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幸田露伴「うすらひ」現代語勝手訳(1)

幸田露伴「風流(ふうりゅう)微塵蔵(みじんぞう)」のうち、「うすらひ」を現代語訳してみました。

本来は原文で読むべきですが、現代語訳を試みましたので、興味のある方は、ご一読いただければ幸いです。

「勝手訳」とありますように、必ずしも原文の逐語訳とはなっておらず、自分の訳しやすいように、あるいは勝手な解釈で訳している部分もありますので、その点ご了承ください。


この作品も碩学露伴の面目躍如で、古典はもちろん、難解な言い廻しや難しい言葉が出て来ます。浅学、まるきりの素人の私がどこまで現代語にできるのか、はなはだ心許ないのですが、誤りがあれば、皆様のご指摘、ご教示を参考にしながら、訂正しつつ、少しでも正しい訳となるようにしていければと考えています。

(大きな誤訳、誤解釈があれば、ご指摘いただければ幸甚です)


この「風流微塵蔵」は未完の長編小説で、各章については、前回の「さゝ舟」に記載していますので、ご覧になっていただければと思います。


今回は、第二回目(第二章)として「うすらひ」を採り上げます。


前章「さゝ舟」のあらすじは次のとおり。

なお、参考までに「さゝ舟(9)」にファミリーツリーを掲げていますので、参照していただければ、分かりやすいかと思います。


二十五年ぶりに叔母の「おとわ」を訪ねて青柳村にやって来た権七郎は、二十歳の頃に家出をし、その後出家の身となって、自ら栽松道人と名乗るようになっていた。


権七郎は内田家の跡取りであったため、姉二人が嫁いだ後は、家を継ぐ者がおらず、内田家は途絶えた状態となった。

叔母の一人が「青柳」に嫁いだおとわであるが、もう一人の叔母の「おかよ」は「眞里谷」に嫁いだ。


おかよの夫(益齋)の弟で甚之丞という男の妻として迎えたのが「お静」というしっかりした女性。しかし、おかよも益齋も甚之丞も亡くなったため、お静は一人娘の「お小夜」と共に、眞里谷を出て、おとわを頼り、青柳村へと身を移す。


一方、おとわも夫を亡くし、娘の「お作」の夫(新右衛門)とその子「新三郎」と暮らしていたが、お作も亡くなってしまった。


新右衛門はその後、「お力」という女を連れ込んで、子どもまで産ませたが、お力は性根の悪い女で、その悪影響により、新右衛門までがふしだらな生活を送るようになっていた。


お小夜と新三郎は仲好しで、おとわとお静は往き来のある状態であることから、

内田家再興については、おとわは栽松(権七郎)にお静と相談するよう助言し、栽松はお静の住まいを訪ねる。


しかし、過去に何か事情があるのか、彼女の姿を見た途端、顔を合わせることもなく、思わず逃げ出してしまうのだった。


この「うすらひ」では、お静の兄の子「雪丸」が登場します。

また、他方、おとわとお力の確執が描かれます。

全14回の予定。


この現代語訳は「露伴全集 第八巻」(岩波書店)を底本としましたが、読みやすいように、適当に段落を入れています。




 うすらひ


 小侍従

 

 けさはしもそるはしたかのかけもみしのもりのかゝみうすこほりして


 …霜のおりた寒い今朝は、見失ってしまった鷹を映した「野守の鏡」と呼ばれる池にも薄氷が張っている…


 其 一


 天空(そら)に吹いていた風の音も止み、シンとした中に寒気だけが強まって、今にも雪の降りそうな夜である。思わずブルッと身の震える気持ち悪さに、街行く人の影も少ない。暮れてからまだそんなに時間も経っていないが、店側も客を早くも見切ってか、大抵の店は大戸を下ろし、潜り戸だけを障子にして、『何屋はここ』と分かるだけにしている。戸外(そと)では墨のように黒い闇を破って、弱々しい光を放つ小行燈(こあんどん)の蝋燭の明かりが、崩れそうになっている軒端の荒物屋の前で、誰を待つともなく、瞬き()()()()僅かに(みち)を照らすばかりである。


 何とはなしにもの淋しい永代(えいたい)(ばし)の手前を、(かぶ)った鍔広の帽子が打ち仰ぐまでに上を向き、身を真っ直ぐにして、凍てついた大地に朴歯(ほおば)…ホオノキの材で作った下駄の歯…を踏み響かせて堂々と歩いて行く男がいた。

