14話 睡魔と遊び
二時間目の授業が終わり俺は大きなあくびをする。科目は日本史で苦手というわけではなくむしろ得意な方の教科だ。
しかし、教師の声がちょうど良い眠りを誘うような声ですごい催眠作用があるのだ。
周りを見ると何人もあくびをしていて眠くなっているのはやはり俺だけでないようだ。
彩都、田川さんはちゃんと起きているが、陸、和弥に関しては睡魔に身を任せ眠りについている。
そして米谷さんに関しては教室内にいない。学力は問題ないとしても、単位は大丈夫なのだろうか。
かく言う俺は学力すらも危ない橋を渡っているため眠気が次の授業に響くといけないので顔を洗ってくることにする。
顔を洗うために手洗い場へ行くと珍しい先客、鳳さんがいた。
「珍しいですか?」
珍しかったのでその感想が口から漏れてしまっていたのか、鳳さんは顔を白いハンカチで拭きながら聞いてくる。
「いや、鳳さんはちゃんと睡眠時間をとっていそうだから、どうしたのかなぁって思って……」
これが俺の本心からの感想だ。実際これまで鳳さんが日本史の後に眠そうにしていたことは一回も見たことがない。
教師の声で睡魔に襲われたという事はなさそうだ。
「昨日は遅くまで勉強をしていたものですから。秋陽さんも遅くまで勉強をしていたのですか?」
そうクスッと少しいたずらっぽい笑みを浮かべながら鳳さんは聞いてくる。
「え……あ、まぁそんなとこ……かな?」
質問に答えたというのになぜか答えが疑問形となってしまう。
慣れてもいないのに嘘を付くもんじゃないな……。
「皆さんも遅くまで勉強をしていたのでしょうか? ほとんどの方が眠そうにしていましたし……」
「そうかもね」
お互い少しの間笑いあう。
「そういえば今朝はまた、騒いでいらっしゃったんですね」
鳳さんは今朝のことを思い出したように俺に聞いてくる。
「あ~、その話か……」
少し予想は出来ていた分驚くことはない。鳳さんは生徒会関係の人なのだから、今朝のことを知っていてもおかしくはない。
それどころか俺達がやっているのは風紀を乱すような行動なのだから、それを知らないわけがない。
「悪いことをやったっていう自覚はあるんだけどさ、陸も別に楽しもうってしてるだけなんだよ。風紀を乱そうだとか、何かが気に食わないだとかそんな理由で動いてるわけじゃないってことを分かって欲しいんだ」
理由があっても許されることと許されないことがあるのは自分自身でも解ってる。
だとしても悪意による行動ではない、ということだけは分かって欲しかった。
「大丈夫ですよ。そのことは私は分かっていますから。それに私は生徒会とは関係ありませんから」
あれ? たしか鳳さんは生徒会の一員だったような……。
「正確にはもう関係がない、だな。鳳君」
急に後方から声がかかったのに驚き俺は後ろを振り向く。振り向いた場所には予想通りというべきか、やはり米谷さんがいた。
第一こんなことが出来るのは米谷さんぐらいだろう。……宿題を盗み見しようとする和弥以外には。
そんなどうでもいいことを考えるより、今は米谷さんの言った言葉の意味を訊くほうがいいだろう。
「もう関係ないって、どういう事ですか?」
俺、というか俺の周りにはそちらの事はあまり分からないため、詳しそうな人がいる今ここで聞いておくべきだろう。
「ん? 秋陽君は知らないのか。この学校では生徒会は六月に交代するのだよ。去年もそうだったはずだが……覚えていないのか?」
そういう類の話は自分にはほとんど関係ないと思い、あまり聞いていないためおぼろげにしか覚えていないがたしかそんな話があったような気がする。
「で、その交代の日が昨日だったって言うことですか?」
「まぁそういう事だよ。説明はここまででいいかね? 質問が何も無いなら私は教室に戻らせてもらうよ」
そう言って質問がないことを確認してから米谷さんは教室へと戻って行く。
とりあえず一番わかったのは、米谷さんが神出鬼没な人物だということだろうか。
「では、私の教室に戻ります。秋陽さんも早めに戻ったほうがいいですよ」
そう言って鳳さんも教室へ戻って行く。
たしかに早めに戻らないと時間がないな……。俺も手早く顔を洗い教室に急ぎ足で戻っていった。
