成功するはずがない
食事の間中、ずっと隣にいたその少女は、しきりに料理の味を聞いてきた。それに丁寧に答えるデュークだったが、内心うんざりしていたのだろう。食事が終わると、聞きたい事が無いのであれば、もう帰りますと切り出す。
「あ、いや。まだ聞きたい事はあるんだ。すまんな、あんた達が来てから、料理に興味持っちまってな」
「俺の家でも、随分料理が美味くなったんだぜ。今までは、まずくはないんだけど、なんていうか、それで慣れてたからな」
「そうそう。この間植えた香草、早く育たないかな。もっと増えないと、あっという間になくなっちまう」
「それ位でちょうどいいんですよ。今はまだ、珍しい味という事で、頻繁に利用するでしょうけど、そのうち他の香草とかで分散されますからね」
「そんなもんかなぁ」
確かに、他の場所でも美味しいと評判になり、そこでブームが巻き起こり、どこの家庭でもその料理ばかり、という現象が起きる事がある。けれど、ブームが過ぎれば、反対に余ってしまうと言う事象も発生したりするのだから、困った物だったりする。
「そういえば、この村に来る前にも、別の所に行ったりしたんだろ? どこ行ったんだ?」
「ケーシュにダボイですね」
「あぁ…やっぱそこでも魔物を?」
「そうですね。大きいところだったので、他の冒険者にも手伝ってもらって、狩った物を分けて貰ったりもしました」
「ここら辺にいる魔物とは、やっぱ違うのか?」
「そうですねぇ。多少は違いますよ。ここは鳥類が多いですが…あっちは昆虫とか、爬虫類が多いですね」
「やっぱ、場所によっていろいろあるんだな」
しみじみと呟くと、どんな色だとか、どういうやつだったか、等を聞かれ、どうやって倒したのかも聞かれる。それらの魔物への対処法は、知っていても損はなく、今使える魔法などに幅がでる可能性もある。だから、デュークは惜しみなくその情報を話すのだった。
「あ。すまねぇ、随分な時間になっちまったな。泊まってってくれよ」
随分と話し込み、夜も更けた頃、ベリアルスがそう切り出した。けれど、デュークは問題ないから帰ると言う。
「遠慮しなくてもいいぜ。こいつらも泊まるし。それに、明かりがないから真っ暗であぶねぇよ」
「問題ありません。冒険者として活動していると、そういう状況でも戦わないといけなかったりしますし」
「そ、そうなのか…けど…色々話を聞かせて貰ったし、お礼変わりにそれ位は、な?」
「(純粋な厚意なのか、それともまだなにかあるのか。朝食でまた料理をふるまう、とかか? まぁ、角を立てるのも考え物だし)…そう、ですね。では、ありがたく」
デュークは、様々な可能性を考えたものの、結局は泊まる事にした。意固地になって断るようなことでもないし、まだしばらくはこの村に留まるのだ。関係が悪化しても、やり辛くなる事を考えれば、そうすることが妥当と考えたのだ。
「じゃあ、風呂入ってこいよ。村長のとこと違って、小さいから一人二人しか入れねぇけどな」
そうして案内された風呂へと入ったデュークだったが…
「…余り、冒険者の装備に手を触れない方がいいですよ」
確かに小さな湯船ではあったが、三人位なら入れる広さがあった。その風呂を一人で悠々と使わせてもらい、湯船へと浸かった辺りで人が脱衣所へと来た。その人が、デュークの脱いだ装備へと手を出し、結界で阻まれた所で、デュークは声を掛ける。
「っ! デュークさん…その、今洗っておけば、」
「あぁ…それはありがとうございます。けど、必要ありませんから」
「でも、」
「あなたがそこにいるとなると、俺はいつまで風呂にいればいいのでしょうね」
「あっ…ご、ごめんなさい」
その人は、ベリアルスの娘である少女だった。問答の末、帰って行ったが…
デュークは深いため息をつく。そして、服を洗うために来たのだと知って、ほっとした。背中を流すと言って、入ってこようとした女性もいたからだ。
「…他にも何かありそうだなぁ」
思わず、ぽつりとつぶやいてしまうデュークだった。
そして、それは的中してしまう。
デュークにと案内された寝室は、ベッドが一つ、部屋に配された所だった。そこで横になったデュークだったが…寝静まる頃、人が近づく気配を察知して、目が覚めた。
その気配は、風呂場での一件から覚えていた少女のモノで。
(…夜這いのパターン、か。部屋に入られたら最後、しても居ないのになんだかんだと言われるな、これ)
そう考えたデュークは、さっさと部屋のドアへと結界を施し、触れられない、開けられない状況にする。案の定、ドアの前に到達した少女が、右往左往する気配を感じ取る。
さて…こういうパターンとしては、色々な手がある。
まず、本当に…そういうことをしてしまうパターン。
次に、部屋に入って話をして帰っただけなのに、何故か翌日には関係を持ったと言いふらされるパターン。これには協力者がいるタイプもある。おそらく、今回であれば…ベリアルスと他数名だろう。少女が部屋に近づく後をつけてきた気配もあったからだ。
(さて、このままにしておいてもいいけど…)
どうしようかと思案したその時、ふと触れた感触は―――
(っ、ミィル姉!)
