契約内容の確認はしっかりとしましょう
デュークの発言で固まってしまった二人のギルドマスター。それをみて、ふんわりと笑ったデューク。
「いくらなんでも、しませんよ。ミィル姉が怒るし」
そう言われても、安心できないギルドマスター達。それはそうだろう。ミィルがいいと言った場合は、遠慮なく実行されるという事だから。
「そうだ。今回助けていただいた…ラーノス商会ですが…なにかあったら、私達が力になりますとでも伝えておいていただけますか?」
「そ、れは…構いませんけれど」
「どこまでかの線引きは、ギルドマスターにお任せしますけれど」
「それは…あの名を出しても構わないと?」
「無駄に使うのも困りますけど、必要であるなら構いません」
デュークがそう言うと、ギルドマスターの二人はため息をつく。それはそうだろう。今でさえ、もう名が知れてきているというのに、あの名を出すだけで多大な効果があるのだから。とはいえ、あの名を出すのは諸刃の刃だ。繋がりがあると知られれば、繋がりが欲しい者、ただの憧れからなど、紹介してほしいという者がいないとも限らない訳で。
「畏まりました。そのように致します」
商業ギルドマスターがそう答えると、デュークはにっこりと笑う。それにほっとしたギルドマスター達だが、続いていわれた言葉に、また気を引き締めた。
「では、契約内容の確認をさせていただきたいのですか」
「は、はい。こちらへ」
商業ギルドマスターが懐から取り出した書類が、契約内容が書かれた羊皮紙だ。
「テーブルの上を片づけますので、少々お待ちを」
言いながらデュークは立ち上がり、さっさとテーブルの上を片づける。カートを下げ、洗い物も済ませて新たにお茶を入れ直したデュークが席に着けば、項目一つ一つを口頭で読み上げていくギルドマスター。
「契約期間は、任意にしております。こちらを発つ日が決まりましたら、私までお知らせいただければ」
「それは助かります。けれど、もし急に、明日でという事になっても、大丈夫ですか?」
「構いません。いつの間にかいなくなられたりすると困りますが」
こんな事を言っているが、急を要して居なくなる事は、今の所全くない。ただ、もう一つの名の方で、急に呼ばれる可能性もある為に、念を押しての確認だ。まぁ、流石に商業ギルドマスターもそれは心得ているが。
「…この項目は、先程のガフ氏がどうしても譲れないという事で記載させいていただいたのですが…問題ないでしょうか」
「レストランの内装を弄るな、ですか。これは…壁紙を変えたり、もしくは…棚を新たに着けたりして、傷をつけるなということでしょうかね?」
「傷をつけるなという方ですね。壁紙は…確認致しますが、貼り換えますか?」
そう、質問をすると、デュークはぐるりと見渡す。今は生成りの塗装がされていて、清潔感が漂う、けれど汚れが目立たない色だ。飾り棚の類もあり、特に付け足す必要性は感じられない。
―――そもそも、この様にきちんとしたレストランを使う事などほとんどなかったのだから、十分な設備と言えるのだが。
「おそらくこのままで十分かと。食器の類は、現在使っている物を持ち込むかもしれませんが」
「食器やカトラリーに関しましては、好きにしてよいということですので、問題ないかと。ただ、混在してしまっては困るという事なので…いかがいたしましょうか」
「確かに。そこらへんはミィル姉と相談ですね。問題なければ、置いてあるカトラリーだけで済ませますし」
それら、レストランの確認を済ませると、今度は居住スぺースの方へと変わる。けれど、居住スペースに関しては、寝る所と風呂がしっかりしていれば問題ない為、特に心配する様な事もなかったのか、あっさりと確認は終わった。
とはいえ、契約を締結するには、ミィルの許可も必要な訳で、戻って来るまでこれまでの話の雑談をして時間をつぶしていたりする。
「ふーむ。ダボイでも見つかったという事は、これまでの生息地以外にもいそうですね」
「これまで確認されていたのは、比較的安全な場所で、でしたので、立ち入らなかった為に分からなかったという事でしょう。とはいえ…危険地域なので、おいそれと行けるような場所でもない事は確かですが」
そう、今話しているのは、魔物の生息域に関してだ。極限られた地域でしか生息していないとされていた魔物を、ダボイの…危険とされる地域で発見されたのは、冒険者ギルド伝いにもたらされた情報だったのだが、その情報をもたらしたのが、ミィルとデュークだと言うので、冒険者ギルドマスターは話を聞きたかったらしい。
「他にもあるのですがね…ここの領主様が問題かなぁ」
「と、すると…」
ギルドマスターがそう言うと、デュークはすかさず、口元へと指を立てて、首を振る。黙れという事だ。
「後日…この街の周辺状況をお知らせして…それからどうするか、ミィル姉と相談します。あの方達は、諍いを起こしたくないようですから」
「…随分と従順になったものだな」
「従順、と言いますと…成り立ちからですか」
デュークも、そこら辺の情報を掴んでいたらしい。とはいえ、その情報の出所が…出鱈目な能力故、なのだが。
「その情報も、もう歴史の中に埋もれているようですけれどね。だからもう、気にする事もないでしょうし、それに…上手い事手綱を取れないような領主ならば、挿げ替えるべきでしょう」
「はは…これは痛い事をおっしゃる。まぁ、事実ですが」
「まだ代替わりして間もないという事を考慮しても…確かに拙い。先代が健在な今の内に教育をすればいいのでしょうが…すっかり隠居生活をしてしまってますからね。引っ張り出しましょうか」
「悠々自適な生活をなさっておいでなのに、それは申し訳ないような」
くすくすとデュークが笑いながらそう言うが、事実、ギルドが出てきている現在の状況は、まずいと認識しなければならない。いくら隠居していたとしても、それらの情報を集める手、位はあって然るべきだ。
「流石に、我らが離れるという事は、まずいと思ったようですがな…けれど、それで納得したかと言えば、なんとも」
「食べに来て頂ければ、考えを改めるかもしれませんね。この街の周辺で採れた物は、かなりありますから。新種の香草や毒草もありますから、それがどう化けるか、という期待もありますし」
「おお…それはぜひとも、早急に錬金術ギルドに出して頂きたい所だが…」
「後で行きますので、お伝えして頂いても?」
「なんなら、サンプルとして持って行っても構わないが」
「いえ、流石にそれは。それに、ミィル姉に聞かないといけないですし」
デュークがそう言うと、ギルドマスター達はこれは失礼と言って、困った様に笑う。
「それにしても…遅いですね」
「ああ…どうやら店で食材を選ぶのに、珍しい物でもあったのでしょう。大丈夫です。もう戻ります」
デュークがそう言ったほんの一分後に、ミィルと幾分疲れた様な顔をしたこのレストラン所有者のガフが戻って来た。
「ただいま! 見て、デューク! 香草のモルクスが売ってたの!」
にこにこと満面の笑みでそう言うミィルの手には、確かにモルクス村で採った香草があった。そして、デュークは二人のギルドマスターに、ほらねと目配せをしたのだった。
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