情報交換は大切です
料理もなくなり、大体落ち着いた頃、この宴はお開きとなる。ミィル、デュークはもちろん、ガッシュやコールーも手伝い、片づけをすると、馬車で村長宅へ四人とも向かった。そのまま近況を話し合うようである。
「じゃあ、結界張るわよ」
ミィルはそう言って、ワードを放つ。今回は、馬車の周りだけに作用するように、魔法石を配している。結界が正常に起動したのを確認すると、四人は馬車の中へ入る。
馬車に入ると、ナイトテーブルだろうか。そこに果実が入った密閉容器とグラスが用意されていて、密閉容器に入っている液体は―――果実酒だ。黄色い色をした、男の拳骨大位の大きさがある果実が見える。その果実酒をレードルですくい、グラスへと注いで行く。
「まずは、再開を祝して」
ミィルの音頭に合わせて、皆、小さなグラスに一口だけ注がれた酒を目線の高さまで上げ、一気に飲み干した。薄められていない果実酒はかなり強い物だが、けろりとしているのは、酒に強いからなのだろうか。
「やっぱうめぇな。もう一杯だけいいか?」
「はい。ガッシュさんは特にお酒に強いですしね」
そう言ってミィルはくすくすと笑い、ガッシュのグラスに注げば、ガッシュは味わうようにその酒を口にする。
「まずは…果実についてだな。ピーカンはな、まぁ迷信のような物だ。滅多に手に入るような物じゃない事もあって、誕生日に子供に食べさせる。おねしょ予防にな」
「…おねしょ…」
ガッシュの説明に、思わず呆然と呟いたのは、デュークだ。ミィルも、あらあらと呟いている。ガッシュは二人の反応を、楽しそうに眺めると、にやりと笑う。
「大人も食うぜ? 主に夜のお供ってやつだ」
「えぇと…」
「ガッシュさん、それ本当なんですか?」
「ははっ! 効果の方はねぇよ。まじないみたいなもんでな。本当は子を授かりたい夫婦が、願い事をしてって事だったらしいが、発祥の地から離れてるからな。こっちに来る間にどうやらおかしな方向に変わっちまったって訳だ」
ガッシュはそう言うと、げらげらと笑いながら、発祥の地へ行った時の事を話した。教会の前で売られていたその果実を、夫婦が真剣な表情で購入し、教会へ入っていくのを見て、売っていた初老の男に聞いて、失敗したのだとか。
「ま、情報が間違って伝搬するなんて、結構あるからな。しょうがねぇんだけど」
「意図した変化も、ありますしね」
商人が、売れる為に理由を付けるなんてこともある位だ。だが、その情報を、この村では信じているという事だろうか。
「でも、なんで名前を憶えてないんでしょう?ナシュさんが思い出したくらいで、他の人は全然分からなかったみたいで」
「あーそれは名前がないからな」
「え?」
「ないわけじゃないんだが…ごまかす為にな。あと、子供は基本名前は知らないと思うぜ。だってほら、おねしょ予防の年頃ならいいが、下手に覚えられて、購入されたら困るだろ、親的に。だから、結婚してあまり夜の生活が問題ありそうだと、両親が教えたりするみたいだけど…まだ、ダンの所は結婚したばっかりだしなぁ」
ガッシュの話に、なるほどなと二人は頷き、相槌を打った。とはいえ、実際の効果も、まじないの効果も、どちらも迷信級であり、心配せずに食べていいと、ガッシュは笑いながら言う。
「ま、この村…つーか、そうだな、ガレー地方は大体そうだから、このままで出さない方がいいだろうな」
「わかりました。ありがとうございます。ジュースとか、ケーキに入れたりすればいいかしらね」
「だな。しっかし、こいつがここら辺で生ってるなら、育ててみるのもいいかもな」
「そういえば、名前は?」
ガッシュがピンク色の果実を手で皮が弄びながら言った言葉に、デュークがそう聞くと、ガッシュは笑う。
「そういや、名前は言ってなかったか。クロースってんだ。ずっと南の、常夏の地域で群生してるのは見たんだけどなぁ。もしかして多少寒いくらいなら育つのか?」
「どうでしょうね。現地の方に聞いてないんですか?」
「その時は、普通に生ってたからなぁ。そんな傷つきやすくて出回らない物だなんて思いもつかなくてな」
ガッシュが言った事に、確かにと一同は納得する。
