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彼女は全てを間違えた

作者: 白井

 酷く心外ではあるが、友人からはよく失礼な男だと言われる。

 彼曰く、

 

 「歯に衣着せないのがお前の良いところなんだけどさ、もうちょっと空気は読んだほうが良いな。あれだ、もう女子の前で喋らないとか。新田さんなんてお前の声聞くだけで嫌そうにするんだぜ」

 

 甚だ遺憾である。

 新田はよく、僕の声だけで不愉快だとのたまう。

 しかし、僕からすれば彼女のほうが不愉快だ。彼女は非常に不細工だから。

 

 いや、不細工というのは少々誤解が生じるか。

 正確に言うなら新田は綺麗なのか不細工なのか分からない。

 コテコテコテコテとメイクを塗りたくり髪をドリルにでもなるのかと言いたくなるくらい盛り上げている。爪はクリティカルな切り裂きを可能にするほど伸ばす。ついでに肌は茶色い。

 

 まあ、いわゆるギャル系。しかも今どき居ない感じの。

 この際だから言わせてもらうが僕はギャルが嫌いだ。奴らの見た目に違いというのが全くわからない。

 奴らの集団に初めて出くわした時など全員が血縁関係にでもあるのかと言いたくなった。

 何だあの目は。

 個人の趣味でやっている奴には何も言わんが男ウケなんぞは一切しない。そこを勘違いしている輩は真性の阿呆だ。

 

 まあそんなことはどうでもいい。

 ギャルという種族は置いといて、僕が新田沙恵個人を嫌悪しているのは全くもって容姿とは別のところにある。

 いや、今更何をと言われるかもしれないが。

 

 それでも、僕が彼女個人を嫌う理由は、瀬倉志保の友人であるという、この一点だけだ。

 瀬倉志保。この学級最大の美人にして僕の好みど真ん中。

 清楚にして可憐。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花とは彼女のために拵えたかのような言葉である。

 彼女のような見た目なら例え男を取っ替え引っ替えする淫乱であったとしても僕は喜んで受容できる。

 見た目良ければ全て良し。性格や性質なんて属性は添え物に過ぎない。

 僕的にパーフェクト。

 そんな彼女の唯一の汚点であるところが新田沙恵の友人であるということだ。

 

 出会った当初は新田を彼女の美しさをより引き立てる存在として認めてもいたが、今では敵だ。

 奴は何を考えてか僕と瀬倉が接触しようとするのを尽く邪魔してくれた。

 話しかければ強引に遮られる。なら手紙でも渡そうかと試みれば奪い取られる。何かプレゼントでもしてみようかと考えれば壊される。

 前二つはともかく物を壊すな。原始人か。対話をしようぜ。

 ……まあ流石にやり過ぎたと思ったのか一万円寄越してきたので訴えるまではいかなかった。僕が買ったのって二千円くらいの物だし。

 

 ともかくだ。僕は今そんな敵と決着を着けるべく一人屋上で奴を待っている。

 古風だが下駄箱に手紙をぶち込んだのだ。

 果たし状である。ちょっと憧れだった。

 

 ちなみに、僕は今まで知らなかったのだが屋上には危険防止の為鍵がかかっていて、そのままでは入れなかった。

 呼び出した手前鍵が開きませんでした、はどうにも格好がつかないので仕方なく鍵は壊した。

 バレたらヤバイので早く来てくれないかな、と少し焦っている。

 頼むから早く来てくれ。バレたら停学だろうか。もう逃げたい。

 そんなチキンな気持ちで胸を満たしていると、キィ、と音を立てて扉が開いた。

 教師か、と一瞬ビビったがそこから顔を出したのは髪を盛り化粧で何が何だかよく分からなくなっている黒い女だった。

 見た目だけなら教師よりヤバい奴だが、普段から見慣れているお陰で怯えたりはしなかった。


 「よぉ」


 「……えっと、うん」


 軽く威圧的な声を出しながら挨拶してみたら思いの外大人しい感じの返事が返ってきた。

 あれ?

 あァ? とか、んだコラとかそんな感じのを予想していた僕は調子を狂わされた。

 まさか罠か? 策士である。ギャルのくせに。


 「あのさ、あんたって志保の事が好きだったんじゃないの? どうして私に、その、ラブレターなんか渡したのよ」


 ……。

 頭が真っ白に漂白された。

 唖然とした。呆然となった。

 あろうことか、この女はアレをラブレターと勘違いしたらしい。


 "放課後、屋上で待つ。決着をつけよう"


 この文面でどうしてそういう発想になるのだ。もしかして国語が苦手なのか?

