試作!
翌日、ミィルは珍しく早起きをした。とはいえ、デュークも起きて部屋を出ていたため、一番でないことにがっかりしていたが。
気を取り直して顔を洗いに井戸へと行けば、ナシュとデュークがいる。
「おはようございます」
「おはよう。今日は早いねぇ」
「…いつも遅い訳じゃないですよぅ」
ナシュにからかう様に言われ、ミィルはぷっくりと頬を膨らませて言えば、デュークがぷっと噴出した。
「ちょっと、デューク!?」
「っ、ごめん、悪かった」
「あはは、あんたたち、仲がいいねぇ」
井戸端での会話ですこし気分転換をした三人が、そろって台所へと向かう。その最中に、ミィルからナシュへ、今日一日、料理の試作と試食をお願いしたいと伝えれば、ナシュは楽しみだと快く許可した。
と、いうことで…今朝はミィルとデュークで台所を占領し、あわただしく作業が行われる。とはいえ、ナシュは邪魔にならないところで椅子に座ってお茶しながら、成り行きを見ているのだが。
「デューク、まず昨日の野草を全部持って来てくれる? あとは基本のスパイスね」
「わかった。すぐ持って来るよ」
デュークへと指示をだしたミィルは、まずはかまどの火の準備をする。薪を山の様に組み合わせ、一番下に藁を入れると、火打石で火をつける。ちりちりと火が付くと、別の作業へと移る。
芋を洗い、水の張られた鍋へと入れて行く。火にかけると、ネギ類の一種、シャロを入れる。シャロは根元がぷっくりと膨らんでおり、その上部から三十センチほどの長さの芽が出る物だ。このシャロは、肉を柔らかくする作用がある為、煮物や炒め物によく利用される。
その後、どの肉や魚があるのか確認し、材料を取り出すと、それらを必要な量に切り分け、またしまう。それぞれ適した大きさに切っていると、デュークが戻ってきた。
「これは煮物に使うから、すぐちょうだい。糸でまとめてね。あと、これとこれはサラダで、こっちは魚料理の香草として使うわ」
「了解。すぐ取り掛かるよ」
それぞれの野草を、ミィルは指差しながら、どうしたいのかを伝える。
デュークはミィルからの短い指示でも十分理解したのか、水桶からボウルに水を入れると、野草を洗いはじめた。
まずは煮物に使う野草を洗い、鍋の中でばらけないよう、糸で縛ると、鍋へと投入する。他の野草も同様に、指示された用途に合う様に切り分けたりしていく。
ミィルは鍋の水が沸騰した所で、切り分けた肉を入れると、魚に塩と小さく刻んだ香草を混ぜた物を擦り込み、金網に乗せる。また、細かく切った肉を多めの油でからりと揚げ、それはサラダへ振り掛ける。
そうやって順序良く調理をしていく。。それらを眺めていたナシュは、二人の息が合った動きに、ただ感心するばかりであった。
「今日は試作した料理なので、感想をいただければありがたいです」
試作料理を作り終え、一同食事を開始した時に、ミィルはそうお願いをした。朝食で利用した肉や魚は、村で一般的に使われる食材だ。野草や香草が違う為、口に合うか分からない。
「ん、この焼き魚、いい香りがする」
「でもちょっと味が消えてるような気もするね」
「そうかなぁ?」
「この肉すっげー柔かい!甘いソースもうまい」
「この野菜も癖がなくていいわね。カリカリするのはなに?」
みんながそれぞれ感想を言っていくのは、前日と同様の反応だ。それらをひとつひとつ聞いて、スパイスを減らすべきか、味付けを変えるべきかなど考えて行く。
現地の味覚で事前に良し悪しがわかるのは、ミィルにとってもいい勉強になる。レストランを開いてしまうと、なかなかそういった声を聴くことが難しくなるのだ。故に、始終真剣な表情でそれらの感想を聞いていく。
朝食を終えると、すぐさま改良を施していく。とはいえ、改良して作られた料理の量は少なく、新たに他の料理も作られる。今度は村への道中で狩った魔物の肉を利用した料理と、村周辺で採れたあの木の実だ。
「デューク、これ煮るのと焼くの、やってみてくれる?」
「了解」
渡された木の実が入ったザルを受け取ったデュークは、三個ずつそれぞれ煮たり、木の実の殻を包丁の柄で割れ目を入れてから竈の中に入れたりする。
「これで味に変化があればいいんだけど」
「そうねぇ。エグミが取れるといいんだけど。これでだめなら、あく抜きが必要なのかしらね?」
そんな会話をしながらも、色々と調理されていく。使用した魔物の肉は、ダムダムという爬虫類と、青い羽が印象的なガガコンだ。ガガコンは肉の香りに特徴があり、好みが分かれるだろうと思われる物だったが、ミィルはこの村周辺で採れた香草と合わせる事で、喧嘩することなくあの変わった香りの肉がよくなりそうだと思いついた。
これは今回、香草で包むようにし、蒸し焼きにしていた。ダムダムに関しては、火であぶって食べているが…
「うーん、ちょっと噛み応えがあるって言えばいいのかしらね。味はあっさりしすぎねぇ。ま、これはこれでソースの味が生きるかしら」
