幸田露伴「うすらひ」現代語勝手訳(4)
其 四
突き出されて新三郎は、よろよろばたりと雪の中に倒れ込んだが、起き上がりざまにお力の顔をじっと見つめて瞬きもせず、涙も落とさず、声も出さなければ身動きもせず、頭に肩に降りかかる雪をも払わず突っ立てば、
「おお、恐ろしい眼だ。身が縮む、どれどれ私は逃げ出しましょう。戸でも心ゆくまで存分に睨んでおきなさい」と、お力は雨戸をぴしゃりと閉めきり、奥へ行ってしまったのか、音もしない。しかし、雨戸を開けようともしないで、新三は畦道、畠路を嫌がりもせず、すたすたと走りに走って行った。そして、眞里谷の家の門を潜るや否や、流石に幼児のこと、堪えきれずに、声は立てないけれども、しくしく泣きながら、庭口から出し抜けに縁先に廻った。
丁度、南天の実を眼と見做して雪の兎を、母のお静が笑いながら作っているのを息をこらして、興味深そうに見ていたお小夜は吃驚して、
「あれ、新ちゃんが」と、急に叫んだ。
「まあ、こんな雪に傘も無しでどうして家においでか、さあさあ、早く中に入って火にでもおあたり、さぞ寒かったろう」と、お静も労り慰める。優しくされて、一層湧いてくる涙を雪で冷えた袖で払いながらも、詳しくは話さなず、
「叔母様、どうかこの寝衣を洗ってください。新の一生のお願いでござりまする」と、思い詰めた顔つきで言った。
「何か知らないけれど、泣いていないで、まあ、兎に角こっちへお上がり。おお、素裸足じゃないか、可哀想に。足が真っ赤になっている。勘(*下女の名)や盥に湯を取って、新ちゃんの足を洗ってあげな」と、無理に新三郎を部屋に上げて、一つ一つ理由を聞いていけば、言葉も絶するお力の無理が一々理解出来、
「もう泣かないでもようござります。解りました。そなたは家でお小夜と二人仲良く遊んでいるが良い。ちょっと私はそなたの家に行って来るから、お勘は二人と留守番をしといておくれ。直ぐに帰るから機嫌を直して、しばらく新ちゃん、待っておいで」と、衣服を改め、頭巾を被り、僕の木工助を従えて、青柳の家を目指して出掛けて行った。と、その入れ違いに毛布を眼深に頭から引っかけた大の男がのそりのそりと門に入って来て、勝手に縁側に腰を掛け、足袋と一緒に下駄も脱ぎ捨て、雪だらけの毛布も脱いで、ぬっとばかり上がり込んだ。
つづく