幸田露伴「うすらひ」現代語勝手訳(10)
其 十
福の神もしばらくはここに座を置いて、眞里谷の家での和気藹々とした楽しい雰囲気に見とれておられるようであった。母のお静に一々訊ねては、主人めかしてお小夜が段取り、所作を作法通りに真面目にやってのければ、客の新三も挨拶の仕方を一々お静に訊ねて、その後、律儀に挨拶するなど、茶を一つ出すにも、菓子を一つ食べるにもお互いしかめ面してし合えば、平生見ている顔が妙におかしく見えるらしく、小さなご主人様も堪えきれずに笑い出す。小さなお客さまも堪えられず笑い出す。お静も雪丸も引き込まれて笑い出せば、下女のお勘までが、
「お嬢様のちょこなんと澄ましきって坐っていらっしゃるのが可笑しくって」と、笑い出し、元は何の訳さえないのに一人こちらでクスリと始まると、それが感染って、あちらでもクスリと笑い、こちらで笑い止む頃に又あちらで笑い出して、際限もなく笑いどよめいていたが、こんな風に飯事の実地演習も終われば、後はお静が新三を相手に綾取りである。
「おや、障子になった。あれ、猫又かえ? それ鼓ができた。さあ、新ちゃんにはこの綾をとることは難しかろう。おお、よくこれがとれました」と、不孝な子を慰める一方で、雪丸はお小夜にせがまれ、紙と鋏を突きつけられて、桔梗を切れだの、梯子を切れだのと責め付けられるので、頭を掻き掻き、
「これでお許しを」と、鶴を折れば、
「鶴なら私も知っている。折り物だったら天神様の船になるやつか、提灯のおばけか、そうでなければ福良雀か蓮華を折って下さい」と命令られ、
「参った参った、雪丸この通り、お辞儀をして謝る」と、畳に頭を擦りつけるのも可笑しく、戸外に雪が降るのも忘れて、笑いが絶える時もなかった。
夜も更ければ、お小夜と新三を寝かしつけて、お静は雪丸に、下宿の様子、友達のこと、練塀町の眞里谷に時々は訪れているか、謙齋夫婦、その子の雪雄、娘のお京、末っ子の夏雄の様子はどうか、性格のよさそうな雪雄は学問がどれくらいまで進んでいるかなど、細々したことをおよそ二時間ばかり雪丸に問い訊ねた後、お静は甥をも蒲団に寝かせて、自分も寝ようとするが、身動きもしないで一睡もせず、そして、雪丸もまた寝ていない様子であった。
翌日、雪はすっかり晴れ、空はいつもより濃い碧で、のっと出た太陽の色も冴えて、軒近くに鳴く雀も嬉しそうで、朗らかな声を響かせている。
木工助は勇んで早くから起き、汲み立ての水で目やにを洗うと直ぐに甲斐甲斐しく雪を掻きにかかり、お勘は台所働きをする。間もなく新三が一番に目覚めて、自分が寝ていた床を片付け、他の人を起こすまいと、密と外に出る。
「爺や、俺も手伝おう」と、箒を持って雪を掃うのは、この家に世話になったお返しに何か手伝おうと思う気持ちからである。この時、既に目覚めているけれども、火もまだないので、児童等を起こすのも可哀想だと、お小夜を抱いて寝て静かにしていたお静は、新三の挙動を見て、庭先で木工助と話をしている声を聞きながら、『誰も教えないのに、あんな賢いことができるのも、可哀想に親がいないからだ。ああ、あんな智恵働きができなかったとしても、心豊かに育ててやりたいと、他人の身でさえ思うものを、可愛い孫があれ程の智恵を持つのを朝に夕に眼にしているおとわ殿の心中は、きっとなまじ賢いだけに悲しゅう思っておられるであろう』と、思わず涙をほろりと落とすのであった。
つづく




