表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夏、僕ら、青春。  作者: あきよう
12/19

12話 直弥




 意識がやっと秋陽直樹からこちら側に交代する。

 斉藤彩都の強力な薬のせいで、長らくこの体を使えていなかった。

 長い間精神の状態では、腕が鈍ってしまいますからね。今日は少し、本気を出させてもらいますか……。

「山崎陸。なかなか面白いことをしているではないですか。僕も混ぜさせてもらえないですか?」

 山崎陸は一瞬、驚いたような顔をして話しかけ直してくる。

「……直弥か。……わかった、いいだろう。ただし俺達のルールには従ってもらう。いいな」

 山崎陸は有無を言わせないように少し冷たい声で、早口で話してくる。

 元々こちらもそのつもりだ。

「分かっていますよ、山崎陸。ルールのない勝負では一方的な展開で面白くありませんからね」

 その言葉に反応したように米谷亜弥香の顔つき……いや雰囲気、存在感さえも変わる。

「秋陽君……いや直弥君だったか。それはどういう意味だ」

 このような威圧感を出した喋り方ということは、意味が分かっていないと言う訳ではないだろう。

 大方、嘘をついても私には分かる。だから正直に言えといったところでしょうか……。

 もともと嘘を付く気はありませんけどね。

「あなたでは僕の遊び相手になったとしても、まともな勝負にはならないということですよ」

「やってみなければ分からないじゃないか。そんなこと」

 それでも、あくまで冷静に米谷亜弥香はそう答える。

「いや分かりますよ。僕とあなたでは育った環境が違いすぎる」

「ならば出せばいいじゃないか。その本気とやらを」

 そこで米谷亜弥香は間を置き、持っていた竹刀を構える。

「ただし貴様はそこまでのことを言った。私の手加減は……期待するな」

 そのまま米谷亜弥香は山崎陸の合図を待たずに、攻撃を仕掛けてくる。

 力任せではあるが綺麗な一閃突いっせんづきだ。しかし綺麗なゆえ、その力任せの攻撃は安易に避けられるものでしか無い。

 その突きを必要最小限の動き、つまり右側に一歩動くだけで避ける。

 そしてその状況から米谷亜弥香はこちらに振り向き面、右肩への斬りつけ、と連続した攻撃へとつなげてくる。

 怒りに任せた攻撃は、攻撃力は高い。しかし、いかなる強力な攻撃も当たらなければ意味を持ち得ない。

 一撃目の面を後ろに一歩下がることで避け、二撃目の斬りつけは左側に一歩動くことで避けきる。

 今までこちらに攻撃は、一切当たっていない。

 いつもの米谷亜弥香であれば、ここで戦闘スタイルを変えるなどして何かしらの対応はするのだろう。

 しかし今の米谷亜弥香はそれをしない。

 ――いや出来ないといったほうが正しいのであろう。

 米谷亜弥香のような人間がここまで苔にされたのだ。

 できるだけ瞬殺を決めて、この鬱憤を晴らそうというのはごく簡単に読める考えだろう。

 そして次の米谷亜弥香の竹刀での突きを、こちらに当たる瞬間で一回目と同じように右側に動くことで避ける。

 当てるためのその一撃には、当たると思った瞬間に体重と勢いがかかっている。そのため、それが当たらなかった場合は思うようには止まることは出来ない。

 その間にこちらは掃除道具入れから、掃く側が取れている柄の長い箒を一本取り出す。

 そして米谷亜弥香がこちらを向くと同時にこちらは腰を低くし、棒を構えこちらに戦闘意欲があることを示しながら対峙する。

「……確か、男子の戦闘中の武器の補充は協定違反ではなかったかね?」

「山崎陸の合図は掛かっていません。なら戦闘は始まっていないのは明白。そして、僕は攻撃を一切してません。あなたがただ勝手に攻撃を仕掛けてきた、それだけです」

 その言葉を聞いたからか、戦闘が中断されている今を狙ったのか山崎陸が合図をかける。

「レディー・ファイト!」

 その合図と共に飽きもせず米谷亜弥香はまた、こちらに向かって突きを入れてくる。

「あぁああああああっ!」

 動きはさして先ほどと変わらず一直線。

 賢くない人ですね。もう少し賢い人だと思っていましたが、僕の思い違いでしたか……。

 先ほどと同じ攻撃を、先ほどと同じ動きで避ける。しかしその次の動きが先ほどまでと違った。

 その避けられた突きの勢いを軸にして、強力な斬撃を叩き込んでくる。

「うっ……」

 その一撃は刃の付いている真剣で攻撃されたので無いのにもかかわらず、刃で切られたように深くえぐるような一撃だ。

 その攻撃で数歩分後退させられるが、体への直撃を防ぐことには成功する。

 しかし、衝撃まで殺すことは出来ず衝撃は体に残り全身が痺れ一瞬だけ動けなくなり体に力が入らなくなる。

