道中はこんなかんじで活動してます
害獣や魔物という、凶暴な生物と、剣と魔法を使い、魔物を狩る者。街を守る為に騎士も狩る事があるものの、それらは専ら冒険者と呼ばれる人達が行う、そんな世界で。
冒険者とは、専ら被害があるからと魔物を狩り、またそれから取れる素材を売って生計を立てる。素材が欲しいからと依頼されて、狩る事もある。
けれど、この姉弟は少し変わっていた。
姉は、それまで食料とみなされなかった魔物の肉を使った創作料理で万人の舌を満足させ、食糧事情を救った。そのレシピは、千種とも、万種とも言われる。また、弟は、どんな凶悪な害獣も、魔物も、退治して周り、救世主と崇められた。そればかりか、それらの技術を教える事にも尽力を尽くした。
そんな姉弟の足跡をたどってみたいと思う。
街道を一台の大きな馬車が走る。これが、姉弟の活動を支える馬車だ。弟のデュークが御者をしており、軽快に馬車を操作している。髪は少し癖のある白銀色で、ツーブロックショートのような髪型だ。瞳は湖面を思わせる蒼色をしている。
軽快に走っていた馬車の速度が緩められ、街道を少しそれた場所に留まった。すると、御者のすぐ後ろの馬車の中から、姉のミィルが顔を出す。髪は緩やかなウェーブのハニーブロンドで、瞳は金色だ。
どちらもまだ若く、青少年といった年頃だろうか。
「デューク、ここらへんなの?」
「ミィル姉…うん、たぶんね。気配がするから少し探ってみようと思って」
「そう、じゃあ準備するわね。そっちはよろしく」
「もちろん」
二人の名は、姉がミィル、弟がデューク。
ここへは、次の目的地へ向かうついでに、街で仕入れた情報を元に狩りをする為にやって来たのだ。デュークは馬を馬車ハーネスから外すと、そのまま放した。とはいえ、すぐ地面に生えている草を食む馬は、今のところあまり遠くへと離れていかない。
馬車の後部から出てきたミィルは、背中に大きめのカゴを背負っており、何やら長い棒や板が出ている。そしてその手には少し大きめの巾着がある。その中から掌で掴める大きさの透き通った青い石を一つ取り出すと、地面へと置いていく。
ミィルは馬車をぐるりと取り囲むように六つの石を置くと、馬車の傍に来ていたデュークへと声をかけた。
「こっちは準備終わったわよ」
「うん、武器を取ってくるからちょっとまってて」
言いながらも馬車の中へと入っていき、そしてすぐに出てきた。
背中に小ぶりではあるものの、弓と矢を持ち、腰には剣を、背中に幅広い剣を佩いている。
「じゃあ、結界を起動するわね。重なりし点を結ぶ六の障壁よ、来たれ」
二人とも馬車から離れると、ワードをミィルが口にする。僅かなノイズ音がし、その後には馬車と馬をぐるりと囲むように、すこし青みがかった透明な膜が出現した。これは、外からも中からも何も通さないという結界だ。
「よし、これで準備完了っと。デューク、行きましょう」
「ああ。こっちだよ。ちょっと足元、草が生い茂ってるから気を付けて」
そんな風に声を掛け合いながら、その森の中へと入っていく。
―――地元の人には、魔物の巣窟と呼ばれ、誰も足を踏み入れた事のない、深淵の森へと。
「うふふふふ……大量大量♪」
「ミィル姉…まだ森を抜けてないんだから、気を抜かないでよ?」
二人の背後にある大きな荷車に、ネコ科と思われる獣や爬虫類、鳥類など、雑多な獣の死骸が山となって積まれている。
積まれた獣は首を深く切られ、流れた血が通った場所に血だまりとなって残っていたりする。血抜きも完璧にこなしつつの行軍だ。血の匂いに釣られてやってくる害獣も、しっかりと狩り取り、またその荷車へと増えていく。
「もう、大丈夫かな。気配も遠いし匂いを追って来るような感じもしないし」
「もうちょっと野草も採集してもいいかしら?」
「構わないけど…もうその籠いっぱいだよ? 少しは入るだろうけど」
「そうねぇ。いろんな果物が採れたからね。おかげで少しデザートのバリエーションが増えるわ」
そう、ミィルの背に背負われた籠にはたくさんの果実と、束ねられた草が入っている。森の中で主にデュークが獣を引き付け、狩りをしている最中に、採集していたのだ。流石に群れを成して襲ってくる獣の場合は、魔法でサポートしてはいたが。
「それ、持つよ」
「んーまだいいわ。いくらデュークが気配読むの得意でも、何があるかわからないし」
「でも」
「それに、荷車引いてもらってるのに、籠まで持ってもらっちゃあね。だからいいのよ」
そういわれて、幾分がっかりしたような、そんな表情をしたデュークだったが、わかった。と返事をする。ただし、
「辛くなったら言ってね」
と、しっかりと釘を刺すのも忘れない。
戻ると、馬も馬車も結界に守られ、出発の前と変わらずにそこに在る。二人はほっとし、ミィルはその結界を張った時と同様に、簡単なワードを言って解除する。
