セドリック 3
タグ通りのヌル目のざまぁです。
セントレア侯爵を始めケネリス侯爵とそれに追随していた者達を捕縛する事に成功した。
だが、捕まえてそれで全てが終わった訳ではない。
これから彼等の罪を明らかにし、相応しい処罰をしなくてはならない。
「十一年前他国に情報を流していたのはケネリス侯爵家だったのだな」
押収された書類の中からそれを示す物が発見された。
十一年前レザルド侯爵が他国と通じているとして提出された証拠はもともとケネリス侯爵が、持っていた物をそれらしい口上を添えて出した物だったのだ。
「こんな事すら見抜けなかったなんて、本当に私の眼は節穴だな」
「あの時は、前陛下が急病になられ、誰もが浮き足立っておりました。本来なら執務を代行すべき宰相は、訪問していた旅先で不慮の事故で死亡し、前陛下の腹心の外務大臣は、他国に居られ即刻帰国する事は叶わず、アレクの父の近衛団長は、国境での紛争の制圧のため王都を留守にしておりましたから……」
私の自嘲に ディーンが当時の状況を思い出し話す。
結局団長は生きて王都に戻る事はなく、外務大臣が帰国した時には全てが決していた。
だが、今になって思えば国の中枢が機能しないその状況はあまりにも都合が良すぎはしないだろうか?セントレアやケネリスなど、私欲を欲していた者達にとって。
確実に何らかの作為があったのだろう。
「そうして、恋に浮かれた愚かな若僧を充分に活用した訳だ」
「陛下……」
「…いくら過去を悔いても取り返しはつかない。せめて、最善をなせる様努力しよう」
調べる物は膨大だったが、私達は粛々と仕事に取組んだ。
私の暗殺の証拠が見つかり、これでセントレア、ケネリスの処刑は確定した。
しかし、王妃の実家が王の暗殺を企てていたなど公表できる訳がない。
人心が乱れるし他国に侮られ付け入る隙を作る事にもなりかねない。
しかし当然無罪にする事はできない。
「褒められた手ではないが、事故に見せての処分しかしないな。数年経ったら後継がいないということでセントレア家は断絶。領地は王家の直轄としよう」
首魁の二家の処罰を決め、実行に移すべく手配をする。
ああ、ユリアーナのもとに行き、経過を伝えなくては。
侯爵が、捕縛された事は既に伝えたが、その他の余罪とユリアーナへの処遇についてを。
「何ですって謀反人?どういう事?」
ユリアーナが驚いて聞き返す。
「セントレア侯爵は私の暗殺を企てていた。君も知っていたんだろう?」
「知…知らないわ。あたしはそんなの聞いてない!」
「そう?なら、子供が産まれてたら、どうするつもりだったの?」
「…!」
バレてないと思ってたのか、先日の妊娠と流産が。
「私にはまったく心当たりのない妊娠だ。当然認める筈のないその子を王の子とするためには、私の口を塞ぐしかないと、君の父上は考えた」
「知らない。あたしはそんなつもりじゃなかったの」
「じゃあ、どういうつもりだったの?
本当なら謀反人の一族は連座で死刑だが、王妃とその実家が謀叛を企てていたなんて知られたら、国が混乱する。腹立たしいが、セントレア侯爵家の処刑はできない。主犯はケネリス侯爵という事で後日処刑を執行する事になった。
ああ、不義の子を妊娠するような王妃に居てもらっては困るんだ。君も近いうちに王宮から出て然るべき場所に移ってもらう事になっている。
君の王妃という称号は取り上げないから、安心してくれ。私という愚かな王に相応しい最低な王妃だよ、君は」
信じられない、という顔をしているユリアーナにそう告げて部屋を出た。
部屋の前で王妃付きの侍女が、頭をさげていた。
殆どの者がユリアーナから離れてしまい、今ではたった一人が残っているだけだという。
「王妃のそばに仕えるのは大変かも知れないが、よろしく頼むよ」
「私は最期まで王妃様のお側にありたいと思っております」
最近は情緒不安定でますます扱いづらくなったユリアーナの側に居てくれるという、奇特な侍女に言葉をかけ執務室へもどった。
ケネリス侯爵家の者を処刑した後、セントレア侯爵一家を抹殺した。
後は、ユリアーナを王都の北の端にある王族で問題のある者を隔離する塔に収容するだけだ。
北の塔への護送は、アレクに頼んだ。
護送を終えて戻ったアレクは頭を左右に振りながら、ユリアーナのおかしな様子を告げた。
「ずっと、リセット?とかヒロインとかブツブツしゃべっていたな。俺を見て、ルートがどうの、やり直すとか何とか…どう見てもまともには見えなかったぞ」
「昨日見たときはいささか情緒不安定気味でしたがそこ迄ではなかったのですがね」
ディーンも首を傾げる。
ユリアーナが、錯乱?