「痛みやすいから一般にはでねぇけど、まぁ、貴族なんかは保冷庫付きの商隊位抱えてるだろうしな」
「それもそうねぇ」
「場所聞いてもいいか? 確か挿し木で簡単に増えるって聞いたから、村で育ててみるのもいいかもな」
ガッシュの問いに、デュークは木が生えていた場所の説明をし始めるが、聞く内にガッシュはだんだんと顔色が悪くなる。
「それって、魔王がいる場所じゃねぇか!」
「え? 魔王?」
そのとんでもない事実に、ミィルとデュークはぽかんと呆けてしまう。
魔王、と言っても、大変凶暴な魔物の事を、畏怖を込めて呼んでいるのである。群れで生活している魔王もいれば、単独または番のみで生活している魔王もいる。
「えーと、ちなみにその魔王って、どんなやつか分かりますか?」
「ネコを大きくしたような奴って話だ。大きさは…確か尻尾を入れずに十メートルって書かれてたな。まさか殺ってねぇよな…?」
「そんな大きさのは居ませんでしたね。ちなみに色は?」
「黒だ。図体でかい割に、すばしっこくて、攻撃は避けられるは、飛び掛かられて潰されるはで、かなり凶暴なやつだな」
その説明に、ネコ科は狩っていたけれど、大きさはせいぜい二メートル位だし、色も茶色で所々白いブチが入っていた魔物だったので、安心したようだ。
「知能はどれくらいか分かりますか?」
「こっちが何もしなきゃ手出しして来ないみたいだから、そこそこあるんじゃねぇのか。だからもし出会っても、逃げればいいって教えられてる」
「なるほど。話が分かるような魔王だったらうれしいんだけどな」
ミィルは何処かずれた事を言い出す。これは、本と、育った環境のせいだろう。本には、龍種の中には人間と意思疎通が可能なモノがいる事が書かれ、知能がある魔物であれば、その可能性はあるとも書かれていた。
そして、ミィルはネコが大好きだった。ネズミを取る為に、何匹か施設にもいたが、飼うという雰囲気ではなかったのだ。この旅を始める時にも、一匹位と考えたようだが、やはり移動中にどこかへ行かれてしまうと困ると言った理由から、諦めたのだ。
「意思疎通出来たとしても、魔王はなぁ…」
「強力なボディーガードにはなりますよねっ」
ガッシュは呆れた様に呟いたが、ミィルは斜め上の思考をしていた。ガッシュは苦笑をこぼすと、同意を示して、魔王の話を切り上げた。
「まぁ、木の枝を取ってくる位ならなんとかなるだろうし、村も逼迫してるわけじゃねぇから、そのうちでいいか」
「もし、道中で見かけたら採っておくわね。覚えてたらだけど」
「ああ。覚えてたら頼むわ。ナイフで枝の先切って、鉢に刺しとけばいいらしいからな」
そのやり取りをした後で、くすくすと笑いが零れる。実際問題として、様々な所に行くミィル達が枝を手に入れたからと言って、モルクス村へとすぐに来てくれるかという問題もある。
それに、ガッシュの腕であれば、その木があった場所に行くのも苦ではない。問題があるとすれば、魔王であるが・・・その魔王も手出ししなければ安全という事だし。
その後は、ミィルとデュークがどの様な街や村に行ったのか、反応はどうなのか等を話し、夕方頃から開始したにも関わらず、明け方まで語り合っていたようである。
「こんな時間まで悪い」
「ほんとごめんね。積もる話が多すぎた」
「いえ、有意義な時間でした」
「お店を開けたら、是非いらしてください」
ガッシュ、コールーは申し訳ないと頭を下げ、ミィルとデュークはにこやかである。旅の情報交換はもちろんの事、ここら辺で採れる野草の情報も入手したため、楽しいだけでなく、有意義だったようだ。
旅で慣れているとはいえ、幾分眠そうに、ガッシュとコールーは帰って行った。それを見送って、ミィルとデュークは馬車に結界を張り直した。
「まだ日は出てないし、少し位休みましょう」
「そうだね」
どうやら二人は馬車で休む事にしたようだ。村長宅に部屋を用意してもらってはいるが、こんな時間に入るのは、悪いと思ったのだろう。幸い、馬車にはベッドがあるので、問題はないのだ。
そうして二人はベッドへと入り、束の間の休息を取った。
意外と書き溜められていた事にびっくりした次第。