―別れの序章―
「訓練室へ」
ウイスタリアの号令で一同は教室を出る。
「次って座学じゃなかった?応急医学の」
テルルが首を傾げる。
「実技なのかな?」
セリーズが答えた。
「何の知識もなしに?医学なのに」
ネオンが不思議そうに言う。
「あ…」
真っ先に訓練室へ辿り着いたアゲートがドアを開けた状態で止まる。
「何?…誰?」
戸口で立ち止まったアゲートの肩越しにシアルが中を覗き込んだ。
「PK科」アゲートが呟いた。
「あの子たちが?」
シアルが言いながらアゲートの背中を室の中に押し入れ、自分も中に入る。
朱夏と白夜が興味深そうに、先に来ていたアイリスの隣りに立つ少女たちを見る。
黒曜は急に機嫌が悪くなったネオンの傍を離れて、アゲートに近寄る。
「あの子たちがPK科の?」
「トトとココだ」
アゲートも不機嫌に言う。
二人を知らない黒曜たちやセリーズとシアルにも不機嫌が伝染しそうに空気が悪い。
「ねー、ネオンはぁ?」
PK科の一人、恐らくトトが首を傾げる。
その態度は確かに傲慢そうで、性格が良さそうには見えない。
だが黒曜としては話したこともない人間を決め付けたくはない。
「何よ?」
ネオンが前に出るのを、見守った。
「あー、ネオン!久しぶり」
昨日会ったばかりだけど、とトトは笑う。
相変わらずココは静かにトトの隣りに立っているだけだ。
「整列!」
アイリスが号令をかけ、騎士科の一同は渋々足を踏み出し、アイリスの前に立った。
「紹介します。今度新設されたPK科のトト・キャロルとココ・キャロル。PK科と騎士科は合同授業が多くなるからよろしくね」
「お願いしまーす」
トトがひらひらと手を振った。
「…お願いします」
アイリスが説明するのを、ネオンは眉を寄せて聞いている。
「…と言うわけでPK科は、PK、つまり超能力という特殊能力を持つ生徒を集める予定です。PKと魔導の違いは、科学的に分類できるかできないかよ」
「…」
騎士科は首を傾げて聞くだけだ。
「このキャロル姉妹は、テレパシー能力をもっているわ。無線機や魔導による風送りなど、戦場において、隔距離間での意思疎通の方法はいろいろあるけれど、PKによるテレパシーの長所は、通信を傍受されないってことと、電波障害による通信不通の心配がないことね」
「そして短所はボクたち二人の間でしか通信できないこと…。ほかの能力者がいても、ボクたちの念波はボクたちの間でしかやり取りできない」
トトが口を挟んだ。
「じゃあ使えないじゃない?」
ネオンが声を上げる。
「それをこれから見せます。ネオン・ガレナ、トト・キャロル、前へ」
言われてネオンは不審そうにトトを見る。
トトはそんなネオンににっこり微笑んだ。
「それから漆原黒曜、前へ。黒曜対ネオン、トトペアで試合をします」
「ウィスタとベリルは?」
ネオンがアイリスを見上げる。
「一対二の試合形式を行うので、今回はトトと組んでちょうだい。ちなみにトトは戦わないから、ネオンはトトを守りながら戦うこと。いいわね?」
ネオンは憮然とトトを睨む。
「よろしく、ネオン」
訓練室と違い、障害物の多い野外訓練場の、中でも特に障害物が多く設置されているエリアに、声が響く。
「ネオン、右だよ!」
「なんで分かるのよ!?」
ネオンの疑問の通り、二人の少女の周りは壁に囲まれていて周囲が見えない状態だ。
「アイリス先生からの指示だよ」
ネオンは舌打ちをして、右の壁の隙間から身を踊らせる。
「いた!」
言うが早いか、ネオンは黒曜を後ろから襲い、拳を寸止めした所でトトがストップをかける。
「そこまで!ネオン、黒曜、教室に戻るよ」
ネオンは黒曜から離れて、トトを見る。「訓練室じゃないの?」
「みんな教室に移動してるってさ」
三人が教室に戻ると、アイリスが迎える。
「おかえりなさい。どう?ネオン、黒曜」
「情報がある方が有利なのは当然です」
黒曜が答えた。
「そうね、だから敵も情報を手に入れようとする。黒曜もネオンが得た情報を聞いていれば、対応ができたはずよ。そして、無線機や風送りなら、ある程度技術があれば傍受できたわね」
黒曜は憮然と頷いた。
「…テレパシーはそれができない」
「単純な模擬戦闘でもその有益さが分かるでしょう?」
アイリスが一同を見渡す。
「これから、キャロル姉妹にはあなたたちとの合同訓練を通して、自分の身を守るだけの体術と剣術、銃術などの武術を習ってもらうと同時に、騎士科、PK科両科の共同戦線を想定した訓練を受けてもらいます」
「…はいっ」
騎士科、PK科の一同が姿勢を正して敬礼しつつ、お互い剣呑に目を合わせるのをアイリスは見渡し、溜め息を吐いた。
