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幸田露伴「うすらひ」現代語勝手訳(5)

 其 五


 青柳の家はとりとめもなく乱れ、新右衛門は居ても居ないに等しく、すべてお力の勝手気まま、したい放題となっており、おとわは口惜しく、新三郎は悲しい日を送っていると、かねてから知り抜いているお静、どうにかして主人(あるじ)の新右衛門を叱咤し、悪魔のお力を追い出して、おとわと新三郎の暮らしぶりはどのようなものであれ、せめて心豊かに暮らせるようにしてやりたいといつも心に思っていた。縁は遠くても住居(すまい)は近いので、折に触れ、余計な苦労ながら、こんなことがあった、あのような揉め事があったと聞くと、自然と二人を何とか助けなければと、考えを様々に思い巡らしていた。今日も新三が泣いてやって来た理由について、聞けば聞くほど(こら)え難いお力の非道の振る舞い。気持ちはざわついて、まったくの義理の関係ではあるが、叔母にあたるおとわの胸の内を察し、又、年端のいかない新三郎の痛々しい状態(ありさま)を見ては、今降っている雪は地へは墜ちず、自分の肺肝に凍りかかる気がして、もらい泣きの涙と共に芽生えた考えでもって、改まって青柳の家を訪れたのであった。


「新右衛門殿がおいでなら、ちょっとお眼にかかってお話ししたいことがあって眞里谷から参りましたと、そうお取り次ぎ下されまし」と、挨拶に出たお力を、まるきりの下女扱いにして言えば、ムッとしたお力は突っ立ったまま、

主人(あるじ)は臥せっておりますので、またおいで下されまし」と、つっけんどんに答える小面憎(こづらにく)さ。

 過日(このあいだ)、新右衛門にたかだか三十円の金を貸してやった時には(しゃべ)くり廻して、

「お小夜様のお行儀が良いのはお躾けが行き届いているからでござりましょう」などとお世辞をうるさく述べ立てたその口から、よくそんな無作法なことが言えたものだと呆れ果てながら、

「ご病気ででもござりますか?」と、押し返して訊けば、

「酒を飲みすぎてで」と、飽くまでも嘲笑(あざわら)うようなふてぶてしさに、流石のお静も怒りは湧くが、じっと堪えて、口調もひときわ優しく、

「それならば、お起こしていただきたいとも思いますが、お気の毒でもありますので、叔母様としばらくお話しして、新右衛門殿のお目覚めを待つことにいたしましょう。御免なされ」と、言いながら上がりかかれば、お力もこれを押し止めることもできず、

「ご勝手に」と、言った切り引っ込んで、再び姿を現さなかった。家の様子は知っているので、お静はずっと通って、おとわが臥している三畳ばかりの汚い部屋に(しずか)に入り、

「叔母様、静が参りました」と、丁寧に挨拶すれば、やっとのことで寝返りしてこちらを向き、

「おお、お静殿か」と、言うが早いか、溢すのは自分が頼もしく思える者の訪れに嬉しさが余る涙であった。


つづく

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