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091-1 ― Одноденна подія(ある日の出来事) ―

それは、雪解けの兆しが見え始めたある日の出来事だった。


「すまないねぇ、セヴェリ。術士様の用事に便乗する形になっちまって……」


恰幅のいい近所のアウリおばさんが腕組みしながら、俺たちにすまなそうな表情を向けてよこす。


だけど俺は、逆に自信ありげな表情を浮かべながら自身の胸をドンッと叩いてみせた。


「いえ! 俺たちが村の役に立てるならお安い御用です。なぁ、ヘルヴィ?」


俺は一緒に荷車を引いている妹のヘルヴィの方へと向き直る。


「兄さんの言うとおりです。それにヨーナスおじさんからは時々山鳥をゆずってもらえてますし、私たちの方からしたらまだまだお手伝いし足りないくらいです」


そう言いながら、彼女も鼻息荒くしてやる気を露わにしてくれる。


俺より五才も年下ながら、村の大人たちに心配を掛けまいと気丈にふるまうその様は、我が妹ながら健気というほかなかった。


「か―――ッ! 相変わらずなんて良い子たちなんだろうね、まったく! ウチのバカ息子にも少しは見習ってほしいもんだよ。あの子ったら『俺は兵隊になるんだーっ』とか抜かして畑仕事もろくに手伝いもしないで、棒っ切れ片手に遊び呆けてるんだから!」


「は、ははは……」


おばさんの呆れ具合には、さすがの俺も愛想笑いを返すほかない。ちなみにおばさんの息子の名はヴァリオといい、おばさんの家の一人息子で俺たち兄妹の幼馴染でもある。


かつてこの村への移住の募集の張り紙を見て引っ越してきた俺たちの家族と違って、ヴァリオの家族は昔っからこの村の住人だ。だからこの村の事なら村長と同じくらい知り尽くしている。


ちなみに、ヴァリオの名誉のために付け加えておくが、彼は単に遊び呆けている訳ではなく彼なりの訓練の一環で村の周辺を走り回っている。実際、放牧していた家畜が狼の姿をした小型のモンスターに襲われていた際には、持っていた木剣を使って見事に叩きのめしたこともある。


まぁ、俺がじかに目にしたアイツの功績はそれっきりだったけど……。


「なら、道行きで見かけたら護衛役の練習で付き合ってもらうことにしませんか? 一人よりも二人。二人より三人でやった方がもっとお手伝いする時間が増えます」


不意に、隣にいた妹がとんでもない案を提示してきた。


「名案じゃないか、ヘルヴィ! アンタもお母さんに似て賢いったらありゃしないよ! まったく! アンタたち兄妹ってば、何だってそんなに頭が良いんだろうね!」


「うわっ! ちょっとアウリおばさん!?」


「わ、はわ、はわわわっ!?」


おばさんは俺たちの髪の毛をわしゃわしゃしながら、感情のままに俺たちを抱きしめ頭をなでくり回してくる。流行り病で早くに両親を亡くした俺たち兄妹にとって世話好きなこの家の大人たちは、もはや第二の家族ともいえるかけがえのない存在だ。


だから俺たち兄妹も、あえておばさんのされるがままになっている。


(でも、できればいつまでも子ども扱いされるのはちょっとなぁ……)


そう思うこと自体、身寄りのない俺たちにとってかなり贅沢の望みだと十分すぎるくらい分かってはいる……んだけど、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。


「セヴェリ、妹の事も大事なのも分かるけどね、アンタも()()()だから決して無茶しちゃいけないよ。ヘルヴィもね、ちゃーんとセヴェリの言う事を守るんだ、いいね?」


アウリおばさんが俺たち二人を抱きしめながら言って聞かせてよこす。


「分かってます。『命あっての物種(ものだね)』、でしょう? おじさんから夢にまで出て来られて言われてますから」


「あっはっはっは! やだよ、あの人ったら世話好きにもほどがあるっての! ……さってと! それじゃあ二人とも気を付けて行っといで」


そういっておばさんが俺の背中をパシンと叩きつつ、俺たち兄妹を送り出してくれるのだった。



◆◇◆◇◆



雪どけの時期の、しかも雲一つない快晴といっても、山奥にある村の周辺の空気は身を切るように冷たく、荷車を引く俺たちが吐く息はまだ白い。さらに溶けきっていない雪が悪路をドロドロにしているせいで、荷車が思うように進まない。そのせいで厚着した服の中は外の空気とは違って汗で湿ってる。


