18.月夜の晩にこんばんは2
初めて彼を見たとき、リイナは長い付き合いである相棒を思い浮かべた。
シルクみたい・・・
銀糸のような髪は艶やかで、櫛を通したかのようにすべらかだ。
少し切れ長なアイスブルーの瞳は涼やかで理知的。
人によっては冷たく映るであろう美貌の主は、今宵の空を彩る冷え冷えとした月の様だった。
一見、女性に見間違うほどの美貌だが、広い肩幅などを見れば男性だと解る。
毛並みの違いはあれど、瞳の色、印象すらとてもよく似ていた。
そう、シルクはとても美しい犬なのだ。
月光を浴びてきらきらと輝く銀、シルクの白い毛並みも月夜の晩には美しく輝く。
男の人なのに、見蕩れるほどに綺麗だなんてずるい・・・
彼の服は、暗闇でも解る手触りのよさそうな上質な生地を使っている。
施された刺繍は細やかで手が込んでおり、彼が持つ上品さを損なわない。
リイナのような既製服ではなくオーダーメイドで作られている事は一目で解った。
そんなことが出来るのは貴族、しかもかなり上の貴族に違いない。
天は二賦を与えずだなんて嘘だ。ここに二賦を与えられた人が居る。
うう、神様はずるい・・・!
そんな事をつらつら考えながら、リイナは彼を凝視していた。
彼を見上げる大きな若草色の瞳には、媚びや策略めいたものは見えない。
そこにあるのは純粋な上での好奇心。
この手の感情を向けられるのは久方ぶりで、一瞬戸惑った。
気付けば、自分を見る瞳はフラムヴェルト家や彼自身の容姿に対する欺瞞や媚びに満ちていた。
慣れている分、欺瞞や媚びに対しては適当にあしらうが、こうも純粋な好奇心に対処する術は生憎と持ち合わせていない。
どうしたものか・・・
困惑したエディオールは微かに眉をひそめた。
が、親しい人間以外には鉄面皮で通っている彼である。見事に少女は気付かなかった。
ややきつめの容姿で無表情は確実に初対面では怖がられるので、笑顔を作ろうとしたのだが、以前にそれで怖がらせた事を思い出しすぐにやめた。
代わりに、出来るだけ柔らかい物腰で優しく問いかける。
「ここで何をしているのですか?」
今日は厨房の仕事はないので、厨房に人は残っていないはず。
人々は家で家族と共に夕食を取るか、街で祭りを楽しんでいるはずなのだ。
「えっと、食後のお茶ですが・・・」
相手は偉い貴族のようなので、努めて丁寧に答える。機嫌を損ねて、目をつけられても困る。
そうじゃなくて・・・
エディオールはがっくりと肩を落とす。
自分も比較的マイペースといわれがちだが、彼女は自分を凌ぐマイペースぶりだ。
勿論、親しい人間には表情が乏しい彼なので、表面上は変化がなかった。
えっと・・・何か私、悪いこと言ったかなぁ・・・
リイナの回答は彼のお眼鏡に適わなかったらしい。
ほんのわずかだが彼の顔に表れた落胆の表情がそれを物語っていた。
リイナは頭をフル回転し、彼が望む答えを探し出そうとした。その間数秒。
私がここに居るのは場違いだというのだろうか・・・
いやいやと彼女は首を横に振る。
自分は上司からここで働くように言われた以上、ここが仕事場であるし、第一彼のような身分の高い貴族が自分みたいな下働きの人間を気にするはずが無い。
先入観とはいえ、ひどい事を考えているリイナだった。
とすると・・・
「ああ」と彼女は合点する。
祭りか・・・!
仕事の無い厨房の人間は早々に帰宅するか寮に戻り、祭りに出かけている。
まさか、この時間まで厨房に残っている人間がいるとは思わなかったのだろう。
「私は最近、田舎から出てきたので、王都の道には詳しくありません。夜間の王都で迷子になるのは遠慮願いたいですから」
僅かに苦笑いを含んだ回答は、女1人が夜の街を歩く危険性を熟知しているかのようだ。
人々が集まるところには歓楽街が出来る。王都も例に洩れず歓楽街が存在する。
田舎から出てきたのであれば、簡単に騙されていかがわしい場所へ売られる危険性も考えられる。
「お祭りなら昼間に行けばいいですしね」
それが本心かどうかは、今の所判断が出来ない。
田舎者の振りをして、王宮を調べている可能性だって否定できなかった。
此処で重要参考人として確保するのは容易いが、証拠が無い。
尻尾を出したところで確保と行くべきか。
むしろ、純朴すぎるからこそ、知らず知らずのうちに犯罪に加担してしまって居ることも挙げられる。
それが本当だと口封じのため、彼女が殺害される可能性が高い。
しばらく監視対象か・・・
仕事とは言え、人を疑うのは心苦しかった。