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セドリック 2

「お父様?」


九歳になる王女むすめのアデラィードが執務室に入ってきた。


「アデラ、一人で来たのかい?」


「いいえ、リオンが付いてきてますわ」

アデラの後ろに控えているのは、現宰相のディーンの長男だ。

リオンは、黒髪黒眼の十歳という年齢より大人びた少年で父親であるディーンに似ず武術も得意で数年前からアデラの護衛兼従者として仕えている。


「アデラ、私に何か用かな?もう直ぐ十歳の誕生日だが、プレゼントのおねだりかな?」


執務机から離れソファーに座り膝の上にアデラを座らせた。


アデラは、成長するにつれアデリィナにそっくりになっていく。

以前は、アデラを見るのが辛かった。

私のしでかした取り返しのつかない過ちを責めているように思え 無垢な目でジッと見つめられるのもつらかった。


だが、自分の過ちに気づき 王としての責任を果たすべく決めた時からアデラは、私の最愛になっていた。

最愛の娘アデライード、この子が継ぐ国をこのままにしていてはいけない。


「お父様、私はケネリス侯爵様の処にお嫁入りするのですか?」


アデラに唐突に尋ねられるが、そんな話は微塵も無い。

ケネリス侯爵は、レザルド侯爵の告発と断罪に一番熱心だった人物。

最近は賄賂やご機嫌取りでユリアーナの一番のお気に入りだ。

それだけでも信用のおけない奴だが、何より侯爵は幼女趣味で下位貴族の家から借金のかたに少女達を召し上げているという不穏な噂もある。


「そんな事は絶対にないよ。アデラは、他家にお嫁に行く事は無いんだ、この国の女王様になるんだからね」


そう言ってアデラに微笑みかけると、アデラは、悲しげな表情で言う。

「でも、お母様が…お腹に赤ちゃんができたから私はもう要らないと……だからケネリス侯爵様と結婚しろと仰ったの」


な…なんだ、と!!


ユリアーナの本性を知った時から、あの狂おしいまでの恋情は嘘のように消え失せ 以来、閨を共にしていない。

私は国主催の夜会以外は参加していないが、派手な事が好きなユリアーナは、積極的に参加していた。

その場でのユリアーナは王妃としての、というよりもはや淑女としての振る舞いではなく、良識のある貴族達は、眉を顰めている。

勿論それを窘めたが、いっこうに態度を改めようとせず不毛な会話に疲れ果て放置していた。

だが、妊娠とは…最低限の慎みさえもなかったらしい。

自分の子でもないのを我が子であると公表する訳が無いだろうに、何を考えている?


もしや……。


「アデラ、ケネリス侯爵との結婚は絶対に無いから安心しなさい」


不安げなアデラを抱きしめて部屋まで送り届け執務室に戻る。


「陛下、お呼びと伺いましたが」

宰相のディーンが、入室して来た。


「ユリアーナが妊娠したらしい。勿論 私の子ではない」

「……!…」

事実を告げればディーンは、絶句した。


「かねてより調査していた物を纏めておいて欲しい。それと ユリアーナは、アデラィードを嫌っているが、一人きりの王位継承者だ。今まで手を出す事は無かったがこれからは違う。身辺の警護を固めてくれ。もうこれ以上好き勝手にはさせない…!私達は十一年前に大きな誤ちを犯してしまった。亡くした者は戻って来ないが、せめて国と国民のために出来る事をしようと思う。それがわずかばかりのアデリィナへの償いにもなろうか…」


