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ペア  作者: 秋茄子
5/13

−それぞれの章−

「バジルはあたしたちがいなくなったとき、とても心配してくれたんだってね」

訓練が終わった後、いつもどおりバジルにすり寄るベリルについてバジルの近くへ行き、ネオンはそう言った。

「そんなことないさ」

「そう?」

「ああ、テルルは俺のパートナーだし、ネオンもアゲートも仲間だから、確かに心配はしたけどね」

バジルは言って微笑む。

「そう、ありがとう。ベリルも結構心配してくれたって聞いたけど?」

「なっ!?」

端で聞いていたベリルがいきなり言われて顔を真っ赤にする。

「なんのことだよ?オレは心配なんか…」

「あぁ、ベリルはめちゃくちゃ心配して、取り乱してたよ」

バジルが涼しい顔で言う。

「そ、それはバジルだろー!」

ベリルは赤い顔のまま言い返した。

「心配してくれてありがと、ベリル」

ネオンがからかうように言った。

「し、心配なんかしてねーよ、バカ!それより、お前らのせいでオレたちは反省文書かされたんだぞ!」

そこにウイスタリアの声が飛んでくる。

「そこの三人!訓練室閉めるわよ!」

「はぁい!あ、ねぇウィスタもすごく心配してくれたんでしょ?」

元気に駆けて行くネオンの後ろ姿に、バジルは呟くのが、ベリルの耳に届く。

「似てるんだよ…」

「何が?」

ベリルの問いには柔らかい笑みが返っただけだった。


美しい中庭を、ウイスタリアとネオンは話しながら歩いていた。そこへ、強い口調の声がかかる。

「ウイスタリア!」

呼ばれて振り向くウイスタリアと共に、ネオンも振り返る。

そこに立っていたのは、中年ながら精悍な顔立ちと鍛えられた体に上品な出で立ちの紳士。

「…父様」

ウイスタリアが呟いた。

紳士が歩み寄るウイスタリアはそれをじっと立ったまま迎えた。

「どうされたのですか?学校なんかに…」

「保護者会の会合があってな」

紳士は微笑んで答える。

「それはご苦労様です。では私は次の授業がありますのでこれで」

ウイスタリアは淡々と言って紳士の脇を擦り抜ける。

「ウィスタ?次は空時間だよ?」

ネオンが声を上げ、紳士とウイスタリアを見比べる。

「そうなのかい?ウイスタリア」

紳士がウイスタリアを見て問うた。

「ウィスタったら忘れてたのね。次はアイリス先生がいなくて、休講になったじゃない?」

「おやおやウイスタリア、お前は母さんに似てうっかり者だな」

「違うのよ、おじさん。ウイスタリアはリーダーだし、とてもしっかり者よ。何か別の考えごとをしてたんだわ、きっと」

ネオンと父の会話を聞いて頭を抱えたい衝動を堪え、ウイスタリアはネオンの手をとった。

「ネオン、だから次の時間は、自主訓練しましょって言ったでしょ?行くわよ」

「そんなこと言ったぁー?」

首を傾げるネオンを引っ張って、ウイスタリアは訓練室へ向かおうとする。

その後ろ姿に父親が声を掛けた。

「ウイスタリア」

ウイスタリアは立ち止まり、静かに振り向く。

「ところでそちらのお嬢さんはどちらのご令嬢だい?」

ウイスタリアは溜め息を吐く。

「ヘルデライト博士のお嬢さまです」

「ふん?ヘルデライト家の三人のお子様の一人かい?」

父親はネオンを値踏みするように見た。

「そうです。その一番上のお嬢さまです」

「ヘルデライト家は我がフェナス家に並ぶ名家だ。よい友達を持ったね。それじゃ、彼女も騎士科の生徒かね?」

ウイスタリアはうんざりと頷く。

「ええ、他の二人も」

「それはすばらしいね。ヘルデライト家も、現当主のアスター殿が錬金術科なんて方向に進むまでは由緒あるナイトの家系だ」

ウイスタリアは黙って聞いていた。だが、ネオンの手を握る手に力が入るのを、ネオンは感じた。

父親は一方的に話を変える。

「後でアイリス先生に呼ばれている。昼休みにミーティング室へ来なさい」

ウイスタリアは無言で一礼し、ネオンの手を引いて行く。ネオンが気遣わしげに振り向いてウイスタリアな父親を見ると父親は笑顔で手を振った。


