野草探索!
デュークが、二時間程で起きた。うっすらと馬車の中に差し込む光で、夜が明けたのだと分かるが、まだ朝焼けが残っている事から、早朝である。
上体を起こしたデュークは、そっとベッドから抜け出すと、傍らのミィルのベッドへ行く。ミィルはすやすやと、静かな寝息を立てて眠っている。そんなミィルの前髪をそっと掻き分け…口づけた。
「―――眠りを」
そっと囁かれた魔法は、幼子にする子守唄のような物で、あまり強力な物ではない。だが、ゆっくりと眠りが取れ、熟睡出来る事から疲れもしっかりと取れる物だ。するりと、ミィルの柔らかな髪に口づけ、デュークはそっと馬車を出て行く。
昨日と同様に、井戸へ行けば、やはりナシュが顔を洗っていた。
「おはようございます」
「おはよう。昨日は随分遅くまで話していたようだね」
「えぇ。久しぶりに会ったもので」
デュークは、ガッシュとコールーが古い知人で、久しぶりに会った事から、馬車で話をする事は言ってあり、戻らなくても戸締りをして先に休むように、あらかじめ言っていたのだが、村長が帰って来たことから、村長一家も遅くまで起きていたのだと、ナシュは言う。
「ちゃんと眠れたかい? 夜更かししたんじゃないのかい?」
「えぇ。大丈夫ですよ。ナシュさんこそ、昨日と変わらない時間ですが…」
「毎日の事だからね、この時間に起きてしまうんだよ」
昨日と同じようにデュークが水を運び、料理が作られ、朝食の準備が整えられたのだった。
一通りの料理が出来上がり、食卓にちらほらと人が集まりだした頃、デュークは馬車へと向かった。ミィルを起こす為だ。あのワードは、自然な眠りの為、本来であれば起きてもいい頃なのだが、やはり昨夜の夜更かしが原因だろう。
「ミィル姉。そろそろ起きて」
「ん、う…」
馬車へ入り、ベッドへと行けば、ミィルはまだ眠っていた。デュークはそっと肩を揺すり、声を掛ければ、まだ眠いのだろう、もごもごと言いながら、布団を被ってしまう。
「起きて、ミィル姉。もう朝ごはんだよ」
「んー…えっ」
ミィルは、がばりと跳ね起きると、きょろきょろと周りを見渡した。
「朝ごはんって言った!?」
「うん」
「…デューク、”ゆりかご”使ったわね…」
「唯でさえ、体調が落ちる時期でしょう? ひどい目見るのは、ミィル姉じゃないか」
「それは、そうだけど…って、早くいかなきゃ!」
ミィルはばたばたと慌てた様に、着替えを用意し始めた。それを見て、デュークは馬車を出て、村長宅へと入る。
そうして、なんとかミィルも遅くならずに食卓へと着き、全員そろっての朝食となった。昨日とは違い、村長がいるのだが。
「昨夜あれから、いろいろと聞いたよ。レストランを開きたいのだそうだな」
「あ、はい。他の地域の味付けや調理方法で作った料理を、村の皆様に食べていただきたいのです。お代はタダでとは言えませんが、材料代位で考えています」
「なるほどな。この村は閉鎖的という訳でもないが、なかなか外に触れる機会がないからな。ただ、それでこの村から人がいなくなるのも困るのだが」
「その点に関しても色々考えているのですが、食事が終わってからにしましょうか。難しい話はゆっくりとしませんとね」
ミィルはそう言って、話を一時中断させた。村長も、その点は同意だったらしく、それからは和やかに食事が摂られた。とは言っても、ミィルはやはり食材や調理方法が気になるのか、並べられた料理を食べながらも質問をしていた。
食事を終え、片づけも終えれば、お茶を入れて、今後の相談だ。食事の時に中断してしまった話もしなければならないだろう。
応接間に全員集まった。お茶が全員に振舞われると、村長が一口啜り、居住いを正した。
「では、聞こうか」
「はい。私達は、世界中の料理のレシピを研究、収集を目的としています。また、新しい野草や、果実を見つけ、魔物の肉の利用方法した新たなレシピを作ります。その上でその料理を地域の人に食べてもらい、お口に合うか、いろいろ意見を聞いて、おいしい料理を作る事を目的としています」
ミィルは一気に説明をし、村長の顔を窺えば、考え込むようなそぶりはあるが、嫌悪感といった表情でない事から悪くない反応だと見たようだ。にっこりと笑うと、話を続ける。
「他の地域のレシピで、この村で採れない野草、肉などがあっても、村にある物を利用して、近い料理へと変える事もします。家庭の味のバリエーションが少し広がるお手伝いをします」
「ふむ、なるほどな。だが、何故そのような事を?」
「魔物の肉や、未発見の野草を有効活用する事、延いては食糧難の解消が目的です」
