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水浴びは精神鍛錬の場です

 馬車は入口を開けて寝るため、入り口に頭を向けて寝る二人の顔に朝日が差し込む。太陽の光に目覚めを誘発され、まずはデュークが目覚めたようだ。


「…」


 音を立てないよう、ベッドから抜け出すと、タオルだけを持ち馬車を出た。

 そして、昨日空になった鞣革袋も持って馬に乗り、水場の川へと向かう。川に着くと、馬を木に繋ぎ、木の枝にタオルと着ていた衣服を脱いで掛けてしまう。そうして川へと入り、水浴びをし始めた。傍らで馬も水を飲んでいるが…


「少し、きついな…今までと変わらないはずなのにな」


 頭まで水に浸かって、ずぶぬれになりながらそんなことを呟く。何に対しての事なのかさっぱりわからないが。何度も水にもぐると満足したのか、川辺へと上がり、タオルで水気を拭いて見繕いをする。


 一方ミィルは、といえば。


「…ん~~~っ…ふわぁぁ」


 ようやく目覚めたのか、ベッドの中で伸びをしてあくびをした。そして、体を起こせば、デュークがいないベッドが目に入る。


「またかー早起きだなぁ。前は寝坊助だったのに」


 くすくすと笑ってベッドを出ると、まずは自身のベッドを整える。そしてデュークのベッドも同様に整える。男とはいえ、この生活を始めてからミィルが口うるさく言っているおかげか、ぐちゃぐちゃになっている事はないが。

 ベッドを整えた後、幾分しっかりした寝間着から着替える事にする。今日は肉を解体するわけではないので、旅行着だ。


 着替え終えると馬車からでて、昨日のままになっている簡易流しのボウルを洗い、そこに昨日取ってきた、果実を三種類入れる。こぶし大の大きさで形が似通ってはいるものの、別の種類の物。

 そうして鞣革袋から水をボウルに張り、果実を洗う。


「一個袋がないって事は、水も汲んでくるかな。ほんと気の効く子になったわねぇ」


 いい子にはご褒美が必要かしら。そんな事を思いながら、洗った果実を魔法で検分する。


「そは毒を含む物か?」


 そう、一見して問いかけるような文言ではあるが、れっきとした魔法だ。文言を言った後で手に取った果実は、淡く白く発光した。次々と果実を手に取れば、全て白に発光する。

 これが、毒を含むものであった場合は、黒く発光するのだ。この魔法もイメージが難しく、使える者はあまりいない。イメージするにあたり、”毒とは?”という定義が難しいからという事もある。ミィルがこの魔法をイメージする場合は、単純に”おいしくて、体が元気になるもの”としているから。毒を選別するのではない事から、ある意味邪道とも取れる方法だ。