学校に入った頃から、廊下を歩く度に、聞こえる声があった。

『ウイスタリアさんよ』

『フェナス家のお嬢さま』

『やはり騎士科へ進むのかな?』

年を経るほどに囁き声は質を変える。

『ウィスタ、騎士科のリーダーに選ばれたらしいわ』

『でも騎士科で一番年上なのはバジル・エレスチャルだし、バジルはウィスタより強いだろ?』

『ヘルデライト博士のとこの孤児はみんなめちゃくちゃ強いらしいわよ』

『仕方ないわ。だってフェナス家は由緒ただしい騎士の家系だもの』

『七光りってやつか』

ウイスタリアはせめてみっともなく見えないように、聞こえないフリをして、背筋を正して歩く。

親はウイスタリアのことなどとうに諦めて、バジルをウイスタリアの許婚にしようとしたが、それはウイスタリアが断った。

バジルに好きな人がいるのは知っていたし、それが誰かも、自分に敵う相手でないことも知っていた。

「アイリス先生…か」

ウイスタリアは呟いた。

「ウィスタ?」

ネオンがウイスタリアの顔を覗き込んできた。

「…話って何かなぁと思って」

ネオンは納得して頷く。

「なんだろねぇ?でもきっといい話よ」

ネオンたちやバジルに追いつくためにみんなに内緒で勉強や訓練をした。

「いい話…ね」

だけどウイスタリアは、騎士になりたいと思ったことはなかった。

「ネオン!」

後ろから聞こえた呼び声に振り向くネオンにつられて、ウイスタリアも振り向いた。

声の主はテルルだった。

彼女は小走りに近付いて来る。

「アスターが読んでるわ。テルルたちに白夜たちと鬼ごっこしてほしいんだって」

「白夜…?」

ウイスタリアが怪訝そうに首を傾げる。

「最近できた友達。あたしたちと暮らしてるの」

ネオンが説明する。

「小さい子なの?」

「白夜はテルルより少し大きい子よ」

ウイスタリアはまた首を傾げた。

「ウィスタも行く?鬼ごっこ」

ネオンがウイスタリアと同じ方向に首を傾げた。

ウイスタリアは首を振る。

「私はいいわ。次の授業までに帰って来てね」

「うん、じゃあね」

「じゃあね、ウィスタ」

二人は手を振ってウイスタリアと別れた。

見送ってから、ウイスタリアは溜め息を吐き、一人訓練室へ向かった。


「あとは黒曜だけよ」

テルルが言う。

「今ネオンが探してる」

アゲートは言いながら、すでに捕まえた朱夏と白夜をアスターの前に出す。

2人の服にはベッタリと水彩絵の具の手形がついている。

ネオン、テルル、アゲートの手に塗ってあったものだ。

手形は捕まった印である。

「ネオンは追いかけたり捕まえたりが苦手だけど、それにしても黒曜は逃げるのがうまいらしいな」

アスターは手元のクリップボードの上に何か書き付けながら言った。

「ネオンは逃げたり隠れたりするのも苦手よ」

テルルがクスクス笑った。

「ヘルデライト博士、俺たちは服を着替えてもいいか?」

朱夏が溜め息混じりでアスターに問う。

「ああ、ぢゃあ二人はシャワーを浴びておいで。アゲートたちも汗かいただろ?一緒に行ってこい」

「かかないよ、汗なんか」

テルルがまた笑って、白夜の背を押し、女子シャワー室へ向かった。

アゲートも朱夏を伴って男子シャワー室へ行く。

「さてと」

アスターは公園のベンチに腰掛けて煙草に火を付けた。


「こくよーう!」

離れた場所からネオンの声が聞こえた。

「博士は冷たい」

「ん?」

ベンチの後ろから聞こえた声に、アスターは煙草を灰皿に押しつけて消す。

「俺たちを実験の対象として見る。この鬼ごっこもそうです」

「研究者だからな」

「なのに俺たちのことを、ときどき人間と混同する。俺たちは煙草の煙に害されたりしないのに、博士は俺たちの前で喫煙しない」

アスターは小さく笑う。

「親だからさ」

「それはとても非人道的なことに思えます」

アスターはまっすぐ前を向いて座ったまま、ベンチの後ろには顔を向けず、興味深げに首を傾げた。

「親と自称し、俺たちを人間のように扱いながら、それでも俺たちを見る目は厭くまで研究者だ」

アスターは笑う。