「よし、じゃあ頼むわね」
「了解」
二人は馬車の中へ入ると、デュークは馬車の中から長い棒や、器具をいくつか持って出てくる。そして木の棒を少し離れた場所に置くと、まずは一本地面へと突き立てる。
そうして出来上がったのは、簡易の吊り下げ棒だ。
そこへ、狩ってきた獲物を吊り下げていく。人の倍もあるだろう獣もあるのに、重量を感じさせずにどんどんと吊り下げられ、あっという間に作業は終わった。
それで作業は終わりかと思いきや、少し離れた場所へと移動する。周りを見渡し、石を集めると、丸く円を描くように配置された。その円の中に、木のくずや枝を入れれば―――――簡易コンロの出来上がりだ。
だが、それを二つ作り、一方は木のくずのみ、一方は木の枝などを入れている。これは、片方は燻製にするためのものだからだ。
「お、もう完成した?」
「うん。もう少しゆっくり着替えてくればいいのに。ほら、エプロン曲がってる」
「いいじゃないの。早く捌きたくてうずうずしちゃうんだもん」
「もんって…はぁ………水汲んでくるよ」
がっくりと消沈したデュークは、繋いだ馬の元へ、鞍と水を入れておく鞣革袋を持って行き、あっという間に馬に乗って行ってしまった。
残されたミィルは、鼻歌を歌いながら、腕まくりをしている。馬車の中で着替えてきたのだろう、先ほどとは違い、白くてしっかりとした布地の服を着ている。
「さて、と。半径五メートルに清浄なる領域発動。」
ミィルがそう言うと、その身からヒヤリとした冷気があふれる。
そう、魔法だ。この世界では、自身の身の内にある気を利用して、”お願い”することで、イメージした事が現実となるのだ。イメージ力が強い者ほど、無詠唱で発動できるのだが、魔法を唱えたほうがイメージもしやすいし安定する。ただし、できることにも制約があり、なんでもできるという訳ではない。
そして、馬車を守っていた結界は、魔法石といって、あらかじめ決められた魔法を閉じ込めてあり、簡単なワードをいう事で発動する魔法道具だ。一度使うと効果が消滅してしまう簡易なものと、繰り返し使える物とがある。
そして今ミィルが唱えた魔法は、半径五メートルの領域を清浄に保つという魔法。範囲を指定しないと全世界を覆う事になり、気が枯渇してしまう為だ。枯渇した時点で発動が取り消されるので問題はないが。
それはともかくとして。
ミィルは馬車からいろいろと器具を持ち出し、先ほどデュークが作ったコンロの上に、金網やら、吊り下げるための器具を設置し、フックを掛けたりと大忙しだ。
「ミィル姉、ただいま。水ここに置いておくよ」
「ありがとう。準備終わったらいつものお願いね」
「うん。すぐ着替えてくるよ」
戻ってきたデュークは、水を入れた鞣革袋をミィルの張った清浄な領域に少し入った場所に置くと、そんな会話をして馬車へと向かった。
デュークは、髪といい軽装ではあるが鎧といい、濡れていた。それは、狩り中に浴びた血などでいつも汚れる為、水を汲みに行くときについでに水浴びをしているから。
馬車の中に、飲料水などの水があるとはいっても、そこまでの汚れを落とすほど余裕がある訳ではないので、いつもこうしているのだ。ミィルはしなくていいのか? という疑問はあるだろうが…単純にミィルは狩りには参加せずに、自身を隠すステルス魔法をかけて、野草や果物、木の実採集をしているから、土などの汚れはあるだろうが、軽く拭いて着替えれば問題ないのである。
もちろん、手はきれいに洗っているが。
ミィルと同様の白い服へと着替えたデュークは、馬車の中から二人掛け用の机を二つ出してきた。高さがそれぞれ違っているが、それらをミィルのいる中央へと持って行くと、低い方にボウルと水の入った鞣革袋を置く。これで簡易のキッチンカウンターだ。
机もきれいに拭かれ、大理石でできたまな板を置くと、ナイフとトレイ等も用意される。
そして、ミィルが大体捌いた生肉が置かれた。
「これ、ガガコンっていう真っ青な鳥の魔物ね。鳥なのに木の枝から木の枝に飛び移ってるからか、すんごい弾力のあるモモ肉よ~ムネ肉も発達してるけど、ガガコンに関してはモモの方がおいしそう」
「うげ。あいつかぁ。全然木の上から降りてこないから、弓で仕留めるの大変だったんだよな。初見だったから魔法もコントロールできなかったし」
「そうねぇ。魔物だけど、害獣ではないわね。肉食じゃないみたいだし。ここは主食の木の実が充実してるから、村とかの農園にまでこないだろうし」
「わざわざ肉食の害獣がいる森の奥まで狩りに来るかな? ギルドに依頼して冒険者に狩ってもらうっていう手もあるけど」
「うーん、そこまでしても食べたい味かどうか、期待ね」
