03話 再戦
その片付けも終わり俺は教室に向かう。
タッタッタッタッ
四人分の片付けをしていたせいで時間はもうすでにギリギリだ。
タッタッタッタッ
俺も教室は二階だがこのまま行けば間に合うだろう。
そんなことを考えながら階段を一段飛ばしで駆け上がる。
駆け上がった後、廊下を見ると何も無い所でこけている少し小柄で、空色の髪を肩まで伸ばした女子生徒を一人見かけた。
いつもならこのような事は無視していくのだが、俺はこの女子生徒を見たことがある事を思い出した。
同じクラスの名前は確か……田川凪だったような気がする。
授業などで失敗ばかりをして目立っている上に、以前陸が行った「校内お嫁さんにしたいランキング」で二位をとっていたりなどがあったためよく覚えている。
時間はないのだがここでほかっておくのも気が引けるため、手助けをすることにする。
「田川さん……だったよね? 怪我はない?」
俺はそう言いながら右手を差し出す。
名前は間違っていないと思うが、自信がないためどうしても疑問形になってしまう。
「ありがと~。うん、大丈夫だよ」
そう言って俺の手をとって起き上がる。
「え~と……直樹くん……だったよね?」
田川さんは笑いながらそう聞いてくる。名前をあまり覚えていないのはお互い様だったようだ。
俺はその質問に対して頷くと、時間があまり無いことを思い出す。
「田川さん、時間がないから早く行こう」
表情から察するにさっきまで時間のことを忘れていたようだ。急に慌てたような顔になる。
俺と田川さんはほぼ同時に教室に向かって走りだす。
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴るとほぼ同時に教室に入り、鳴り終わると同時に席に着く。
担任はまだ教室に来ていなかったため数人に笑われるだけで、注意されることもなかった。
一時間目と二時間目が終わりその間の放課。
まだ五月ではあるが日増しに気温がどんどん上昇している。
何か涼しくなる方法はないのか……。
そんなことを考えている時だった。
「彩都、覚悟しろォ」
そんな声がする方向を向くと、和弥が彩都に対して拳を振るう。
彩都は少しだけ和弥の方向を見ると注射を一本取り出し自分に射つ。
ブゥン
そんな音がしたんじゃないかと思うほど豪快に和弥の拳が空を舞った。
俺の目が間違ってなかったら彩都は今さっきまで自分の席に座っていたはずだ。
彩都の席はグランド側、つまり彩都に逃げ道はない。なら、和弥の拳は彩都に当たっているはずだ。
現に俺には当たったように見えた。
だが今、彩都は和弥の後ろにいる。
「……残像だ」
後ろから声がかかってきたことで彩都が後ろにいることに気づき和弥は拳を振り回す。
それでも和弥の拳は彩都を捉えることができず空を舞うばかりだ。
やっぱり彩都の薬の効果はすごいな……。そう素直に思いながらも、これ以上行くと怪我人が出ると思い二人を止めに行く。
「和弥! 彩都! このままじゃ怪我人が出る。昨日のルールでいこう」
「昨日のルール? なんだそりゃ?」
相変わらず和弥の記憶力は猫以下だ。
和弥は俺が何を言っているのか判っていないようなので彩都の方を見る。
彩都は無言で頷く。
「それじゃあ……」
「レディー・ファイト!」
さっきまで自分の席で寝ていたはずの陸が俺の後ろで急に大声で掛け声をかける。
「陸……急に後ろで声を出すのをやめてくれ。心臓に悪いから……」
そんな声も陸には届いていないようだ。最初からあんまりまともに聞いてくれるとは思ってはいなかったが……。
和弥の先制攻撃が炸裂する。
しかし炸裂したのは彩都ではなくその後ろにあった机にだ。
薬の効果で彩都の動きは極端に早くなり、運動神経は良いはずの和弥もその動きにはついていけない。
和弥は突きを乱発しているためうかつには近づけない様だが、先ほどと同じように和弥の攻撃は彩都にかすりさえもしない。
彩都は白衣の内側に手を入れながら大きく後退する。
手にした試験管を和弥に向かって投げつける。
その試験管は和弥に当たり爆発する。だが、その試験管は目眩ましや逃走のときのために使う小規模の爆発のため和弥に有効なダメージは与えていない。
