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幸田露伴「うすらひ」現代語勝手訳(9)

 其 九


 にこりにこりと笑うだけで、()いとも言わなければ、悪いとも言わず、ただ聞いているだけの主人(あるじ)のお静は、

「で、そなたはこの先、どうしようと思っている。 そんなに学問を嫌う以上は、商売にでも身を入れる気か。何をしようという気なのかは知らぬが、世間も知らずに気持ちばかり高ぶっていても役には立たぬ。まあまあ、じっと二、三年は(こら)えて、自分の身体(からだ)の智恵、分別を豊かにした後、ゆっくりと世間に顔を出しても遅くはあるまいと私は思うが。いや、何もそなたの考えを抑えようとか、通させまいとか、意地の悪いことを言うのではない。愚昧(おろか)(もの)の私にもよく納得の行くように詳しく話をして下さい。大切(だいじ)の上にも大切に思うそなた、私の腑にさえ落ちたことなら遠藤家の資産はもとより、私の資産もそれなりにそなたの自由にさせまいものでもないが」と、飽くまで優しく角立(かどだ)てず、流石に分別のある女が相手の思うところを手繰(たぐ)りにかかれば、聡明ではあるけれども、まだ世馴れていない雪丸、()たりと図に乗って、

「いえ、商売もいたしませぬ。ほんの僅かな利益を得る商売など、たとえ大富豪にまでなったとしても面白くはなし。ただ、これからはこの雪丸、ただちに支邦(しな)(*中国)に渡る覚悟。何の目的か、どういう経緯でか、などとはお尋ね下さりますな。お尋ねになっても笑ってお答え申さぬだけ。そして、二年か三年か、あるいは四年か五年か十年、次第によっては我が一生、再びお目に掛からぬようになるかも知れぬとお思い下さい。大丈夫、事をなすのに、もし成らずば死あるのみです。何をなすかはお耳に入れなくても、お眼にかければそれでいいと思っておりまする」と、意気盛んに唾を飛ばして畳みかけて話すその有り様は一途で、否定でもしようものなら、それを即座に論破してやるというくらいの剣幕である。


 なかなか、まともに議論するのも難しいと思えるが、お静はそんなことは気にも掛けない顔で、

「ともかく、その返事は今夜よく考えて、明日の朝きちんと答を出しをしましょう。どうせそなたも今日はここに一泊する(ほか)はあるまい。まずまずゆっくりと種々(いろいろ)な話をしましょう、聞きもしましょう。お小夜が賢くなった様子でもよく見て、その感想などを聞かせてください。おお、お小夜といえば、お頼みした教訓画をよく忘れずに時々送ってくだされました。本当にお小夜も悦んで、さっきそなたも見たであろう、あの青柳の新三郎と二人でいつも『(くま)(わか)(まる)』やら『袈裟(けさ)御前(ごぜん)』やら『(うし)(わか)』やらの話を私に聞いては、その絵を見て、いい娯楽(たのしみ)にしています。一寸(ちょっと)した訳があって、新三郎を今夜はこの家に泊めるはずのところへ、幸いにもそなたが来合わせたので、いつもと違って賑やかで私も大層嬉しゅう思う。お客に小児(こども)も混じっていることでもあり、お小夜に主人(あるじ)を勤めさせて、夕の御膳を出させましょう。どれどれ、私はお勘と一緒に下働きをしてやりましょう。生憎、雪が降ったため、歳のとった木工(もく)助爺(すけじじ)を使いに出すのも不憫なので、好いご馳走は出来まいが」と言う顔も(なご)やかそのもので、そのまま、静かに台所へ立って行った。


つづく

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