「確かにそうだね。…ところで黒曜?ずっとここにいたのか?」

「ネオンは単純です。俺がスタート地点から動いてないなどと考えず、遠くを探している」

「なるほどね」

「しかも彼女は負けず嫌いだ。俺が見付かるまでここに戻って来ない。つまり俺を見つけられない。これ以上は無駄だと思います」

アスターはそこで初めて振り向いた。

「黒曜は冷静で心理分析能力も優れてるな。リーダー向きだ」

そして少し考えてから頷く。

「いいだろう。鬼ごっこはここまでだ。ネオンを迎えに行ってくれ」

「はい」

黒曜はベンチの後ろから立上がり、ネオンの声のする方へ向かった。

「ただし、おとなしく隠れていることは苦手みたいだがな」

黒曜がいなくなってからアスターは小さく呟いて笑った。


「ネオン」

黒曜は少し声をはって呼ぶ。

「どこですか?」

角を曲がって、黒曜は立ち止まる。

振り向いた姿勢で黒曜の方を向いたネオンの後ろに、見知った人物がいた。

「…黒曜」

ネオンに驚いたように名を呼ばれて、黒曜ははっとする。

彼女の後ろにいるのは、正確には人ではない。

黒曜たちのきょうだい。

「…ネオン、時間切れです。戻りますよ」

ネオンに近寄り、腕を引っ張って自分の方に寄せ、黒曜はきょうだいを見る。

「久しぶりですね、錦」

錦はニッコリと笑った。

「知り合い?」

ネオンが黒曜を見る。

場の雰囲気を感じたのか、自然に見える彼女の動作に隙はない。

黒曜は考える。錦とネオンならどちらが強いだろうと。錦とネオンなら、自分はどちら側にあるべきだろう、と。

錦がフッと笑った。

「黒曜、悩まなくていい」

黒曜は顔を上げる。錦は微笑んだまま言った。

「御手洗博士は、もうお前たちなどいらない」

黒曜の目が見開かれた。

「俺は様子を見に来ただけだ」

「…」

「お前たちは盗聴器もカメラも、自爆装置すら外されているようだから、囚われているなら壊すのは俺しかいないだろ?きょうだいなんだから」

錦の言葉に目を剥いたのは黒曜ではなくネオンだった。

「なっ…?」

そのネオンの手に、手を添えて彼女を黙らせ、黒曜は錦を見る。

「心配いらない。今日は帰るよ」

「逃がすと思いますか?」

「止めるのか?」

黒曜と錦が睨み合う。

「止めねーよ、帰れ。御手洗博士によろしくな」

緊張する三人の間に間延びした声が割り込む。

「ヘルデライト博士…」

錦が呟く。

「ネオン、なんなの!?」

アスターを導いて来たテルルが彼の白衣の影から恐る恐る顔を出した。

「信号でテルルを呼んだのか?」

黒曜が驚いたようにネオンを見る。

「こんな状況で冷静な判断を欠くようじゃ、軍人にはなれないわ。感情的になったフリをしてただけよ」

ネオンが黒曜にウインクする。

「少し、バカにしてました」

錦はフンと息を吐くとアスターを一睨みしてから立ち去った。

「ヘルデライト博士、錦のことは、朱夏たちには秘密にしてください。特に白夜は錦にひどく怯えるので」

「…黒曜、あいつはなんだ?」

「…御手洗錦。最も優秀なきょうだいで、博士の養子です」

アスターはそうか、と頷いただけで後は何も言わず、黒曜の背中を押した。

「戻ろうか。ネオンは手を洗えよ。絵の具、乾いちゃっただろ?」

「ってことは、ネオンと朱夏と白夜で罰ゲームね」

テルルが無邪気に手を叩いた。

「何ソレ!?聞いてないわ!」

ネオンが声を上げた。

「テルルとアゲートで決めたもの。黒曜、行きましょ?罰ゲーム考えなくちゃ」

テルルが黒曜の手を引いて行くのを、ネオンが追いかける。

「ちょっと、朱夏や白夜はいいって言ったの!?」

「負けた人に決定権はありませんよ、ネオン」

黒曜が笑った。


「魔導科へ?」

ウイスタリアは呆然と、アイリスの言葉を繰り返した。

「それはウイスタリアに騎士としての素質がないということですか?先生」

ウイスタリアの父親は努めて冷静に問い返す。

「そうではありません。ウイスタリアは優秀です。これは選択肢が増えるだけのことです。つまり、以前行った適性検査で、ウイスタリアには魔導への適性があると診断されたんです」

