セドリック
私は間違っていない。
王太子としてなすべき事をしただけだ。
かつて、婚約者であったアデリィナの首が落ちるのを目にしながら自分に言い聞かせるように繰り返す。
私の左腕に縋るユリアーナの手にぎゅっと力がこもる。
流石に首が落ちるのを目にするのは衝撃だろうといたわりの言葉をかけようと彼女を見る。
ユリアーナは、アデリィナの首をじっと見ていた。その顔に微笑みを浮かべて。
その表情に違和感を感じるも学園でアデリィナに危害を加えられていた事を考えれば、その脅威が排除された安堵の笑みであろう。
処刑場からの帰城の馬車の中で私の側近で宰相の嫡男であるディーンが小さく呟いた。
「…本当にアデリィナ嬢は罪を犯していたのでしょうか………?」
断罪の場で示されたのは証言と曖昧な状況証拠のみ。はっきりとした物的証拠とアデリィナの自白は得られなかった。
だが、ユリアーナが証言したのだ。アデリィナに突き落とされたと。
レザルド侯爵家は他国と通じ国家に仇をなしていたのだ。
その反逆者の娘の言と愛しいユリアーナの言、どちらが信じられるかなど考えるまでも無い。
「侯爵家についてももう少し調査をするべきだったのでは…」
確かに反逆の証拠の書類が発見され 刑が確定し執行するまでの時間は通常よりかなり短かったかもしれない。
陛下は、長年国に仕えてきたレザルド侯爵家を惜しみ処刑は避けようとされていたが、数日前に急に病に倒れ、今も病床にある。
だが、反逆者の一族を一刻も早く処刑せよという、貴族の声が多く、私は陛下の代理として執行書にサインした。
顔を俯け小声で呟くディーンに私は声をかける。
「今更何を言っている。もう全て終わったのだ。私達は正しい事をしたのだ」
そうだ、私は間違ってなどいない。
レザルド家の断絶から数ヶ月後、陛下は回復する事なく崩御された。
その一年後私が王位を継ぐとともにユリアーナと結婚した。
ユリアーナの実家であるセントレア子爵家はレザルド家の領地を受け家格も侯爵家にあらためられた。
翌年には私達の間に王女が誕生した。
アデラィードと名付けた我が娘は、私達夫婦に似ているところが無かった。
産まれたばかりの娘を見てユリアーナは、顔を顰めた。
「やだ、この子アデリィナと同じ眼と髪の色だわ。顔も似てる気がする。気持ち悪い」
「アデリィナの祖母と私の祖母は双子の姉妹だったから、この子は祖母に似たのだろう」
「あーあ、初めての子だったのにこんな可愛く無い赤ちゃんでがっかり」
以来ユリアーナは、アデラィードを乳母に預けっぱなしでほとんど顧みる事はなく、産後の体調が戻るや夜会に参加するようになった。
赤児を放ったらかしで喜々として着飾るユリアーナ。
連日連夜の夜会と茶会のために新調するユリアーナの衣装とアクセサリーで私の個人資産はとうに底をついていた。
「ユリアーナ、少しは自重してくれないか?」
「えー、一度身に付けた物は二度と使うなんて、王妃なのにそんなみっともない事出来ないわ」
ユリアーナの言う事が理解出来ない。母上はそれ程多くの装身具を持っていなかった。
それでも夜会やパーティーでは、相応しい様子だった。
「お金なら国庫から出せばいいじゃない。ねぇ セドリック様、この頃一緒に夜会にも出て下さらないし、私つまらないわ」
王太子の時もそれなりに公務はあったが、国王となった今ではこなさねばならない執務が山程あり自由な時間はほとんど取れない。
勿論王妃には王妃としての公務がある。
しかし、ユリアーナはそのほとんどを務めず、私の執務の手伝いもまったくしようとしない。
「だぁって、ぜんぜん分からないもの。無理無理」
ユリアーナには、婚約期間の短い間ではあったが、妃教育を施そうとしたが まったく熱心ではなかった。
侍従の苦言を無視しユリアーナを甘やかす事を優先したツケがここにきて大きな問題となっている。
私はなぜユリアーナを妻に望んだのだったろうか?
愛していたからだ。ユリアーナの言葉は私を癒してくれた。
『セドリック様は何時も休む事なくたいへんですね。セドリック様がどんなに努力されているか私は知っています。さぞお心が休まる時が無い事でしょう。ですから私といる時はどうか気を抜いて楽になさってください』
だが次第にユリアーナの言葉は私を癒すものから酔わすものへと変わっていた事に気付かなかった。
『セドリック様は時期王様なのですからもっとご自由に振舞われてもいいのではないですか?』
『セドリック様は王様なのですから貴方の決定に反対する者はいませんわ』
『人々は皆セドリック様を敬っています。だからもっと権力を好きに振るっても誰も文句は言いません』
『セドリック様王として侮られてはなりません。王の威光を示すのです』
『民はセドリック様のために私達王侯貴族のためにいるのです』
酔っているうちはユリアーナの囁きは心地良いものだった。
だが、酔いから醒め現実を見ればここに居るのは…。
王族としての責任も義務も、振る舞いすらも知らない女。
国庫は王の財産ではない事すら理解しない女。
そして聡明さも謙虚さも無い傲慢な女。
およそ王妃として相応しいとは言えない者がその座にいた。
かつて その座に相応しくあるよう幼い頃から教育されていた者がいた。
かの令嬢アデリィナは確かに王妃の器だった。
ユリアーナに向けるような狂おしい程の想いは抱けなかったが、確かに親愛の情を持っていた。
だが、ユリアーナへの恋に酔っていた時はアデリィナの存在は疎ましく、請われるままに一族もろとも処刑してしまった。
しかも己の首が落とされる瞬間を見させるような残酷な仕打ちを。
…私は間違っていた。
……間違ってしまった。