幸田露伴「うすらひ」現代語勝手訳(13)
其 十三
思い切り諭され、又、自分の意見も論破されてしまい、雪丸は一言半句も出せないまま叔母のお静に説きまくられた。口惜しくはあるが、流石は年の功、話の中には、こちらの胸をチックリと刺す針もあり、頭上に痛い釘もある。その上、最後に一つ、大鉄槌を脳天から打ち下ろされれば、阿とも吽とも言い出すこともできなかった。しばらくは火焔の息を呑んで、恥ずかしさやら口惜しさやら、気味悪さやら忌々しさやらが一時に湧き上がり、突き上がってくるのをジッと堪えていたが、やがて見る見る面を火のようにして、燃え立つ怒りの眼差し凄く、
「叔母様、お暇申しまする。成程、申しにくいことが無くもございませんが、申し上げるのが辛い故、打ち明けないのではござりませぬ。申し上げるのが女々しいと思う故に申しませぬ。折角のお言葉ではござりますけれども、第一のご意見には無論従いかねまする。また、この村に二年居よとのそのお言葉にもつきませぬ。第三番目のお答えは尚更もって雪丸めが望むところではないだけでなく、権利義務などということを叔母上に対して申すような潔さのない考えは毛頭この雪丸はござりませぬ。その脚でもって勝手に歩み、その手でもって勝手に働き、行きたいところにずいと行けとの第四のお答えだけがこの小生には好いご餞別。憚りながら、叔母上でなくては言えぬお言葉とほとんど感服いたしました。チト失礼ではござりまするが、叔母様が何ともよく仰られた『如何にも鷲は死肉を食らわず』とのお言葉、雪丸、もはや遠藤家の資産の資の字も唇には再び乗せぬ覚悟をいたしました。お話しも既これまでなれば、長くお暇申しまする。どうなって行くか、長い眼でこの雪丸をご覧くだされ。再びお眼にかかれるかどうかはもとより分かりませぬが、命を賭けて行るだけは行って退けようという覚悟。この上は、十年、二十年後、笑ってお眼にかかれるかどうかも、又測ることの出来ない人の運。もしお目にかかれればその時には、この一、二年小生の身体についた汚点の話も大口開けて申し上げ、チトお笑いでも受けましょう、アハハハハ」と、怪しく笑って、『さようなら』と一礼し、突っ立ち上がって行こうとすれば、こんなことになるとは願っていなかったお静は、流石に強くとも女は女だけの情、眼に涙を一杯湛えて、袂を捉え引き留めながら、
「雪丸、まあまあ待って待って、そなたは私の言葉に激して、血気に任せた無分別を、土台の無分別の上に載せて退けてやろうと逸るか知れぬが、しばらく私の言うことを下に置いてまあ聞いてください」と、自分の我を押し通さず、下手に出るが、今は冷笑う雪丸は厳しく、
「叔母上、今更それはご未練、折角見事に言われた言葉の値打ちをお下げになるというもの。ハハハ、お暇申しまする、ご免なされ」と言うが早いか、強く掴んでいた袂を払えば、バタリとお静は倒れ伏す。この物音に走って来たお小夜は、何か判らないが母を真似るように、雪丸を行かせないようにとまとわり、引き留めるが、
「面倒な」と、突き倒して戸外へ出ると、そのまま姿は早くも見えなくなってしまった。
つづく
次回で「うすらひ」は終了となります。