 とはいえなんだか変な空気が僕達の間を漂っている。どうしよう、これ。

 断っておくが、別に僕は空気が読めないとかそういう人種では決して無い。読んだ上で無視をして自分の言いたいことを言っているだけだ。それもちゃんと相手と状況を選んでいる。

 打たれ弱そうな相手とはそもそも会話をしないし、シリアスっぽい場面には僕自身が空気となることで回避してきた。

 そもそも僕と会話する相手というのは、日々罵り合う敵対関係の奴か、笑って僕の話を聞くような屑なのか聖人なのか分からない奴の二種類なのだ。

 そしてこの女は前者だ。

 それが、どうして、ラブレターなんて発想になるんだ。

 お前と僕の、どこにそう発展する要素がある?

 僕か? 僕が悪いのか?

 

 僕が新田を呼び出した理由はお互い不毛な争いも疲れただろうしここらで妥協点でも探そうぜ、というものだった。

 果たし状にして屋上呼び出しは雰囲気をそれっぽくしてみたかっただけ。

 ちょっとこういう決闘的なものに憧れていただけだ。

 それだけの出来心だったんです。


 「……」


 「……」

 

 お互い、無言。

 妙に張り詰めた空気が流れる。

 

 とにかく今は状況の回避に努めるべきだ。

 こんな甘酸っぱい感じのいかにも青春してますみたいなのは然るべき相手と行うもので、断じて黒ギャルとやるものではない。


 「ああ、いや、あれはだな――」


 「私、あんたの事最初は志保につき纏うストーカーくらいにしか考えてなかった」


 喋らせろよ。


 「志保もあんたのこと嫌ってたし……」


 衝撃の事実。まだ喋ってすらいないのに振られた。うわあ、ショックだ。


 「でも、いつだったか捨て犬、拾ってたでしょ? 私偶然アレを見ちゃったんだ」


 誰だそのいい人。聖人か?


 「……あ?」


 ……いや、僕だそれ。

 確か近所の中学生と自分の家の犬をダンボールに入れて可哀想な犬を助ける主人公ごっこをやったことがあった。

 まあ凄いつまらなかったのと妹にかつてない勢いと形相で罵られたので流石に反省したけど。

 こいつはアレを見たのか。

 確かに場面だけ切り取れば僕はめちゃくちゃ良い奴だな。でも実情がゴミすぎるのがマイナスポイント。


 だが困った。あれは説明できない。流石にクラスメイトに、そんな糞にも劣る遊びをする高校生だなんて思われたくはない。

 それも相手はギャルだ。ギャルコミュニティにかかれば情報は一気に拡散するだろう。

 ただでさえ女子に若干白い目で見られている僕が、そんな情報を流されてみろ。

 火を見るよりも明らかな末路が僕を待ってる。


 「それ以来あんたの事見る目が変わってさ。……少しだけ、気になるようになったんだ。でもあんたは相変わらず志保にずっとちょっかいかけてるし。だからその、イライラして少しやり過ぎることもあって。プレゼント壊したのは今でも悪いと思ってるよ」


 大いに反省しろ。人の物を壊すのは犯罪だ。一万円はありがとう。

 

 「……あの、さ。私こんなんじゃん? 男連中からアホだと思われてるのは知ってるし、軽そうだと思われてるのも分かってるんだ。だから今日は凄く嬉しかった。これが悪戯でも、嬉しいよ」


 あれ、これ僕、悪者になる流れじゃないか?


 悪戯でした→最低のクズ

 そもそもラブレターじゃなくて果たし状でした→多分ボコボコにされる。この雰囲気的に。


 別に悪いことしてないのに。勝手に勘違いされてるだけなのに。

 

 しかしコイツ、乙女ゲージたっけえな。こんな見た目で。ヒール(女子版)みたいな格好しておいて。

 てか軽そうに見られるとか言ってるけど犬助けてるくらいで靡いちゃうならかなりチョロいと思うぞ。

 

 なんかもう面倒くさくなってきたな。

 ノリノリで果たし状なんて書いた数時間前の僕を殴りに行きたい。

 

 ……当初の目的を思い出そう。

 僕は瀬倉と仲良くしたい。

 これだ。シンプルだ。

 じゃあ新田とここで殴り合いするか、悪戯として処理するか。

 ノー。

 そうなれば瀬倉と僕がお近づきになることは一生無い。論外。

 詰んでるわ、コレ。

 

 本当にどうしよう。この状況。なんで僕は果たし状出した相手に逆に告られてんの?

