まったりと朝食を
デュークは朝早く目が覚めると、そのまま隣のベッドに眠るミィルを見る。ミィルはデュークに背を向ける様に眠っているため、見えるのは後頭部のみだ。しかもまだ夜が明けたばかりで、明るいとは言えない状態にもかかわらず、じっと見ている。
その表情は何も映しておらず、デュークが何を思っているのか、さっぱり掴めない。
それでも、しばらくすると音を立てないように起き上り、タオルを持って部屋を出て行く。
デュークが向かった場所は、家の裏にある井戸で、そこに誰かがいる気配がしたために向かった様だ。
「ナシュさん、おはようございます」
「ああ、おはよう。早いんだねぇ」
「えぇ、まぁ」
そこにいたのはナシュで、今起きてきたのか、やはり顔を洗っていたようだ。井戸から水を汲んで、デュークも同様に顔を洗う。
「朝食の用意、お手伝いしましょうか」
「あはは、ほんとうちの男共とは違うねぇ。この状況に慣れたら、後が怖くなりそうだね」
ナシュのその言い分に、デュークは思わず苦笑をこぼす。デューク自身は、施設育ちという事もあって、誰か一人がやるという事はなく、手が空いていれば手伝うのが常だ。とはいえ、そのような事を言えないのだが。
「両親も忙しかったですし、姉も、ああですから」
「そうかい。うちの村では男の子は空いてる時間に剣振ってるのが常だからねぇ」
しょうがないね。と、ぼやきつつも、デュークに水汲みを頼むナシュだった。どうやら台所の水桶も持ってきていたようで、デュークは笑って、水で満たされたその桶を持つとナシュの後を追う。
昨夜と同様に、ココの種を火にかけている最中に、魚を焼いたり、葉物でサラダを作ったりしていると、まずはミィルが起きてきた。調理法が見れなかったとぼやき、デュークに起こしてくれなかったと八つ当たりしていたが。
そうして、魚の焼けるいい香りがし始めるころ、ラフィが来て、配膳の手伝いをはじめ、食卓へと料理が並び始めると、三兄弟が来た。
「お客さんよりお前たちが遅いなんてねぇ」
「……」
「あ、いえ、いつも朝日が昇ると起きてしまうだけですので」
デュークがそう言うと、ミィルが何か言いたそうな顔をしたものの、黙っていた。
ぶつぶつと小言を言われながらの朝食となってしまったが、デュークは今日の予定を聞くことにしたようだ。
「ダンさん、手合せはいつ位がいいでしょう? 少し、準備が必要なので」
「食べた後、少ししたらでどうだ?一応手合せともなると、自警団の施設じゃないとな。あ、ついでに昨日の果実持って行こうぜ。大体いつもいるし」
「はい、わかりました。ミィル姉、果実まだあるよね?」
「もちろん。まだまだあるわよー」
ミィルはそう返事をするが、ついでに後二つも見てもらうように言う。
「ん? 他にもあるのか」
「えぇ。同じくらいの大きさで、白い皮で黄色い果肉と、赤い皮でオレンジ色の果肉の物が。後で皆さんにも確認して頂けたらありがたです」
「おう、まかせとけ。でもなんか食った事ありそうな…まぁ見たほうが早いか」
ダンのその言葉に、食べた事のあるものだったらいいなと、ミィルとデュークは思うのだった。
食事を終えると、片づけはナシュさんとラフィさんで行い、デュークとミィルは馬車へと行く。
「ミィル姉、頼むよ」
「はいはい。ほんと、デュークの能力ってこういう時に困るのよねぇ」
馬車に入ると、デュークはそんな事を言いながらベッドへ腰かけ、ミィルは馬車の奥に備え付けられた貴重品を入れる箱から…サークレットを取り出した。
そしてデュークの正面に立つと、サークレットをデュークの頭へとつける。髪がサークレットを覆うように引き出し、しっかりと頭に固定させると、デュークの頭を両手で挟み込み上向かせて、額にある円状になっている穴に、そっと唇を寄せる。
「…そは奪う者」
「ッ―――」
「ん、完了っと。どう? 久しぶりすぎて慣れないんじゃない?」
「…だね」
デュークはふらりと上体をベッドへと投げ出した。サークレットの穴の部分に、先ほどはなかった真っ青な石が、ゆらゆらと(…・・)煌めいている。ミィルはくすくすと笑っているが…一体何を行ったのか。
これには、デュークの魔法の才能というべきか、呪いというべきか…そんな問題があるのだ。
デュークは魔法により、能力アップのアビリティが常についている状態なのだ。力や魔法の、威力や安定力などがそうだ。だから、魔物を狩る時にはその能力が発揮され、優位になるのだが…これが、対人の場合でも発揮されてしまうのだ。故に…過去、木刀で試合をしていたにも関わらず、相手を木刀ごと打ち据えてしまい、死の淵に追い込んでしまうほど痛めつけてしまったことがある。
それを防止するためには、神父などが使う魔封じを行う必要があり…今ミィルが行った事がそれにあたる。
とはいえ、神父が行う魔封じは、完全にその人の魔法を封じてしまい、魔法が一切使えなくなるという難点があるのだが…やはりイメージ力や、解釈の仕方でデュークのアビリティ”だけ”を封じてしまう、ミィルの規格外な能力だ。
「でもまぁ、デュークは魔法を抜きにしても強いから、程々にしなさいよ」
「わかってるよ」
