お酒とシロップと・・・ご馳走の情報!
「…ん…ごめん、ありがとう」
デュークは、眠ってから二十~三十分ほどして、起きた。ミィルを抱き込んでいた腕を解くと、そのまま伸びをする。
「夜眠れなかったの?」
「そういうわけじゃないけど、天気が良くて思わず」
「むー…そんなに待たせたつもりはないんだけどなー?」
「天気が良いせいだって。ミィル姉が悪い訳じゃないよ」
そんな遣り取りをしながら、馬で馬車へと戻れば、朝食を食べて、移動の準備だ。
ボウルや設置した器具を解体し、馬車へ積み込む。ほとんどが力仕事の為、デュークが主に動いている。ミィルはといえば、昨日取ってきた野草や果物を洗って、綺麗な干しカゴに入れている。
馬車へとそれを運び込めば、馬車内にある干し竿に引っ掛けている。そう、馬車内でも干せるようになっているのだ。
そんな準備を終え、火元もきちんと土を被せて消した上で、上から水を掛ければ、もう出発できる状態だ。
「水は、大丈夫ね。馬も、大丈夫みたいね」
「そうだね、じゃあ行こうか」
そう声を掛けて、デュークは御者席へ。ミィルは馬車内へとそれぞれ入る。そうして、ゆっくりと馬車は動き出す。しっかりとショック吸収の為の魔法を掛けて、である。
馬車の中のミィルは、魔法のおかげで安定した走りに満足し、果実を漬け込むための瓶を取り出す。肘から手首位までの長さで、円周は、直径で成人男性の掌位で、あまり大きくはない。
取り出した瓶は三つ。それぞれに透明な液体が半分ほど入っている。その液体は、酒だ。その瓶に果実をそれぞれ入れて行くが…白い果実で手が止まった。
「うーん、味見した感じだと、すっぱい物はお酒にしてもどうかとおもうのよねぇ。かといって他にどうすればいいのかわからないしなぁ」
手の上で転がしながら、ぶつぶつとそんな事を呟く。だが、その果実を元に戻すと、酒に漬けた二つの瓶に、氷砂糖を入れ、蓋をする。
『熟すかもしれないから、もう少放っておこう! うん、そうしよう。あ、でも、後でちょっとドレッシングの試作だけしておこうかな』
そんな事を考えると、お酒に漬けた二つの瓶を冷暗所となっている棚へと仕舞い込み、白い果実は籠にいれたまま干し竿へ吊るしておく。
次に、果実を少し切り分け、四角いガラス容器にいれると、上から蜂蜜をたっぷりと掛ける。そうして、あっという間にシロップ漬けも完了する。
『そうだ、すっぱいけど、シロップ漬けにしたらどうなるかな? ちょっと味見しよう』
急に思い立って、白い果実を一つ取り、小さく切り分けると、果実の部分にたっぷりと蜂蜜をつけ、一口、おそるおそるといった風に口にした。
「ん! 酸っぱいのは酸っぱいけど、これはいいかも」
そう、思わず独り言を言ってしまうが、それだけ意外な変化だったのだろう。試しにと、取り出した一つだけをガラス容器に並べて蜂蜜を掛けると、御者席側に移動する。馬車と御者席の間の頑丈なカーテンを開き、声を掛けて、御者席の空いたスペースに座る。
「どうかした? ミィル姉」
「うん、これちょっと食べてみて」
「これってあの酸っぱいやつ? 大丈夫なの?」
「うーん、まぁまだ漬かってないから酸っぱいけど、意外と美味しいわよ」
そういって、はい。と、ミィルは自身の手でその一欠けらをデューク口元へと運ぶ。そうされては断ることもできず、口にすれば。
「…確かに、これはいいね。浸かることで、もう少し酸っぱいのが緩和すればいいけど」
「でっしょー? 他にもいろいろ使える様にもなりそうだし。じゃあ、戻るわね」
ミィルは手ずから食べさせたことで、指に着いた蜂蜜を舐め取りながらそう言うと、あっという間に馬車へと戻ってしまう。残されたデュークは、何故か天を仰ぎみる様に顔を上げ、片手で目元を覆うと、ため息を零している。
「…ったく…」
そんな小さな呟きは、誰にも聞かれる事なく、大気に消えてしまう。
デュークの苦悩などどこ吹く風なミィルは、馬車へと戻ると、ドレッシング作りに精をだしているようだ。
