ミィルの手腕?
さて、デュークの方はどうなっているのかというと…
ざしゅっ、という音を立てながら、その巨大な魔物ののど元に両刃剣を突き立て、すぐさま剣を引き抜きつつ体ごと横へと飛ぶ。すると、散々暴れまわっていた巨大な魔物―――ダマスカスは、ぐらりと前のめりになって倒れた。
「ふぅ。これで終わりかな。一応移動したし、全滅はさせてないとおもうけど」
ダマスカスは、通常四足歩行で活動時には二足歩行にもなる珍しい種だ。背中が山の様に盛り上がった丸い体をしているのだが、硬い鱗を持っており、刃物が通りにくいという特性がある。だが、鱗と鱗の間は比較的柔らかい為、僅かな隙間ではある物の、急所である首等へ正確に刃物を差し込めば倒しやすい。
とはいえ、技量が必要な為にそう簡単にはいかないのだが、それを簡単に行ってしまうのは、デュークが規格外だからだろう。
「ここのダマスカスは、結構大きいし、少数ではあるけど団体行動もするのか。基本的に番のみでの行動のはずなんだけど…」
ぶつぶつと呟きながらも、退治した五体のダマスカスを荷車に積んで行く。移動しながら一体ずつ対峙していたいた為、回収するのも一苦労の様だ。そして、荷車にはダマスカスの他にも、爬虫類が入っている。
この爬虫類は、魔物の巣窟でも狩ったダムダムという魔物だ。皮は盾や鎧等にも使われ、肉はあっさりとした物だ。
「あっちの方にも魔物の反応があるけど、こっちに来る様子もないし、荷車もいっぱいだし帰るか」
荷車にダマスカスを積み込めば、巨大という事もあり、零れ落ちそうなほど山となってしまっている。
デュークは独り言を零しながら、荷車を引いて移動し始める。だが、しばらく移動した所で止まると、傍のしっかりとした木に、何やら紐を吊り下げて行く。
その紐に、ダマスカスと、爬虫類の後ろ足を縛り、引き上げると…それらの魔物が逆さ吊りとなる。どうやら、血抜きの様だ。
全てを吊り下げると、今度はあたりを見回し、先ほどミィル達が採っていた以外の野草を探し始める。…しかも、器用な事に携帯食を食べながらである。
「…これは採ってなかったから、いらないだろうし、これはなんだろう」
毒かどうかの判断は出来ないものの、ミィルの行動を逐一覚えているデュークにとって、採っていたかどうかの判断だけは淀みなくしている。そうして、僅かではあるが野草を採集すると、血抜きが終わったそれらの物を荷車に積み直し、村へと戻るのであった。
村へ戻ったデュークは、人目を避けて村長宅まで向かうと、魔物が山となった荷車を馬車と物陰に隠れるように置き、魔法石を一つ取り出した。
「領域発動」
魔法石は場を正常に保つ効果と、視界と匂いを惑わす効果を小範囲発動する物だ。荷車の下に置き、ワードを唱えると、ふわりと水色に発光したかと思ったら、何事もなかったかのように元に戻った。この魔法石は発動時には効果が視覚的に分かるようになっているが、発動してしまえば分からない様になっている。
そうした上で…デュークは村にある川の下流へと向かった。そう、魔物の血を洗い落とす為である。
身綺麗にしたデュークは、村長宅へ入り村長がいる部屋へと行く。ノックをして入室の許可を取れば、村長自らドアを開けて迎え入れられた。
「おお、デューク。もう戻られたのかね。どうでしたかな、この村周辺の野草採集の成果の程は」
村長は部屋のソファへ促しながらも、にこやかに聞いてくるが、デュークはその問いにふとした疑問が湧き起こった様で。
「姉は、先に戻ったはずですが、もしかしてまだこちらには…」
「朝見送ったのみだ」
「…申し訳ございません。挨拶もせずに、先に調理している様で。そう、ですね。こちらの村では馴染みのない野草やスパイスの類がありましたので、もう少しで出来上がると思います」
「ふむ、そうか。馴染みのない、というと、他の地域では一般的にある物なのかね」
デュークの言葉に、何かしらの含んだ意味に思い至った村長は、そう聞き返す。デュークはその問いに頷き、保存が利き、商隊でも大抵は扱っている事、領主の収める街で味わったことがある可能性を示唆した。すると、村長は少し驚いた様な顔をして、何か考えている様だ。
「それらの野草やスパイスの価値はいかほどかな」
