Why not?
めちゃくちゃに遅れました。
センセンシャル
「……で? 今度は何がいけなかったんだ? え? 俺は彼女を助ける、彼女はお礼に俺を町まで連れて行く、俺はハッピー、彼女もハッピー。何が駄目だった?」
ウォールの肩で揺られ続けて十分ほど経った頃だろうか。先まで自らがいた遺跡のような場所に降ろされるとネーナは手頃な柱の残骸にどかり、と腰を下ろしそう不機嫌な声で問いかけた。
(大変申し訳ございません、ネーナ様。あの場で説明してもよろしかったのですが、ネーナ様が事を急いていたため、少し手荒な対応を取らせて頂きました)
そんなことをこれまた淡々と告げるメムにネーナは眉を吊り上げる。
「事を急くって……これ以上ないチャンスだったろ? あのまま行けば俺の輝かしい異世界ライフ……じゃないけど、なんて言うんだ……そう、新しい人生の幕開けだっただろうにさ、なあ?」
彼女の頭の中では、盗賊に襲われた馬車を救いだし、助けた女性に惚れられて――この時点で少し現実と異なるが――、後は街に辿りつけたらギルドにめくりめくファンタジーライフの幕開けだ。そうに決まってる。……そんな、めくりめく所謂"王道"の小説のような未来設計が繰り広げられていた。
そんな考えをなんとなく察したメムは今日何度か目になるため息を吐き、口を開く。
(まあ、まあ。そういう風に思われるのはご尤もですが……如何せん、この時代の情報が少なすぎるのです。国の情勢、目的地周辺の治安、今ネーナ様の保有する戦力がどこまで通用するのか……挙げていけばきりがありません。これらの現状を把握するため、しばらくの間はこの森を拠点にネーナ様自身の鍛錬を行いつつ、事にかかるべきかと)
ぐ、と一瞬怯んだネーナであったが、『この森を拠点とする』というどうにも聞き逃せないキーワードが耳に入り、どうにかメムを説き伏せようと試みる。
「だから……そのあたりの情報収集のためにも俺は街に行くべきだって言ってんだよ、なあ? 情報だとかが必要だ、って時にこんな森の中で何日もキャンプするって? それこそ非効率的、ってもんじゃあないか?」
するとメムは先と変わらない平坦な声音でこう話す
(今のネーナ様に不足しているのは自衛のための力です。それなりに大きな街、ともなれば当然人目も多くなりますし、大なり小なり治安も不安定になるでしょう。そんな中でネーナ様ほどの見た目の、少なくともその街の住人ではない少女が一人で、その上護衛も無く、当てもなく歩き回っている……カモがネギも鍋も着火剤もまとめて歩いてくるようなものではないでしょうか?)
それを聞いたネーナは額に手を当てはあ、と大きくため息を吐くとすぐ横に立つウォールの巨大な手甲を小突く。
「いやいやいや……なんのためのこのデカブツ達だと思って……」
(このような巨大な鎧を街中に連れ込む、と?)
「…………あ」
そこでネーナは先の騒動の商人……アリサの反応を思い出す。
あの反応を見るに……魔導核兵達の外観は少なくとも一般人には割と、というよりもかなり刺激が強すぎるようだ。
ましてや、そんな化け物が安全であるはずの街に突然大挙して押し寄せてきたら? ……まあ、少なくともこちらにとっても面白い結末にはならないであろう。万が一に何も起こらなかったにしても、無用な注目を浴びるのはネーナ当人としても避けたい所であった。
「……おーけー、なるほど、よーく分かった。今回は折れよう……で? ここを拠点にするとして、だ。何日程度留まるつもりなんだ? 鍛錬がなんとか、とか言ってたから二、三週間ぐらいか?」
(半年程度が妥当かと)
……半年? もしかしたら起きて早々俺の鼓膜はおかしくなってしまったのだろうか。
理解が追い付かない。最悪一か月程度にはなるかと覚悟はしていたが……半年? ……正気か?