父親は黙って髭を弄る。

「ウイスタリアは騎士科を優秀な成績で卒業するでしょう。ですから、このまま騎士の道を進んでもいい。それに、魔導科へ転向するにしても、騎士科を卒業してからでもいいんです。軍に入るのは遅くなりますが…」

「話になりません。ウイスタリアは一刻も早く国の役に立てるようになりたいのです。騎士として」

父親はまるでウイスタリアの心を代弁するように胸を張って言い捨てた。

「…ウイスタリア、あなたの気持ちはどうなの?」

どこか冷めた面持ちでアイリスと父親のやりとりを聞いていたウイスタリアは、唐突に水を向けられてうろたえ、父親とアイリスの顔を見比べた後に俯いた。

「…私は、立派な騎士に、なりたいです」

「…そう…」

父親はますます胸を張り、アイリスは立ち上がる。

ウイスタリアはビクリと体を強張らせた。

「でもよかったらじっくり考えてみなさい。一生あなたと付き合うのはあなた自身なんだからね」

言って先に立ち、アイリスはウイスタリアと父親を出口まで見送るために歩きながら、アイリスはウイスタリアに語る。

「バジルは、銃士科への転向を決めたました。騎士科の中にも射撃演習はあるけど、バジルは特に射撃が得意だったものね」

「ほう、エレスチャルくんほどのナイトがもったいない」

父親が首を振りながら言った。

「各科の中に優劣はありませんから、彼には銃士が合っていたと言うなら、もったいないようなことは何もありませんよ」

父親は聞いていないかのように何も返さず、ただもったいないともう一度言った。

ウイスタリアにはその全てが聞こえていなかった。


ウイスタリアはミーティング室でバジルと向き合っていた。

「騎士になりたいと思ったことはないわ。だけど他にやりたいこともない以上、途中でやめるようなことはしたくないの。卒業後に魔導科への転向をするかどうかは、ゆっくり考えるわ」

バジルはウイスタリアの目を見て頷く。

「お前はそうすると思ってた」

「あんたはなんで銃士科へ行くの?全部、諦めるの?騎士も、あの人も…」

「銃士科への転向は、適性検査の結果を見て決めたんじゃない」

ウイスタリアは俯く。

「最初から銃士になりたかったの?」

「銃の演習が始まってからだよ。自分は結構これが得意だって、うれしかったし、たのしかった」

「…そう。みんなには言ったの?ベリルなんか、泣きだすんじゃない?テルルも…」

「ウィスタも?」

ウイスタリアはバッと顔を上げる。

赤い顔。泣いてはいないけれど、それよりもっと切なそうな顔。

「ウィスタって、俺のこと好きだったよな」

少し迷ってから、ウイスタリアは頷く。

「…ええ」

「俺が他の人好きなことに、気付いてたよな」

「…ええ」

バジルはまっすぐにウイスタリアを見直す。

「諦めるんじゃないよ。逃げないで言うよ。アイリスに…」

「…そう」

頷くウイスタリアにバジルは手を伸ばし、しかし直前でそれを引っ込める。そして目を逸らし、話を変えるように問う。

「ウィスタさ、ネオンが少しだけ、アイリスに似てるの気付いてた?」

「え?」

ウイスタリアは怪訝そうに首を傾げた。

「なんとなくだけどさ、似てるんだ。…だからさ、ヘルデライトさんは、どっちが好きなのかなぁって…」

「…どっちも、好きなんだと思う。でもそれはバジルの好きとは違うわ」

「え?」

バジルは不思議そうにウイスタリアを見る。

「疑った?私だって女なんだから、それくらいわかるわよ」

「…すごいな、女の子は」

本気で感心したようなバジルに、ウイスタリアは微笑む。

「がんばってね」

「何言ってんだよ、お前が応援するなんて…」

「銃士科に行ってもがんばってね、って言ったの!アイリス先生のことなんて、誰が応援するもんですか」

笑って言って、ウイスタリアは俯く。

「だからいいでしょ?仲間として応援するくらい、いいでしょ?」

「…ウィスタ…」

言葉に詰まるバジルを、ウイスタリアは笑う。

「ありがとう、でしょ?あんた19歳にもなってお礼も言えないの?」

バジルも笑った。

「生意気なやつだな、年下のくせに…」

「リーダーに対して態度がなってないのはどっちかしら?」

不意に真面目な顔で、バジルは呟いた。

「…ありがとう」

ウイスタリアは一瞬、泣きそうに目を細めて、だけどそれを笑顔に変えた。

「うん…」


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