ご馳走の元獲得!そして目的地は目前!
さて、朝になり、見繕いや朝食を済ませた後、馬車で移動だ。途中で、昨夜の馬車が停留している場所に差し掛かった際には、少し止まって挨拶をし、ミィルは昨夜の失態を詫びてから、先に進んだ。
「そろそろかな。この先の森で気配があるね」
「んーでも、もう日が暮れそうよ。どうする?」
「すぐ済むし、大丈夫じゃないかな。あーでも、その後に血抜きとか捌くのに時間が掛かるか」
「じゃあこの辺で休もうか」
その一言で、馬車を街道の横へと停めて、野営の準備をする。
魔物の気配を感じているのに、そんな場所で野営をしても大丈夫なのか? という疑問が沸くが、これに関しては問題ない。
デュークの気配感知能力は範囲が広く、魔物の察知領域に入り込まなければ認識されず、襲ってくることはない。気配を消す結界を施してしまう為、尚更だ。
ケッチャーのように、わざわざ人の居る所に出て来て襲うものもいるが、それはその場所に食料などがあると知っているから来る。今回のケッチャーは昼間街道を旅人や商人が通り、またその人が持っている物が食べられるということを知っている、ということだろう。
そして、確実に目的が達成出来る、自分の狩りがしやすい場所で襲い掛かるという習性もある。やつらは黒い色と、その飛行能力を使い、木々の間から狙って来る。ここは木々が余りなく下草が生えていて、随分と開けた場所だから、安全なのだ。
とはいえ、毎回きちんと結界石を張っている為、たとえ襲われたとしても問題はないのだが。
翌朝、二人にとって、待ちに待った狩りの時間だ。
馬車を少し走らせ、ある程度、ケッチャーの先遣隊がいる場所まで馬車を進めた。わざと人が来たことを知らせる為だ。
そうして馬車を街道沿いに止め、しっかりと馬車を結界石で守った上で…デュークだけ一人、結界の外に出て、群が来るのを待つ。
『数は…多いな。十八匹か。まぁ、村で商品として出すとなると、少ないな』
近づいてくる気配を読むと、そんな事を考えながらも、上空から(・・・・)近づいてくる群との距離を測っている。そして、街道上空に、黒い一団が現れた。
「大気よ、我意のままに刃となれ」
ケッチャーの一団が現れると同時に、デュークが魔法を放つと…上空から、ぼたぼたと黒い物と赤い物が降って来る。
―――――そう、ケッチャーの死体と、切り裂かれた首から迸る血液、だ。
デュークが発した魔法は、空気を刃とするもので、その刃でケッチャー十八匹の首を一瞬で切り裂いた。
こんな芸当は、普通はできない。気配が正確に読めるから、できる事なのだ。
今回は数が多かったようで、気を使いすぎたようだ。デュークは顔を僅かに歪めている。
「おつかれー。ちょっと数が多かったわね。休む?」
「いや、大丈夫」
「じゃあ水浴びてくる? 回収ならしとくわよ?」
「…そう、だね。ちょっと行って来るよ」
気を使い過ぎたものの、活動するには問題ないようだ。だが、上空で首を切り裂いた事で、血を浴びてしまった。いつもは上空に現れるまで引き付けたりはしないのだが、今回は森の中に落ちてしまうと、下草で隠れてしまい、探すのが大変だからこのような事になってしまったのだ。
デュークは馬を一頭だけ馬車から離し、その馬に乗って川のある方向へとさっさと行ってしまう。
ミィルは元々準備していたのだろう。荷車を持って、ケッチャーを回収して行く。ケッチャーの死体は巧い事首の皮一枚で繋がっている、といっても良い状態で、しっかりと頭もついたままである。
「ほんっと、助かるわぁ。ギルドの人だとこううまくいかなかったかも」
このケッチャー、余す所無く使えるのである。羽は食料としてではなく、装飾などで使用するのだが。
普通、ケッチャーを退治する時は、上空から襲い掛かって来た所を剣で叩き落すか、魔法で焼く、裂く、凍らせるなどだ。いずれも視認し、一匹ずつ対処する。故に、対処方法によっては、内臓がつぶれていたり、切れていたりで、調理する時に困る場合がある。
だが、デュークのやりかただと、余計な傷も付かないし、血抜きのために態々もう一度首を切る必要もない。足を縛って吊るすだけと、良い事ずくめだ。
「ただいま。もう終わったのか」
「あ、おかえりー場所も狭い範囲だったしね。すぐ回収し終わったわ。ん、もう大丈夫みたいね」
声を掛けてきたデュークの顔を見て、ミィルは安心したように、にっこりと微笑む。
