17話 天才現る
そのまま米谷さんは立て掛けてあるバットを取り三回ほど振って感触を確かめてからバッターボックスに入る。
米谷さんがバッターになったので俺たちもまたポジションを変える。田川さんがファースト、陸がショート、和弥がセカンドで俺がセンターだ。
マウンドに戻った上野は振りかぶって一球目を投げる。
カァァン
内角高めのコースをきっちりと突いた打ちにくい球であったが米谷さんはそれを日常での動作とかわらないように涼しい顔で弾き返す。ショートへのライナー性の打球、それに対して陸は飛びつく。
しかし、思いの外、球の速度が早かったらしくボール一個分の所でボールが後ろに行ってしまう。
あと一歩の所で届かなかった陸は「くっそ」と何より自分自身に苛立っているような声を上げ、上野はあまりにも想像以上のことだったのか信じられないとでも言うような顔で呆然としている。
陸から話は聞いていたとは思うが、やはり女子という感覚が強かった米谷さんに打たれたのはダメージが強かったのか、上野の配球がいつもと打って変わって安定性というものに欠けているように感じる。
カァァン
ラストの二十球目も初級と同じようなレフト方向への突き刺さるようなライナーになる。
レフトに選手が居たとしても捕れない球――つまりホームランだ。
二十球中の米谷さんの成績はヒットが十六本、ファールが二本、ショートゴロが一本、ホームランが一本だ。
一本ショートゴロがあるがショートが陸だったから捕れた球であったので、実際にはどれもヒット性の打球であった。
「本当になんつー女だよ……」
上野は陸からある程度米谷さんのことは聞いていたらしかったが、それでも予想以上の身体能力にあっけに取られているように呆然としている。
こっちは、慣れてしまったせいかあまり驚けないが……。
そして次に俺がバッターとしてボックスに入ろうと、バットに手をかける。
「じゃあ、次は田川だ」
陸のその言葉によってあっさりと次のバッターが決まってしまう。
陸に指名されて気を良くしたのか軽く鼻歌を歌いながらバット入れに向かう。
――がバットが予想外に重かったらしく、鼻歌をやめ物凄くショックというような顔をする。米谷さんの行動をよく見ているせいで米谷さんの動きを基準に考えてしまうが女子生徒が金属バットを持つのは難しいはずだ。
「山崎君、あれはどうするつもりなのだ?」
米谷さんは何かを放棄したかのように明後日の方を向いている陸に対して質問を投げかける。それに対して陸はドキッと効果音がなったかのような反応を見せる。言われなかったらそのままにしておくつもりだったのだろうか……。
「ん?あ、あぁ田川のことか。大丈夫だちゃんと考えてある」
そう言って陸はどこぞの青色の猫型ロボットよろしく、「軽量化バット~」と陸いわく一番軽いバットを取り出して田川さんに渡す。
あとで聞いた話によると、このバットを作ったのは彩都らしい。日本の法律に引っかかるか引っかからないのかは怪しいところだが、作ってしまうというところはさすがというしかない。
昨日のバットを振ると言うよりかはバットに振り回されるという散々な結果を思い出し、あのバットを使おうかな……などと考えながら俺はサードのポジションに入る。陸と和弥はポジションを変えず、米谷さんはファーストに入る。
一球目
「うりゃぁ~」
空振り
二球目
「そりゃぁ~」
空振り
三球目
「おりゃぁ~」
空振り
四球目
「とりゃぁ~」
あ、転けた。
そのような散々な結果に「なんでぇ~」と声を上げている。
掛け声の気合の入り方という意味ではこれまでの誰にも負けない気合いの入り方だが、投げられているボールからは最も遠い所でスイングをしている。逆に何故ああなってしまうのかが聞きたいような状況になってしまっている。
グリップの持ちてやバッターボックスの方向は合っているのだが、スイングの時の腕と腰の動きが明らかに不自然だ。バットを手だけで振って残ってしまった腰をみんなと同じように動かしているようにも見える。
あれではもし当たったとしても田川さんの筋肉ではボテボテのゴロにしかならないだろう。
コキン
十三球目のストレートがバットに当たる。それは当たったと言うよりかすったという表現が正しいようなボテボテのピッチャーゴロだ。
しかしそれでも田川さんにとっては初めてのバットがボールに当たる感触なのだ。うれしさのあまり飛び跳ねながら体全体でその喜びを表現している。正直、小動物みたいで可愛い。
「直樹、気づいているか?」
そんなことを思っている俺に対して急に陸が話しかけてくる。何があったのだろう。田川さんが可愛いという事なら今すごく気づいているが……。
陸は大したことではないんだがなと前置きをおいてから、
「十球目以降から上野の球の球威は俺の推測だが5、6㎞上がってるんだ」
陸の言っている球威の変化は俺からは全く分からないが、陸が言っているということはだいたい合っているのだろう。少なくとも球速が上がっているのは確かなはずだ。
しかし変化する球速に合わせるのは、前のボールのスピードのせいで難しいはずだ。
「だが、田川のタイミングはむしろ球威が上がってきてからのほうがあってきている。実際さっきの球だって素人には当てるのすら難しいコースだったはずだ」
そこで陸は間を置く。質問してきたいことがあるのならいましてきてくれとでも言うような間のとり方だ。
「つまりは……陸は何が言いたいんだ?」
「つまり俺が言いたいことは……」
カァァン
その瞬間快音が鳴り響き、白球が太陽の眩しい光りに照らされながら俺たちの頭上、遠くを飛んでいく。
「あいつは天才かもしれないってことだ」
その話しぶりはまるで、俺が田川さんを連れてきたあの時からこうなるはずだったんだとでも言うように陸言葉を告げる。
まるで勝ち誇ったような陸の笑み。爽やかに思えるぐらいのそれが、浮かべられている。
夏の暑苦しい日差しとその笑顔は、実に対照的なものだった。
どうも、まなつかです。
久々にあきようがこの小説を書いてくれました。
いや、いや……
田川さん萌え~
……おぅふ
殴られました。
自重します。