「まあいい。もうユリアーナに関わるつもりは無い」
それよりも綱紀粛正のための規約や指針を策定する方が重要だ。
まだまだしなければならない事は山積みなのだ。
だが、その報せはユリアーナが塔に入って僅か二ヶ月後にもたらされた。
「ユリアーナが、自死したと?」
「はい。寝台の柵に紐を掛けて床に座る様にして亡くなっていたとか。侍女が知らせて参りましたので、王宮医師を派遣しました」
「ユリアーナが、自殺?一番程遠い死に方に思うが…」
いささか腑に落ちないが、今更真相を探る気もない。
「既に病にて静養中と知らせていたんだ。そのまま回復せず本日死去したと伝える事にしよう。ああ、アデラには私が伝えに行こう」
アデラィードにユリアーナの死を告げると目を瞠り、なぜか背後に立つディーンの息子のリオンを振り返った。
「そう…ですか。あの…どうして亡くなられたのですか?」
ほとんどユリアーナと接する事のなかったアデラィードにとってその死はどう受けとめられたのだろうか。
「病気だよ」
「びょ…うき…」
「そう、病気で今朝亡くなった」
真実をアデラィードに告げる必要はない。
「…では私は、これからお母様へ祈りをささげますわ。お父様、お報せ下さりありがとうございます」
心優しい娘はあんな母親でもその死を悼んでいるらしい。
「お父様、私は十二歳になりました。私にお父様のお仕事を教えてくださいませんか?」
まだ早いだろう?いや、早くはないのか。私自身 前王の執務室に入れてもらえるようになったのはそんな歳だったか。
アデラィードは聡明な娘だ。教育係からは、既に一般教養とマナーは習得済みとの報告を得ている。
「いいだろう。だが、国政に携わるのだから厳しく指導する事になるよ?」
「はい!覚悟をしております」
にっこり微笑んで返事をしたアデラィードは、少し言いにくそうに言葉を続けた。
「あの…お父様もう一つお願いがございます。リオンも一緒に教わりたいのです」
リオンも?宰相の息子の。
「リオンなら、次期宰相としてディーンが教育しているだろう?」
「それとは別に陛下の執務を学ばせていただきたいのです。アデラィード殿下を支えていくために」
いつもは無言のリオンが珍しく私に向かって話す。
む…その妙に挑戦的な眼差しは何だ。
「お父様、許可をいただけますか?」
何やら腹立たしい思いでリオンを睨みつけていたがアデラィードの言葉に許可を与えてしまった。
それからアデラィードとリオンは執務室で簡単な補佐をしながら国王の仕事を学び始めた。
アディリナ…。そういえば 彼女もこのくらいの歳に王妃教育の一環として、私と共に前王の補佐をしていたな。
アディリナは、とても優秀だった。私が劣等感を抱くほどに。
それが彼女から距離を置くきっかけだったろうか。
いや、もう一つあった。
アディリナの従者のカイルだ。
カイルはアディリナの背後に控えていて、あまり私と話すことは無かった。
アディリナも影のように付いているカイルの存在を意識していないかのようだった。
だが、ある時私は見てしまったのだ。
カイルが、アディリナを「お嬢」と呼びアディリナが楽しそうに笑うのを。
あんな表情は見た事が無かった。
アディリナの途惑うような控えめな笑みしか見た事が無かった私が、胸に感じた痛みは何だったのか、今ならわかる。
嫉妬だ。
私はカイルに嫉妬した。
アディリナに屈託のない笑顔を向けられる彼に。
そう思って見ると私といる時のアディリナは、どこか一線を引いたような態度に思えた。
なぜ、私にはあのいきいきとした表情を見せてくれない?
