに俺たち兄妹はため息をつきながら互いの顔を見合せた。
「それじゃあヘルヴィ、いつも通り太陽が真上にのぼる頃、ここに戻ってこよう。無理はするなよ?」
「はい。兄さんたちも気を付けて」
そうやってどちらともなく互いを気遣いながら、俺たちはそれぞれの目的地へと向かうのだった。
◆◇◆◇◆
「【チドメ草】がこんなに取れるとは思いませんでした。これなら今年はほかの薬草も豊作かもしれません」
兄さんたちと別れた後、川沿いの河原に到着した私は、仕切り板の付いたカゴの中により分けた薬草を詰め込みながら喜んでいました。
【チドメ草】はその名前の通り、切り傷からの出血を押さえる力を持っています。さらに絞った草の汁を集め、日に当てて乾かした後で粉にしたものを軟膏にすると、水仕事でできるひび割れやあかぎれにも効果がある、とても働き者でありがたい薬草の一つなのです。
(でも採り過ぎないように気を付けないと、ですね)
そう心の中で思いつつ、私はその場を後にしました。
【チドメ草】はどこにでも生える薬草の一つであるものの、考え無しに取り過ぎると次来る時まで成長していないことがあります。なので、あくまで自分たちで使う分と、町に売りに行く分だけにとどめておかなくてはなりません。
「あっ! 【ドクコロリ】の葉っぱ! しかもこんなにいっぱい!」
ふと、近くにあった茂みの方へ目を向けると、さっきのとは別の薬草を見つけることができました。
【ドクコロリ】は日向よりも日かげに多く生える薬草で、強い毒消しの効果があります。魚がくさったような変わったニオイが難点ですが、手で揉みつぶしたモノで傷口をふさぐと傷口にたまるウミが少なくてすむだけでなく、普通よりも早く傷が治りやすくなります。
「乾燥させれば薬草茶の原料にもなりますし、本当に働き者なんですよね」
私は茂みの横へしゃがみ込むと、若く小さな葉っぱを傷つけないようにかき分けつつ、成長して大きくなった葉っぱのみを茎の部分から摘み取って、カゴの中にドンドン詰め込んでいきます。
そんなことを河原のあちらこちらで繰り返している内に、腕に下げていたカゴは薬草の他にも干して長持ちさせることのできる色んなの山菜などで埋め尽くされていきました。
予想以上に重くなったカゴを抱えながら歩き回ったおかげで、まだ冬の冷たさが残るそよ風が私の顔をなでていくのを感じます。
「……ふぅ、ここまで集められたのは久しぶりですね」
沢山動き回ったことと、周りの気温が徐々に上がり始めたことも合わせて、流石に着ている服の下がしっとりと汗ばんでいるのを感じた私は、いったんヒジにかけていたカゴを乾いた草地の上に置いて一休みすることにしました。
さらにあまり暑いのが好きじゃない私は、周りに誰もいないことを念入りに確かめ、明け方の寒さを防ぐため身に着けていた厚手の上着の袖から腕を引き抜きつつ、その場にゆっくりと座り込みました。
「……兄さんたちは大丈夫でしょうか」
歩き通しでパンパンになった足を自身の手でゆっくりと揉みさすりながら、私は兄さんとヴァリオが向かった山に目を向けます。
森は河原とはまた違った種類の薬草や山菜、木の実やキノコといった恵みの宝庫です。さらにそれらを目当てにした生物も集まってくるため、村の大人たちの中にはそうした生き物を狩ることを仕事にしている人物もいます。
ですが、仮の経験がない私たち子どもにはそういった危ない仕事を任せられることはありません。なぜなら、大人たちがする狩りも含めて、自然というのは私たちに色々な恵みをもたらしてくれますが、時として突然私たちに牙をむくからです。
村の子供が山菜取りで夢中になって、間違って毒草を触ってしまって手がかぶれたり、鋭い棘の生えた木の実を踏み抜いてしまったりするのは当たり前……。一番ひどい時なんか、狩りに出かけた村の大人たちが仕留めたはずの獲物から思わぬ反撃をされて、死んでしまうくらいの大ケガを負ってしまったこともありました。
そして何より、狩りや山菜採りなんかとは比べ物にならないほど危険な存在が、私たちが住んでいる村の周辺はもちろん、この世界中のいたるところにいます。
それがモンスター……。普通の生き物をそっくりそのまま大きくし、そして無理やり歪めたような姿形をしています。
村の【法医術士】であるタラース様が言う事によると、――目には見えませんが――私たちが吸って吐く空気の中にあるといわれる【霊子】というものがあって、それをうまく扱えるかどうかで、『奇跡の御業』ともいわれる【法術】はその真価を発揮するのだそうです。
けれど、生まれもって決められた【法力量】を超える【霊子】を知らず知らずのうちに取り込みすぎたまま成長した生き物は、やがて気持ちの抑えが利かず暴力的な性格へと変わっていくと同時に、自分の中の【法力】が暴走を始め、最後は本能のおもむくまま行動するモンスターへと変わってしまうのです。
(…………一体どうして女神様はそのような存在をお創りになったのでしょう)
この【アースフェイル】は女神様がご自身のお力で何もかもをお創りなったと、私は物心つく前より父から教わってきました。
ですが、なぜかその『何もかも』の中に、私たち【普人種】に牙を向くモンスターも含まれていたのです。
(きっと何か深い理由があるとは思うんですけど……)
私は父からその事を教わるずっと前から、それが不思議でなりませんでした。
【普人種】は女神様のように全能ではありません。
正しいことをする時もあれば、間違ったことをしてしまう時だってたくさんあります。私だって、誰かのためになるだろうと思って言ったりやったりしたことが、実は後でまちがいだった、なんて事は何回もありました。
だからこそ、【普人種】は自分の言った事ややった事のどこが良かったのか、そしてもしも失敗した時はどうすればあらためる事ができるのかを、自分だけで考え込むのではなく、家族やまわりの【普人種】たちと協力し合うことができる生き物なんだと、私は父や母の生き方から学びました。
しかし、この世界のあらゆるモノをたった数日で創造できるほど全能なお力を持っているのであれば、【普人種】を傷つけるような危ない生き物まで創る必要はないのでは?