「……ヘルヴィ。いったん休憩するか?」


俺以上に息が上がっている妹のヘルヴィに尋ねるが、妹は首を左右に振った。


「いいえ、兄さん。まだ村から、それほど離れて、ません。それにこ、この先は上り坂。休憩、なら辛い所を抜けてから、です……」


本当なら、村にたった一人いる【法医術士(ほういじゅつし)】、『タラース様』に薬草集めを言いつけられた俺たち兄妹が目指す、目的地の採集場所に着いていてもおかしくはない。


だが、目的地である川の近くまでの道のりは俺たち兄妹にとってあまりにも険しすぎた。そもそもの話、大人二人が前と後ろについて動かさなくちゃいけない重さの荷車を、十六になったばかりの俺と、五つ年下の妹のたった二人で引いていることも原因の一つだろう。


しかし、それ以上の問題は俺自身の身体にあった。


(クソ……。俺の足がまともだったら、もう少し妹の負担を減らしてやれるのにな……)


俺はなかなかいう事を聞かない不自由な片足を恨めしげに睨む。


そこにはくるぶしから先の部分が、()()()()()()()()()()()()()()()()()があった。


亡くなった両親が言っていたことによると、村に引っ越す少し前に俺が生まれたのだというが、その時からすでに、俺の片足は他の人とは違った形をしていたのだという。


もしかして俺が生まれたせいで町にいられなくなったのかと、子供心に気負ったこともあった。けれど、何かの弾みで俺が悩みを打ち明けた時、母さんが俺を優しく抱きしめ、さらに俺と母さんを愛おしそうに父さんが上から大きく包み込んで、二人は俺にこう言ってきた。


『セヴェリ、人は誰だって何かしら他者と違うところがある。外見はもちろん、物の見方や感じ方。たまたまそれが他者の目に留まりやすい所に現れただけだ』って……。


『お父さんの言うとおり、私たちはそんな事くらいで、お前を授かったことを決して恥じたりしないわ。私たちを見て元気な顔で笑って見せてくれたから、私たちはどんな時でも逃げずに立ち向かってこられたのよ』って……。


両親の言葉は今でも俺の心の中に根付いている。だから俺は父さんと母さんからそうされた分、そして隣で汗を流して共に踏ん張っている妹を任された分も合わせて、簡単に諦めたりしないと心に固く誓ったんだ。


「おーい! セヴェリーッ! ヘールヴィーッ!!」


ふと、上り坂の方から俺たちの名前を叫ぶ声が聞こえた。俺たちが声のする方向へ目を向けると、声の主は大げさに両腕を振りつつ何度もその場で何度も跳ぶと、すぐさま自分の存在をうったえながら勢いよく坂を走って下りて来た。


「ふふ、どうにか人手の確保、できそうですね……」


隣でヘルヴィが小さく呟いたのを俺は聞き逃さなかった……が、敢えて聞こえないフリをした。


(きっと……いや、絶対コイツの旦那になるヤツは尻に敷かれる羽目になるだろうなぁ……)


年をとってれば、こういうのを『老獪(ろうかい)』っていうんだろうが。まったく、妹のこの性格は一体誰に似たんだろう?