「…それからアゲート・ジェード、テルル・マルメロの両名はこの後私の所にきて。以上で解散します」
アゲートとテルルが顔を見合わせた。
「ネーオン!」
廊下をウイスタリアと共に次の教室へ向かうネオンに、トトが後ろから声をかける。
ネオンが振り向くと、トトの隣りでココがペコリと頭を下げた。
「聞いた?国境でのこと…」
「は?」ネオンは馴々しいトトに眉を顰めつつ首を傾げる。
「反乱軍の攻撃で、一個小隊が全滅だって。怖いねー?こんな時期に、配属待ちの騎士科の生徒を呼び出して、アイリス先生ってばなんの話だろうね?」
ネオンはますます眉を寄せる。
「何?それ…?」
トトが笑う。
「新しい剣王が起ったばかりでしょ?しかも革新的な王だから、まだ国が定まってないんだ。それで反乱軍が調子乗ってるみたい」
「…それって」
ウイスタリアが目を見開いて、トトからネオンへと視線を移した。
「置いてけぼりかもねぇ?ネオン、かわいそうだねぇ?」
トトが毒のように吐き出す言葉がネオンの中にそっと溜まる。
中から犯して壊そうとでもするように…。
「アゲートとテルルが、…配属?」
ウイスタリアが小さく呟いた。
アゲートとテルルは堅い顔をして戻ってきた。
「なんの話だったの?」
目を合わせずに、ネオンが問う。
「…あたしたちが、配属される話よ」
テルルが呆然と答え、周りがざわめく。
「俺が隊長でこいつが副官。一個小隊を任せられるらしい、国境で全滅した隊の代わりに」
アゲートが補足した。
「そう、…おめでとう」
ネオンは言い、部屋から出て行った。
「ボクの言った通りになったでしょう?ネオン」
屋上に佇むネオンの後ろ姿に、トトが声をかける。
「うるさい」
トトはクスクスと笑う。
「泣いてるの?ヒューマノイドのくせに」
「泣き方なんて、しらないわ」
「じゃあ心配?前線にでるあいつらが」
「あたしたちはヒューマノイドよ?死や、死別への恐れなんて、知らないのよ。知ってちゃいけないの」
ネオンは呟き、消えるように黙った。
「じゃあ何を落ち込んでるのさ?」
しばらく待って、トトが首を傾げる。
ネオンは何も言わない。
「ねえ?」
トトの声など聞こえないように黙っている。
「ねえってば!」
再度トトが言い、ネオンの肩を掴んだとき、ネオンは勢いよく振り向いた。
「なんで、あたしだけ、…あたしだけ置いてけぼりなのよ!?」
「そんなの…」
トトは僅かに怯む。
「ボクだってそうだよ!!」
そして叫んだ。ネオンが目を見開く。
「軍に入って、騎士科の代わりに戦って、功績を上げる。そのために、PKを強化させる実験を施されてきたんだ。なのにあんな、人形なんかが先に…」
ネオンは静かにトトを睨む。
「…アゲートとテルルを、人形だなんて言わないで。あたしたちは、あんたたちとほとんど変わらない。人間よ。アスターはそう言ってくれるもの」
「…だったら」
トトは目を逸らす。
「だったら一人じゃないじゃん。…仲間たちみんな、残ってるじゃない。あいつらこそ、たった二人で前線に行くんだよ?しかもつい最近、抗争で隊が全滅したところへ…。そこで、見も知らない大人たち率いて、戦うんだよ?」
ネオンはトトを見た。
「トト?何言ってんの…?」
「バカが、なんにも分かんないで拗ねてるからさ…」
「トトは、配属が怖いの?」
トトの戦闘能力は皆無に等しい。
確かにその能力は有益だが、すぐに配属されないのはその戦闘能力の乏しさ故だ。
今戦場に出ても、自分さえ守れない。
「怖くなんかないよ。ただ、いつになったらボクたちは強くなれるのかな?…あんたくらい強ければ、すぐにでも配属が決まるのに…」
トトの不安は、訓練してもすぐに強くなどなれないことへの不安だ。
「…ネオン」
扉が開く音と共に声が聞こえて、ネオンとトトは振り向く。
アゲートが立っていた。
「…トト?」
トトの姿に眉を寄せ、首を傾げるアゲートを笑って、トトはそちらへ向かう。
「ボクは退散するよ」
そう言って、アゲートの横をすり抜けて出て行った。トトの後ろ姿を少し振り向いてから、アゲートはネオンを見る。
「配属は一週間後だ」
「…そう」
「でも俺、断ろうと思う」
アゲートの言葉に、ネオンは目を見開く。
「俺が断るなら代わってもいいって、黒曜も言ってくれてるし…」
「…どうして?死ぬのが怖いわけじゃないでしょうね?そんなので配属命令を蹴るなんて…」
ネオンの問い詰めに、アゲートは俯いて、それからすぐに顔を上げ、ネオンに近付いて抱き締めた。
「ネオンと離れるのが怖いんだ」
「アゲート…?」
「…ネオンが好きだ」
「え?」
時間が止まった気がした。
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