そんな一日を過ごし、日が暮れ始めた頃、街道傍に馬車を寄せて停留させる。ここも前日と同様に、停留した場所のすぐ後ろは森になっていて、下草や木々が生い茂っている。
この街道は、基本このような有様で、街道の傍に所々、休憩できるような場所ができている。これは何度も人や商隊が利用している為に、自然と出来上がったものだ。
今回は簡易のコンロだけ作り、昨日大鍋で作ったスープ、燻煙で作っておいたソーセージと、野草とで炒め物を作る。そうしてパンを用意すれば、晩御飯の準備は終了だ。
簡単に作っただけな為、まだ日は完全には暮れていない。
「じゃ、いただきます」
「いただきます」
コンロを挟んで座り、食事を摂る。少しすると、デュークが急に立ち上がり、馬車から普通の両刃剣を持って来るなり、それを腰に配した。
「何か来るの?」
「商人かもしれないけどね。人の気配が近づいてくるから」
「そっかー隠れておいた方がいい?」
「盗賊だったら、その時に隠れればいいよ。ステルスなら見破られないだろうしね」
「わかったわ。対応は任せる」
そう言って、スープを一啜り。まったく緊張もしていないし、余所から見ればのんびりしているように見える。
それもこれも、デュークを信頼しているからなのだろうか。
十分ほど経過し、食事も終えたので片づけていると、遠くから馬車の音がし始めた。
「デューク。来たみたいね」
「これ、馬車の中に入れてきて。馬車なら大丈夫だと思うけど…様子分かるまで、一応馬車の中にいて」
「了解ー大丈夫そうなら出てくるわね」
ミィルは大鍋を手渡されて、おとなしくそれに従い、馬車へと入る。
残ったデュークは、火の傍に座り込み、一見すると火の番をしているように見えるが、実は感覚を研ぎ澄ましてこちらへ近づいてくるものの気配を探っていた。
『人数は、五人。速度は…余り早くはないな。普通の商隊なら通り過ぎるだろうし、心配することもないんだけど』
そんな事を考えている間に、木々の間から馬車が通るのが見えた。
馬車が、二人が休息しているエリアへと差し掛かると、ゆっくりと停止した。それにデュークは僅かに眉をしかめ、顔を上げれば、御者が軽く頭を下げた。
デュークは僅かに逡巡したようだが、ゆっくりと立ち上がると、馬車へと近づく。
「こんばんは。何かありましたか?」
「これはどうも。旅の方ですかな? お一人で?」
「まぁ…」
賊の偵察である可能性も考えて、言葉を濁せば、その御者は僅かに迷ったような素振りをみせる。と、馬車の中から、壮年の男性が現れた。服装は旅人の服だが、よく見れば上質な布などを使っているのが分かる。
「この先はモルクス村だが、そちらへ向かうのか? だとしたら、一人では危ない。手ごわくはないが、魔物がでる」
「そうでしたか。ありがとうございます。その魔物の名前はわかりますか?」
「ケッチャーというやつだ。五~十匹で群れを成して襲ってくるのでな」
「ああ、あの繁殖力が異常にあるやつですね。倒しても倒してもキリがなくて、モルクス村でも手を焼いているのでは?」
「自警団があるからな。なんとかなっている。もしお前さん一人なら、一緒に行くか?」
「いえ、お心遣い感謝します。ケッチャーでしたら対処しなれてますので、大丈夫ですよ」
「ほう。若いのに腕が立つと見える。だが、それが若さからくる無謀だとは」
「ご馳走の大群が待ち構えてるって!?」
「おもわ…は?」
場違いな、女の声に、思わず呆然とする壮年の男と、額に手を当てて項垂れるデューク。
そう、その声はミィルだ。馬車から飛び出してきて、そんな雰囲気も何処吹く風というように、デュークの腕にすがりつく。
「ねぇ、ケッチャーが出るってほんと? ねぇ、ほんと?」
「はいはい、わかったわかった。落ち着いてって、ミィル姉」
「もちろん狩ってくれるわよね!?」
「当然じゃない。胸肉のから揚げおいしいし」
「やだ、肝がイイんじゃないの~! わかってないなぁ」