 よく知っている路らしく、あちらを曲がり、こちらを折れ、霊岸島(れいがんじま)…隅田川河口右岸の地…のある小路(こうじ)の突き当たりにある木更津(きさらづ)通船所(つうせんじょ)という提灯(ちょうちん)が出ている家に入った。身体(からだ)を包んでいた二枚合わせの萌黄色(もえぎいろ)毛布(ケット)をかなぐり捨て、帽子も取って、手荒く腰掛けの上に投げつければ、ブリキおとし…木製火ばちのブリキで作った灰を入れる所…の大火鉢を囲んで待っていた人たちが、一斉にその新客の男に眼を注ぐ。歳は二十歳を二つ三つ超えているようである。背は高く、眉は秀でて、雪のように白い(おもて)。額は特に広く、朱を塗ったような唇は一文字で少し大きいが、漆のような黒い髪、切れ長の鋭い(まなこ)で、まず百人にも千人にもなかなか見られないほどの美男子である。女は口にこそ出さないが、()い男だと思う気持ちが、(むさぼ)り見る眼に隠しがたく、男は秘かに(ねた)みを起こし、立派だが愛嬌がなくて一癖(ひとくせ)ありそうな(つら)(がま)えだと小声で悪口を言うものもいる。


 こうしてお互いにしばらく待つうち、船の用意も整ったとの宿の言葉に、皆我先にと争って、宿の裏手に繋がれている()大力(だいりき)(せん)の中に入れば、出船だ出船だと駆け回りながら、宿の男等が人を呼ぶ声だけが闇に響く。もう新しく来るもののおらず、水夫(かこ)の動きも(せわ)しくなって、もやい…船をつなぎ止める綱…を解くやら(いかり)を抜くやら、その間にも船は動き出す。岸に佇んで提灯を振り振り、名残を惜しんで泣く者がいる。送られる者もそれに応じて泣き出す者もいる。忘れた用事の言づてを、船の(おお)いを()退()けて宿の男に向かって船の中から大声で頼む者がいる。赤ん坊の泣き声がする。エエ、隣の人の足を踏んだとか、ヤレ、後ろの人が尻を突いたとか、()()()()することがしばらく続いて、濁声(だみごえ)ながらも()んだように声に聞こえる船歌の声が起こる頃、水夫(かこ)等が帆を充分に張れば、良い具合に吹く風に送られて、船は上総(かずさ)(みお)…河口から船が航行する水路…を離れ出る。


 明け方、船が木更津へ着くと、風は忽ちにして変わって、

「今のような風向きならいいですな。昨夜のようなものだったらとてもこうは行きませぬ」と、朝飯を食べながら甲客(だれ)乙客(かれ)も挨拶をし合う。 だが、そんな中、雪がちらちらと落ちてくれば、

「さてさて、当面、これは又難儀なことになりましたぞぉ」と眉を(ひそ)めながら、膳の上の銚子を一本から二本に増やし、調子づいて言う者もいるが、そうこうする間にも、風はますます荒れ立って、塩を散らしたようになった雪は()(もう)となって乱れ飛び、深々と静かに降るかと思えば、ヒュウヒュウと斜めに墜ち、巴に狂い、卍に翻り、瞬く間に四角い所を長方形に、丸い物を(たま)にして、大道の(ごみ)を埋め隠して、ただ一面の銀世界に変えてしまった。


 先ほどの年若く美しい男は(かた)()に笑みを浮かべて、一升余りの酒を傾け、悠然として毛布(ケット)(かぶ)って、見渡す限り真っ白な景色の中につっと歩み出た。

 そして、木更津の町を離れる時、雪玉が乱れ飛んで顔を叩くのにも臆せず、構わず、非常に()んだ声で朗らかに、

「君見ずや(こん)()鉄冶(てつや)炎烟を飛ばせしを、紅光紫気(とも)(かく)(ぜん)たるを、良工鍛錬す(およそ)幾年、宝剣を()得て、(りゅう)(せん)(なづ)く、龍泉顔色霜雪の如し、良工咨嗟(しさ)して奇絶を嘆ず、琉璃(るり)玉匣(ぎょくこう)蓮花を吐き、錯鏤(さくる)の金環明月生ず…君は見たことがあるか、(こん)()の国で鉄を鋳造する時に飛び散る炎や煙を。真っ赤な炎と紫煙が、怒ったように同時に烈しく吹き出し、輝いている場面を。名工と呼ばれる鍛冶師(かじし)が何年にもわたって鍛え上げたのだ。その完成した宝剣は龍泉(りゅうせん)と名付けられた。龍泉の(おもて)は霜、雪のようだ。鍛冶師は何と素晴らしい出来だと溜息混じりに称賛する。瑠璃(るり)の玉の(はこ)は蓮の華を咲かせ、散りばめられた金環(きんかん)には満月が浮かび上がる…」と、あの郭振(かくしん)の『古剣(こけん)の篇』をさも楽し()に吟じ出した。


つづく

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