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「永遠の瞳ーエイエンノヒトミー」  作者: 牧原冴月(まきはら さゆら)*アルファポリスに引っ越します
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名月の姫(「硝子の悪魔」シーン3)

 飛鳥の両眼は緋い。とても。水浪が長年流した血への罰のように。

 水浪には時々、不思議な瞳の色をした子供が生まれる。しかも女子にだけ。それがいつからなのかは分からない。

 水浪の人間に、数十人に一人の確率で誕生する、深紅や孔雀緑や瑠璃紺の瞳をした女子。

 彼女達は、「名月かたづきの姫」と呼ばれる。その出現は極めて偶発的で、水浪の誰にもどうしても予測出来ない。しかし、名月の姫には、瞳の色以外には、何の特徴もない。予知能力があったり、ダイジングや精神感応が出来る者もいるが、全く特殊能力を持たない者もいる。水浪には、第十三代袾音の様に、名月の姫でなくとも強い力を持つ人物もいるので、不思議な両眼が特殊能力を齎すわけではない、と水浪内部では考えられている。両の瞳以外は、名月の姫は「普通の人間」だった。


 しかし、水浪では「袾音」は名月の姫が即位するのが原則だった。名月の姫には伝説がある。曰く、「記紀(古事記と日本書記)」にも出てくる天孫降臨てんそんこうりん天照大神あまてらすおおみかみの孫の邇邇藝命ににぎのみことが、葦原の中つ国の統治の為に、高天原たかまがはらから高千穂に降り立ったという神話)の際、猿田毘古神さるたひこのかみと共に、邇邇藝命を案内した「神の子」の子孫なのだという。特殊な眼の色は、その名残だと。だから「神の子」の子孫を、千年の間、寄合は「袾音」の名を継がせて奉って来た。


 けれど、ここ数十年、水浪には名月の姫が生まれなかった。直系にも傍系にも。だから先々代から第十三代まで連続三代、名月の姫でない袾音が即位していたのだと言う。だが四年前に生まれた飛鳥は名月の姫だった。だから長老の中には飛鳥を推す者がいる。

「袾音」は名月の姫であればこそ、混沌の闇へ堕ちたような水浪が、再び安泰へ向かうのだと。


 しかし、しかしだ。水浪には長老達も、いや、他の水浪の誰もが知らない、ある古い言い伝えがある。それは、歴代の摂政と神官の2人だけに語り継がれてきたもの。その言い伝えの為に、摂政の鵺と神官の猇は協力して、飛鳥が第十四代袾音に即位するのを一分一秒でも遅らせなくてはならないのだ。不思議なものを崇拝する水浪の人間が、飛鳥を持ち上げないよう、彼女が名月の姫である事を水浪内部にも極力隠した。実は寄合にさえ黙っているつもりだったぐらいだ。それがふとしたはずみにバレてしまった。失態だった。

 あらゆる手段を使って、隠し通すべきだった。たとえ水浪がどんなに、内から穢れようとも、絶対に。


                  *


 京の都の内には今も、隠された陰陽師が棲んでいるのだという。魔物を静め、都の反映を願い、人々の密かな願いを叶えているのだと。また、水浪が比叡山に隠れ棲んだ平安時代末期の治承・寿永の乱の頃、源平両氏共に陰陽師を重宝していたのだという。その流れを汲んだと言われる陰陽師が、水浪の中にもいる。「いざなぎ流」の様に独自の発展を遂げたその陰陽道は、現在ほぼ一人の人物が継承しようとしている。


 彼は、南都北嶺の寺社関係者に、ひっそりと「安陪清明の再来」と呼び習わされる、齢十三の少年。水浪傍系、気鷟家当主・猇の一人息子、気鷟秋きざきしゅうその人だった。


 何かが起きようとしている胸騒ぎが止まらない朝だった。庭の隅に咲いた、黄色いツリフネソウに、赤褐色のアカシジミが舞っていた。

(山が燃えているみたいだ)

 晩秋の比叡山は、圧倒的な紅葉に包まれていた。樹から落ちた赤い葉が、血痕の様に地面に散っている。縁側からそれを横目で眺めながら、気鷟秋は大広間へと急いだ。そこには袾音がいる。式服に似た衣装の袴が、朝露を吸って僅かに重くなっていた。下界の噂では「鬼の様に角が生えている」と言われている秋だが、本人は至って柔らかい雰囲気の少年で、会った者は皆面食らう。近い血族での結婚を繰り返したせいなのか、瞳も髪の色も薄めの栗色だ。

 突然、秋は曲がり角の手前で足を止めた。自分の袴の裾を踏んでつんのめりそうになりながら振り返る。

「秋・・・・」

 驚いた様に後ろの角から顔を出したのは、父の猇だ。

「父上、袾音様を尋問に掛ける様な真似をなされたと」

「袾音様が道を外れた時は、お諌めするのが我々の役目だ」

 怯んだのは一瞬。猇は食えない態度で秋の側まで歩み寄って言い返した。

「『生ける神の子』にお諌めとは不敬ではありませんか?」

「譲位を持ち出す輩よりはずっと信心深いがな」

 猇はたまに秋と顔を合わせればいつも、跡継ぎの彼に水浪の内情を伝えた。だから秋も大体は、寄合の実態やその顔ぶれの主張も知っている。

 無論、長老の中心人物である傍系の氷栗が、声高に言い続けている、第十三代袾音から、彼女の妹への譲位の件も。

「氷栗がな、どうしてもと言うて聞かぬ。あやつはもともと里の生まれ、水浪の流儀もよく心得ぬ野蛮な余所者じゃ。おまけに強引な所が多々ある・・・・何かしでかさねば良いが・・・」

「・・・・・・」

 氷栗は元々は京都市内に住んでいたが、明治末期に水浪の血を引いている事が「発見」され、五十年も前に比叡山の水浪本家に根を下ろした傍系だ。それを未だに余所者扱いする父に辟易したのと、不吉な神官の言葉とに秋は沈黙する。

 秋にあまり似ていない、白髭で細面の猇は、先代を二十年以上、表でも裏でも支え続けた人物だ。その読みは鋭い。袾音の預言のように。

「氷栗の言い分は分かる。飛鳥様は・・・・・・じゃからな。しかしな秋よ、儂がお前に教えた、初代袾音様の預言を忘れるな。我々は一時でも長く、第十三代袾音様を在位させたままにせねばならぬ」

 一ヶ所、奇妙に口を噤んで、秋に念を押した猇は、ゆっくりと背を向けて去っていった。

 複雑な想いで秋は、深紅に色づいた紅葉の葉が一枚、旋風に吹かれて散るのに眼をやった―――――――。

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