居ても立っても居られないというように騒ぐミィルと、そんなミィルの肩を押さえて落ち着くように努めるデュークだが、そのデュークでさえもそんな事を言うのは、やはり事情に詳しい者同士だからだろう。
が、今は、他の人もいるという事を忘れている二人。
「うおっほん」
「あ…」
「…えーと、すみません。ツレもいますし、大丈夫です」
「だが…そちらのお嬢さんがうまく対処できるとは…」
「問題ありません。いつも一人でやってますから。あ、でも、そうか…」
デュークは自信満々といった風に、いい笑顔でそう言うが、なにか思い当たる事があるのか、急に考え込んでしまう。
「そちらは急いでモルクス村へ向かわないといけない用事でもありますか?」
「…いや、特に急いでいる訳ではないが」
「でしたら、私達の後から来ていただけますか?」
「それは構わんが、何故?」
「いくらケッチャーの繁殖力が強いといっても、一日二日で元の数に戻る事がないからです。先に行かれて、討伐されてしまうと、ちょっと…」
「…そういえば先ほど、ご馳走、とかいっていたか」
「まぁ、そう、ですね」
「魔物ですよ? 食べられるとはおもえ」
「なっ! あれほぅんむが~~~」
「だから、ちょっと落ち着こうね」
その男性が言った言葉に思わずといった風に、ミィルが叫ぼうとする所を、デュークはミィルを背後から羽交い絞めにした上で、口を掌で塞いだ。
もごもごとまだ何か言っている為、デュークはそのままの状態で交渉を続行する事にしたらしい。
「モルクス村に着いたらご馳走しますので、来てください。私達は、移動レストランを商売として世界中を回ろうとしていますので、味は保証しますよ」
「そ、そうか。だが、それなら一緒に行ってもいいのでは」
「そうなんですが、慣れない人だと巻き込んでしまうことと…今こんな状態ですから、ちょっと」
デュークは、目線を下げて、未だにもごもご言っているミィルを見た。すると、壮齢の男性は納得したようだ。
「では、もう少し行った場所で二日程休んでから行く事にする。くれぐれも気をつけてくれよ」
死体とご対面などしたくはないからな。
そう言って、壮齢の男性は馬車に乗り込んだ。降りていた御者も、御者席に戻ると、馬車はゆっくりと動き出した。
「ミィル姉、ケッチャーだって。国を出てから全然出会わなかったけど、ようやく狩れるね」
「~~~!」
「あ、ごめん」
ぺちぺちとミィルの口を塞いでいる手を叩かれて、ようやくデュークは開放した。
「んもう! あの人にケッチャーのおいしい講座をしてあげるのに!」
「それより食べさせた方が早いでしょ。どれ位居るのかな。一番多い時で三十匹位狩った事もあるし大丈夫だと思うけど」
「そうね。…ふふ、デュークがケッチャーを持ち帰ってきたから、今の私があるのよね~飢えていたとはいえ、魔物を調理するとは」
「あはは。確かに、飢えてたねぇ。色が真っ黒だけど、コッコと似てたから」
コッコ、というのは人の頭より少し大きい位で、茶色の食用の鳥だ。飼育も一般的にされており、卵も取れる事から、この時代でも重宝されている。
対してケッチャーは、人の頭程の大きさで、黒い色をしている。くちばしが僅かに赤みがかっており、かなり大きい。
”飢えていた”と言っているが、施設の経営が厳しく食料が無かったという訳ではない。単純に、デュークの活動量と、食事の量が見合わなかっただけだ。また、ミィルは、強請る他の子達にあげたりしていた為に、食事量が減っていたのだ。
そんな状態で、デュークは魔物討伐に向かい、ケッチャーを見て”食べられるのでは?”と思ったとしても、なんらおかしくはない。
「楽しみねぇ。さっさと寝て、明日起きたらすぐ行くわよ!」
「そうだね。そうしよう」
ミィルはうきうきとそう言う。デュークは落ち着いているが、内心では喜んでいるのか、表情が明るく見える。
いつものように結界石を配置して、二人は眠りについた。