そんなことを悶々と考えていると、ずっと黙り込んでいるのを訝しく思ったのかメムが話し出す。
(……申し訳ありません。恐らくは私の出力装置の不具合によりネーナ様に聞こえなかった可能性を考慮し、繰り返させて頂きます…………えー、ここに留まるのは半年程度が妥……)
「いや! いや……いい……聞こえてる……繰り返さなくても大丈夫だ……」
忌々しいセリフをもう一度のたまう前に急いでそれを遮る。ギリギリと万力で締め付けられるような頭痛を覚え、ネーナは頭を抱えた。
(でしたら、この鍛錬での目標を。 これより半年間の間、ネーナ様にはご自身ボディの使い方、AoMの単独での運用の習熟をして頂くため、これよりMementoの疑似人格プログラム……つまり私は休眠状態に入らさせて頂きます。知識はあるでしょうが、実際に使いこなせるかは別物ですので……ああ、重大な破損があった場合も我が社のサポートの範囲でございますので……それでは、ネーナ様。 良い"異世界"ライフを!)
メムは、ネーナが頭を抱えてこのクソッタレに何て言ってやろうか、などと考えている間にそんな長台詞をベラベラを吐いたかと思うと、急に黙り込む。
「…………メム?」
この厄介な同居人の声が突然聞こえなくなったのをネーナは訝しげに思い、問いかける。
「……メム! おーい! …………やーいこのポンコツー! クソッタレのKM社製のポンコツ―! ……本当に休眠したのか?」
そして、
「…………っしゃあ! やった! 自由だ! 鍛錬なんか知ったことか! さっさとこんな森なんか出て行ってや……」
ひとしきり喜び、いざ駆け出そうとしたネーナだったが、
「…………どうやってここから出るんだ……?」
重要なことに気が付き、立ち止まる。
既に、日は沈み始めていた。
***
とにもかくにも開けた道を探そう、とアリサを助けた辺りの大体の方角を目指し、道中に目印にそれぞれ違うポーズをさせたウォールを配置しながら走り出してみた。
……三度目の見事なダブルバイセップスをきめたウォールを見かけた時点で諦めた。
ならば他の人間を探そう、とそこらじゅうを歩き回いてみた。
……見つかるのは粗野な格好をした賊ばかり。しかもそのほとんどがこちらの魔導核兵を見かけるや否や逃げ出すか、あるいは襲い掛かってきた。
じゃあ、魔導核兵を引っ込めて、自分一人で助けてと叫んでみたらどうか。
……先程のと同じ感応種達に追い回され、逃げ回る途中でせっかく貰った服をボロボロにした。
……脱出の目途は、立ちそうにも無い。
***
太陽もすっかり沈み、月明かり以外に明かりの無い森の中で未だ彼女は、一体のウォールにもたれ掛かっていた。
「おい、メム……メム?」
身を守るために作ったウォールに囲まれて、ボロボロの服を身に纏い、途方に暮れたネーナは無意識にメムに呼びかけ、返事が無いのを疑問に思うと……ああ、そういえば今は居ないのか、と思い出す。
散々罵り、殺されかけ、疎ましく思っていた相手でも、やり合っている間は少なからず一人では無かったし、孤独を感じる事も無かった。むしろ少し、ほんの少しだけだが、楽しかったんじゃあないか……
気が付くとそんな事を考えていた。
そんな情けない自分になんだか無性に腹が立ち、ガン、とウォールを殴りつける。
そして、鉄の塊を思い切り素手で殴りつけたのなら当然だが、ネーナがゆっくりと拳を広げるとほとんどの指が折れ曲がっていた。
パキパキと小枝の折れるような音を立てながら治っていく自分の指を眺め、大きなため息を吐く。
空に浮かぶ月とその隣に並ぶ小さな月を見上げると、また一つため息を吐き、ウォールの冷たい足に深くもたれ掛かって目を閉じる。
ごおん、と鐘の残響じみた音が森に響き渡っていた。
次の話は少し時間が飛びます