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幸田露伴「うすらひ」現代語勝手訳(12)

 其 十二


 目を見張り、眉を上げて、叔母の言葉の終わり次第、直ちに反論してやろうと構えている雪丸の様子を見て取るお静は、なおも()みを含んで語気も優しく、

「とは言うものの、豪傑がるのを悪いとばかり言うのではない。千万人の中で(すぐ)れた人物になろうという気持ちを男児(おとこ)が持つのは当然(あたりまえ)でもあり、そうでなくてはならぬことでもあるから、随分と粗大(あら)思想(かんがえ)をそなたが持つのを内々は喜びこそすれ、厭には思わぬ。ではあるけれど、さ、ここをよく思い分け、聞き分けてもらいたい。雪丸、私はそなたを預かっている身であってみれば、そなたにどうしても無謀なことを許してしまう訳には行かぬ。粗い大きな考えを抱くのは決して悪うはないが、その考えに直ぐ身を委ねることは好いとは思えぬ。何があっても我慢をし、慢心を捨てて、今しばらくの辛抱、学問の関所を通り抜けて、その後、支邦へでも西洋にでもそなたの思うままに行って欲しい。どんなことが原因で、むらむらと支邦なんぞに渡りたくなったかは知らぬが、大抵そなたの考えの湧いたところもこの静の眼には(おぼろ)に映っておる。ああ、まだそなたは歳が若い、強いて我を張り、是が非でも自分の資産を受け取って、本当の目的も明らかにせぬ事に使い尽くそうと言うたなら、見かけ倒しの豪傑の底を割られて、詰まらぬ事を言い出され、赤い顔をせねばなるまい。さあ、雪丸、ホホホホ、若い若い、その顔つきはどうかしたか? 腹でも急に痛くなったのなら熊胆(くまのい)(*健胃薬・気つけ薬)なんかを()げようか。顔色さえも直に変わるようでは、ホンに若い若い。私が言いたくないことを言うのも厭なら、そなたもまた言われて気持ちが好いものでもあるまい。さ、それとも飽くまで自分の意向を押し通すか、支邦へ行こうとまだお言いか。口も巧く利けねば、学問もない私ではあるけれど、幾らか歳は取っておる。そなたの言うなりにはまだこの叔母はなりませぬと、しっかり思うてもらいましょう。昨夜(ゆうべ)そなたは床について物静かにはしていたけれど、今朝方までは寝られなかった様子だと知ったこの私も、実は夜一睡もしていない。そんな中で考え出した答えは四通り。今から一つずつ言うので、そのうちどれか一つを選んでそなたの好きに取るがいい。もし、それでも(なお)不承知だと言い、飽くまでも我を通そうとするならば、きちんとそなたの身の回りから糾明せねばなりませぬ。叔母が()った衣服(きもの)の他にそなたは暖かそうな好い物を上衣の下に着ているが、ホホ、ドキッとしなくともよい。年寄りには羨ましい暖かそうな物ゆえ、東京というところではシャツやら股引やらが売っているのが当たり前で、そういうものを唐物屋(からものや)(*洋品店)でやっぱり売っているものなら、買って送ってもらいたいと一寸思うただけだが、ナニ、どこの何屋で売っているかを突き止めようというのではない。年寄りのこの静なんぞが羨ましがるような物を着ているのが、血気盛んな若い者、殊更豪傑がるそなたにはチト不似合いで、弱々しすぎると、ここからまずまず責めねばならぬ。イヤこれは話が思わず横へ()れました。肝心の答を言わなくてはならぬ。気を落ち着かしてお聞きなさい。さて、一番好いことらしいのは、そなたが四角張って固くなるのを止め、支邦行きなんぞを思い立ったその発端から事細かに残らず打ち明け、こうこうです、と私に言うてしまい、『決心しました、ご意見無用、仔細は笑って語らず』などと栄螺(さざえ)が蓋を自ら閉じて強がっているようなことを言わないことである。そうしてくれれば、また私も無い智恵を絞ってもみようし、何をどこまでそなたのためにするのが好いのか、出来ることはしようと思っている。状況によれば支邦へも()り、欧羅巴(ヨーロッパ)へも遣りましょう。それが厭だとするなら、事情も聞きますまい、意見もしますまい。そなたの言う通りにもしましょう。その代わり東京を直ちに引き払ってこちらへ帰り、満二年の間、学問も厭ならしなくともよいから私の傍に一日中居て、その後出発してもらいたい。これはただそなたの言うことを二年延ばすと言うに過ぎないが、多分そなたは不承知であろう。第三番目の私の答は、たとえばそなたと権利義務の争いになるまでにせよ、そなたの言い草の一つも断じて私が認めぬ。元々、こういう無分別をそなたがすることのないように、そなたの後見を頼まれている私であれば、どうあっても筋道の明らかではないことには応ぜぬとキッパリ断りまする。以上、三つとも皆厭というのであればどうしようもない、チト酷いけれど、そなたの身にもし過ちあれば、この静の身の不覚と諦め、兄上、嫂上(あねうえ)にもあの世でお詫びをすると覚悟を決めて、遠藤雪丸男児(おとこ)ならば『(わし)()(にく)(ついば)まぬ』という喩えにも恥じて、亡父母の遺金なんぞには眼もくれず、その脚でもって勝手に歩み、その手でもって勝手に働き、行きたい方にずんと行け。出来なければ出来ぬことを言うな、とまあ私が必死になって涙ながらに言い放つばかりとなったが、さあ、しっかりして返事をなさい。最初の私の言葉に従うか、それとも最後の言葉通りにするのか、返事が無いのは思案に余るからか。歯を食い縛ったその顔は、ホホ、意気地の無い、昨夜(ゆうべ)は大層豪傑であったのに。


つづく

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