戻って来たデュークは、ミィルがすでにケッチャーを吊るす作業をしていたため、服をどうしたものかと逡巡している。
「今日中には村まで到着しそうなんだけど、どうする? ここで下処理していく?」
「んーそうねぇ。鮮度は保てるし、血抜きが終わったら移動してもいいわ」
「じゃあ旅服に着替えるけど、いいよね」
「構わないわ。早く着替えてらっしゃい」
デュークは馬車へ入り、旅服へと着替えると、ミィルの場所―――ケッチャーを吊るしている場所へと向かった。
「もう血抜きも終わりそうだね」
「そうね。デュークが綺麗に切ってくれるから助かるわ」
通常の血抜きの場合、熟練しないと頚動脈の場所を間違えて、何度か刺したりしてしまう為に余計な傷がつくこともあるのだ。まぁ、この二人はそんなヘマはしないのだが。
そして、なにより魔法で切り裂いた場合、切り口が鋭い為、血抜きも容易になる。ナイフで行う場合、切れ味が悪かったり、力の入れすぎ等で、切り口がつぶれてしまう場合があると、どうしても上手く行かない場合があるのだ。
そんなこんなで、血抜きが終わった物から綺麗な箱に詰めて行く。そうしてあっという間に吊るしていた機材も解体し、馬車へと詰め込んで移動をする。
御者席に二人で座り、話をしながらの移動だ。
「どれくらいで村に着きそう?」
「さぁね。ただ、ケッチャーがここに居るって事は、一、二時間位じゃないかな?すれ違う馬車は皆無だし、ここを通る人を襲うだけじゃ生きて行けないよね」
そう、ケッチャーの主食は、”肉”だ。飼っている家畜を襲う時もあれば…人間を襲う時もあるのだ。弱い魔物を襲う時もあるようだが、魔物より人や家畜を襲う方が効率がいいのだろう。
旅人などを襲うのは、どうしても街より人数が少なくなる為、襲った後でゆっくりと食事が出来る…そういう利点があるらしい。
脚力が強い為、子供位ならば掴んで巣穴に持ち帰る事もできるようだが。
「そっかー。それにしても、今度の村にはお風呂あるかなぁ。ゆっくりお風呂はいりたいー」
「前の村は水が潤沢じゃなかったからね。っていうか、言ってくれればお風呂位作るのに」
「それとこれとは別なのー!やっぱり外だと落ち着かないんだもん」
「…よくわからないな」
いくらミィルとの付き合いが長いとはいえ、繊細な乙女心はわからないデュークだった。
原因の一つはデューク自身であると言っても過言ではない。いくら木の陰に座って、覗きをしないと言っていても、傍に”男”がいることに変わりはないのだから。
『いくら小さい時に一緒にお風呂に入っていたとはいえ、ちょっとね』
ミィルはそう思いながら、こっそりとため息をつく。
「モルクス村はどんな所なんだろうね。王都から随分離れた場所だけど」
「ん? あぁ、酒場のマスターの話だと、畜産と農業が発達しているみたいだよ。王都にも商人を通して品物を納品されてるみたい。まぁ、年貢として領主に収めてるんだろうけど」
「なるほど~だとすると、お金よりも物々交換になるかな」
「どうだろうね。少し穀物類がなくなってきてるから、それでもいいけど」
そう、物々交換だ。この時代、まだ農村部などでは貨幣が一般的ではなかったりする。全く扱われない訳ではないが、村の中では自給自足のような生活をしているため、各家で作っている食料を交換して、互いにないものを補っているのだ。
二人が住んでいた施設の教会でも、お布施として金品はもちろん、穀物や干物なども収められていた。そして食料品はそのまま、施設での食料になっていた。
「どんな食生活なのかも気になるわねぇ」
「…あまり変わったものじゃない事を祈るよ」
「えー。変わったものがいいんじゃないの。みんな同じじゃつまらないわよ」
「でもあれはちょっと…」
デュークが言う、”あれ”とは、虫の丸焼きだ。八本足がある丸っぽい胴体の虫をそのまま炭火で焼いたもので、見た目にインパクトがありすぎた。ただし、その村では一般的に食べられていて、珍味として特定の人には人気があるものだ。
「でも、味はよかったでしょ。クリーミーで」
「そりゃあ、ね…ミィル姉だって最初は悲鳴あげてたくせに」
「ぅ…あ、ねぇ、あれじゃない?」
「…そーだね」
ミィルは話を逸らすため、前方を指さしてそういった。まだ遠いが、確かに門のようなものが見える。あと十分もすればモルクス村に到着だ。