20.魔導塔の主
魔物出現の一報は、騎士団にも伝わっていた。
王宮の一角にあるエディオールの執務室に集まっているのは当人を含め4人。
エディオール、ディオン、ディーノ、ジウヴァルトだ。
今の王都騎士団を担うといっても過言ではない4人組だった。
「魔物らしき動物は、破壊活動を行いながら移動中。付近を巡回中の騎士達が向かい、応戦中です。現在地はどうやら第一区画の模様」
ディオンはいつも通り、冷静に報告する。
こういう緊急事態こそ、冷静になることが大事なのだ。
「ディオンの冷静さは、こういうとき有難いよ」と嬉しそうなエディオールに、ディオンは苦笑を返す。
冷静さを装っているが、彼も心中穏やかではなかった。
突如湧き出た緊急事態に、必死で冷静さを保とうと必死だったのである。
「それにしても第一区画か・・・」
王都は大まかに4つの区画に別れる。
庶民が住む第一区画、商人や職人達が住む第二区画、第三区画が貴族、そして最後に王宮及び離宮だ。
貧しければ貧しいほど、危険の高い門近くに家を構えざるを得なくなっている。
「あそこには他国からの労働者も多く住んでいるよなぁ・・・」
豊かな国であるこの国は、他国からの出稼ぎ労働者も多い。
豊かであるこの国の噂を聞いて、働きに来るのである。
「結局、最初に犠牲になるのは力を持たぬ一般市民か・・・」
ジウヴァルトは少し悔しげだ。
「騎士達には、一般市民の避難誘導を優先するようにと命令は出ているはずですが・・・」
「間に合わないって事も考えられる・・・」
「慎重になるのもいいが、あまりに悲観的だと将来はげるぞ、ジウ」
心配そうなジウヴァルトの頭を、ディーノはわしゃわしゃとかき回す。
その顔には笑みが浮かんでいる。
「は、はげっ・・・!?」
「心配するな、ディン。王家にハゲの遺伝はない」
何かを言いかけたジウヴァルトを遮るように、エディオールが冷静に突っ込む。
「そいつぁ、残念」と面白そうにディーノは笑った。
それが彼の気遣いの表れだということは誰もが知っていた。
でなければ王族に対する侮辱罪になりかねない。
そして、彼はそんな無用心な真似は絶対にしないのである。
「何らかの形で行動を起こさねば・・・」
エディオールの独白。
だが、彼とて今回のような事態は初めてで、多少戸惑っていた。
しかし、エディオールは顔に表情をあまり出さない。出しても僅かなもの。
付き合いの長いジウヴァルトやディーノ、ディオンでさえ読み取ることが難しい場合もある。
「何とかせねば・・・」と彼の苦悩は続く。
将軍や隊長クラスの幹部はどうしても王族や大臣といった上層部に手を取られがちで、街の業務には手が廻らないことが多く、実質、街の警備はエディオールが最高指導者だった。
彼を間近で支えてきたディオンは、その苦悩を一番よく理解している。
勿論、ジウヴァルトやディーノとて上に立つ者の苦悩は実によく理解していた。
エディオールの思いを見透かすかのように、ディーノは口を開いた。
「俺も出るわ。1人でも人手は欲しいところだろう?」
そういって、にっと不敵な笑みを浮かべる。
「それはそうだが・・・」
「心配しなさんな。魔物退治は経験がある」
「そういえば、お前は辺境ローザンヌにいたな・・・」
「ああ」とディーノは頷いた。
中央から何も望めない辺境だからこそか、山賊は出るわ、魔物は出るわと大変だった。
おかげで中央では体験できないような貴重な経験をさせてもらったわけだが。
魔物といっても、ローザンヌに出没したのは小さいものであった。それでも苦戦を余儀なくされた。
報告によれば今回はそれよりも倍近く巨大な上、魔物慣れしていない騎士団。混乱必須であろう。
経験者がいれば別だが、いても恐らく退役しているはずだ。
それほどに、王都にて魔物出没は無かったといえるだろう。
ここは経験者の俺が率先するしかないな・・・
例え、その行為が、騎士団の連中にとって鼻持ちならなくても・・・。
彼は愛剣を手に取った。
「それならば、俺も行こう」
エディオールが席を立つ。
「ちょっ、ちょっと待て、ディー。お前、ここの責任者だろうが!」
「うん、でもそんなに偉くないから大丈夫だ」
彼はあっけらかんと応えた。
「せいぜい、この街の警備の責任者だな・・・」
「十分偉いわ!!」
マイペース天然のエディオールにディーノは突っ込む。
貴族院に居る時から、この天然マイペースに突っ込みをいれるのがディーノの常であった。
そんな卒のない突っ込みをいれられる彼を、ディオン、ジウヴァルトはうらやましそうに見つめていたことを彼は知らない。
「街の警備の責任者なんていつでも取替えがきくからね・・・」
「便利なんだよ」とエディオールは自虐的に微笑んだ。
何か言いたげな皆を封じるかのように、
「それじゃあ、役割分担いくぞー」
と彼は力強く押し切った。
「俺とディーは前線、ディオンは此処にとどまって処理を担当してくれ」
ディオンは頭を下げる。願っても居ないことだ。
騎士団にありながら、彼はそこまで剣の腕は立たない。
前線に出て足を引っ張るぐらいなら、この場所で処理を担当したほうがまだ役に立てる。
「ジウ、お前はキース、引っ張り出して来い」
その役割に、ジウヴァルトは不服だ。
自分だって騎士、ディーノやエディオールにはまだ及ばないまでも、若手の中では腕が立つほうだと思っていたのに・・・。
「あいつはまだこもっているのか」
「まだというより、まただな」
呆れるディーノと同様にエディオールも呆れていた。
彼らの貴族院からの友人は、今も変人として名を轟かせている魔法士である。
キース・レンディス。男爵家の末っ子として生を受けた。
レンディス家は、先代の皇太子問題の煽りを受け、没落した一族である。
左遷で地方に飛ばされたレンディス家だったが、レンディス家当主とその妻はまじめに働いた。
その結果、貧乏だった領地を一定水準まで持ちあえげることに成功したのである。
自分が育てたとも言える土地を離れるのが嫌なのか、それとも皇太子問題で王宮の怖さを思い知ったからか、左遷の地でいまだに暮らしている。
そんな家に生まれたキースは、幼いながらも引越しの原因を察していたようで、それは彼の人格形成にも大きな影響を与えた。
元々、魔法士というのは人を遠ざける傾向にあるが、彼の場合は幼少時の体験談が少なからず絡んでいるのかもしれない。
魔法士の研究塔に入り浸り、友人と呼べるような存在はディーノとエディオールのみ。
卒業し、魔法士として王宮に勤めるようになってからはそれが顕著に現れた。
隙あらば、研究塔に篭り、ほぼ姿を見せることがなくなった。
いつしか彼はこう呼ばれるようになった。
「魔導塔の主」
と――