2.その少女、自称・魔王の娘
「は……え?」
宝箱から出てきた人物を見て俺は思わず気が抜けてしまい、持っていた剣を手から落としてしまった。
なにせ目の前にいたのは、角を生やした少女。それから推測するに、『魔族』と呼ばれる種族ではあるのだが、その顔には幼さがあったからだ。いや、実際に幼い。
年齢すれば七歳から九歳ほどで、少女と言うよりも幼女。
小さく光る八重歯が余計に子供らしさを演出させている。
「演出……はっ! 見た目に騙されるな……!」
そうだ、これは罠かもしれない。まだ弱いとは決まっていないのだ。
すかさず左手に取り付けたスマートフォンを起動させて、冒険者ご愛好の専用アプリ「ステータス測定器」を開いた。
そして、横側面に取り付いているカメラでその少女を捉える。
このアプリは、カメラに写した相手の外見から、HP(体力)、MP(魔力)、攻撃力、防御力を瞬時に測定し表示してくれる神アプリなのだ!
「なんじゃ? 何をしておる?」
目の前の幼女は不思議そうに俺を見ていたが、気にしている場合ではない。
スマホに表示された測定結果を見て、思わず目を見開いてしまった。
「なんだよ……これは……!」
それは、彼女があまりにも────弱かったからである。
HPや攻撃力、防御力は子供の平均値並。
そしてMPこと魔力に関しては、
「ゼロじゃん」
測定値が限りなくゼロ。
彼女は人間の子供ですら持ち合わせる魔力という物を、全くと言っていいほど持ち合わせてはいなかったのである。
「とんでもねぇザコじゃねぇか」
「ざ、ザコじゃないのじゃ!」
「はいはい、じゃあちょっとごめんね」
「ひゃっ!」
騒ぐ魔族幼女を持ち上げて宝箱の奥を見る。
箱には何も入っておらず、空っぽ……うん。
「お、下ろすのじゃ! 無礼者が!」
「はい、ありがとうねー。それじゃあ俺はもう帰るよ。【逃走】」
即座にスキルを発動させ、俺は一目散にその少女から逃げ出した。
「あ! 待つのじゃ!」
気の抜けた返事が後ろから聞こえた気がしたが、そんなことは気にせずその場を後にする。
「さよなら月収三十万。またいつか会う日まで……」
俺は夢のボーナスのことを思い、静かに泣いた。
「ここまで来れば、もう安心だろ」
宝箱のあった広間から大分離れた洞窟内で、俺は足を止めた。
いくら弱い測定が出たとは言え相手は魔族。戦わないに越したことはない。
「何が安心なのじゃ?」
「そりゃあ、逃げ切れたからに決まって──」
待て。なんだ今の聞き覚えのある声は。
声の方へゆっくりと顔を向けると、そこには八重歯と角を生やしマントを羽織った少女がいた。
というか、先ほど逃げ切ったはずの魔族幼女だった。
「まったく、いきなり逃げるとは何事じゃ!」
そんな、まさか……!
確かに逃げ切れたはずだぞ!?
「っ、と、【逃走】っ!」
「あ! 待たぬ──!」
まずいまずいまずい!
何なんだあいつ!?
俺の【逃走】が利かない!?
混乱と疑問が頭を支配するが、俺には逃げることしか出来ず、とにかく走った。
「これだけ走れば……げっ!」
「待──!」
「【逃走】!」
「つ!」
「【逃走】!!」
「の!」
「【逃走】!!!」
「じゃ!」
「【逃走】!!!!」
その後も何度も何度も逃げ続けたがそのたびにあの幼女は側におり、とうとう体力と足の限界で俺は倒れてしまった。
「はぁ……はぁ……っ!」
「やれやれあまり走り回せるでないわ。さすがのわが輩も少し疲れたぞ?」
「まさか……お前俺の逃げ足に付いてきたっていうのか……?」
「そうじゃが、なんじゃ?」
「そ、そんな……今まで俺に追いつけたやつなんていないんだぞ!?」
確かに【逃走】のスキルは、魔力を媒介にして速度を上げて走ると言う能力。
追いつこうと思えば追い付けられる。
だが俺の【逃走】は今までどんな相手だろうと逃げきってきたのだ。
バイコーンだろうと、ケンタウロスだろうとなんだろうと、俺に追う付いたやつなんていなかったのだ。
それをただ走って付いてきただと……?