村長の質問に、今度はデュークが口を開いた。真剣な表情で、じっと見つめて言うだけだというのに、その真剣さに押されてか、村長は驚いたように体を強張らせた。若いデュークに気圧されるなど、恥だと思ったのか、村長は咳払いを一つつく。
「確かに、昨日初めてケッチャーを食べたが、他にも食べられる魔物がいるというのかね」
「はい。毒を持つものも居ますが、それでもその毒を含む箇所意外でしたら、後は味や食感だけの問題になります」
「ふむぅ…なるほど」
「この村は食料に困る事もないでしょうが、魔物は何処にでも居ますから、食料に困る地域では上手く利用できます」
遠い為に二人がまだ行けていないが、家畜を育てるのに不向きな土地がある。そこでは肉はもっぱら干し肉を外部から購入している。そのような土地でも魔物は居るわけで、二人はその土地に向かって進路を取っている様ではある。
村長はそれぞれの話を聞くと、腕を組んで目を閉じてしまう。様々なパターンや、状況を考えているのだろう。村を守る事を考えれば、現状のままでも不自由はしていないのだから、拒否してしまってもなんら問題はないのだ。
「…都会の味を食べてみたい、等と、この村を出て行く様な者が出なければいいのだが」
「それらのレシピも教えておきますから、問題ないとは思いますが・・・そうですね、この村でしか味わえない、癖になる料理が出来れば、食べたくなって帰って来ると思いますよ」
「ふむ、それも一理あるな。だが、現時点ではその様な料理は出来ていないのだろう? 本当に出来たのならば、許可しよう」
『ありがとうございます』
村長は、条件を付けたものの、許可を下した。ミィルとデュークにとっては、大変な課題が出された物だが、元々そのような活動も行っていたのだ。主に村興しの一環として。確かに、その村ならではの味を作るのは、簡単ではない。だが、だからこそやりがいもあるのだろう。
「では、今日明日、少々村の周りを見させていただきますね」
「あぁ。それは構わん。コウが案内すると言っていたしな。だが、レストランを開くとして、場所はどうするつもりかね」
「広場のような場所があれば、助かります。馬車の中に機材は備わっていますし、テーブル等も用意してありますから」
そう言うと、村長は少し思案すると、ナシュに声を掛けた。
「集会所は使っても問題ないか?」
「えぇ。いつもきれいにしていますよ」
「ふむ。では、集会所を使うといい」
「いえ、ありがたいですが、それには及びません」
「しかし…」
やはり、外で食事するとなると、心配なのは虫や塵だ。だから村長は集会所を貸そうとしたのだろう。だが、そこは…流石都会っ子とでもいうべきか。
「街のオープンカフェ、行った事や見た事はありますか?」
「あ、あぁ。領主の住む街でな」
「実は、ああいうオープンカフェは、魔法石で簡単な結界が施されているんです」
「そうなのか?」
「はい。ですので、それと同じ事をしますし、雰囲気だけでも楽しめればと思っていまして」
ミィルがそれらを説明すれば、村長は納得したようだ。
だが、ミィルの言う結界石は、実際にあるし、カフェで使用されているのだが…ミィル自身が扱う、場の清浄さを保つワードが使える事から、本来は必要なかったりする。ただ安心させる為だけに言ったのだ。
話を終え、まずは課題クリアの為にこの村の食材探しという事になり、出かける準備を始めたのだが…
「どうしてガッシュさんが…」
「お守りは必要だろ」
「…あぁ、まぁそうですね」
何故かガッシュが来ていた。
ガッシュの言い分に、デュークは思い当たる節があるのだろう、視線を彷徨わせて答える。
野草を摘みながら移動するミィルを守るよう、気配を読むデュークが先回りをして、向かって来るものや近くにいる魔物を倒すのだ。その為、ミィルが行く方向に任せてしまうと、いくら安全な場所で行動すると決めていたとしても、いつの間にか魔物の死体が山となっている、なんて事が常だ。
と、いっても、デュークも同様に、勝手に移動して狩っている事があるので、似た物同士と言える。
コウは、この状況に不満のようである。いくらガッシュが既婚者だといっても、邪魔になるからだ。それに、表だって口説くのに、村の人間がいるのは気恥ずかしいのだろう。
―――まぁ、口説いたとしても、ミィルにとってはどうという物ではないし、力づくでどうこうしようとしても、結界に阻まれるのがオチなのだが。そもそも、デュークがそれを許すはずもない。
ともあれ、ミィルは村の入り口から探索を開始する。今日は探索の為の魔道具を装着しているミィルである。その魔道具はメガネの様になっており、見るだけで毒があるか分かるという優れものだ。道中の街で試作品として入手したのだが、そこそこ使えている様だ。
