15話 七不思議の一つ
昼食を済まし少し自由時間を過ごしてから俺達は練習を始めることになっている。
しかし昨日の練習のことを考えると陸は今日も準備をした後、すぐに練習を始めるだろう。――となると自由時間と行っても体を動かして置いたほうが賢い選択だろう。そう思い俺はこの時間に体を動かしておくことにする。
しかし体を動かすと言っても何をすればいいんだ……?
部活に入っているわけでもない俺は普段体を動かすのは体育の授業か、陸たちと遊んでいる時ぐらいだ。何をどうすればいいかなんて言う専門的なことは解らない。
まあ、走っとけば間違いはないか……。
結局俺は、走っておくという結論にいたりニ、三周ほど走るためにグラウンドに出ることにする。こうしとけば遅れることもなく一石二鳥だしちょうどいいか。
そうして俺がグラウンドに出るために廊下を歩いていると、前方から赤髪をツインテールでまとめて縛っている小柄な女子生徒が一人走ってくる。
「そ、そこの人、どいて~!」
急にそんなことを言われて避けれるほどの反射神経を俺は持ち合わせているわけもなく、おもいっきり正面からぶつかる形となる。しかし、それで俺が倒れたりすることもなく、むしろぶつかってきた女子生徒のほうが後ろに倒れ被害が大きい。
「……大丈夫か? こいつ」
独り言のように自然と口から呆れたような、驚いたような言葉が漏れる。
ぶつかってきたのは相手だが、さすがに自分にここまで被害がないと相手の心配をする。
しばらく心配して顔を覗き込んでいるとさっきは気づかなかったが俺はこの女子生徒のことを知っていることに気付く。
女子生徒の名前は尾上綾。校内の至ることにトラップを仕掛け周り、かかった奴の反応を見て楽しむと言う典型的な愉快犯のような生徒で有名だ。
それだけ校内にトラップを仕掛けても退学にならないという彼女のある種の伝説はこの学園の七不思議の一つだ。
「いたたたた……」
そして俺がそんなことを思い出しているうちに彼女は起きたらしい。
「あ、すいません。大丈夫でしたか?」
「え? あ、大丈夫だよ」
自分が心配していたよりも相手の反応は普通でこちらの方が面くらってしまう。
それにこの状況を見るだけでは被害者は彼女なのではないかと思えるため傍からみるとおかしな構図だ。
「こっちにもいないようです。……おかしいですね、どこへ行ったのでしょう?」
そのような言葉が遠くの方から聞こえてくる。
その声の主が誰かを探しているような様子と、目の前の彼女が顔色を変えていることからなんとなくの状況は察することが出来る。
「そこら辺に隠れといて。俺が適当にごまかしておくから」
俺自身もこのような状況に慣れてしまっているせいか、はたまた相手が相手だからかどうしても追われている方を応援してしまいたくなる。
そもそも俺自身がぶつかってしまった事に対しての負い目もあるため、尾上さんの手助けをすることに決める。
そしてしばらくして足音が近くなるとともに、その人物の姿が見えてくる。それは予想通り沙希と他ニ名の風紀委員だ。
何かを探している様子からやはり尾上さんは風紀委員に追われているのだろう。
「秋陽、ここにツインテールの小柄な女子生徒がいなかった?」
沙希は俺を見つけるなりそう質問をしてくる。
俺の左側の廊下に尾上さんは隠れている。そのためそっちに沙希達を行かすわけにはいかない。
そのため俺は右手側にある階段のほうを指さし、そっちの方という意思を伝える。
それが嘘だと気づいてか気づかずか礼も言わずに上の階に行ってしまう。
次の階が最上階のためこの情報が嘘だということは案外簡単にバレてしまうだろう。
しかしそれでもこの学園の校舎は広いため数十分の時間稼ぎになる上それ程の時間があれば尾上さんは逃げきることが出来るだろう。
やがて足音が小さくなりそれが完全に聞こえなくなると尾上さんが隠れていた場所から出てくる。
「助けてくれてありがとう。えっと……」
「俺の名前は秋陽直樹。よろしく」
尾上さんが俺の名前を知らないことで思い出すことができたが、本来ならば俺も尾上さんの名前を知らないはずだということに気付く。
「改めてありがとう。直樹くん。私の名前は尾上綾。最初に言っておくけどもし私を呼ぶときは苗字じゃなくて名前で読んでね」
俺にはその感覚は特にないが苗字か名前のどちらかで呼んで欲しい奴もいる。尾上さん……じゃなくて綾さんもその一人なんだろう。
「じゃあ、あんまりここに居続けてると上から戻ってきちゃうかもしれないからもう行くね」
そう言いながら彼女は、俺とぶつかりさえしなければ本来行っていただろう方向へと走っていく。
途中、彼女が俺に向かって手を振ったところで俺も手を振り返す。
腕時計を見ると、そろそろ集まる時間になってきている。
グラウンドに行かなきゃな……。そんなことを思いながら、俺は彼女の向かった方向と反対へ歩き出した。