(って、おいおい。ぬかるんでる道でそんなことしてたら…………あぁ)


案の定、声の主はこっちへ駆けてくる途中、泥で足を滑らせ思いっきり横転。「おわ―――ッ!?」なんてアホな声を上げつつ坂を勢いよくゴロゴロと転がって、そのままの勢いで俺たちのいる場所まで転げ落ちてきた。


そんな声の主の姿に、思わず俺は片手で顔を覆いながら頭を振った。もう、全身泥まみれ。夜にそこらをはい回る狼の姿をしたモンスターの方がまだ綺麗だ。


彼こそ、アウリおばさんのとこの一人息子。ヴァリオであった。



◆◇◆◇◆



「あー、ひっどい目にあったぜ……。んで? お二人さんはこんなトコで何してんの?」


何でもない風を装いながら『目の前に人型をした泥人形』が立ちはだかると、わたし(ヘルヴィ)と兄さんに話しかけてきました。


「何って、見れば分かるだろう? 術士のタラース様から【法医術(ほういじゅつ)】に使う薬草が足りないから取ってくるようにって頼まれたんだよ」


「はぁっ!? ウソだろ!? あのオッサン、またお前らにそんなこと押し付けたのか!?」


兄さんが肩をすくめながら答えると、泥人形……いえ、わたし達の幼なじみのヴァリオは、それまで顔に付いていた泥を拭い落とすの手を止め、とても信じられないといった表情でわたし達に目を向けます。


「セヴェリよぉ、何だってお前はそう何でもかんでも引き受けちまうんだよ! 薬草集めだって、タラースのオッサンから無理やり押し付けられてた親父やお袋でも丸一日かかってやってた仕事だぜ!?」


彼の言うことはもっともでした。なぜなら、一言に薬草集めの手伝いといっても集めなければならない薬草の種類は非常に多く、さらに薬草と形が似ている毒草もあるため、それらを見分けながら選り分けるにはかなりの時間と根気が必要となるからです。


加えて、わたし達に薬草集めを言いつけた、当の【法医術士(ほういじゅつし)】であるタラース様自身がひねた性格をしていて、少しでも自分が気にらないことがあったり、村の大人たちが意見したりすると、すぐさまヘソを曲げて家に何日も閉じこもり、自分の機嫌が直るか、村の大人たちが彼の好物をもって謝りに行くかしないといけなくなります。


ですが、急病人やケガ人が出た時にはどうしても【法医術士(ほういじゅつし)】の力を頼る他ないため、彼の機嫌を損ねないように常に気を配らなくてはならず、村全体が腫れものを扱うようにタラース様と接していました。


そういったことがあってか、村の大人たちも彼の異質さを身をもって分かっているため、この薬草集めを進んで引き受けようとはしません。


ですがタラース様が作る薬は、近くの町に持ってゆけば他の焚き木や村で育てた野菜とは違って直ぐにまとまったお金へと変える事ができるため、どうしても彼の存在は村にとって必要不可欠なものでもありました。


「そうは言っても、あの人に病気やケガを治してもらったこともあるじゃないか。そもそも俺たち三人だって、熱が出たりケガしたりした時なんかはあの人のお世話になったことあったじゃないか。持ちつ持たれつだよ」


私が一人考え込んでいる間にも兄さんはヴァリオと話を続けていました。


「そりゃあそうだけどさ~。それにしたってセヴェリもヘルヴィもお人好し過ぎなんじゃねぇの? この間だって木こりのボリスさんの仕事なはずの、木を切る役目引き受けてたじゃん」


そう言いながら、ヴァリオはわたし達がボリスさんの手伝いをしていた時の様子を、大げさにモノマネしてみせてきます。しかも、わたしが薪を運んでるところなんて、いかにも貧弱なんです~といった顔してマネするから、なおさら腹が立ちます(どうにかその時の気持ちを顔には出さないように努力はしましたけど……)。


「あれは一昨年ボリスさんが腰やって大変だから、皆持ち回りで手伝おうって話に前の会合で決まったからじゃないか」


「それは()()()()()()()、って前提の話だったじゃねぇかよ。いいや、それだけじゃねぇ。まき割りに畑仕事に家畜の世話……。自分ン()の事ならまだ分かるけどさ、二人がやってんのはみーんな()()()()()()()()()()()()じゃん。その上()()タラースのオッサンの世話までやってたら、いつか二人まとめてブッ壊れちまうぞ?」


腕組みしながらヴァリオが自身の眉間にしわを寄せます。ただでさえ同い年の子供が少ない村で、かつ家族同然に育った幼なじみだからこそ、彼はわたし達に無理をしてほしくないのかもしれません。