そうだ、アデリィナはよく私に 民あっての国、国あっての国王だと言っていた。

民が、安寧に生活出来れば国も栄えると。

なのに今はどうだろう。

国民は疲弊し、一部の特権階級だけが甘い汁を吸っている。

その筆頭が王妃ユリアーナとは…つくづく過去の自分の愚かさに吐気がする。


「…わかりました。それから、国境警備の任にあるアレックスを呼び戻します」


「アレックスを?」

私は十年近く会っていない友を思い出す。


「ええ。アレックスも誤ちを償いたいと数年前から国境警備に在籍しながら内偵や調査をしていました。」


かつてユリアーナに惚れ込み目を曇らせた私達三人。取り返しがつかない誤ちを犯した。


賄賂と腐敗が蔓延る貴族階級を粛正し疲弊した国家を立て直さねばならない。


「アデラィード様もですが、陛下の方がより、危険ではないですか?」


「やはり、私を暗殺すると思うか?」


「はい、陛下のお子であるという、大嘘をつくわけですから」


「王の口を塞ごうとするか…。私はそこまで侮られているのだな。……動くのはユリアーナの実家のセントレア侯爵家か。それからケネリス侯爵家」


「そうですね。後は、現在その二家に取り入り甘い蜜を吸っている者達」


「証拠はどれくらいそろっている?」


「八割方は用意出来ています。残りはあと一月は欲しいところです」


「なるべく急いで仕上げてくれ。あとは、ユリアーナの腹の子をどうするかだな…」


当然産ませるわけにはいかない。



どのように処分するか、数日 方法を考えているうちにユリアーナが階段から転落し流産した。

私は妊娠も流産も知らぬふりでユリアーナの見舞いに赴いた。


「あ、あの女が、私を階段から突き落としたのです」

ユリアーナが、声を震わせて言った。


「あの女?」


「アデリィナよ。夜会に行こうと階段の上を通りかかった時、名を呼ばれて振り返ったら、あの女が、私を見降ろしていたのよ」


「アデリィナは、もう十一年前に死んだ。我々が処刑を見届けたではないか」


「確かにあの女だったわ。執念深くまだ、恨んでいるんだわ。忌々しい」


既に亡きアデリィナを口汚く罵るユリアーナ。

恨んでいる?当然だ。それだけの仕打ちを私達はしたのだから。


「怨まれても当然の事をしたと思うが?」

皮肉を込めてユリアーナを見る。


「…なっ…!私だけの責任じゃないわ!セドリック様も同意したじゃないのよ!」


「…そうだな。今はとても後悔しているよ。もし、私の所へアデリィナが来てくれるなら、精一杯謝罪をしたいと思うよ。

君も、少しは自分の行いを見直しては如何かな?」


「何よ!今更 自分だけ善人になろうっていうの?アンタも、アンタ達皆一緒じゃない!!……!…!…」

寝台の中で何やら叫んでいるユリアーナをそのままに部屋を退出し、執務室へと戻った。



執務室にはディーンとアレックスが待っていた。


「アデリィナの幽霊に階段から突き落とされたそうだ。あの女にも少しは罪悪感が有ったのか、それともいつもの虚言か」


「罪悪感を感じる程の殊勝な心が有れば、不義の子を懐妊したりしないでしょう」

冷徹に言い放つディーンにアレックスも頷いて同意する。


「これで当面の心配は無くなったが、いずれまた同じ事をするだろう。それに国の建て直しも早急にやらねばなら無い。準備はどうだ?」


「やっと、次の人身売買のオークションが開かれる日時と場所をつかんだ。此方が排除したい家の者がかなり出席する予定だ」

アレックスが内偵した情報を告げてくれた。


「そこを一網打尽にできれば、後の事もやり易くなるな」

後は決行する日まで、すべてを準備して待つのだ。


どれ程前の事だったか。

「おとうさま、おうさまってどんなおしごとをしているのですか?」


唐突に幼いアデラィードに尋ねられ、答えようとして言葉に詰まった。

王の仕事…昔し 教育係が何と言っていたか。


『王は国を栄えさせ、人々に豊かさと安心を与えなくてはいけません』


玉座を受け継いでから、私は何を為してきたか。何もしていないばかりか、蔓延る腐敗から目を背け、民の困窮も見ない振りをしていた。

情けない…。娘の質問に胸を張って答えることが出来ないとは。


あの日から周りに流されるだけの生き方を改めた。


王妃の実家のセントレア侯爵を筆頭に権力を欲する貴族の専横を これ以上、野放しにしてはいけない。

良識のある貴族や文官の力を借りて、国の建て直しに取組んできたのだ。

今こそ、腐敗と不正を正す時だ。


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