先程までたいしたことないと思っていた幼女が、今はとんでもない怪物のように俺は感じていた。
「くそが……腹括るしかないってかよ……」
「ん? 何をぶつくさ言っておるのじゃ。では今度こそ聞いてもらうぞ、わが輩は──」
俺は剣を抜き取り、幼女向けて構えた。
「な、なんじゃ!?」
「こっちも無駄死にはごめんだからな。せいぜい足掻いてやるのさ!」
なんてハッタリを聞かせつつ、できるだけ体力を回復させてもらう作戦だ。
後もう少し逃げればおそらく地上、それも東京の街中だ。街にさえ出れば、警察やそこらにいる冒険者たちがこいつの相手をしてくれるはずだ。
「ちなみに俺はSRのスキルを持つ冒険者。迂闊に戦わない方が身のためだぜ!!」
もちろん嘘です。襲ってこないでください、死んでしまいますッ!!
「ま、待て! 待つのじゃ!」
あたふたしながら、幼女は両手を前にへと突き出してきた。
「貴様があまりにも逃げるから追いかけただけなのじゃ! わが輩は話を聞いて欲しいだけなのじゃ!」
「……分かった。それで話てなんだ? てかお前は一体誰なんだ」
武器を持ったまま警戒心は残しつつ、一応話だけは聞くことにした。俺もできることなら戦闘は避けたいしな。
「わ、わが輩は! わが輩はじゃな……」
少し照れくさそうにしながらも、声を整え、右手でマントを広げた。
「聞いて驚け! わが輩は、かっ! きゃ! かっちェラ・カオスロード!!」
「噛むなよ」
「う、うるさいっ! 他人に名を名乗るのは初めてだったのじゃ……だがどうじゃ? 驚いたじゃろう! わが輩がどんな存在かを知って!!」
「え、全然」
正直今だ、ただの子供にしか見えない。
「なっ! カオスロードの名を知らぬとは言わせんぞ!?」
「カオスロード……なんか聞いたことがあるような……?」
「魔界を統べる魔王の血族の名じゃ! バカにしておるのかっ!?」
「……ああ」
高校生の時に習った『異世界』の科目の授業で習ったことを思い出す。
異世界の『魔界』と呼ばれる土地を納める魔族の王、ナイトメア・カオスロード。
異世界で百年前起きた大戦では総指揮を務め、現在では向こうの世界の人間社会との外交を行っているとか、なんとか。
「わが輩はその魔王の十三番目の娘にしてて、いずれ魔王となるものじゃ! どうじゃ? わが輩の偉大さがようやく分かったじゃろう!」
むかつくドヤ顔とポーズにイラッとしつつ、確かに目の前にいるこの少女がもし本当に魔王の娘さんならば、さぞすごいことだろう。
【逃走】スキルに着いてきた足の速さも「魔王の血筋すげぇー」と納得ができる。
……のだが、気になることがあった。
「なあ、何個か質問していいか?」
「んっふふふぅん! ようやくわが輩の話を聞くようになったか? よいぞ、許そう! なんでも聞くが良い!!」
「まず、なんでその魔王の娘さんが、こんなダンジョン奥地の宝箱の中に入ってたんだ?」
「んぐぅ!」
「次に、確か俺が聞いた話、カオスロード家て皆生まれた頃からステータスが全て高いて聞いたんだが、なんでお前全部低いの?」
「んぐぁ!!」
「てか、なんで全く魔力が無いんだよ?」
「がぁあ!!!」
カッチェラと名乗った、自称・魔王の娘は膝から崩れ落ちて手をつき、床にへと四つん這いになった。
「あわわわわ……き、貴様……わが輩の聞かれたくないことを的確に突きおってからに……!」
泣き面だったカッチェラに、黒色のオーラのようなものが纏わり始めた。
「!」
肌で感じた恐怖。
冷気でも浴びたかのように体中には鳥肌が立ち、冷や汗が流れ、足の震えが止まらない。
目の前に立つ幼女カッチェラから、なんと鬼神とも言える恐怖の塊が現れたのである。
「なんだよこれは……まさか……!」
測定器ですら関知できない力を持っていうのか?
なんだよそれ! チートじゃねぇか! 魔力がないのも擬態かなにかだったのか!?
《決めたぞ……貴様だけは、逃がさん……ッ!》
「っ! とう……そ……っ!」
スキルを使おうとするも足に力が入らずその場にへたれこんでしまう。恐怖と疲労で足が動いてくれない!
「くそ! こんな時に使えないとか、本当にくそったれ能力だなおい!」
《貴様……!》
「や、やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
一世一代の命声を叫ぶ俺に、自称・魔王の娘カッチェラは右手の人差し指を指して、高らかに告げた。
《貴様、わが輩の配下となるのじゃ!》
「おおおおおおおおおおおおおおおお────はいっ?」
カッチェラの言葉に、今度は俺が素っ頓狂な声を上げてしまった。