「価値、ですか。それほどではありません。どんな気候でも育ちますし、しっかり水さえ与えていれば枯れる事はありません。水が少ない地域でも、そこで消費するであろう量は十分採れますしね。何か利益になる物をご希望ですか?」
「いや、そこまでは考えてはおらん。が、この村は小さく、自給自足の状態だ。多少、領主へと収めている穀物や肉はあるが、他にも何か貢献できればと考えていてな」
「なるほど、領主様に貢献をですか。もしその様な物があれば領主様も喜ばれるでしょうね」
デュークがそう言えば、村長も頷いて見せた。なるほど、モルクス村の繁栄ではなく、領主への貢献を望んでいるようだ。
採集で見つけた珍しいと思われる野草や実があったが、それが実用的であるか分からない為、デュークは考えた末に言わずにいる事にしたのだが、ミィルに伝え、早く結果をだすべきだと考えた。
「では、食卓へ向かいましょうか。そろそろ出来上がる頃かと」
「おお、そうか。それは楽しみだな」
二人して部屋を出れば、ほのかに香るその香りに、村長は鼻をひくひくさせている。
「これはいい香りだな。味はどんな物だろう」
村長はそわそわした風に、食卓へと足を動かす。デュークにとっては、馴染みの香りの為、簡単に想像できる味ではある物の、何の肉を使ったのか分からない為、僅かな期待をしながらの移動となった。
食卓へ到着すれば、この香りに釣られたのか、料理をしているであろうミィルとナシュ、ラフィ以外の、全員が集まっていた。
「なんだ、お前達。もう来ていたのか」
「庭で薪割ってたら、いい匂いがしてきたもんで、つい」
コウは最初の内は台所に居たものの、料理を一切やったことがない事から、ナシュに邪魔だと追い出されてしまい、早々に食卓に居た。ラフィは、香りに釣られてやってきて、調理法を覚えたいと台所へと行ったのだ。
村長は席に着くが、デュークはそのまま台所へと向かい、手伝いをする為に声を掛けた。
「ミィル姉、手伝うよ」
「戻ったのね。じゃあこの仕上げソースを混ぜて頂戴」
「いつものだね」
「えぇ。ただ、甘みを控えて欲しいから、甘味料は後にして」
「了解」
デュークはそれらのやり取りをしながらも、ナシュや、ラフィ、キャシーに軽く頭を下げて挨拶をし、すぐにソース作りを開始した。
そのソースは薄切り肉を焼いた物にかけたり、茹でた肉の付けダレにする事もある、万能ソースだ。使われる調味料は、すでに小さな器にそれぞれ入れられている事から、ナシュ等には分量を伝えていたのだろう。
混ぜずにいたのは、肉の味が分からない為だ。火を通した肉の味を確認した上で、”甘みを控える必要がある”と判断したのだろう。
そうして、デュークが手伝いだしてから、あっという間にすべての料理が完成した。とはいえ、すべて完成間近だっただけであるのだが。
その内容は、野草が入ったサラダに焼肉二種類、野菜炒めとスープといった内容だ。
それらを皆で運べば、一回で配膳が済んだ。キャシーが来ている事を知らなかった村長は、軽く挨拶をし、席を進めた。
「この肉はキャシーの所のか。大方、ミィルが作ると聞いて、来たのだろう?」
「えぇ。そうですわ。私たちが飼育した物が、どう調理されるか気になった物ですから」
食卓には、大目に椅子が配されており、キャシーが座っても、まだ座る場所がある。これは、村長宅が宿泊施設代わりになる事からだろう。
「肉は味が付いていますが、お好みでこのソースを付けてください。サラダはこちらのドレッシングをどうぞ」
「では、頂くとしよう」
ミィルが説明し、村長がそう言うと、食事が開始された。大皿に盛り付けられたそれらを好みで取り、口にする面々。
「…ん! あの変な匂いの物が入ってて、この香りと味なんて!」
「この葉っぱは、なんだね? 味、というか香りが独特なんだが」
「このスープ、すごい美味しい! 肉もとろっとろだ」
「調味料を混ぜるとこんな味になるのね…」
「家の肉がこんな風になるなんてびっくりだわ」
「肉が全然硬くねぇ! なんだこれ、すげーうまい」
「こんなの初めて食べた」
それぞれ口にした食べ物に対し、一斉に感想を口にした。
ミィルとデュークは笑って、感想は心に留め、質問にはそれぞれ説明をしながら、ゆっくりと時間を掛けて食事をする事になった。