力だけでなく、技巧が優れていれば、非力な女性であっても魔物に勝つことは可能だ。体に無理のない動きで、最大限に力をふるう事が可能な動作ができれば、長時間の戦闘でも疲れにくいという利点もある。
なんにせよ、武術とは、奥深いものである。
しばらくすると、デュークは体を起こして馬車を降りた。体を伸ばしたり、跳ねたりしているようだが。
「慣れたみたいね。相変わらず順応性がいいっていうか」
「久しぶりだけど、前はしょっちゅうだったしね」
馬車から取り出した両刃剣と幅広の剣を交互に素振りをしているデュークだが、やはり重量がある幅広の剣は、重さに振り回されている感がする。
「やっぱりだめか」
「持てるだけすごいと思うけどなぁ」
「ミィル姉がこれを持ち上げられたら、それはそれでおかしいと思う」
「うむむ…」
うん、女の子はかよわくても許される存在だから、そのままでいいとおもう。
と、そんな感想を独白していると、ミィルは袋に果実を入れたものを持ち、デュークが幅広の剣を馬車へ仕舞い、両刃剣を腰に配すと、二人でダンが待つリビングへと向かった。
「お待たせしました」
二人がそう言いながらリビングへ入れば、ダンだけでなく、先ほどと変わらずに座っていた一同は顔を向ける。テーブルには、カップが置かれているが、どうやらお茶の様だ。
ミィルとデュークも席に着き、ミィルが持ってきた果実をテーブルへと出せば。
「お、やっぱり。この赤いのは食べたことあるな」
「確か、親父…村長が領主様のところから帰って来たときに、お土産で何度か」
「という事は、この村では採れないけれど、所領のどこかで採れているんですね」
「領主の住まう街に行くのに、いくつか村があるから、経由して行こうとしてたけど…直行したほうがいいかな?」
領主の街に対して半円形に各村があり、それらの村を経由した後で向かおうと考えていたようであるが、計画の変更も考える必要があるようだ。
ミィルとデュークはそれぞれ別の事を考えているようだ。皮が白い果実に関しても、分からないらしく、情報は得られなかった。
「ちなみに、名前はわかりますか?」
「なんだったかな。覚えてるか?」
ダンは赤い果実をころころと手で転がしながら、そこにいる一同に聞いた。すると、しばらく皆で考えていたようだが、ナシュが思い出したようだ。
「そうそう、ピーカンだわ。ピーカン。最近は余りお土産で持って帰ってくることはなくなったけど」
「ピーカンですね。ありがとうございます。でも、どうして持って帰らなくなったのでしょうか」
「だって、もう子供じゃないですからねぇ」
「大人でも、十分おいしいと思いますけど? 大人は食べてはいけないのでしょうか?」
「うふふ。いけないわけじゃないわよ。ただちょっと、迷信みたいな事があってね。後で教えるわね」
ナシュの思わせぶりな言葉で、二人はもちろん、他のみんなも何の事かと頭を傾げている。
「まぁ、男どもは自警団に行ってらっしゃい。今日は手伝いはいいから」
「お、ほんとか! ラッキー」
「やった!」
ナシュは昨夜、近所の住人が集まった時に、お客が来てる事、案内をしたい事を言って、農作業の手伝いを免除してもらっていたのだ。近所の住人も、村の勝手が分からない者がふらふらするのはあまりよくないと思っているので、こういう時は協力してくれるようだ。
「ラフィは一緒に料理の手伝いをお願いね」
「はい。でも過渡期じゃないとはいえ…」
「いいのよ。いつもこうだから」
旅人や商隊が来たときは、宿がないこの村では、村長宅で一手に引き受けるのだから、これくらいはいいのだとナシュが言えば、ラフィも頷いた。
「よし、じゃあ行くか!」
「いってらっしゃい」
のほほんとナシュが送り出せば、ラフィは玄関まで見送るようだ。ミィルは果実の袋をデュークに渡すと、気を付けてと言っている。
―――その言葉が、怪我などを示す言葉でない事がわかるのは、言った本人のミィルと、常に言われているデュークだけだ。
「あれ? そういえばあんた、その頭の…」
道中どんな魔物を倒したか、どんな魔物が村の周辺にいるのかを話しながら歩いていると、ジウがデュークの頭に着けられたサークレットを指した。他の二人も同様にしげしげと眺めているが。
「これは、まぁいろいろと…」
「ふぅん。結構細かい装飾がついてるみたいだけど…その宝石? 何で出来てるんだ? なんかぼやけてるっていうか」
「さぁ。詳しくはわかりません。気にしたこともないですし」
ジウが言うように、ゆらめきがぼやけて見えるのだろう。一見して、ただの宝石ではないとわかるそれ。大きな町などでは、見る機会もあるかもしれないが、こんな小さな村では一般的ではないのだろう。
―――魔封じなど。
のらりくらりと質問を躱し、自警団の施設へと着いた。施設と言っても、小さな建物と、柵で囲った訓練をする場所がある位だ。
ダンがその建物のドアをノックすれば、出てきたのは青年から壮齢の男だ。だが…デュークはその顔に覚えがあったようで、驚いた様な顔をする。
「―――まさか、ガッシュさん?」
サブタイトルがうまいこと思いつきませんでしたorz