5.月夜のオススメ
「まあ、月夜ならここだよな」
「ようやく来れましたよ。秋葉原っー!」
そう、舞浜から一時間をかけてやってきたのは、電気街こと秋葉原。
「秋葉原といえば趣味の街! ここでなら、リリィちゃんの夢となる趣味が見つかるかもしれませんよ?」
先ほど舞浜でガクブルしていた姿はどこえやら。まだ駅に降りただけだというのに、このはしゃぎようである。
「単純にお前が来たかっただけだろうが」
「まあまあ、どちらの需要も満たしているんですから、結果オーライじゃないですかぁー!」
また上手く誤魔化しやがって。
そうは思ったが、月夜の選択も決して的外れなものではない。
確かにここ秋葉原は元々ありとあらゆるものがある。
その種類はアニメや漫画、ラノベ、電子部品に限らず、食べ物屋や家電、バッティングセンターに映画館、定番のメイドカフェから冒険者の武器屋、神社までと多種多様の店、建物が点在している。
転移現象が起きてからはその傾向は更に広がりを増していき、今では中野ブロードウェイ以上の異界として、世界から注目を受けている場所だ。
これだけの広いジャンルを一カ所に集まった場所は、世界中を探してもここだけしかないだろう。
デイズ・ニュイランドで買ったグッズを秋葉原駅のロッカーにへとしまい改札口を抜けると、見覚えのあるビル群が建ち並んでいた。
周りには今日も今日とて、観光客、外国人、魔族がひしめきあい、新宿や舞浜とはまた違った賑わい方をしている。
「ふふふっ! ついに、ついにやって来てしまいましたね、マイホーム! ああやばい、テンションが上がりすぎてあぁ……ああっ!」
「変な声上げるなよ、また変な注目を浴びるぞ?」
「大丈夫ですよ先輩、今の私は『秋葉原』というフィールド効果により無敵状態なんです。もう何も怖くなんてありませんよ!」
「お前それ、確か死亡フラグじゃなかったか?」
先日月夜と見たアニメで聞いた気がする。
「さあ、リリィちゃん、どこから行きましょうか! アニメショップ? 中古屋? ガードゲームショップ? 武器屋? それとも開幕からメイド喫茶? 見所は山ほどありますよ!」
「これ、なぁーに?」
「へ?」
月夜の提案全てを無視して、リリィは秋葉原駅の中に入っていた店のショーウィンドウを覗いていた。
そこに置いてあったのは、何のアニメか知らないが、160cmほどはある等身大サイズの巨大な二次元美少女のフィギュア。
ほっぺを赤く染めて、スカートを掴み恥ずかしがっているような格好で立っていた。その姿がどことなくカッチェラを彷彿とさせた。
そのフィギュアには、ウエディングドレスが着せられており、赤い宝石のような装飾品が全身にへ散りばめられ、周りにフリフリが付けられていた。
「ウエディングドレスドレスのようだが、月夜、なんだこれ?」
「ああ、今期アニメの『花嫁様は人外ですけど、気にしないでくださいね?』とのコラボ衣装ですね。キャラはメインヒロインのドラゴン娘・竜火リュカですよ」
「へぇー、あ、値段が書いてあるてことは実際に買えるのかてっ、うおぉ……高っけぇ……。えらく手の込んだファングッズだな、これは……」
「最近は色々な結婚式が上げられますからねぇ。それに好きな作品の好きなキャラクターのグッズなら、どんな物でも手に入れたいと思うのがオタクてものですよ」
「そんなものかねぇ、それでこれがどうしたんだ?」
「おいしそう」
俺は思わずずっこけてしまう。
「どういう思考回路したらそうなる……」
「けーきじゃないの?」
ああそういうことか。
確かに展示されているウエディングドレスはアレンジの具合からして、見ようによってはケーキに見えなくもない。
「でも違うよ、これは結婚するときに着るのさ」
「けっこん?」
「好きな相手と一生一緒にいようね、ていう契約みたいなものですよ。まあ、私はウエディングドレスとは縁がなさそうですけどねぇ」
「悲しいこと言うなよ……まずは友達作りから頑張ってみようぜ? 俺も協力するからさ……」
「あ、いや、そういう訳じゃなくてですね」
「けっこん……」
「ツルギ! ケーキじゃ! ケーキがあるのじゃ!」
「だからそれはケーキじゃ……ケーキだな」
ウエディングドレスが飾られていた店舗の奥をよく見ると、本物のお菓子やケーキが並んだ店があり、カッチェラはそれを見て跳ねていた。
「けーきー!」
「リリィ! 行くぞ! 本物のケーキがわが輩たちを待っているのじゃ!」