 体に感覚が戻ると同時に棒を振るう。

 その攻撃は米谷亜弥香の竹刀に防がれ互いの獲物を合わせて一次均衡状態にはいる。

 互いに力押しで相手を倒そうとするが、当たり前に力ではこちらが優っている。

 力では勝てないと判断するやいなや、米谷亜弥香は後ろに退き数歩距離を取る。

「やはり貴様の戦闘スタイルは私と同じものか……」

「おや、そんなことを考えていたのですか。それで負けたとしても言い訳にすらなりませんよ」

 米谷亜弥香はその挑発には乗らず、体の力を抜き何故か構えをしないスタンスを取る。

「やはり面白い方ですよ、あなたは」

 そう言い前へ出ながら左肩、右腰、左足への素早い三連撃を繰り出す。

 その攻撃に対しての素早いという表現は少し間違っているかもしれない。

 その攻撃は一般人には避けることは愚か、肉眼で目視することすら困難な攻撃だからだ。

 しかし、米谷亜弥香はその三連撃を全て竹刀で防ぎきる。

 一、二発目は流れと勢いでつなげることに成功するが三発目の攻撃は勢いまでも、止められてしまう。

「くっ……」

 そこから米谷亜弥香は素早い切り返しで、叩き落とすような勢いの面を撃ってくる。

 間一髪でほうきを盾にし、その攻撃を防ぐことには成功する。

 しかし、竹刀の勢いは衰えずぶつかり合ったそこから衝撃が伝わってくる。その衝撃で体に自由が効かなくなる。

 衝撃でできた動くことの出来ない一瞬の隙。それを米谷亜弥香は見逃さず強力な一太刀を撃ちこんでくる。

 米谷亜弥香はほうきの上にその一太刀を撃ちこんでくる。

 そのためその攻撃自体の体への負担は一切無い。

 しかしそのすぐ後で、その攻撃の意味が解る。

 先ほど衝撃で動けなかったほどの威力を持つ攻撃を、横から受けるとどうなるかということが。

 その考えに気づいたときにはもう遅く、壁に向かって宙を舞っている。

 気付くのが少し……遅かったですか。

 勢い良く壁に激突し、そのまま重力のせいで下へ、床の方へ落ちていく。

「今のは効きましたよ。米谷亜弥香」

 着地は両手両足で床につくことが出来、ルール上まだこちらの負けではない。しかし――

 少々肉体への負担が大きすぎますね……。さすがにあの速さで壁に激突するには少し無理がありましたか……。

「……しぶといな貴様、まだ手足以外を床についていないのか。しかしあまり往生際の悪い男は嫌われるぞ」

「別に構いませんよ。僕は好かれるために存在しているわけではありませんからね。それにまだ何があるかは分かりません。簡単に諦めてしまっては面白みがありません」

「よくその状況で減らず口が叩けるな」

 米谷亜弥香はそう、皮肉のように言う。

「……減らず口かどうかは」

 その言葉の途中であえてまだ油断している米谷亜弥香に近づく。

「やってみなければ分かりませんよ」

 その言葉と共に、米谷亜弥香の目の前に出る。そしてそのまま腹部に初撃を叩き込む。

 予想外の攻撃だったためか、その攻撃はあっさりと入る。

 しかし一撃だけでもその後に得ることの出来る収穫は大きいものとなる。

 そこから、手足を中心に狙った高速の棒での乱舞らんぶを繰り出す。

 最初のうちは攻撃の全てを防いでいた米谷亜弥香だが、時間が経てば経つほど徐々に攻撃が彼女にかすり始める。

 基本、片方でしか攻撃や防御を行えない竹刀に対し、こちらの武器は両側でそれが行える。

 故に同じような行動の繰り返しでは、最初が五分五分だとしても徐々に手数が足りなくなりジリジリと状況が悪くなっていくだけだ。

 六十回以上攻撃を繰り返した後、ついに米谷亜弥香に対し左肩、右腰、回転してからの右側頭部への叩きつけと、腹部正面への突きが直撃する。

 その勢いで米谷亜弥香は後ろに数歩分後退するが、床に倒れこむことはない。

 さすがですよ、米谷亜弥香。ですが……

「これで終わりです」

 わざとその場で一回転し、遠心力を加え渾身こんしんの一撃を腹部へと叩き込む。

「これが……僕とあなたの根本的な差です」

 そのまま米谷亜弥香は吹き飛び、背中から床に着く。

「そこまでっ! ……直弥の勝ちだ」

 山崎陸の少し落胆したような声で勝敗が告げられる。

 その勝敗が告げられた次の瞬間、急に体全身の力が抜けたようになる。

 極度の緊張状態から急に安堵し、脱力してしまう状況と酷似したものだ。

 既に意識レベルではどう仕様も無い状況にまでなっている。

 さすがに少々遊びすぎましたか……。

 ドクン

 その一回の発作だけで体に残っていた残りの力も全て抜けてしまう。

「少し……疲れました」

 誰に言うのでなくその言葉が自然に漏れ、前のめりに倒れていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