19.第一の刺客
ばたばたと横を走り抜けていく王都騎士団の面々の顔に焦りや苛立ちの表情はない。
むしろ嬉々としている。
もしや・・・
という思いが頭をよぎった。
「被害者の身元が判明したということですか」
ゆがむ表情を見て、「おいおい」と慌てたのは隣に居た人物。
「そんな顔していたら、不審人物と思われて職務質問されっぞ」
職務質問は困る。自分は自身をここで証明できる自信が無い。
彼の言うとおり、表情を元に戻した。
「予想以上に騎士団の動きが早いなぁ・・・」
彼は頭をかく。彼の予想では身元判明までに数日かかると踏んでいた。
「案外、出来るな、騎士団も」
「切れ者との評判はあながち間違いなさそうですね」
エディオール・フラムヴェルト、切れ者と名高い青年を支える、初動捜査のプロ、そして、彼らを機動させる屋台骨である騎士団。
どうやら、甘くみすぎていたようです・・・
当初睨んだとおり、騎士団はなかなかに厄介な存在のようだ。
「そういえば、貴方のお友達はどうしましたか?」
その人物は肩をすくめる。
「依頼完了の金渡して、南の島のほうへバカンスへ招待したぜ」
勿論、お金は隣に居る青年が出したものだ。
かなりの高額で、その入手法が気になるところだが、無駄な詮索は命を縮めるだけだと理解している。
「それは良かった。それならば、しばらく彼は捕まらないでしょう」
彼はうっすらと微笑む。
身元が割れた以上、彼が重要参考人として候補に挙がっているはずだ。
良くも悪くも、近所の噂にはなっているだろう。
騎士団が彼に目をつけるのは至極当然のことのように思えた。
「作戦自体はとうに完了しているのでさほど問題はありません。次の手に移ります」
被害者の身元を割り出す速さは予想外だったが、これなら想定内だ。
「ただ、騎士団は少し潰しておいたほうが、作戦に支障がなくて済むかもしれません」
その為の次の一手を実行に移すとしよう。
王宮で働くようになって数日後、仕事にも慣れて来たリイナは、初めて買出しを任された。
手渡された買出しの品物リストと地図を片手に、王宮御用達の店へと向かう。
王都の大通りはともかく、ひとつ裏通りに入ると複数に道が入り組んでいる。
ついこの前まで、裏通りに縁のなかったリイナはすぐさま道に迷った。
「どうしよう・・・」と彼女は途方に暮れた。
嗅覚の鋭いシルクと一緒であれば、そのご自慢の嗅覚で正解の道を教えてくれるだろう。
しかし、残念なことに今日の買い物にシルクは同行していなかった。
只の観光客であった数日前ならいざ知らず、末端でも城の使用人である以上、下手に目立つ行動は回避するのが無難である。
その最たる例がシルクだった。
シルクの美しさは否応無しに目立ち、人の噂に上るには十分すぎる。
本人の意思で知らず知らずのうちに、計画者の思惑通り行動していたことをリイナは知る由も無かった。
災厄を最初に発見したのは、王都の門を守る門番だった。
隣国と良好な関係を築いているこの国は、戦争も無く平和そのものである。
たまに山賊や魔物が確認されているが、それは決まって王都より遠く離れた辺境の地に集中している。
王都近くでは確認されておらず、彼ら門番達にとっては縁の無い話であった。
空を見上げれば青い空が広がり、視線を移せば街道を馬車が行き交っている。
行き交う馬車が通常よりも多いのは、祭りの影響が大きいだろう。
その点を除けば、普段と何ら変わりはなかった。
しかし、1人が遙か遠方に眼を凝らした瞬間、状況は一変する。
それは最初、黒い点のように映った。
見間違いか・・・?
彼は眼をこすったが消えない。消えるどころか、凄まじい速さで大きくなっていく。
それはすなわち、大きくなる速度と同様の速さで王都に接近していることに他ならない。
何だ・・・っ!?
門番達も動揺を隠せなかった。徐々に黒い点の正体があらわになってくる。
そのおぞましい姿に、門番達は身の毛がよだった。
身の丈は軽く人間の2倍以上、鋭くとがった巨大な牙と爪がぎらりと。
らんらんとにびた光を帯びる真紅の双眸に潜むのは狂気の感情。
だらだらと地面にしみを作るよだれを含む巨大な口がにいと笑みを作ったような気がして。
「う、うわあああああーーーー!!!ま、魔物だああああーーー!!!」
門番達は叫び声と共に一目散に、その場を逃げ出した。
彼らの目の前に立っていたのは、王都ではお目にかかることが無い魔物の姿だった。
相手が少し動いたようです。