二人は一目散に店にへと突撃し、お菓子を見回っていた。
「お前らまだ食うのかよて、いつも通りか……おい待て、二人とも! 予算は五百円までだからな!」
ケーキを食べた後、月夜の改めてスマートフォンを起動させ、案内を開始した。
「それじゃ全員秋葉原初体験ということで、張り切って行きましょうか!」
「いや、俺は結構来てるぞ。秋葉原」
「はい? え、ちょっと待ってください先輩。もしかして隠れオタクだったんですか? てか行くなら誘ってくださいよ」
「誘ったら確実に制服で来るだろ、お前」
「当たり前じゃないですか、何言ってるんですか?」
「それで俺と二人で歩いてたらどうなると思う」
「わーお、怪しいお店の従業員みたいじゃないですか、やだー」
「そういうことだ。それは置いといて、秋葉原には武器屋があるからな。よくセールもしてるから頻繁に利用してるんだよ」
「もしかして『アキバ武器工房』ですか?」
「お、知ってたか」
「もちろんですよ、ちゃんと調べてきましたからね。目に傷の入ったにいかにも武器屋な見た目の親父さんが店長をしている隠れた名店なんですよね?」
「といっても、店長の目の傷はペイントタトゥーだけどな」
ちなみにオーダーメイドも請け負っており、素材を用意さえすれば、オリジナルの武器や鎧なども作ってくれる。
依然壊された剣と鎧もそこで買った物だ。
剣と鎧セットでセール価格3万円。最近新著した剣はセール価格で1万5000円と、大変安い。
全身鎧やご大層な剣などを買おうとしようとすれば、50万は下らないのだ。その差を聞けばどれだけ破格なのかがお分かりになるだろう。
「でも、俺が知ってるのはその武器屋と、数件のお気に入りの飯屋くらいだ。だから結局は月夜よりも詳しくはないだろうから色々と教えてくれよ」
「ほほうぉ……いいでしょう。では改めて、私が秋葉原の魅力をたっぷりとご紹介いたしますよ! 後、その武器屋の案内もお願いします」
「とと、何かイベントをしてますね」
月夜が案内を一度中断し、ビルの下に集まる人混みを見た。
そこは交差点に面して建つ、秋葉原の中でも一際高いビルであるベルサール。
下からは人が湧き出ており、中からは人の歌声が聞こえてくる。
「あれは、『アイドル』、というやつかのう?」
「『君もなろう! 未来のアイドル発掘オーディション!』ですかぁ、へぇー、飛び入り参加ありのオーディションですって先輩、歌ってきたらどうですか?」
「はははー何言ってるんだよ月夜、お前こそ歌ってこいよ。顔可愛いから、きっと人気者になれるぞ?」
「はっ、ネットに晒されて笑いものにされるのがオチですよ。そうだ、リリィちゃんはどうですか? アイドルになることだって、立派な夢の一つでしょ?」
「おいバカなこと言うな、リリィだとマジで合格するかもしれないだろうが……」
現に街を歩いて、何度かスカウトの話を持ちかけられたことがあるのだ。
例え歌が壊滅的でも、リリィな受かりそうな気がする。いや、俺が審査員だったら間違いなくする。
「冗談ですってば、リリィちゃんが人見知りなのは分かってますから──」
「やる」
「へ?」
「お、おい、リリィ、今なんて言った……?」
「りりぃ、あれ、やる」
「まじか……?」
「まじまじ」
おかしい……いやいつもなら絶対にリリィはこんなことを言うわけがない。
リリィはただでさえ人前に出ることが苦手なのだ。
だからこんな大勢の前に出たいなど、普段は思わないはず。
「なあリリィ、ちょっと無理してないか? 大丈夫か?」
「やるっ! だってゆめ、みつかるかもしれないもん」
「はぁー──そうかよ。でもリリィ、お前て何か歌えたか?」
「はおうらいだー」
覇王ライダーとは、カッチェラの好きな特撮作品であり、今現在もシリーズが放送されている人気シリーズである。
前述したとおり、カッチェラがハマっている作品だが、その傍らでリリィもたまに一緒に見ていたことを思い出す。そこで覚えたのだろう。
「なぬっ! リリィ、覇王ライダーを歌うのか! ならわが輩も出たいのじゃ!」
「わかったよ。なら参加できるかどうか聞いてくるから、ここで待ってろ」
正直今回はカッチェラが一緒に着いてくれるなら、少しは安心できる。
月夜が遠くで手の平を出して謝るポーズをしていたが、今までのリリィでは考え付かなかった行動なのだから今回ばかりは仕方ないだろう。
これに懲りて、ちょっとはあの小生意気な態度も直してくれると助かるのだが。
