ハンバーガーショッピ
これは小説なのだろうか? でも、こんな感じの小説を読んだことがあるので、たぶん小説なのだと思う。
僕はファーストフード店の二階席でフライドポテトと照り焼きのハンバーガーを食べていたとき、ふとある男に目が止まった。
目の前のガラスの向こうには、大きなスクランブル交差点が見下ろせた。そこには信号待ちをする人集りが続々と固まっていく光景。それは何度も繰り返されていて、僕がこの席に座ってからまだ10分も経っていないのに、僕は既に何百回の見せられた気になっていた。
なぜだろう、今日は特に人が多いからか?
「いや、多分実際今まで何百回も見てきたからだろう」と、声に出さない言葉を発する。
その光景は毎日変わらない光景。信号が赤になったり青になったり全く飽もせずに繰り返す。その都度、人だかりは動いたり止まったりして、対抗者とはぶつからず列をなして綺麗にすれ違っていく。
いったいこんな大人数、どこに隠れてたんだか……。
そんな規則的に繰り返される運動をぼっと眺めていた時、不意にスーツを着たサラリーマンが目に止まった。
それがその男だ。
携帯電話をかけながら必死に一人、頭を下げているサラリーマン。そんな光景はむしろこんな街では自然で、ろくに気に求めないことだったはずなのだけど、なぜだかそのサラリーマンが妙なほど気になり、フライドポテトそっちのけでそいつを観察してみた。
……彼はたぶん焦っていた。
その狼狽している男はなれない手つきで携帯電話の二刀流を果敢に挑戦しているようだった。そういえば最近のサラリーマンは二つ折りの携帯電話とまた別に、スマートフォンなるタッチパネルの携帯電話を持っているらしい。
いつだったかテレビのビジネス系番組で見た記憶がある。今までの携帯電話で普通に通話しながら、もう一方の手でそのスマートフォンを操るそうだ。
取材されていたビジネスマンは非常に便利だとか言っていたが、残念ながら僕には自分が通話しながら携帯電話をいじらなくてはいけないという状況を、全く想像できずにいた。もちろん当然僕の携帯は一つだ。
ただそのスーツサラリーマンは見た目が若いのにも関わらず、どうにもそのスマートフォンを使いこなせていないようだった。
まだ買ったばかりなのか不器用なのか……、たぶん彼の体から溢れ出すオーラからして後者なんだろうが、とにかく謝りながらスマートフォンをいじれば、それをあきらめて脇に抱えた鞄から手帳を取り出そうとして、手に持ったスマートフォン落とし、終いには取り出した手帳まで落とした。
僕だけじゃなく彼はもう周りからの注目の的だ。
その騒がしい感じが電話の相手にも伝わって指摘でもされたのか、彼はまた見えない相手に頭を振っていた。
ほんと、漫画みたいなヤツっていうのはああいうのを言うんだろう……。よくこんな時代に就職できたものだ。
何年も前から就職氷河期と呼ばれて、今がいったい何回目かわかりはしないけど、世の中はいつもことあるごとに不景気だった。
でもそれは、あいつに限ったことじゃない。目の前に広がる人、人間一人一人が社会の中にいて何かしらの仕事をして、生活って言うものを送っている。なんだかそんな単純なことを今、改めて思った。
この群衆の中、もしかしたら不景気なんて関係ないくらい儲かっている人もいるかもしれないし、不景気の打撃をもろに受けて失業してしまった人、はたまたそもそも以前から仕事などする気の無い人もいるだろう。また、不景気なんか関係なくただ何となく働いて生きていたり、夢中なっていることがあって不景気だろうが何だろうが今が楽しい人だっているかもしれない。
誰がどれで、どれが誰かなんてわかるはずは無いけど、でもそんな人たちは確かにいて、もしかしたらみんなこの場所にいて、それだけじゃなくもっといろんな人間もいるのかもしれなかった。
目の前の人集りが一斉に動き出した。歩行者用の信号でも青になったのだろう。
さっきのドジなサラリーマンはもう何事も無かったかのような顔をして、しましま模様の道の上を歩いて、横断していく。
彼はどこに向かっているのだろうか?
新しい営業先か、いまの電話の相手か、このあと上司の元に帰って怒られるのかもしれない。
しばらくするとまた信号が点滅してその色が赤に変わる。また人の流れが止まって、新しい人だかりを交差点の周囲に広げ始める。
もう、さっきのサラリーマンはそこにはいない。もう二度と見ることも無いかもしれない。
僕はLサイズにしたフライドポテトから一本とって、口の中に入れた。その味はいつもと同じで、僕はまたもう一本フライドボテトを口の中へ放り込んだ。
その味は相変わらずフライドポテトの味をしていた。
ちなみに僕はスクランブル交差点沿いのファーストフード店には行ったことがありません。あと「ピ」は何となくです。