怖いもの
私はとある理由で怖い話を蒐集している。他愛ない短いものが手間がなくていい。
人から聞いた話。
男がDVDを借りた。
仕事が定時で終わり、翌日が休みということで職場の友人と夕飯を一緒に食い、少し飲んだ。その後、友人宅まで一緒に行き、タクシーを帰してしまった。酔いも手伝って、遠いともいえないが、普段ならば歩かない距離を歩いて帰ることにしたのだそうだ。
だいぶ寒い日で、半分も行かないうちにほろ酔いの暖かさもさめてしまい、それで、暖を取るために本屋とDVDレンタル屋を兼業している店に入ったという。初めての店だったそうだが、なにせチェーン店でそこかしこで見かけるため入りづらいとかの抵抗はなかったらしい。
借りたのは流行りが少し落ち着いた、アメコミのヒーロー物だったそうだ。
派手なアクションにエフェクト、粉砕される建物や崩れる橋。一般人が悪役の起こす破壊の余波に悲鳴をあげ、そこに颯爽と現れるヒーロー。少し飲み足りなかった男は、この頃微妙に値段をあげてきている発泡酒を飲みながら、見るとはなしに見ていた。
少々目を離しても、話の筋がわかり、安心してみていられるベタな展開の筈が、現れるべきところで、ヒーローは現れなかった。
ヒーローが現れるべきところで、いきなり画面が青一色に変わり、映像が映らなくなってしまい、音声だけが残った。映らないけれど映画は進行しているのか、ヒロインらしき女の悲鳴と、くぐもった破壊音を聞いたのを覚えているという。リモコンをやたらめったら押してみたが、画面が戻ることはなく、仕方がないのでプレイヤー本体の電源を切るため、炬燵から這い出し、腕を伸ばした。
耳がTVのスピーカーに近くなったためか、他の小さな音も聞こえる。悲鳴に交じって、くちゃくちゃと何かを咀嚼するような音。びちゃびちゃと水の垂れる音。
そこで男は思ったそうだ、何故セリフが無いんだろうと。
電源ボタンに手を伸ばし、それを眺めたまましばし固まっていると悲鳴が止み、静かになった。男はホッとし、なんでDVDのバグごときを恐れたんだろうと、少し自嘲しながら電源を切るため、もう一度、指に力を込めた。
その時、頭に生暖かいものが垂れた。反射的に手をやり、ぬるりとついたモノを見れば、血のような赤黒いものが髪の筋を引いて掌にべったりとくっついていた。
驚いて後ずさる間に、何処かからボタボタと唾液と混じったような、粘液っぽい泡の消えない血が、自分と床に幾つもたれたそうだ。
炬燵に尻をぶつけ、はっと気づけば目の前のテレビは画面が黒く何も映っていなかった。それに床にも男の体にも、確かに見たと思った血はついていなかった。ただ、部屋がやたら生臭かったという。
男は、後ずさるときに慌てて引きぬいてしまったらしい、棚から落ちたプレイヤーに気づき、暫くそれを茫然と見ていたそうだ。
翌日、何か変わったことがあるはずだと、胸に思いながら件の店に行けば、普通に営業していた。
DVDは期日を待たず、その日に返却したという。
さて私には、
怖いものがある。
どうにも私は寄せてしまうらしい。
怖い話を聞いた後の扉の先から
怖い話を読んだ後のカーテンの後ろから
それは来る。
話自体は大して怖いとも思わないのに
寄ってくるものは明確な形も取らないくせに気配だけは恐ろしい。
あちら側から扉に湿りこむようにじりじりと抜け出るモノ。
闇に混じって窓のガラスからゆっくりと滲み出るモノ。
怖い話を聞いていたり、
怪談噺を読んでいたり、
そうすると
耳から、
眼から、
忍び込む。
忍び込んだモノは朝日とともに消える。
日の出まで大分間があるときは……
――人に怖い話を話せば、読ませれば移る。
移した人が同じ方法で他人になすりつけられるかどうかは知らない。
私の感じるそれは、時々恐ろしいと感じるほどに大きくなるけれど、多くは耳や目から入り、腹に少し澱んだ後、腰のあたりから抜けて這い登り、肩甲骨から首にかけて、触れるか触れないか、皮から2ミリくらい離れてぞわぞわと這い回る程度。
だんだん気配を強くするソレは、最終的にどうなるか知らない。
だって、私に最後まで見届ける勇気も根性もないから。
今はネットに書き込めば、妙な時間であっても一人二人は見るでしょう?
私は怖い話を蒐集している、自分で読むためではない。書き込むには、他愛ない短いものが手間がなくていいでしょう?
何でこんな夜中にこんな話を投稿したかって?
ただの嫌がらせですよ。
たぶん、
きっと、
コレが移るなんて私の思い込み。
たぶんですけどね。