それが腹立たしくて、暴言を吐いても困ったように微笑むアディリナと私を睨むカイル。
アディリナとカイルの二人がいるところを見るのが嫌だった。
だから離れた。
なぜ今そんな事を思い出した。
執務室にいるアデラィードとリオンが、かつてのアディリナとカイルの姿に重なって見えたのか。
この頃彼女の事をよく思い出す。
アディリナ…
彼女を失くしてもう十数年が経とうというのに。
目の前には日に日に彼女に似てくる我が娘がいる。
アデラィードは今では私に代わって執務を行える程になっている。
聡明で美しく心優しい、私の最愛の娘。
そして、その最愛の娘の傍にいつも仕えているリオン。
リオンもさすがに宰相の子息だけの事はあり優秀だ。
しかし、決して出すぎる事はなく、アデラィードを立て自身は補佐役に徹している。
アデラィードとリオン。
在りし日のアディリナとカイルを思い出す。
二人の姿は私の過ちを何度も思い出させる。
決して私の罪を忘れさせてくれない。
「お父様、お顔色がすぐれませんわ。ずっとお休みを取られていらっしゃらないではないですか。今ある案件は明日以降でも充分なものばかりです。どうか今日はもうお休みください」
「む、そう、だな。実は昨日から少々頭が重くてね。では、今日はこれで休む事にするよ」
そう答え、椅子から立ち上がって背伸びをした瞬間強烈な目眩を感じ、私の意識は暗転した。
ふ と目が覚めた。
ここは…私の寝室か?
「陛下お気がつかれましたか?陛下?」
侍医の言葉に答えようとして愕然とした。
話せない…!
だけでなく首も動かず、指一本まともに動かすことさえできない。
自力で動かせるのは目蓋だけとは、いったい私に何が起こったのか。
「脳の深い場所が害されたと思われます」
「そうですか…意識はあるのですか?」
侍医の説明にアデラィードが、質問している。
「わかりません。時々お目を開かれている事はございますが、特に反応が返ってこないのです」
「そう。意識が戻れば回復できますか?」
「それもわからないのです。しかしお倒れになってから既に五日経っております。お食事どころか水分も摂ることができないこの状態では非情に厳しい状況であると思われます」
「そう、わかりました。少しお父様の側に付いていてもよろしいかしら」
「では、私は隣室に控えておりますので何かございましたらおお声をかけください」
そう言い侍医が退出すると、アデラィードが私の寝台に近づいて来た。
「お父様?お分かりになりますか?」
わかる、わかるよアデラィード!
私はどうにかアデラィードを見たくて必死に目を動かした。
「……」
誰かの手が私の頭に触れ、少し横に向けてくれた。
愛しいアデラィードが目に入った。
「お父様。もし私の言うことがお分かりでしたら目を閉じていただけませんか?」
私は理解していると目を瞑る。
「では、侍医の説明もおわかりですね?」
私は、もう一度目を瞑る。
「残念ですが、回復の見込みはありません」
わかっている、と目を閉じる。
もう私はそれ程保たない。
今も目を閉じればそのまま深い眠りに落ちてしまいそうなのだから。
死んだらアディリナに逢えるだろうか?
そんなことを考える
「セドリック様」
えっ…?
アディリナ?
名を呼ばれ、はっと目を開ける。
目の前にいるのは最愛の娘だ。
「セドリック様。女性としては、愛していただけませんでしたが、娘として愛しんでくださりありがとうございました。……お父様」
……!!
アディリナ!?
何ということだ!
私が唯一動かせる目を最大限に見開き、アデラィードを凝視する。
アデラィードは、私の動かない右手を握り少し途惑うように微笑んだ。
ああ、アディリナ…!
君はここにいたのか。
私の傍にいたのか。
名を呼びたい。
抱きしめたい。
……だが、今の私には何一つできない。
涙が溢れ出て止まらない。
ふいにアデラィードの背後にいたリオンが、後ろからアデラィードを抱きしめた。
「お嬢。もういいだろ?別れの挨拶は」
「…そうね……セドリック様。御前失礼致しますわ」
優雅に淑女の礼をし部屋から出て行くアデラィード。
その腰に手を添えたリオンが振り向いて、私に告げる。
「今度はお嬢から離れない。ずっと俺が守るからアンタは安心して往生してくれ」
そうか。リオンは、カイルの生まれ変わりだったのか。
昔 アディリナとカイルが二人でいるのを見るのは嫌だった。
これからはアデラィードとリオンは睦まじく寄り添って生きるのだろう。
そんな情景を私は、見ずに済んで良かったのかもしれない。
コレでざまぁ?と言われるかもしれませんが、これが最初から考えていたオチでした。
サブタイトルのKASANEは怪談・累ヶ淵から拝借しました。
あと、文中の最後のセドリックの病状は脳幹部に病変があると稀に起こる症状で、それを参考にしましたが、あくまで参考ですので、温かい目でスルーしていただけると嬉しいです。
次はアディリナ視点で描く予定です。ここで、回収しきれていない?部分を書いていこうと思います。
カイル視点を書くかは保留です。
読んでいただきありがとうございました。