参加の受付はまだ締め切っていなかったため、リリィ、カッチェラ二人組で登録をし、順番を待つこととなった。
ステージに立つ人物は様々であり、それこそ人間、魔族はもちろんのこと、歌えるモンスターなんてものもいた。
歌声もまちまちであり、中には歌は二の次で、トークで盛り上げる人もおり、多種多様だった。
「アイドルて、歌だけじゃないんだな。知らなかったよ」
「今やアイドルも細かいジャンルに別れていますからね。私も専門外だから詳しくはありませんけど、あの二人ならキャラ的にいいところ狙えるかもしれませんよ?」
引き取った子たちがアイドルデビューか。そうなったら俺の生活もえらく変わっちまいそうだなぁ。
『それではお次はエントリー番号49番。カッチェラ・カオスロードちゃんと、リリィちゃんのお二人です、どうぞ!』
「あ、先輩、カッチェラちゃんとリリィちゃんですよ」
そんな一つの未来を思い浮かべていた時、司会のお姉さんにへと呼ばれた二人がステージの上にへと歩いて行くのが見えた。
カッチェラはその小さな胸を張りながら堂々と歩き、後ろで縮こまっているリリィの手を握ってマイクの前まで引き連れていく。
──あれってもしかしてデュラハン騒ぎの子たちか?──
──ロリ魔王さまキター!? 俺、もう死んでもいいわ……──
──てか後ろのサキュバスの子とかもだけど、二人とも超美少女じゃん……! これはもうアイドル確定ガチャだろ──
そんな声が周りの観客から聞こえてくる。どうやら今だにカッチェラは一部の間では人気らしい。
これはまずい。ならますますアイドルデビューの可能性が高くなってしまう。あのときに無理にでも止めといた方がよかっただろうか? いやでもなぁ……。
そうこう過去のことを悔やんでもみたが、もう過去には戻れない。
司会のお姉さんからマイクを受け取り、カッチェラは声を上げた。
『あー、あー、皆の衆! おはよーございますなのじゃー!』
「「「おはよーございまーすなのじゃー!」」」
「え?」
俺は今のやりとりに驚いてしまう。
カッチェラの挨拶を、周りの観客の一部はまるで恒例かのように言い返したのだ。
「え、なんでみんなかけ声返せるの……!?」
「こういう場でのオタクの適応能力はすごいんですよ? ライブとかで慣れてる人なら これくらい造作もありません──!」
エア眼鏡を持ち上げる仕草をしながら、月夜は決め顔で俺に解説してくる。
というよりも何故お前はそこまでオタクの人たちの生態について詳しいんだ? 数ヶ月前までど田舎で住んでたはずだろ?
「ネットの力は偉大ということですよ。それにカッチェラちゃんは子供ですからね、だからみんなも優しい気持ちで見ているんですよ」
挨拶を終えると、カッチェラは縮こまるリリィを前にへと出し、二人して並ぶ。
『知らぬ者もおるじゃろうから改めて自己紹介をしよう。わが輩は魔王の十三番目の娘、カッチェラ・カオスロード! 将来必ず魔王となるものじゃ! そしてこやつはわが輩の配下、サキュバスのリリィなのじゃ!』
観客からはそこそこ大きな拍手が上がり、その中には、俺と月夜のものも混じっていった。
『それはすごいですねぇ。では時期魔王さまであるカッチェラちゃんと、その配下であるリリィちゃんは今日、何を歌うんですか?』
『絶賛放送中の覇王ライダーハドウの主題歌、『DREAM LOAD』じゃ!』
『それではお二人に歌ってもらいましょう! 覇王ライダーハドウの主題歌、『DREAM LOAD』です!』
その瞬間、スピーカーから音楽が流れ始めた。
一応今回は、目の前にある画面に歌詞が出る仕様のため、歌詞が飛ぶことはないが、問題なのはリリィだ。
今だ尻すぼみしているように見えるが、あの状況でしっかりと歌えることはできるのだろうか?
だが歌が始まる直前、カッチェラはリリィに何かを言って、リリィがそれに頷き、立ち上がった。
『虚無的なぁ~ 過去にぃ~いはぁ~』
『なにも……いみなんて……なかった……んだ』
『未来さぇ~も見えなぁ~い ままぁ~』
『からっぽのーままでぇー……いきたくない……っ!』
その瞬間、リリィの目の色が変わった。
聞いていた観客も少しずつ盛り上がっていき、手拍子が少しずつ上がっていく。
『真の力 こ・こ・にぃ~ 我は今求ぉ~めるんだ!』
『さぁーあ、めおあけろっ! す・べ・て・をっ! かぁ~えるため げんじつのさきへぇ~!』
そして会場の熱が最高潮にまで上げる。
『『ドリィ~ムキャァ~チ!