 だからといって、他の人もこの方法で巧く行くか? というと、これが巧く行かないのである。それがイメージ力が物をいう、という良い例だ。


「よしよし、やっぱり大丈夫だった。魔物が食べてたから大丈夫だとはおもったんだけど、毒耐性があるかもって心配して損した~」


 皿を出し、ナイフで切り分ければ、それぞれ違った香りと色が見える。

 あるものは、皮が赤いが、中はオレンジ色をしていて、さわやかな香りのするクリーミーな果実だ。真ん中に実の三分の一ほどの大きさの種が入っていた。

 あるものは、皮が白いが、中は黄色く、すこしツンとする香りのジューシーな実だ。細かな種が中央部にたくさん入っていた。

 あるものは、皮がピンク色で、中は赤く、甘い香りのする実だ。やわらかく、触った場所が少しへこんでしまっている。扱いが難しそうだなと認識を改めた。


「どれも街では見た事ない果実なのよねぇ。村に行ったら知ってる人いるかしら」

「無理じゃないかな。村で知ってる人がいるなら街にもあるはずだし」

「っ、お、おかえり。戻ったなら声掛けてよね~びっくりするじゃない」

「掛けようと思ったけど、ツッコミが先になっただけだよ。水浴びするなら案内するけど?」

「その前に味見。毒は調べたけど、変な味したり、舌がぴりぴりするようなら捨てる事!」

「はいはい。いただきます」


 それぞれ切り分けられた物を口にしていく。


「このピンク色の、すんごい甘いわね」

「実が柔らかいから、保存が難しいかな?」

「そうねぇ。…んっ! これすっごいすっぱい~~~」


 ミィルが皮の白い果実を口にすると、余りのすっぱさにその果実を吐き出してしまった。すこし涙目にもなっている。


「そんなに?…うわ、ほんとだ。なんだこれ。まずくはないんだけど…これはちょっと強烈」


 ミィルの反応を見ていたデュークは、ぺろりと舐めてみるだけにした。そうしてそんな感想を口にする。


「これは熟してないのかな。それともこういうものなのかな。でも、このすっぱさも何かとあわせて酸味を押さえれば、いいドレッシングになるかも」

「あーそれもアリかも。こっちの赤いのは…うん、これも甘いね。食感もとろっとしててこのままでも十分おいしい」

「ん。ほんと。これはこのままでも十分ね」


 今回収穫した果実は二人にとって大当たりだったようで、ミィルは満足したような顔をしている。


「片付けておくから、川に行く準備してくれば?」

「うん、そうね。そうする。後よろしく」


 ミィルは返事をすると、準備の為に馬車へと向かう。デュークはナイフやフォークなど、使った器具などを片付ける為に動き始める。


 そうして、先ほどデュークが乗った馬では無い方の馬に鞍を乗せ、二人乗りで川へと向かうようだ。ミィルが前に乗り、デュークが後ろで馬を操っている。


「私も馬に一人で乗りたいー」

「教えてもいいけど…馬が暴れて振り落とされそうな時、俺だったら飛び降りる事もできるけど、ミィル姉はできる?」

「うぅ…毎回正論言わないでよぅ…」


 どうやらミィルは一人で馬に乗りたいらしいが、毎回デュークにそんな事を言われて教えてもらえないらしい。八つ当たり気味に、自身の背後から回る腕にぺしぺしと手で叩くが、全くダメージがないのか、デュークはくすくすと笑うだけだ。


 あっという間に川辺へとたどり着き、馬から下りると、デュークは馬を繋ぎ、川辺から少し離れた木に背を預けて座ってしまう。丁度川に背を向けるような状態だ。


「ふふ…」


 そんなデュークの姿を見て、ミィルは微笑む。過去の事を思えば、デュークの行動が大人になったと思えるからだろう。

 ミィルはデュークと同様に木の枝に着ていた服を脱いで掛け、川に足を入れる。と、びくりと跳ねて、水につけた足を水から出してしまう。どうやら水温が思ったより低かったようだ。


「うわ、つめたっ…デューク、あんたよく入れたわね」

「…俺には丁度よかったけど。なんならお湯にしようか?」

「ぅぅ…いい。まだなんとかなるから」


 ゆっくりと川の水深が深い場所へと進み、腰の辺りまで浸かると、タオルを浸して体や顔、髪を洗って行く。

 デュークは、その度にぱしゃりぱしゃりとする音を聞きながら、ぼんやりと空を眺めているが…うん、がんばれ。



「お待たせーやっぱり冷えちゃった。寒い」

「我慢しないで言えばいいのに。ほら」


 川から上がり、見繕いを済ませたミィルが、デュークが待つ場所へと行くと、案の定そんな事を言う。心なしか僅かに体も震えているようだ。

 すると、す…と、座ったままでデュークが手を差し出す。その手をミィルが取ると、ふわりと作用する魔法。


「あーあったかーい。生き返る~助かるわぁ。ありがと」

「そりゃどうも」

「っっ…と、いきなりひっぱらないでよ」

「この方がもっと暖まるだろ」

「そりゃそうだけど、だからって強引に引っ張らなくてもいいでしょう」


 デュークは掌に触れたものに熱を伝える効果の魔法を発動したのだ。ただの人肌の体温でも同様の作用はあるが、魔法というだけあって、対象への効果の範囲は広い。あっという間に腕の辺りまで暖かくなるのだ。

 その効果を倍増する為なのか…ミィルを引っ張り自身の膝の上に乗せて、背後から抱き込んだ。

 その手段にぶつぶつと文句を言っていたミィルだが、背後からの強い温もりに、そのうち機嫌も上昇したようではある。


「…それにしても、ほんっと、あの泣き虫坊主が育ったわねぇ。この筋肉達磨」

「筋肉達磨って程じゃないだろ。こういうのは引き締まってるっていうんだ。それに、力が強いのは魔法によるものであって…」

「はいはい。わかってますよーだ。泣き虫坊主のほうが可愛かったのになぁ」

「この年になっても泣き虫だったら、それはそれで怖いけど」

「ま、それもそうね。ありがと、もう大丈夫」


 そんな昔の事を引っ張り出して会話をしていれば、あっという間に体が暖まったのだろう。背後から回る腕を軽く叩いてそう言えば、反応が鈍く、デュークは腕を解こうとしない。


「デューク、もういいわよ。離して?」

「ん…眠く、なった…少し、このままで」

「え? ちょっと、またぁ? んもう、しょうがないわねぇ」


 デュークはミィルの肩に顎を乗せるようにして、もごもごとそんな事を言う。ミィルが、”また”と言っている事から、こんなことがしょっちゅうあるのだろうか。

 ミィルは諦めたのか、ため息をつくと、歌を口ずさみ始めた。一般的な、子守唄を。

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