2.少女と盗賊
穏やかな田園風景をかっぽかっぽと一頭の馬車が行く。
操っているのは40代の男性、馬車の荷台には大量の藁が積まれていた。
男の名前はケヴィン、近くの農村で細々と農業を営んでいる。
妻と子供二人に囲まれた本当に一般的な中年男性である。
「ケヴィンさん」
澄んだ少女の声を聞き、彼は振り返る。そこにいたのは茶髪、大きな若草色の瞳をした少女の姿。
「おお、リイナちゃんか」
村でよく買い物をしているのを見かけていた。そして、この時期はこの場所でよく会う少女。
「買い物かい?」と尋ねると、彼女は「うん」と頷く。
「折角だから王都に行こうと思うの。今からいけば花祭りに間に合うでしょう?」
王都最大のお祭りである花祭り。やはり、女の子は華やかさを好むようだ。
「王都かい?それは楽しそうだね」
ケヴィンはにこやかに笑うと、場所に乗るよう促す。
「俺はバルトルに行くつもりだから、そこまで送っていってやるよ」
バルトルはローザンヌ地方の州都だ。バルトルからは街道が整備されているから、王都までの旅が安全になる。
「有難う!」と彼女はひょいっと馬車に飛び乗る。身軽に馬車に飛び乗る様はいつ見ても凄いと思う。
ケヴィンは彼女がどこから来ているのか知らない。
以前尋ねたことがあるが、彼女が指差した場所は不可侵の森だった。
あの森に人は住めない。だから、彼はリイナが何か事情があって隠しているのだと考えていた。
リイナは膝の上に鞄を載せ、その足元に愛犬であるシルクが寝そべっている。
この犬ほど賢い犬はいないというぐらい、シルクは賢い。
今も吼えることもなく、おとなしく馬車に揺られている。
このシルクを見てか、うちの子供たちが子犬をほしがるようになったのはここだけの話だ。
旅は快調だった。リイナはケヴィンと色々話をした。そこで気になったのは、
「盗賊・・・」
ローザンヌ地方に盗賊のアジトがあるらしい。
自分が森に閉じこもっている間に、世間では色々と起こっているのだと彼女は実感した。
「王都から騎士団が来ていて、アジトを探しているようだが、中々見つからないらしいね」
ああいう手合いは簡単に見つけられない場所に居を構えるしな。リイナもこっくりと頷く。
昼食はケヴィンのハムサンドを分けてもらった。お礼に彼女は瓶詰めのジャムを進呈した。
「リイナちゃんのジャムは美味しいって評判だからなぁ」
と彼は嬉しそうだ。そうなのかとリイナは驚いた。手作りのジャムは換金の品にはしていない。
極わずかな人に無料で配るだけだ。
ケヴィンの反応を見て、今度、商品化してみようかなと彼女は考えた。
昼食を食べ、再び、のどかな田園風景をかっぽかっぽと馬車が行く。
と、遙か彼方に砂埃が上がるのが見えた。
「・・・ケヴィンさん、あれ・・・」
リイナが指をさした、その間に砂埃は近付いてくる。その姿を見て、ケヴィンはさーと顔色を変えた。
「盗賊だ・・・」
大変だと慌てるケヴィンは、しきりに「俺は金はもってねぇ!」と叫んでいた。
むしろ、金より馬のような気がするけど・・・
リイナは首をかしげる。馬は一種の財産だ。駿馬は国の宝にもなる。見たところ、この馬車の馬は若駒。
裏市場を通じて、隣国に売り飛ばすのかもしれない。
世間知らずのはずの彼女が何故、裏事情に詳しいのか、それはマリカに散々聞かされたためである。
簡単に人を信じるな、目立つ行為をするな、やるなら徹底的に自分を隠せ。
最後のは何か微妙に違う気もするが・・・。
砂埃が近付くにつれ、盗賊の容姿が明らかになってくる。
湾曲刀じゃないのね・・・と思う彼女の知識は明らかにおかしい。
盗賊たちは短剣を手に、じりじりと二人に近寄ってきた。
「おい、金目のものおいていけ、なければ馬車を置いていけ」
にやにやと貼り付けた笑みに、リイナは眉をしかめる。足元にいたシルクが警戒姿勢を取っていた。
まだ、早いよ・・・と彼女はシルクの頭を撫でる。
気付かれちゃ、だめ・・・
何かあった時のために、シルクにはおとなしくしていてもらおう。
ケヴィンが盗賊と押し問答をしている間に、リイナは馬車を降りた。
「あの・・・」と彼女はおずおずと口を挟む。「ああん?」と盗賊達がこちらを振り向く。
波風を立てないならそれでいい。彼女は鞄から、マリカの薬瓶を一本取り出した。
祭のお小遣い用だが、以前と同じように見学だけに戻るだけだ。
「これ、魔女の薬なんですが、これで馬車は勘弁して頂けないでしょうか?」
「リイナちゃんっ!」
ケヴィンが驚いている。魔女の薬はとても高価だ。
「魔女の薬だあ?何故、お前がそんな物を持っている!?」
盗賊が恫喝する。厭世的な魔女は人との関わりを避ける。疑われるのも解る。
「知り合いなのです」
嘘は言っていない。「よし、見せてみろ」と盗賊に言われ、彼女は瓶を差し出した。
これで開放されると思ったのも束の間、腕をつかまれた。
「な、何をするのですか?」
盗賊はにやりと笑うと、
「魔女と知り合いなら、お前を拘束すれば、魔女は薬を差し出すかもしれないだろう?」
しまったと彼女は唇を噛む。
「馬車も回収しろ」との言葉に、
「馬車は開放してとお願いしたでしょう!」
彼女は叫ぶ。
「あくまでお願いだろう?それを聞き届けるのは俺達にある」
ぎりっと彼女は奥歯を噛み鳴らした。自分が浅はかすぎた。自分の失態だ。
しかし、転んでもただでは済まさないのがリイナである。
愛用の鞄を静かに下に降ろす。そして、シルクに目配せする。
それに気付いたシルクが鞄をくわえ首にかけた後、静かにその場を後にした。
ひそやかにその場を去ったシルクに気付いたものはいなかった。
王都に行く前に、盗賊退治。ある人を登場させたいので寄り道です。