 ああ、新田からすれば僕が告ったことになってんのか? ややこしいな。

 

 僕はコイツと付き合うのだろうか。

 穏便に済ますならそれだが、本末転倒というか、将を射んと欲して馬で終了する感じだろう、それ。

 

 「黙ってないで、何か言ってよ」


 死の宣告である。

 手汗がすごいんだが。

 

 ……仕方ないか。


 「あー、まず僕が出した手紙は悪戯じゃない」


 瀬倉とは絶望的になるが仕方ない。

 ボコボコ敵対強化ルートだ。

 新田と付き合う可能性を考えても見たが、無理。黒ギャルと僕じゃ、価値観が微塵も相容れない。

 さらば、瀬倉。さらば、マイパーフェクト。


 「あれはだな、」


 「コラぁ! お前ら、そこで何してる!」


 だから最後まで喋らせろよ。僕の台詞殆ど無いじゃねーか。

 

 しかしマズい。支倉先生だ。見つかる相手の中では最悪だ。

 アイツ可愛い女子以外には徹底して厳しいクソ教師として名高いからな。

 まあ根本は僕と同族なんだけどああはなるまいと僕に道を示してくれる程度にはクソだ。

 ここに瀬倉でもいれば話は違うんだろうけど、僕と新田じゃ完璧に問題にされる。生徒指導送りで済めば御の字で最悪停学か。

 

 どうしよう、パパンに殺されちゃう。

 そんなことを考えてるうちにズンズン近づいてくる。屋上の隅の方に居るのでまだ距離はあるが、捕まるのにそう時間はかかるまい。


 「……ちょっと。鍵壊れてたけどもしかしてあんたなの?」


 肯定だ。イエスマム。


 「……はあ。いい? 合図出したら逃げるよ。支倉に向かって一気に走って」


 逃げる? 馬鹿かコイツ。そんなことしたらもっとやばくなるだろうが。


 「大丈夫、アイツの弱み知ってるんだ。ここで現行犯されなきゃいくらでも口止めできる。でも支倉って血が上ると後先考えられないからね。今は逃げるしか無い」


 ほう。さすが黒ギャル。お腹の中まで真っ黒だ。でも今は感謝しといてやろう。光栄に思えよ。


 「行くよ、3、2、1……走れ!」


 掛け声と同時、僕たちは一斉に走った。

 支倉はメタボリックな現文教師だ。体力は無いに等しい。躱してしまえばいくら追いかけられても追いつかれることは無かった。

 靴を履いてそのまま校門までダッシュ。鞄は置きっ放しになってしまうがまあいい。取りに行っている間に昇降口で待ち構えられたらアウトだ。

 どこかに電話をかけ始めた新田と僕は校門を出てすぐ逆方向に進んだ。

 どうやら僕の家と新田の家は逆方向にあるらしい。

 

 ……結局、これどうなんの?


 翌日登校すると昇降口付近で支倉先生にすれ違いざま舌打ちをされた。どうやら口止めとやらは既に効果を発揮しているらしい。支倉は一体何をしたんだろうか。僕も知りたい。

 そして教室。

 ガラッと扉をスライドさせると何やら女子から変な視線を注がれた。

 こう、生暖かさとかそういう感じの。

 いつもなら目を向けられることもないか目が合えば嫌そうな感じで避けられるのに。

 

 ……今更だけど扱い悪いな、僕。

 そして一番熱のこもった視線を向けてくる人間が、僕の席に座っていた。

 黒い。髪盛々。鋭い爪。

 僕からすれば蛮族にしか見えない彼女。

 そう、新田沙恵だった。

 いつもなら敵意に満ちた彼女の視線。それが今はなんだか温い。

 なんというか。慈愛顔?


 「よ、よう、新田」

 

 「うん、おはよ、ダーリン」


 ふわあ!?


 『あー、まず僕が出した手紙は悪戯じゃない』


 この台詞。

 これが決め手だったらしい。

 ラブレター→悪戯じゃない→ガチ告白。

 見事な三段落ち。ふぁっきん。

 

 この後僕は彼女と円満に別れるためにあれこれ手を尽くしながら、より関係を深めていくハメになるのだがそれはまた別の話。


 ……そうそう、瀬倉と僕は会話をするくらいの仲にはなったよ。

 

 「沙恵と付き合ったんだって?」


 「あー、まあ、ね」


 「そっかそっか。私の沙恵とねー……」


 "じゃあ、いつか殺すね?"


 こんな仲にな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ツンデレ王道な話かなと思いながらも、しっかりとキャラクターの個性を出しているのがとても良かったと思います。結局は、好きな人も怖い人だったんですね…。 [気になる点] 物語序盤で、あまり見か…
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