「ブッ壊れるだなんて、そんな大袈裟な……」


「現にお前ら、そろいもそろってこんなデッカい荷車引いてて汗だくじゃねぇか。ていうか、何で薬草集めにこんな馬鹿みたいにデカい荷車必要なんだよ? 薬草刈り尽くすの?」


「いいえ、薬草集めと合わせて、『町へ売りに行く分の焚き木拾い』と『村の皆で食べる分の野草やキノコ』用で持ってきました。それにウチの荷車なら村の中で三番目に大きいですし、川沿いの森を何度も往復しなくていいと思ったからです。行ったり来たりなんて、効率悪いでしょう?」


兄さんよりも先にわたしが代わりに答えると、ヴァリオは信じられない物を見るような眼差しをわたしと兄さんの両方に向け、やがて大きなため息を吐きながら肩を落としました。


「まさかお前らがここまでお人好しだったなんてな……。もぅお前らアレだろ? 二人そろってバカなんだろ?」


「いやいや。何でそうなるんだよ」


「わたしも兄さんの意見に賛成です。バカ扱いされるのは聞き捨てなりません」


「何でもクソもあるかぁッ!!」


突然声を荒げたヴァリオに、私たち兄妹は思わず首をすくめました。


「焚き木拾いも野草やキノコなんかの食い物集めも! ()()()()()()()()()だからだよ! 川沿いの森っつっても村から離れれば離れるだけ危険な事ぐらい、いい加減に分かれよ!」


顔を真っ赤にして起こるヴァリオの口から珍しく飛び出た正論に対して、わたし達は言葉に詰まってしまいました。確かに彼の言うとおり、村の外は危険だという事は父さんや母さんからこんこんと聞かされてきました。


特に森は奥に行けば行くほど、縄張り意識の強い動物や【法術(ほうじゅつ)】を使うことのできるモンスターが住んでいるそうです。さらに最近では別の村が野盗に荒らされてしまったという話を、村へたまに来てくれる行商の人からも耳にはしていました。


「オレはな、ガキだから何もするなって言ってるわけじゃねぇ。親父に畑仕事を手伝わねぇからって殴られたことも一回や二回じゃねぇし、お袋にも家畜の世話をほったらかしたバツだってメシ抜きにされたことだってあるさ。だけど、お前ら二人がいつもしてる仕事の量はガキの俺からしたって明らかにおかしいんだよ! 『普通は大人たちがやらなきゃいけない仕事まで取ってる』って言ってもいい!」


「それは……」


「…………」


そこから数十分。私たち兄妹が口を挟むヒマがないほど、ヴァリオは声を荒げながら延々とわたし達に対して怒り続けました。


ですが、それまで燃え盛っていた炎が急に勢いをなくしたかのように……。


「とにかく、お前ら二人してガキのクセに働き過ぎなの! その、なんていうかさ……。もうちょっとゆっくり生きたって、村の誰も文句なんて言わねぇって」


徐々にヴァリオの声が小さくなっていったではありませんか。


「ヴァリオ……」


「オレだって今はボリスさんみてぇに力持ちじゃねぇし……、気に入らねぇけどタラースのオッサンほど学があるワケでもねぇ」


こぼすようにポツリと呟いた最後の言葉に、正直わたしは内心びっくりしました。なんだかんだ言いつつも彼は彼なりにタラース様の事を理解しようとしていたのですから。


もしかしたら、私は今まで目の前の幼馴染の事を曇った眼で見ていたのかもしれないと思いました。


「でも、いつかオレだって本物の兵士になって村の皆を見返して! そんでもってスゲーチカラとか武器とか手に入れちゃってさ! 今よりもデッカい家に住んでウハウハな人生送るって決めてんだ! そのためにもこうやって日々の訓練は欠かさないってわけよ! ウハハハハッ!」




…………どうやら私の眼はいつも通りだったようです。

ここまでご高覧いただきありがとうございます。

誤字脱字ならびにご指摘ご感想等があれば、随時受け付けておりますのでよろしくお願いいたします。

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