―別れの終章―
知らなかった。気付かなかった。人に言われて、意識した。
…ネオンが好きだ。
やっと告げた思いは、風に千切られて、彼女に届かなかったのかもしれない。だったらいっそそのまま、消えてくれればよかったのに、未だにアゲートの中に、残っている。
アゲートの笑顔を、ネオンの瞼はなかなか忘れない。目を閉じる度にちらつく、あの少し傷付いた笑顔。
アゲートが自分を好きだなんて、気付かなかったのだ。
『…何の冗談?つまらないこと言ってないで、ちゃんと軍に貢献するのよ。あんたの配属で、何人の人間が助かるかわからないわ』
傷付けるには、充分な言葉。
冗談でも、軍役が怖いわけでもなかっただろう。なのにネオンは、そう言って片付けた。
アゲートは寂しげに笑って、おどけたように敬礼した。
まるで『いつも』を演じるように。
「どうしよう」
ネオンに泣き付かれて、黒曜は溜め息を吐く。
「どうしようって、ネオンもアゲートが好きなら謝ればいいじゃないですか」
「アゲートが好きだよ。…でも黒曜も好き。朱夏も好きだしテルルも白夜も好き。ベリルもバジルもシアルもウィスタもセリーズも、みんな好き」
黒曜は微笑む。
「じゃあそれが答えです。僕もネオンが好きですよ。でも僕やネオンの好きは、アゲートの好きとは違うみたいです」
「…でも」
「傷付けたのが悲しいんですね?」
言って黒曜はネオンの頬を拭って、少し笑う。
「涙腺が壊れますよ?」
「だって…、びっくり、して…」
「傷付けたことは謝るべきです、ネオン。そして自分の気持ちを、ちゃんと伝えないと、後悔しますよ?」
「告白したの?」
ウイスタリアが素頓狂な声を上げる。
「声でかい!」
「なんて言われたの?」
「何の冗談?って…」
しばし沈黙して、ウイスタリアは溜め息を吐く。
「そりゃそうよ。見てれば分かるじゃない」
「ウィスタには言われたくねー」
「何よ?」
「ウィスタかバジルが配属ってことになったら、ウィスタだって同じことするよ。ダメだって分かってても」
また沈黙が降りた。再びウイスタリアがそれを解く。
「でもこんな急がなくても、ギリギリに言ってもよかったんじゃない?」
「もし俺の気持ち聞いて、ネオンが俺のこと好きになってくれたら、黒曜に代わってもらう予定だったんだよ。ギリギリじゃ変更きかねえだろ?」
アゲートが口を尖らせて側方を向く。
「…期待してたんじゃない?」
「悪いかよ?」
じろりと睨まれて、ウイスタリアは笑った。
「悪かないわよ。…そっか、伝えたのね…」
「ウィスタはどうするの?」
「あたしはもう伝えてるもの。そろそろ諦めた方がいいのかなぁ?」
「バジルがアイリスに告白したら、諦められるのにな?」
上目で伺うようにウイスタリアを見て、アゲートが言う。
「さあね?あいつもフられるの分かってるから、ずっと待っちゃうかもね」
「……ウィスタさ、実はもう諦めてる?」
ウイスタリアは微笑んだ。
「頭ではね」
「……そっか」
アゲートはすっきりした笑顔を見せた。
「アゲート…」
戸口から体を半分隠して呼ぶネオンに、ウイスタリアとアゲートは思わず笑う。
「何やってんの?ネオン」
ウイスタリアがネオンに近付く。
「あの、アゲートに…話が」
「なんだよ?」
アゲートも戸口へ寄ってきた。
「…えっと…」
チラリと見られて、ウイスタリアは一瞬首を傾げ、それから心得たように笑った。
「また後でね」
言い残して教室を去る。
「どうしたんだよ、ネオン」
未だ体半分を壁に隠したネオンにアゲートが言う。
「あの…」
ネオンはやっと壁から離れてアゲートの前に立った。