だがこの時、彩都が稼いだのはダメージではなく一瞬だ。
人は意識をしていても、リアクションタイムというその状況を理解するため、つまり脳に指令がわたって筋肉を動かすまでにかかる時間の誤差が起こってしまう。
「なるほどな、さすが彩都だ。あの一回の戦闘でもう自分の戦い方を編み出しやがったか」
陸もそのことに気づいたらしい。彩都に対して賞賛の声を上げる。
彩都らしい人の習性を活かしている戦い方と言えるだろう。
その隙を使い彩都は試験管を五本、和弥に対して投げつける。
ドゴォォォォン
爽快に思えるほどの破裂音が鳴り響き、校舎が少し揺れたように感じる。
それほどまでに彩都の試験管爆弾は強力で危険なものだ。さすがの和弥でも食らっているだろう。
爆風が漂っていて和弥の状況はよくわからないが、少なからず食らっていることは確かだ。
次の瞬きをした瞬間、彩都は宙を飛んでいた。
何が起こったか? それは瞬きをしていたため確信はないがこの状況でそれができるのは和弥しかいない。
薬の効果が切れていたのかそれとも、ただ気を抜いていたときに狙われたからか和弥の攻撃は思いの外彩都に対して綺麗に決まる。
和弥は爆発をくらってもそのまま立っていたため負けではない。
しかし彩都は宙を待っている。
薬の効果が切れていなくても彩都の運動神経はもともと一般人の平均以下だ。
薬の効果が切れていなくても運動神経を上げる薬ではなく、あれは素早さを上げる薬だ。少しは効果があったとしても今は意味が殆ど無い。
そして俺の予想どおり彩都は背中から地面につく。
終わった。この戦いは和弥の勝ちだ。
しかしルールを忘れているのか、和弥はまだ戦いを終わろうとせず彩都に追い打ちをかけようとする。
「和弥! 終了だ。お前の勝ちだ。だから止まれ」
陸の言葉も届いているのか届いていないのかよく解らないが、和弥に止まる気配はない。
「あの馬鹿が……」
陸はそうぼやいている。止めたいのはやまやまだが生憎、俺にはその力がない。奥の手はあると言ってはあるが使っていい力ではない。
俺は陸の方を見る。……いや正確には今まで陸の居た場所を見る。
そこに陸の姿はなかった。
どこに行ったんだ?
俺はまわりを伺う。しかしその意味はあまり無かった。
俺が今さっきまで見ていた場所で歓声が上がる。
何だ? 見ている暇はないということを思っていながらも俺はそっちの方をついつい見てしまう。
すると陸が和弥の攻撃を自分の蹴りで防いでいることに気付く。
和弥の攻撃はなかなか体重がかかっていて重い一撃のはずだ。
しかしその重いはずの一撃を、陸は顔色ひとつ変えず足一本で防ぎきっている。
「止めるなよ陸。これは俺達の戦いだ」
「決着は着いたはずだ。いくらお前でも昨日のルールぐらい覚えているだろ?」
ふたりとも一歩も引かずその体制のまま会話を始める。常人には真似できない事だ。
「それはてめぇが勝手に決めたルールだ。俺がそれに従う義理はねぇ」
「それなら代わりに、俺が相手をしてやろうか? ……ただしもうすぐ授業が始まる。手加減はできないぞ」
冷たく聞いている人間の頭に響くような声を陸が出す。その声だけで決着が着いたのは言うまでもないだろう。
和弥の方は陸に任せて俺は彩都に近づく。和弥の攻撃が直撃しているのだ、ただではすまないだろう。
しかし彩都はあっさりと立ち上がる。
「彩都、体は大丈夫なのか?」
「……体の何処かが無くなっているわけではない。……問題はない筈だ」
彩都らしい返答だなと内心苦笑しながらも、授業がもうすぐ始まるというのに彩都はどこかに行こうとする。
「彩都どこに行くんだ?」
「……いや、思ったより疲れたからな。教師には僕は保健室に行っていると伝えてくれ」
そう言って彩都は教室から出て保健室に向かっていく。
まあ、教師にはという言い方から思うに彩都は化学部室に入ったのだろう。
化学部は今、彩都以外部員がいないため彩都がその部室を私物化している。そのため他の人が入ってくる可能性が低い。
彩都にとっては保健室なんかよりも居心地が良いのだろう。
和弥が単純なのか陸の話術がすごいのか、和弥と陸はもうすでに仲が直っている。
俺は彩都のことを心配しながらも、三時間目の授業にとりかかった。