「柔らかくするのが大変かもね。シャロで煮てもいいけど、煮物専用にするのもこの味だと…存在が消えちゃう、かな?」
「水煮にして、ペースト状にするのもありかもね。パンにつけるとか」
「あぁ、なるほど。味付けと他の材料で何種類か作れるかな」
「まずは水煮にしなきゃねぇ」
そう、ある程度の事を決めてしまえば、あとはやってみるだけだ。
だが、水煮にし、十分柔らかくなった肉だが、ペースト状にする段階で、完全にはペースト状にならない事態が発生した。
「うーん、でもちょっとはなってるのよね。シャロは溶ける位になってるんだけど。少し位食感が残ってても大丈夫かな?味付けしてみて、食べてみましょう」
「そうだね。味付けは頼むよ」
デュークがまな板の上で包丁で叩いていたのだが、どうしても滑らかにならないのだ。だが、十分につぶされ、シャロの水分もある為か、ぼろぼろと崩れるような事にはなっていない。ただクリーミにならないというだけである。
ミィルがボウルに入れた肉に、塩といくつかスパイスを入れ、かき混ぜる。何度か味を見て、調節していく。
味付けが終わった頃には、デュークが薄切りにしたパンを用意していた。それに乗せて食べてみれば。
「…うん、これはこれで有りかもね。サンドイッチにするのもいいかも。何か間に挟む野菜があればいいんだけど」
「この味付けだったらキルキルでいいんじゃない?スパイスの香りがあるし」
「それもそうね。せっかくのスパイスの香りが消えるのももったいないし」
癖も苦味もなく、僅かな甘みがあるキルキルという野菜は、この領内で採れる、一般的な野菜だ。この村でも作られている。
「これ、味とか香りがある野菜とか根菜類とかと一緒に煮て、ペーストにするのもいいかもしれない。味にバリエーションが出るかも」
「うん、何もないってことは、反対になんにでも合うって事よね」
こうして、二人はどんな野菜を合わせるか、いろいろと相談し、最終的に三種類の味となった。
この他にも、香草でソースを作ったり、塩漬けを作ったりと、どんどん新しいメニューが作られていく。
今回はまだ朝食後から始めた為、時間に余裕がある。その為、仕込みに時間がかかる物にも取り掛かっている。遠火でじっくり火を通し、肉の内部が落ち着くまで置いておかなければならない物や、一度冷ますことで味を浸み込ませるもの。また漬物などもそうだ。
「そういえば、木の実はどうなったの?」
「あぁ、ごめん。熱くて殻が剥けなくて、ここにあるよ。ちょっと待ってて」
デュークがそう言うと、焼いた方の殻を包丁の柄で押して、ヒビを広げると、間に包丁を入れて開く。煮た方は、水分が入ったせいか、殻が柔らかくなっていたため、包丁で切って、実を取り出した。
そうして、デュークが毒見としてそれを口にした。
「どう?」
「あ、こっちはいいかも。香ばしいし、甘みがある。こっちは…だめだ、水っぽくなってておいしくない。エグミはないんだけれどね」
「どれどれ…ん。ほんとだ。水っぽい。こっちは…うん、おいしい」
と、どうやら焼いた方は良く、煮た方はせっかくの味が、水に流れてしまうのか、水を吸い込んでしまうのか、美味しくないようだ。
「これは…いろんな料理に使えそうね。カリカリに焼けば香ばしいから、アクセントにもなるし。お菓子にいれても、かりっとした食感があっていいかも」
「あのエグミが抜けるなんてね。でも、殻をどうするかっていう問題があるね」
「そこらへんは村の人に考えてもらうのがいいわ。どうせデュークじゃお話にならないし。料理する時は大丈夫なのにねぇ」
「……」
そう、調理する時の包丁使いでは、問題ないのだ。そうでなければ、まな板などもあっという間に叩き割っているであろう力があるにも関わらず、だ。
この力の問題は、謎である。
「この村の特産になるなら、村の人ができないんじゃ意味がないしね。村長にお願いしてみましょう」
「うん」
こうして、一日中を最大限利用し、試作品を作っては食事として出し、感想を聞いては改良し、当面レストランで出すメニュを作り終える事が出来た。
ミィルとデュークは夕食を食べ終わると、村長へとレストランを出していいかたずねる為に、村長の部屋へと行く。
ノックをして入り、村長に促されソファへと着くと、
「どうでしょう。レストランを出してもいいでしょうか?」
「この村ならでは、という料理はどれかね」
「…一応、この村に来てから変わった香草や木の実がありますが、この村だけなのか、この辺りにあるのか分かっていません。ですが」
「そうだな、領内でまだ行った事がない村や街にもあるかもしれない。だが…」
村長は、そう言うと、腕を組んで目を瞑り、何か考えているようだ。
何かを聞かれたわけではない。否と言われた訳でもない。どうしたらいいのだろうと、ミィルとデュークは固唾を呑んで、村長が口を開くのを待つ。
それは、長くない時間であるにも関わらず、二人にとって長い長い時間だった。