13話 パチンコ玉の少女
徐々に意識と感覚が戻り始め、光が眼球に入り込んできて眩しい。
「うぅ……」
「起きたか、直樹」
その陸の一言で完全に目覚める。
記憶は少し混同しているが、今さっきまで直弥と交代していたのは、はっきりと憶えている。
場所が食堂から変わっていなかったため記憶が戻ってくるのも思ったより早い。
「みんな大丈夫だったか?」
「ん? なんて言ったんだ?」
俺はちゃんと話しているつもりだが、発音がちゃんとできておず陸に意味が伝わっていないらしい。さっきから、口だけでなく体全身にうまく力が入らない。
これだけで直弥が無理な動きをしたということがだいたい分かる。
精神自体は変わったとしてもこの肉体自身は変わらない。
そのため直弥が受けたダメージでも交代すれば俺がそのダメージ分の負担を受けるし、その逆もある。
そもそもこの肉体は俺のものでうたれ弱いものだ。
「みんなは大丈夫だったのか?」
もう一度俺が言うと今度は聞き取れたのか陸は苦虫を噛んだような顔をして、
「俺達は大丈夫だったが、米谷がな……」
そう言いながら陸は米谷さんのいる方見る。
床に座り込み、立つのに力が入らない様子だ。俺もまだ完全に体に力が入らないが、立ち上がりそちら側に行く。
「米谷さん、ごめん」
急に声がかかったためか、俺が話しかけたからなのか、驚いたようにこちら側を向く。
「秋陽君か……。もう立てるのか?」
自分のほうが重症のはずなのに何事もなかったかのようにそう問いかけてくる。
「本当にごめん」
そう言うと米谷さんは俺が何を言っているのか分からないという顔を一瞬してから
「別にいいさ。君達の出した条件に乗ったのは私だ。それに君の意思でないのだから君が謝る必要はないよ」
そう言い終わると今度は陸の方を向き
「予想外の負けだったが条件は条件だ。私も君達の仲間になるよ」
「いいのか? お前を倒したのは直弥だ。断る権利はあるぞ?」
陸がそう問いかけると、米谷さんは「ははは」と笑いながら
「いいんだよ。君達と居ると退屈しなさそうだからね。今日の放課後からグラウンドに顔を出すよ」
そう言って米谷さんは人ごみの中に消えた。
米谷さんは朝食を摂ってない気がしたがなんのために食堂に来たんだろう。
なにはともあれ俺達は朝食を摂ることにする。
途中意識が直弥と交代したなどで忙しかったが、まだいつもの俺たちと思うと早い時間だ。
「今日は土曜日だな」
椅子に全員が座り陸が意味ありげに発した第一声はそれだった。
「ん? それがどうかしたのか?」
急に曜日のことを話し始めた陸に和弥が質問する。
「つまり、今日は午前で授業が終わるということだ。ということは午後は俺たちは練習し放題だ!」
陸は爽やかな笑顔でそういった。
その一言を聞いた瞬間、心なしか和弥の表情が変わったように感じる。
いや陸の様子をみると俺も似たような顔をしたのかもしれない。
「なんだよその顔は」
「だってよ、午後からずっとってのは逆に次の日からやる気が無くなるぜ?」
「……たしかに、事を急いで強制させるのは士気の低下につながるぞ」
彩都まで陸に突っ込みを入れる。二人の意見はもっともで陸の意見の根本を突いている。
しかし彩都はメンバーではないのだから反論をしなくてもいいものを、いちいち律儀な奴だ。
「そのへんなら大丈夫だ、問題ないから」
「「問題大ありだろ」」
自身に満ちた様子で言う陸に対して俺と和弥は同時にツッコミを入れる。
「おいおい本気になるなよ。今日は午後からずっとって言う代わりに、明日は自主練で参加も自由って言うことなら問題ないだろ?」
そう陸が少しおちゃらけたように本来考えていたことを言う。
と言うよりその考えだと土曜の午後が空いてなければ日曜は強制的に一日中練習だったというわけか……。
「土曜の午後が休みでよかった」
俺はぼそりとつぶやいた。和弥もそれにこっそりと「俺もだ」って返してくる。二人してニヤリと笑った。
特に食堂ですることもなくなったので、そのまま俺たちは教室へ向かおうとする。
「そこの四人、止まりなさい」
知り合いの声が後ろから聞こえたが、俺は仕事のじゃまをしてはいけないと思い、あえて後ろを振り向かずそのまま教室へ向かう。他の三人も同じように気にせず教室に向かっている。
「止まりなさいって言ってるでしょうが」
その言葉と共にパチンコ玉が散弾のように飛んでくる。
ヒュン――