ミィルの傍に、近づく気配を感じとり、遠隔ではあるがミィルへと素早く結界を展開した。とはいえ…ミィル自身で結界を施してある為、これに関しては取り越し苦労だったりするのだが。
(とりあえずは、ミィル姉はいいとして…どうするか。ミィル姉の方は、部屋への侵入を許してしまってるし…けど、他に人がいないから…目撃者は居ないか。なら…普通に帰るか)
ベッドから起き上がり、一応整えて。そうして、部屋を出る為に、ドアへと足を向ける。デュークは寝間着を渡された物の、それを着ずに、着て来た服を着ている。これは、魔法で浄化できる事もあるし、なにより冒険者として活動する場合、こうして寝る事が普通だからだ。
魔物は、夜行性の物が多く、それらは夜に街を襲撃したり、野営している冒険者を襲ったりするからだ。
ドアに張った結界ごと、ドアを開ければ…
「きゃあ!」
「…何事ですか」
「あっ…デュークさん」
「丁度良かった。用事を思い出したので、帰りますね」
「え…あっ、待って…帰るって、どうして」
後ろからそんな声が掛けられるが、デュークは我関せずで…ベリアルスのいる方向へと向かう。案の定、曲がり角で右往左往している人達。
「すみません、用事を思い出したので、帰りますね。ありがとうございました」
「え、あ、ああ…気をつけてな」
こうしてデュークが出て来る事など考えていなかったのだろう。右往左往して、挙動不審にそう返すのが精いっぱいのようだ。
デュークはそれに関して、特に言うでもなく、いつもと変わらずすたすたと出口へと向かう。家を出たデュークは…本気で走り出す。
「…え」
故に、その姿は一瞬で見えなくなり、後をついてきた一同を呆然とさせたのだった。
そうして、ものの二、三分でミィルの、というより二人に提供されている寝室へと着いたデュークだが…ドアを物音一切立てずに開けば、結界に阻まれて、ペタペタとその結界を叩いているコウがいた。
「こんな夜中に何してるんです?」
「ひっ…え、デューク…?」
声を掛ければ、飛び上がるコウ。それを尻目に、その結界…これは、ミィルが張っておいた物だ。それをするりとすり抜け、デュークへと割り当てられたベッドへと向かう。
「なんで!?」
未だに結界に阻まれて、叩きながらそう言うコウだが。
「俺の存在は―――許されてるんでね。ま、兄弟げんかなんかすれば別でしょうけど」
「……」
「もう部屋に戻った方がいい。おやすみ」
デュークがそう言うと、コウは逡巡したあとで、出て行った。デュークが戻ったその瞬間に、コウの夜這いが成功する事はないと考えたのか、否か。
どちらにせよ、結界に阻まれて、何もできずに終わるのだが。
「…結界、ちゃんと張ってたんだな」
ぽつり、とデュークは零す。そうして、自身が張った結界を解除した。
ミィルが張った結界は、魔法石や魔石によるものではなく、ミィル自身で張った物。デュークが常に、傍に居ない時は寝る時は結界を張れと言っていた成果か、はたまた…今回の様に、デュークが介在して助けられてきた結果か。
「守るさ…何者からも」