「さっきの、謝ろうと思って…。びっくりして、あんなこと言ってごめん。アゲートのことは、好きなの。でも、アゲートの好きと私の好きは、違うの。だから困っちゃって、あんなこと、言ったの」
アゲートは笑ってネオンの頭に手を置く。
「ありがとう、ネオン」
「何してるの?」
「……昼寝」
「いつからいたの?」
そこは屋上だった。
バジルは今さっきやってきたウイスタリアから、気まずそうに目を逸らす。
「アゲートがネオンのこと好きって、知ってた?」
「知ってたわよ」
バジルは少し笑う。
「さすが。…アゲートに会った?」
「さっきまで一緒にいたわよ」
「どう、だった?」
ウイスタリアは溜め息を吐く。
「つまりアゲートがネオンに告白するの盗み見てたんだ」
「違うよ!出るに出れなかっただけだ」
「あっそ。ところで、もう誰もいないのになんでここにいるの?」
バジルは目を逸らしたままだ。
「考えてた」
「アイリスのこと?」
「……ウィスタのこと」
ウイスタリアは驚いたようにバジルを見る。
「どうしたらいいのかな?」
「え?」
「俺はウィスタに何もできないのに、お前、そうやって待っててくれるから。だから俺は安心してるんだ」
ウイスタリアは目を閉じる。
「あたしが勝手に好きなんだから、気にしなくていいのよ」
「うそ。なんで好きになってくれないんだろって、思ってるだろ?」
「何言って…」
「俺がそうだもん。なんでアイリスは俺を見てくれないのかって、こんなに好きなのにって、いつも思ってる。だから騎士科を離れたのに、いつだって、辛い。」
声を荒げたバジルを、ウイスタリアは優しく見つめる。
「バジルも、ホントはもう諦めてるのね」
バジルはウイスタリアを見た。
「……そうかも、しれない」
「言わないの?アイリスに」
「……」
ウイスタリアは笑う。
「あの後ね、ネオンがアゲートのとこに来たのよ。…どうなったのかはわからないけど、きっとちゃんと、決着ついたんだわ」
「……そっか」
「黒曜」
呼ばれて黒曜は微笑む。
「みんな、どこに隠れてたんですか?テルルは?」
「テルルはヘルデライト博士のとこだ。私たちはアゲートとテルルの壮行式の予定を、セリーズたちと決めてたんだ」
白夜が寂しげに言った。
「僕も入れてくださいよ」
「だってもしかしたらお前の壮行式になるかもしれなかっただろ?」朱夏が肩を竦めた。
「…なるほど」
黒曜も笑って肩を竦める。
「アゲートが、行くみたいです」
「…そうか」
白夜が俯く。
朱夏がその頭を撫でた。
「黒曜が行かなくてよかったとは、思っちゃいけないんだろうな、私たちは…」
白夜の言葉に、朱夏はフッと笑った。
「いや、思うくらいかまわねーだろ」
一週間後、アゲートとテルルは赴任地へ向かった。
アゲートとテルルの隊を乗せた船の行き着く先を、ネオンは見る。
「今、一番強いペアはあいつらだったんだからしょうがないだろ?」
ベリルが言う。
「分かってるよ。何も言ってないでしょ?」
「置いて行かれて寂しいし悔しいって、顔に書いてある」
目も合わせないくせに、と思ったが、ネオンは黙ってベリルを睨む。
「オレが強くなったらいい話だろ?」
ネオンは笑い混じりに溜め息を吐いた。
「……せいぜいがんばってよ」
このやろう、とベリルの口が動いたがネオンには届かなかった。
E
なんだか中途半端に終わったきもしますが、これで『ペア』の連載を終わります。
告白シーンとか別れのシーンとか書くと、どうしてもクサくなるので逃げまくってますが、きれいな告白シーンや別れのシーンが書けるように、これからも精進いたします。
今まで読んでくださってありがとうございました。
今後ともよろしくお願い致します。
200726秋茄子