次の瞬間、彩都はさも当たり前のように試験管爆弾を投げパチンコ玉を撃ち落とし、陸はアクロバティックな動きでパチンコ玉を避ける。俺は和弥の後ろにさっと身を隠し、和弥は飛んでくるそれをガードして受けきる。おかげで俺は一発も当たってない。
「和弥、大丈夫か?」
彩都と陸は自分に攻撃が当たらないようにしたが、和弥はパチンコ玉が何発か直撃している。
いくら頑丈な和弥だとしてもあの速度で金属の弾が何発も直撃すればダメージがあるだろう。
「……僕か陸に言えば直樹を連れて避けれた。……それで怪我をしても自業自得だぞ」
「はっ、この程度痛くもねぇよ。そもそも使えるときに使っとかなきゃ俺の筋肉に意味がなくなるだろうが」
その言葉に俺はもう一度二人の凄さを実感するのとともに、自分の無力さをもう一度思い知った。
「……で、次期風紀委員長様が俺たちに何のようだ?」
陸がパチンコ玉が飛んできた方を振り返る。
「それは嫌味のつもりかしら。山崎」
陸に次期風紀委員長と言われた女子生徒、小村沙希が答える。
「そもそも秋陽、あなたあたしの声が聞こえていたわよね。なんで止まらなかったの?」
そうあからさまに不機嫌そうな顔をして俺に訊ねてくる。
ここは嘘を付くべきなのかもしれないが、生憎俺の頭はそこまでいい嘘が浮かばない。
……ここは信じてもらえないかもしれないが、正直に言うしか無いのだろう。
「他の奴を注意しようとしていると思って仕事のじゃまをしちゃ悪いと思ったんだよ」
「あたしが止める四人組なんて貴方達しかいないじゃない……」
正直に答えたというのに呆れられる。この女はキレるか呆れるしか知らないのだろうか。
「そんなことより秋陽。あたしの用件はあなたにあるの」
「ん?」
その言葉に俺は少し疑問を覚える。いつもは俺や俺達に非があるかもしれないが、今日はまだ何もしていないはずだ。
俺が考えていたことが顔に出ていたのか沙希は、
「それは……」
そう言いながら沙希はポケットに手を入れてパチンコ玉を取り出す。
ヤバッ!
「あんたが一番解ってるでしょうが!!」
予想通り飛んできたパチンコ玉。俺はそれを誰もいない方向に向かって飛び込んで避ける。
予想は出来ていたためそれに当たることはなかったが、飛び込んで避けることが精一杯だったため今の俺は地面にうつぶせで寝ている。ピンチということに変わりはない。
そこに沙希はもう一度パチンコ玉を投げてこようとする。
ヤバい、俺死ぬかも……。
俺がその状況と異様な殺気に死すらも覚悟して目をつぶる。
みんな、さよなら……君らといた日々は決して忘れることのない素晴らし――
「ストップ、そこまでだ」
既に沙希は投げるモージョンに入っていたようだったが間に陸が入ってきたため投げるのをやめる。
「どいてもらえませんか、山崎」
殺気だったような声でそういうが陸は一歩も引く様子はない。俺はその隙にさっと体制を立て直した。
「いつもならたしかに少しは俺達に非はあるかもしれない。だが今日にいたっては何も騒ぎは起こしていない。俺達には非はないぞ」
たしかさっきまで米谷さんを引き入れようとバトルを提案したのは陸だったような気がしたが、今ここで言うと話がややこしくなるため俺は気にせず黙っておくことにする。
「何もしてないなんてよく言えたものね。さっき米谷さんの様子がおかしかったら聞いてみたら、秋陽。あなたにやられたと言っていたわ」
たしかに傍から見れば俺が米谷さんを倒したように見えたかもしれないが、米谷さんは自分が相手したのが直弥だということを知っている。その上それを気にした様子もなかった。
それを踏まえると沙希の聞き間違いか、米谷さんの言い間違いだろう。
俺がそこにいたるまでの理由を話そうとすると、陸がそれを邪魔するかのように話し始める。
「ちゃんとした理由は存在するが、今のお前は何を言ったってちゃんと聞きやしないだろう。だから俺達のバトル方式に従ってここで白黒をはっきり着けたい所だが……今はやめておいたほうがいいな」
「何でよ、そこまで言っといて」
陸の意見に対し沙希があからさまに不機嫌な口調で訊く。
「もうすぐ予鈴がなるからだ」
キーンコーンカーンコーン
その言葉と同時に予鈴が食堂に鳴り響く。
「仕方ないか……」
沙希もさすがに立場上遅刻するわけにもいかないのか、食堂から出て行く。
「じゃあ、俺達も急ぐか」
その言葉と共に陸、和弥、俺、彩都の順に食堂から教室に向かって走りだす。
結局、時計が壊れているため早く起きるという俺の努力はこうして水の泡となり消えていってしまった。