そんな会話をしながらも、野草を洗ったり、肉を食べやすい大きさに切ったりしている。馬車に積まれていた根菜類も取り出し、スパイスが用意される。
「うーん、結構癖のある味、というか香りというか…」
「好みが分かれるかもね。臭みじゃないんだけど…」
ためしに塩だけで焼いて味見してみたが、わずかに癖のある味がしたようで、二人して首をひねっている。
「硬さは、悪くないわね。弾力があるけど、噛み切れない訳ではないし、筋っぽくもない」
「味を濃くするか、何かに漬け込む感じにしたらどうだろう?」
「これはこれで、この味は悪くないと思うのよね。っていうか、何かのスパイスのような、野草の…ククルス、いやバーミンティー?」
「そう、かなぁ? 俺にはいまいちピンとこないけど。似たような物があるなら、それと合わせてみるか。ククルス、はあるから、バーミンティーを取ってくるよ」
そんな風に意見をだしながら、試作品を作っていく。少しだけ作れる物は少しだけ作り、煮物のように、一遍に作った方が美味しくできるものはそのように作っていく。もちろん、癖のない肉の場合には、そのまま燻製にしたり、腸詰めにしてから燻製または煮たりしていく。
「そろそろご飯にしましょうか。大体試作品は出来上がったし」
「やった! つまみ食いしたら余計腹へっちゃったんだよね」
「まったくもう、まだ成長期なのかしら」
「あ、ひどい。あれだけ重労働すればお腹すくでしょー」
「そういえばそうね。パンを取ってくるわ。スープがあるから固めの物にしましょうね」
ミィルは苦笑をこぼして馬車へと行き、パンを取ってくる。その間にデュークは作業机の上を清め、作られた試作品を盛り付けて作業台へ。フォークやナイフは調理する時に使う物を洗い清めてテーブルへ。
パンは好みで焼き色を付けたければ、各自コンロの金網に乗せるのだ。
これが、二人のいつもの食事風景だ。
夕闇になるころには、狩りをした獲物をすべて捌き終え、保存食や燻製にしたもの以外の生物は、魔法道具の保存庫に保存をする。保存庫はその中の時を止める為、悪くなる心配がない優れものだ。
「野草は明日調べるとして…ここから次の村はどれくらいかかるの?」
「酒場のマスターの話だと…そうだね、三日位かな。街道は川沿いにあるし、今日これだけの食材を集めたなら十分だね。野菜が心配だけど…今の季節なら野草もたくさん採れるみたいだし」
「じゃあ戻らなくても大丈夫ね。明日果物とか、野草を調べたら、ジュースとかお酒にするわね。ドライフルーツも」
「はいはい。じゃあ安全運転で行きますよ」
この時代の馬車は、路面の舗装もされておらず、車輪もショック吸収に秀でていないため、内部はかなり揺れる。安全運転をしたからといって、それがなくなるわけではない。
―――普通は。
そう、普通は、だ。ミィルが調理や日常的に使う魔法が得意なように、デュークは戦闘や、行軍に有利な魔法が得意だ。
車輪を支え、車体を支える軸の周りに空気の層を入れ、振動が車体に来ないよう、宙に浮かせるような魔法を使う。この魔法は、いかんせんイメージがしにくい事から、あまり使える者がいない。
それが使えると分かると、乗合馬車組合にスカウトされ、働くことになるからと、デュークは使う場所を選ぶ。この街道を行く人は少ないらしく、肉を処理している間も、誰も通らなかった事から、使うことにしたようだ。
いざとなれば、ミィルのステルスとミュートでなんとでもなるのだが、魔法を使えば気を消費することから、あまり多用はしない。
気は、人により許容量がある。すべて使い果たすと気絶してしまうが、三十分ほど休めば回復する。ただし、許容量の大きさにより回復の速度に違いがでるが、全回復せずとも起きて活動することは可能だ。
その気がどのような仕組みで回復するのか謎に包まれているが、”そういうものだ”として利用されている。
食事を終えると、狩りに出た時と同様に結界を張り、使用した道具などをそのままで、二人とも馬車の中へと入っていく。馬車の中は随分な広さをしており、小さいけれどベッドが二つある。
「ほんといろんな味があるのね~」
「そうだね。ここらへんは俺も倒したことがない魔物ばっかりだったし。まだなんとか倒せてるけど」
「でも、おかげで今日だけで結構な数のレシピができたわ。次の村で出して喜ばれるといいんだけど」
「試食した感じだと大丈夫だと思うけどね。でも、食べたことがない味って、慣れないから美味しいと思わなかったりするから。うまくいくといいけど」
「そうね…うまくいくことを願っておくわ。じゃあおやすみ~」
「おやすみ。ミィル姉」
そう声をかけて、デュークはランプを消す。すると、あたりは一切の光がないために真っ暗になる。聞こえるのは虫の鳴き声や、風でこすり合わさる草の音だけだ。
こうして、二人の一日が終わる。