鉄血の魔女、ネーナ・アルテミエヴァについての考察
『彼女』―ネーナ・アルテミエヴァが歴史の表舞台に初めて現れたのは、かの有名なウラル会戦であるとされている.
ネーナ・アルテミエヴァ、『鉄血の魔女』『意志を持った災害』などの多くの異名を持ち、現在の我が国で今も研究が進んでいる音魔法を提唱した魔術の天才でありながら、その容姿は少女、と呼んでも差し支え無いほど幼いとされる、歴史に残る大事件でしばしば現れる謎の人物である。
初めての彼女との接触が行われたのは、かのアツルトカス連邦が成立して間もない頃であると言う。連邦が成立すると、それに呼応するようにして突如発生したアツルトカス植民地軍の一斉離反――以降セルアリア革命政府として独立を宣言――によりアニスアルグ帝国は、対アツルトカス戦のために進駐させた主力戦力、支配下に置いていたイマピラル共和国、カラリア主義教会領を同時に失い、経済、軍事面の両方に大きな損害を受けた。
この事件を受け、帝国政府は急遽国内で大規模な徴兵を実施、新たに軍を再編、工業都市ウラリムの東50kmに位置するウラル大平原にて来るセルアリア軍の侵攻に備えた。
帝国軍20万、革命政府軍約60万という帝国にとっては絶望的な状況の中、ネーナ・アルテミエヴァはどこからともなく現れたという。彼女は報酬と引き換えに兵を提供する、いわゆる傭兵としてこの二つの勢力に接触を行った。
今日こそ天才、鬼才の名を欲しいままにしている彼女だが、当時のエウロア大陸においては全くの無名の魔術師であったため、当然ながら革命政府軍はこれを拒否、即座に追い返した。しかし、当時の『疾風』、帝国軍鷲級魔術師ドミニク・ハンツマンは彼女の内包する力にいち早く気が付き、ネーナ・アルテミエヴァとの交渉を行い、帝国の郊外の土地と月に帝国金板5枚の研究費をもって彼は帝国への協力を要請した。
おお、かのドミニク師に幸あれ。この時もしも彼女を引き入れられなかったならば、もしも革命政府軍に腕利きの魔術師が残っていたならば、今日日のアニスアルグ帝国の繁栄は絵空事となったことであろう。それどころか、彼女の振り上げられた拳の降りる先が革命政府から帝国へと変わっていたのやもしれない。我々は、彼女が我々への接触を試みたのは彼女の只の気まぐれであり、幼子がたまたま目にしたものへ興味を示すのと大差ないことである、ということを決して忘れてはいけない。
――帝国史料室室長アルア・カサナドラ著 『帝国史』より抜粋