掴ぁ~むんだ 恐れずにぃ~
進ぅ~め 足掻け 手に・入・れ・ろ!
どれぇ~だけ~のぉ~悪意がぁ~ 君を包み込もうとし・て・もぉ~
支配する 全てを我が手にぃ~!』』
歌いきり、周りの観客の歓声はやむところを知らない。
そこらかしこで、カッチェラとリリィを呼ぶ声が聞こえ、全員が拍手喝采。まるでプロのライブかのように、二人を讃えていた。
これもリリィが勇気を出して歌ったからこそだろう。そうでなければ、こんな夢のような光景には辿り着けなかった────ん?
なんだこの違和感……夢……この感覚……はっ!
俺は勢いよく自分の頬を殴った。すると、まるで夢から覚めたような感覚に襲われて、目を開けた。
すると、周りでは先ほどと同じく歓声自体は上がっている。
だがよく見ると、みんな目が明らかにおかしいのだ。
まるでそれは夢を見ているかのようであり、言葉も寝言のように突発的に喋っている。
「しゅごいですよ……せんぱい……へへへ……これはアイドルでマスター目指すルートですね……」
「バカなこと言ってないで、起きろ月夜! なぁ!?」
月夜の顔を持ち、何度か頬を叩いてやると、彼女は目を開ききり、俺の顔を見つめた。
「……先輩、好感度すっ飛ばしていきなりキスしようてのは、どうなんですかね?」
「違ぇよ! 今お前が寝てたから起こしてやたんだよ!」
確かに月夜の顔は持ってキスしようとしているようにも見えるが、今はそんなこと言っている場合ではない。
「言い訳に必死すぎますよ先輩、まあ別にしても……て、うわぁ、なんですからこれ? みんな目の焦点が合ってませよ、ゾンビかなにかですか?」
「リリィー! 今すぐにドリームをやめろー!」
ステージの上に立っているカッチェラや司会のお姉さんも同じ状況である。
『え……わ、わかんない……』
「ちぃ! どうすれば……!」
「そうだ先輩、ここから離れましょう! 距離が離れれば、ドリームの影響も少なくなってとけますよ、きっと」
「それだ!」
俺は後ろにいた観客を対象に【逃走】をかけ、すかさずステージまで月夜と共に辿り着く。
そこでカッチェラとリリィを回収して、一目散にこの場から逃げたのだった。
「本当、すいませんでした!」
「いやー残念ですよぉー、もう少し秋葉原にいたかったんですけどねぇ」
「そう言う割にお前の方は満喫したそうだな」
月夜は電車の椅子に座りそうぶーたれていたが、顔まで不満そうではなかった。
袋いっぱいに買った品物を持つ月夜の口元は、笑みを浮かべている。
デイズ・ニュイグッズも合わさって、今の月夜の全身は軽いフルアーマーが付いたような状態となっていた。
「それはもう、たっぷりと」
「ちゃっかりと色々購入してるしよ。前々から思ってたんだが、そんなに買って大丈夫なのか?」
中野ブロードウェイでも色々と買っていたし、今日も色々と買っている。
どこからその収入を得ているのだろう?
まさか月夜て、見かけによらずお嬢様なのか?
「前にも言いましたけど、私の地元は超が付くほどのど田舎なんですってば。だから今の今まで、お金を使う機会がなかったからずっと溜めていたんですよ」
「それを、東京に来て存分に使っているて訳か」
「はい! もう最高ですよ! ああぁ……もうずっと東京にいたい気分です……!」
「あれもちがった……」
月夜とは打って変わり、リリィは今だに落ち込んでいる。
アイドル自体も、リリィにとっては求めていた夢ではなかったようだ。
確かに気持ちが高ぶって無意識にドリームをかけてしまうのは危険だから、俺としては安心なのだが、リリィの歌自体は思いのほか悪くなかったため、色々と思うところがある。
「なら次は、俺の番のようだな」
「ツルギよ、お主はどこなのじゃ……!」
目を輝かせて拳を上下させるカッチェラに、俺は堂々と答えてやる。
「今までは賑やかな方面だったからな、俺は逆を責めてみるさ」
そして、俺たちは今日最後の目的地にへと向かった。