そんな考えが、ときどき私の頭をよぎるです。
―――チチチッ!
その時です。
どこからか小鳥が飛んできて、さえずりながら私の上を飛び去って行きました。
そうだ、考え事なら家に帰った後でだってできる。今は自分が任せられた仕事をしなくちゃ……。
私はさっきまで考えていた事を頭から追い出し、さらに足をさすっていた手を止めて、地面においていたカゴを持とうと立ち上がった時でした。
(……あれ?)
ふと、私はさっき鳥が飛んで行った方へ目を向けると、川岸が何だかキラキラ光っていたのです。いくら目をこすってみてもキラキラした光は変わりません。
(そう言えば、兄さんがこの時期の川には、山の上でできた大きな氷のかたまりが流れ着くって言っていたような……)
私は直接見たことはありませんでしたが、もしそうだとしたら私の目に映っているあのキラキラは、山の上の方の川から流れてきた氷のかたまりがお日様に照らされて光っているのかもしれません。
けれど、兄さんたちからは川は深い所があるから近づいてはいけないとも言われていました。いつもなら兄さんたちや村の大人との約束は絶対やぶったりはしません。
しかし、この時の私はなぜだかものすごくそのキラキラが気になって仕方がありませんでした。
(―――カゴの中にはまだ入れられそうなすき間があるけど、この辺りの薬草はほとんど採りつくしてしまいましたし……)
それに、もしも運が良ければ、川岸でしか取れない特別な薬草も採ってこられるかも……。
そう考えた私は、意を決してそのキラキラ光るものが何なのか、確かめるために川岸へと足を運んでみる事にしました。確かめたい気持ちとなんだか悪いことをしている気持ちで、胸の奥がすごくドキドキして、それでいて足取りがいつもより早くなっているように感じます。
―――ですが、やっとのことで川岸までたどり着いた私は、光るモノの正体知ってしまったことで、あまりの驚きでヒジに下げていたカゴを地面へと落としてしまいました。
そして、兄さんたちに助けを求めるため、二人の下までわき目も降らず必死になって走ったのです。
当然、河原で薬草をつんでいたとばかり思っていた兄さんとヴァリオは、汗だくになりながら走ってきた私を見てとてもびっくりしていました。
「に、兄さん、ヴァリオ! 大変、大変なんです!」
「そんなに慌ててどうした!? まさかモンスターか!?」
「おいおいマジかよ!?」
「違、ます! だけど、兄さんたちの力が、力が必要なんです! 私一人じゃ……アレをどうにも、できません。だから、手伝ってください!」
ギョッとした表情を浮かべたヴァリオが腰に差していた木剣に手を伸ばそうとしますが、私はヒザに手をついて息を整えながらそれを止めるため、どうにか自分が見たものの話をしようと言葉を続けようとしました。
モンスターに襲われたわけでもない私の言葉を不思議に思ったのか、兄さんは山で汲んだらしい冷たい清水を私に飲ませながら話しかけてきます。
「落ち着くんだ、ヘルヴィ。ゆっくり、ゆっくりでいい。何があったのか俺たちでも分かるように話してくれ」
兄さんから手渡された冷たい水で、私がノドをゴクゴクと音を鳴らして飲むたび、熱を持った体中に流れ込んでいくようでとても心地いいものでした。
けれども、私が話そうとしていることは私自身が信じられないものであったため、どう表現していいか分からず、はやる気持ちまでは抑えることができません。
だから、私は素直に思ったことをそのまま口にすることにしました。
「か、川岸にお尻が、モモみたいな大きなお尻が流れ着いているんです!」
「「………………はぁ??」」
私はこの日の出来事と、私の口から出た言葉を聞いた兄さんたちのポカンとした表情を、生涯忘れることはないでしょう。
ここまでご高覧いただきありがとうございます。
誤字脱字ならびにご指摘ご感想等があれば、随時受け付けておりますのでよろしくお願いいたします。