探索と言っても、ミィルのやり方は一見して大雑把だ。身近な場所にある野草を根ごと引き抜いては、糸で束ねて背中の籠に入れていく。木の実や果実も同様にだ。
「それはメメ草。食べられないよ」
「毒ではないわ」
コウは、ミィルが摘んだ野草が、村では辛くて食べない物であった為、そう教えるが、ミィルからはそんな返答が返って来た。確かに毒はないのだが、あんなまずい物をどうするつもりだろうと、コウは悩んでしまったようだ。
一応コウが知っている野草も摘んで、籠へと入れて行く。コウが説明してくれた野草の中にも、ミィルが名前だけは知っている物もあり、現物を見た事で、勉強になっているようだ。
「んー…デューク、あれ」
「はいはい」
ミィルが指さした物は、大きな木だ。親指の爪程の大きさの木の実が、木の枝先に成っている。デュークはその木の実が付いている房と木の枝との接点を真空の刃で切り裂き、その実を取る。落とさずにきちんと掌で受け止めると、その実をミィルへ渡す。
「駄目そう?」
「んーん。ただ、ちょっと殻が硬いからどうすればいいのかしら。コウさん、分かります?」
「この実は、始めて見た。食べられるものなの?」
「そうね、味は分からないけれど食べられるわ。でも、殻を取らないとね」
そんな会話をしている後ろで、ガッシュとデュークは何やら実を見て話し合っている。
「これだけ固いなら、割れるんじゃねぇか」
「可能性はありますね。ちょっとやってみましょうか」
失敗しても、この場であれば、実はまだ生っているのだ。デュークは幅広の剣を地面へと置くと、剣の腹に実を置いた、そして、両刃の剣の柄で、身を叩く。
ガンッと、盛大な音がし、ミィルとコウが驚いて振り向いたが…問題の木の実は木端微塵となっていた。
「お前の力じゃ強すぎるんじゃねぇか」
「これでも加減したんですけどね。ガッシュさんもやります?」
「おーそうだな。…木槌とかの方がいいんじゃねぇのか、これ」
「ちょっと、何してるのよ」
思わずといった風に、ミィルが声を掛けた。男二人で、しゃがみこんで、ガンガンと剣の柄で木の実を叩く姿はなんともシュールである。
「手持ちの物でうまく開けられれば、道中で見つけた時でも食べられるし」
「そうだけど…デュークの場合、切った方が早いんじゃないの?」
「…常日頃俺基準でやるなって言うくせに」
「そういえばそうね。ガッシュさん、どうにかなりそうですか?」
「この方法だと駄目そうだな。俺も力の加減はしてるが、弱ければ割れねぇし、強ければ潰れる」
「叩くんじゃなくて、当てて押しつぶせばいいんじゃないかな」
「ふむ」
ずっと黙っていたコウが、そう意見を出せば、ガッシュは柄を押し当てて、少しずつ押し付けていく。すると、ある程度押した所で、ぱきりと音がして、殻にひびが入った。
「おお。ひびが入ったな…で、どうすんだこれ」
ひびが入った物の、それだけだ。実が取り出せる状態ではなく、まだ殻に守られてる。だが、デュークがナイフを取り出し、そのひびの隙間にナイフの背を入れて、手首を捻るように回転させれば、殻が開いた。
硬い殻に守られた実は、乳白色の様な、クリーム色の様な色をしていた。殻は二ミリ位の厚みがある為、中身は一回り程小さい。
「…生でも?」
「美味しいかわからないけど、問題ないわ」
デュークの掌に乗る実を、一同しげしげと眺めていたが、デュークはそうミィルに尋ねると、ひょいっと、口に放り投げた。
「どう?」
「…硬いし、エグミがある」
プッと、吹き出し、ミィルの問いに答えたデュークだ。未だにしかめっ面になっているが、携帯していた水で口をゆすぐと、落ち着いたようである。
「うーん、加熱してみて、変わればいいけど。いくつか持って帰りましょう」
ミィルがそう言うと、デュークは先程と同様に行い、両手に山になる位を集めれば、籠に入れて進みだす。
「村から近いのに、今までこんな木があるなんて気がつかなかったなぁ。ガッシュさんは?」
「見た事はあるが、食べられるなんて思わなかったな。なんせ、硬いから、中に食える部分があるなんて分からなかったし」
この村出身者二人で、この木の実について話しているが、どちらも知らなかったらしく、しげしげとその木を眺めている。
「美味いモンに変わるといいなぁ」
「…うん」
この村の主食は、村で採れるココの種がほとんどで、あとは商人が持って来る麦を挽き、パンや菓子にしている。果物の木もあるようだが、今は季節ではないのか、実は成っていなかった。野菜や畜産が主な様ではあるが、それでも十分な食料が賄えている為、他に代用できる物を探す必要が無かったのだろう。
だが、やはり種類が豊富な訳ではない為、飽きやすいのが難点か。しかし、その難点すら慣れてしまっている、モルクス村の住人達なのだ。