「あれを俺たちの遊びにしないか?」
食堂で昼食をとっている俺達に対しての陸の第一声はそれだった。
「あれってなんだよ?」
そんな陸に対して質問をするのは、和弥だ。
「俺達がいつもやっているバトルだよ。あれのルールを元にして少しアレンジを加えれば面白くなりそうだろ?」
異論はないがもともと被害を少なくするためのルールを遊びの一つに追加してもいいのだろうか? まぁ、発案者が陸ということは異論は認めないのだろう。
「面白そうじゃないか!?」
和弥は目を輝かせて俺達に訴えてくる。
「駄目だ」
俺は冷たく言ってやった。
「ひでえな! それとも何だ、俺の存在がダメだって言うのかよ!?」
「……そう思うなら消えてみればいいだろう」
「お、それは名案だな。じゃあちょっと消えてくる」
「……じゃあな」
「達者で暮せよ」
和弥はそのまま食堂を出て行く。
もう既にこの短時間で被害者が一人出ている。というか和弥が単純すぎるのが問題なんだろうが。
和弥の行動や理解力や言動を単純という一言で片付けられるかどうかは疑問だが。
「……参加者は何人だ?」
一番参加する気があるとも言える和弥を置いて話が進む。
「その話乗ったあぁぁぁ!」
そこに、いきなり和弥が大声を出して食堂に入ってくる。思いっきり周りに迷惑になっていた。
「参加者はベースボールファイターズに入ってる奴と彩都で今は六人」
「はい、無視されたあぁぁ!」
和弥あんまり叫ぶのはやめような。心のなかでそう語りかける。
「最低でも後三人は増える」
「はっ! 腹がなるぜぃ!」
多分腕がなると言いたかったのだろう、和弥は何故か腹がなるとゴキッ腕の骨を鳴らしている。
「……お前はそれだけ食べても腹が減っているのか?」
そう言われている和弥はもう既にカツと天ぷら定食を食べ終えている。
「和弥……腕がなるの間違いじゃないのか?」
陸がそう、ツッコミを入れると、
「腕がなるぜ」
慌てる様子もなく言い直した!?
ここまでくると逆に見事に思える。すごいよ和弥……。
「あとで一応ルールを書いたメールを全員に送っておくが、ここでも説明はしておくな。バトル中のルールは今までと変わりはない。手足以外を床に着いたら負けで、女子のみ武器の補充がバトル中に出来る。方式はリーグ制の点数式。最初は一人持ち点十で、バトル後に負けた奴は勝った奴に一ポイントを渡すことになる。もちろん持ち点の多い奴から一位だ。それとバトルの申し入れは断ることは出来ない。コイツが適応されるのは午前七時から午後七時までの十二時間。その時間外のバトルはルールは適応されてもポイントの変動は無しとする。なにか質問はあるか?」
まだ説明されていないところがあるため、俺は一応手を上げてから質問をする。
「バトルを始める前はどうすればいいんだ?」
その質問を待っていたとばかりに陸は説明を始める。
「バトルの審判はこれまで通り俺がする。バトルをする相手が見つかったらどちらかがバトルをする奴と場所をメールで俺に送ってくれ。それを俺が他のメンバー全員に一斉送信する。それから五分後にバトルを開始する。その間にバトルをするのは禁止だ。見たい奴は見に来ても良い。結果は次のバトルを始める目安としてメールで全員に送る」
「……それ以外の奴が混ざってきたらどうするんだ?」
彩都も俺と同じように手を上げてから質問をする。
普通は他の奴の乱入などの事は考えなくてもいいのだが、この学校ではそれを考えなくてはならない。
「参加者以外とのバトルは拒否権もある。それにバトルで勝ったとしてもポイントはプラスされない。しかしそれだけじゃ少しばかり辛味が足りないだろ。だから負けた場合は一ポイントマイナスされると言うルールだけは適応される」
あくまでこの学園内でのバトルにはルールが適応されるというわけか……。
「異論はないか」
「一切ねぇな。むしろかかってこいやぁ」「……あったとしても受け付けないのだろ」
陸の問い掛けに対し、和弥と彩都がそれぞれの言葉で肯定の意味を伝える。
そして俺も首を立てに振って肯定の意思を伝える。
「よし、それじゃあ今から学園バトル王者決定戦。略してGBO決定戦を始める!!」
その陸の言葉は廊下、教室で反響し学園全体に響き渡った。